ココナッツ村


ココナッツ村の朝は早い。ドン・カバタという名のでっぷりとした体形に自慢のふさふさとした顎鬚をもつ村長は特に早起きだ。ちなみに彼はカバである。けたたましい目覚まし音と共に飛び起きると、彼はいつものように、しばらくベッドの上でボーっとしていた。寝惚けた状態でちらりと窓を見やると、カーテンの隙間から僅かに朝日が差し込んでいる。もう起きなければならない。そう悟ると彼は深くため息をつき、ようやくベッドから降りた。風船のように膨らんだお腹を覆うパジャマのボタンを慣れた手つきで外していくと、彼はお気に入りのグレーのスーツに着替えた。窓へ近寄りカーテンを開けると、ヤギの喜八さんが一生懸命キーコキーコと自転車をこいでいくのが見える。よぼよぼとした風貌で、もうかなりの高齢なのだが、新聞配達の仕事をしている。カバタさんは窓の扉をそっと開けた。
「喜八さん。」
カバタさん特有の低い声で、まだ眠っている人を起こさないように小さく喜八さんに呼び掛けた。
喜八さんはびっくりして声の出所を探そうときょろきょろと見回していたが、上から聞こえることに気付くとカバタ博士を見てほっとした顔になった。
「カバタ村長でしたか。ああ、びっくりしましたよ。相変わらずお早いですねえ。」
信じられないくらいか細く、震えた声で答えた。
「驚かしてすみません。ちょうど姿が見えたもので・・。でも喜八さんの方が早いではないですか。お仕事、ご苦労さまです。」
そう言うと、カバタ村長はお辞儀をした。喜八さんは照れたように頭をぽりぽりと掻いた。
「いーや、こんなのは仕事のためですよ。最近じゃあ、起きるのは辛くてね・・・。そろそろ、せがれに代わってもらおうかと思っているところです。」
せがれというのは、今年になって郵便局を定年退職したヤギのサブローのことである。
「そうですか・・・。無理は禁物といいますからな。この間なんか、私も徹夜して仕事を片付けた後、思わず階段から足を滑らせて転げ落ちそうになりましたよ。」
カバタ村長はさもたいしたことではないという感じであっさりと言った。
喜八さんは眉を八の字にして心配そうな顔になった。
「それは危ないですよ。頭でも打ったりしたら一大事です。みんなカバタ博士が元気でいることを望んでいるのですから。」
今度はカバタ村長が照れて頭をぽりぽりと掻いた。
「いや、まったく私は幸せ者です。とにかく毎日、村民の皆さんのために精一杯働かせて頂くだけです。」
喜八さんは皺くちゃだらけの顔で微笑んだ。
「そうでなくちゃ。私は死ぬまでこの平和なココナッツ村で過ごすつもりですからね。期待していますよ。――では、そろそろ時間ですので、この辺で失礼させて頂きます。」
喜八さんは軽く頭を下げると、うんしょ、と言って自転車にまたがり、またキーコキーコとこぎ始めて行ってしまった。
カバタ村長はその姿が小さくなるまで見送ると、顎鬚をちょっと撫でた。さて自分も仕事を始めるか。大きく伸びをすると、彼は寝室を出た。階段を下り、いつものようにキッチンで朝食の支度を鼻歌交じりに始めると、テレビではニュースが流れ始めた。
「――速報です。先程お伝え致しました連続殺人事件の被害者が、新たに一人加わったとの情報です。名前はエリー・ライラックさん当時19歳女性で、遺体は東海岸サリンジャー沖で見つかり――」
丸縁の眼鏡をキラリと怪しげに光らせ、茶色のスーツを着た、眉間に皺の寄ったいかにも堅物そうな犬のアナウンサーが、一本調子でニュースを読み上げた。
「――犯人はまだ捕まっておらず、現在も逃亡中とのことです。警察は被害者周辺の交友関係を中心に捜査を進めており――」
カバタ村長はジュージュー音を立てて目玉焼きを焼きながら、そのニュースをウサギよりは小さい耳でとらえた。全く、物騒な世の中になったものだ。彼は小さくため息をついた。ココナッツ村は他の地域に比べてもダントツに平和だといえるが、それでもいつまで続くかはわからない。
ずっと平和ならよいのだが――。

