大人向日葵

プロローグ

 ―――ねぇ、知ってる? 向日葵って太陽の方を必ず向くのよ―――


月曜日。ゴールデンウィークが過ぎた後の月曜日は、いつもの月曜日よりも起きるのが億劫だ。目覚ましを止める手もいつもより躊躇いがちで、布団は中々離してくれない。いや、離してないのは自分なのだが……。
 と、朝の言い訳をゴールデンウィークのせいにしているが今はゴールデンウィークでもなんでもないのである。今は夏、暑くて布団は恋しくないし、特に起きるのは億劫ではない。
夏は嫌いだ。朝起きたら汗をかくから朝シャワーを浴びなければいけないし、堅っ苦しいスーツを着なくて済むのはいいが、シャツが汗でべっとりするのはとても不愉快でしょうがない。満員電車なんか乗ったら汗、汗、汗。
ようは汗をかくのが嫌なだけで夏が嫌い。……いつからだろうか。こんなに夏が嫌いになったのは……。
支度を早々に済ませ、家を出る。ふと空を見上げると太陽がギラギラと照りつけてくる。暑い。いつからだろう。太陽が鬱陶しく感じるようになったのは。
―――あなた、向日葵、好き?―――
ふと、昔の事を思い出した。あれは、いつだっただろう。とても暑い、夏の日だったと思う。あの時はまだ夏が嫌いじゃなかった。と思う……
あれは高校生のころ、そう、自分はきっと何か可能性を持っていると信じて疑わなかったあのころ、どこまでもいける、そう、太陽にだって簡単に手が届くと信じて疑わなかったあの頃に出会ったあの人の事を……。

大人向日葵

ミーンミーン
蝉の声がうっとうしい。小学生の頃はよく捕まえたり蝉の抜け殻を友達とたくさん採ったりした。こうして少しずつ嫌いなものが増えていくのかと思うと大人になんてなりたくないと日々思う。夢があるのかといわれたら特にはないけど、大人になる事に抵抗はある。
「暑い……」
今年は例年よりも猛暑となるでしょう。朝のテレビで美人アナウンサーがそんな事を言っていたが毎年聞いている気がする。世間では地球温暖化だなんだといわれて気温が高くなるだのなんだのと言っている。
「よっ、今日もだるそうだな!」
「よー、渡辺ー、お前は今日も元気そうな」
背中をポンと叩いて、暑いこんな季節にも関わらずテンション高い。運動部特有の体育会系のノリというやつだろうか。嫌いじゃないけどこの暑さにはちょっときつい。
「今日は朝練ないのか?」
陸上部の渡辺は季節関係なく朝から走り、授業が終われば日が落ちるまで走るを繰り返している。
「顧問の安田先生が昨日倒れてな。熱中症らしい。陸上部の顧問が熱中症って皮肉にもほどがあるな」
「なるほどな。だから今日はこの時間にいるってわけだ」
「そういうこと。ま、戦士には休息が必要なのさ」
部活が休みだからだろうか。渡辺は心なしか足取り軽やかに見えた。高校に入って最初に出来た友達が渡辺だった。家が近いという事で意気投合し、今ではたまに一緒に遊ぶほどの仲であり、一番の親友と言ってもいい。
 高校から家までは歩いて15分程度、家が近い渡辺も同じくそのくらい。高校の偏差値はそんな高いわけでもなく、低いわけでもない。進学校っていうわけでもないし、部活に力を入れているわけでもない。ごく普通のどこにでもあるような学校。
「そういえばさ、お前見た?」
「なにを?」
「学校にさ、花壇あるの知ってるか?」
「あー、あの小さい花壇? あそこがどうかした?」
「いやな? あの花壇なくなるらしいぞ。小さいし、虫がよってくるとかで校長が決めたらしい」
花壇がなくなったところで別段困るわけではない。それに虫がよってこないなら俺としてはありがたい。虫は嫌いだ。
「ん、噂の花壇に人が。って誰だあの子」
学校の門をくぐり、すぐに左を見ると花壇が見える。今は少しながら向日葵が咲いている。その向日葵をじーっと見ている一人の、女の人?
制服はうちの学校と同じ。という事はあの子はうちの学校の子か? にしては少し大人びているような……
「あんな子うちの学校にいたか?」
「さあ? 見慣れない子、っていうかうちの学校の制服着てるなら同じ学校の人なんだろ?」
「まあ全校生徒全員を把握してるわけじゃないからな」
にしては、なんだろう。不思議な雰囲気をかもしだしている。見とれるというか、魅了されるものがある。
「おい、どうした? いくぞー?」
「おう、ごめんごめん」

大人向日葵

大人向日葵

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-05-15

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