朝から暗いニュースを聞いたからといって、いつまでも落ち込んでいるわけにもいかない。気を取り直し、出来た品をテーブルに並べて食べ始めると、今度は甘ったるい女の声がテレビから聞こえてきた。
「はぁーい、それでは天気予報をお伝えしまぁーす❤今日の天気は晴れでぇ、明日はぁ――」
カバタ博士は思わずガタッと椅子から落ちそうになった。唖然として画面を見ると、さっき出ていたアナウンサーとは打って変わって、きゃぴきゃぴした若い女猫、ミミのお天気コーナーになっている。大きい目をさらに強調するようにくりくり動かして天気について語っている。
「――週間の天気も以上こんな感じで、晴れが続きまぁーす❤・・・・・ん?・・・あっ、いっけなぁーい!!そういえば今日の午後ぉ、大雨洪水警報が出ているので、全国のみなさぁーん、注意して下さいねぇー❤」
そう言いながら、猫の天気予報士はカメラに向かって手を振りながらウインクしてENDになった。

世も末だ―――。カバタ村長は呆気に取られながら思った。よくこんなので天気予報士が務まるものだ。ある意味、感心する。一体、テレビ局は何を考えているのだ?新手の視聴率狙いだろうか。それにしてもふざけている。さっきのアナウンサーに天気を予報してもらった方がまだましだ。ああ、なんだか考えたら、頭がガンガンしてきた・・・。

頭痛のする頭を押さえながら、とにかく必死で朝食を掻き込むと、ぶるぶると首を振って突然、彼はラジオ体操を始めた。彼の行動はときどき突拍子もない。しかし、これはいつも仕事を始める前にかかさずやっている、彼の日課である。イッチ、ニー、サン、シーと一人で掛け声をかけてひとしきり体を動かすと、気分も爽快になりやる気が満ちてきた。よし、今日も頑張ろう。静かに決意を新たにすると、執務室へと消えていった。

しかしこの時、彼は気付いてはいなかった。何かがこのココナッツ村に起ころうとしていることに―――。


正午になった。カバタ村長は昼食を取るために、散歩がてらに歩いて行きつけの喫茶店へと向かっていた。いつもより仕事がスムーズにいっているので、ちょっと機嫌が良い。
おおよそ音程のはずれた調子で朝と同じ曲をふんふんと鼻歌で歌いながら、彼は喫茶店「sea・ side」の扉を開けた。店内はタコやら貝などの絵が色つきのガラスで壁中に描かれ、ランプが蔓のようにあっちこっちに垂れ下っている。明るい雰囲気だ。カランコロンと括り付けてある鐘の音に反応し、カウンターの中にいる誰かが振り返った。
「あら。カバタ村長。今日はいつもより早いわね。なにかいいことでもあったの?ご機嫌ね。」
そう言うと、その人物は微笑みかけた。茶色い髪を赤いリボンでポニーテールにした若い人間の女性だ。エミさんという。
「ふむ、今日はなんだかうまく仕事がいって、気分上々なのだ。―――いつものあれで。」
カウンター席に座りながら人差し指をピンと立てて言った。するとわかった、というように頷くと両手で優雅に弧を描いたかと思いきや、目にも止まらぬスピードで動き始めた。本当に見えない。両腕以外の身体は固定されたように微動だにせず、時折、空気をシュッ、シュッと掠める音がするだけだ。あまりに速いので、まるで彼女の腕が無くなってしまったかのようだ。
「はい!お待ちどうさま。」
あっという間に盛り付けて出来上がった品をカバタ村長の目の前にコトリと置いた。
この村特産のココナッツコーヒーと、スペシャルバナナクリームパフェ、超ビッグサイズのスパゲッティー・ナポリタンだ。彼の好物である。
カバタ村長は何事もなかったようにサッとスプーンとフォークを取り、まずパフェから食べ始めた。慣れているらしい。

「そういえば、村長さん。あの噂、聞いた?」
エミさんがお皿を拭きながら尋ねた。
「む?あの噂?」バナナを口いっぱいに頬張りながら彼は聞き返した。
「そう。最近、妙な三人組が、ここら辺をうろついているっていう噂。なんでも、例の連続殺人事件の犯人じゃないかって言う人もいるの。まあ、違うとは思うけどね。」
エミさんは、うんざりしたように言った。
「ほう、妙な三人組・・・。聞いたこともない。そんなのがいるのかね?」
「ええ。もう村の何人かの人は目撃したって情報よ。貧弱そうなのと、バカでかいのと、
チビらしいわ。」
カバタ村長は、フームと顎髭をなでながら唸ると思慮深げに目を閉じた。
「まあ、殺人事件の犯人だとは思えんがな。」
「そうよね。三人組っていうのも珍しいし。しかも、そんなに目立って行動したら、まるで『捕まえてくださいー』って言っているようなもんよね。やっぱり、ただの物盗りかなんかかしら・・・?」
顎に手を当てながらぶつぶつとエミさんは言ったが、カバタ博士はすでにナポリタンに取りかかろうとしていて、よく聞いていなかった。

すると突然バーンと勢いよく店の扉が開いた。二人が振り返ると、全身びしょ濡れの革ジャンを着た若い男が顔面蒼白になって、息を切らして立っていた。黒い長髪を垂れ流して、面長でひょろっと背が高い。割と男前だが、ちょっと不良っぽい感じで、怖い。水滴が毛先からポタポタと滴り落ちている。
「た・・・大変だ・・・。あ・・あいつが・・・あいつが海に・・・。」
朦朧とした意識でそこまで言うと、男はいきなりドサッとうつ伏せに倒れてしまった。はっとなってエミさんが駆け寄った。
「ちょ、ちょっと、レン!大丈夫!?しっかりしてよ!!」
焦って首根っこを掴んでがくがくと体を揺さぶった。首から上がだんだん赤くなってきている。
レンと呼ばれたこの男は、エミさんの幼馴染だ。

「よ、よすのだ、エミ!そんなことをしたら死んでしまう!とにかく、そっとしておくのだ。単なる気絶のようだし。」
カバタ村長が慌てて止めに入った。

「・・・ん?あれ?俺、何してたんだ?」
レンがパチッと目を覚まして言った。

「まったく、あんた来たかと思ったら、いきなり倒れちゃうからびっくりしたわよ。
・・・一体、何があったの?」
眉根を寄せてエミさんが聞いた。
すると突然ガバッとレンが起き上がった。
「あ~~っ!!!そうだったーーー!!!あいつがっ!!あいつがぁ~~!!!」
まるでこの世の終わりのように頭を抱えて天井を仰ぎ見て叫んだ。
「お、落ち着くのだ、レン!何があったのだ?あいつとは誰なのだ?」
カバタ村長が心配そうに聞いた。
レンは博士の方を勢いよく振り返った。悲しみでわなわなと震え、今にも涙が溢れ出しそうだ。
「お・・・・俺は・・・俺は助けようとしたんだ、村長・・・・。海に飛び込んだんだが、あんまり波が激しくて、無理だった・・・。
あ・・あいつはいい奴だった・・・。いつも俺の傍にいてくれた・・・。いつだって、どこだって・・・。お、俺のフェアレディX・・・。
・・・・・俺のフェアレディX~~!!!」
声を震わせ、今度は天井を突っ切って天にも届かんばかりに絶叫すると、レンはわっ、と滝のごとく涙を流してひれ伏した。
ただでさえ床がびしょ濡れだったのに、今や洪水状態だ。

説明しよう。フェアレディXとは、レンが息子のごとく溺愛する自慢の真っ赤なバイクのことである。話の内容からして、その命の次に大事なバイクが荒れ狂う海のもくずとなったらしい。

二人は呆気に取られながらしばらく突っ立っていた。
「フェ、フェアレディXって・・・。もしかして、レンがいつも乗っている、あれのこと?」
エミさんがやっと夢から醒めたように言った。
「ふ、ふむ。どうやらそうらしい。明らかに人の名ではないだろう・・・。私は、てっきり、誰かが海で溺れたのかと・・・。」
カバタ村長もようやく言った。でも水が自分の膝小僧まで達してきていることには気付いていない。

レンは、泣いてなんとも情けない顔で二人をキッと睨んだ。
「へん。どうせ、あいつが俺にとってどれだけ大切かなんて、お前らにはわからないだろうよ。
・・・・俺の高尚な趣味は、誰にも理解できないんだ。」
レンはぷいっとそっぽを向いて不貞腐れたように言った。
エミさんは、やれやれ、といったようなポーズをとった。

「まあ、また買えばいいだけの話じゃない!どうせあれ、中古だったんでしょ?またいいやつが出てくるわよ!」
エミさんは、おおよそ痛恨の一撃となるようなことを言って、笑顔でぽんっ、と手をレンの肩に置いた。すると今度は、レンが怒りでわなわなと震えだした。店全体もカタカタと揺れだしている。

「お・・・ま・・・え・・・なああ~~~!!!」
エミさんは、思わず二、三歩後退した。レンはゆらりと立ち上がると、キッとエミさんを睨んだ。怒りの炎が目にメラメラと燃えている。
「・・・あいつは、フェアレディXは、ただの中古なんかじゃない!!垂涎もののクラシックバイクだ!あれを買うまで、必死で金を貯めた俺の苦労がわかるか!?
毎週、毎週、都に通い詰めては―――。」
そこまで言うと、はたとレンは止まった。どこか一点を凝視している。目線の先には、錆びついた金色の縁取りの大きな鏡がある。年代ものだ。

「どうしたの?あんた、鏡にも興味あるの?」
「・・・いや・・・なんでもない。」



「ただいま~。」
突然小さい男の子の声がした。みんなが一斉に振り返った。ランドセルらしきものを背負った小柄な少年で、栗色のサラサラヘアーをしている。エミさんの弟のシンだ。
「あら、シン。早かったわね。学校もう終わったの?」
エミさんが尋ねた。シンは頭を振った。
「ううん。授業はあったんだけどさ、先生が今日は自習ですって言ったら、みんな好き勝手に遊び始めちゃって。馬鹿らしくなって帰ってきちゃった。
・・・ってあれ、レンさんじゃん。カバタ村長も。」
シンが言うと、レンは、よう、と答えた。カバタ村長もフム、と言った。
「ねえねえ、レンさん暇なら僕と遊んでよ!新しいゲームがあるんだ!すっごく面白いんだから!」
シンが目を輝かせながら言った。

「断る。」
レンは答えた。シンは『え~!?』という顔をした。
「へん。ガキの相手なんざ、まっぴらごめんだ。やるなら独りでやれ。」
ぷいっと横を向くと、レンはさっさと出て行ってしまった。

「まったく、あいつはひねくれ者よね。」
エミさんが出て行くレンの後ろ姿を見ながら言った。
「それより早く宿題やっちゃいなさいよ。シン。遅くなっちゃうんだから。」
「・・・は~い。」
シンはうなだれながらも素直にその言葉に従って二階へと上がっていった。



「・・・な~んてね!誰が素直にやるかってんだ!」
階段の踊り場で周りをきょろきょろと伺いながら、シンが言った。すでに窓枠に片足を掛けている。
「お~い!シン!まだなのか?」
ざらついた声が聞こえてきた。友達のワニのピースだ。
「うん!今行くよ。」
シンは窓から身を乗り出すとすぐ壁横のパイプをちらっと見た。慎重に手を伸ばしてしがみつくと、今度は慣れたようにするすると地面に降り立った。
「で、例のあれ、見つかったのか?」
ピースがこっそりと尋ねた。なぜか赤いTシャツを着ている。
シンはニッと笑った。
「もちろん。えっと・・・あっ、これこれ。」
シンがガサゴソとポケットの中を探ると何やら皺くちゃの紙を取り出した。古くてボロボロだ。
「ひえ~。こいつがあの伝説の秘宝が隠されているっていう場所の地図かあ。」
ピースは目を丸くして感心した。
シンはこの前カバタ村長の家に行った時に、読んだ本からこっそり破り取ったのだ。

「さあ、早く行こう。日が暮れちゃうよ。」
「そうだな。」
二人は顔を見合わせてニシシと笑うと、あっという間に駆け出して行った。



コンコンと誰かがドアをノックした。
「シン~?ちょっと入るわよー。」
エミさんがケーキとジュースの注がれたコップをお盆に載せてやって来た。
シンへのおやつの差し入れだ。

ガチャッとドアを開けたとたん、エミさんは目を丸くした。部屋はもぬけの殻だったからだ。

「・・・あの子ったら。また抜け出したのね。」
エミさんはため息をついた。
「もう、帰ってきたらただじゃおかないんだから・・・・・って、あら?」
窓にぽつぽつと水滴がついていることに気が付いた。

「・・・雨?」
窓に手を添えながら、エミさんが呟いた。


一方、カバタ村長はすでに自宅に戻っていた。
リビングのソファに座りながら、今は隣町の町長さんと長電話をしている。
「――ええ。ええ。ではまた金曜日にお待ちしております。失礼します。」
ピッと電話を切ると、カバタ村長はフウッと息を吐いた。
やれやれ。結構長かったな――。
欠伸をしながら立ち上がると、あることに気が付いた。本棚から一冊だけ、不自然にとび出している。
「む?こんな本なんて置いてあったかな?」
古めかしく、とても分厚い本だった。
「そういえばシンが遊びに来た時、これを読んでいたような・・・。」

取り出してパラパラとめくると1ページだけ破れた跡がある。
『ココナッツ村の伝説』という章だ。

突然、カバタ村長は妙な胸騒ぎがした。
この章の地図だけがない。

「まさか・・・。」
なんだか嫌な予感がした。


「お~い・・・。本当にここで合ってるのかあ?」
ピースが息も絶え絶えにシンに言った。
二人は薄暗い洞窟の中を歩いていた。
「合ってるはずだよ。――ほら。見えてきた。」
シンが指をさすと、先がほのかに光っている。
とたんにピースの目が輝き始めた。
「うお~!!やったぜー!!これで俺も億万長者だ!!!イエーイ!!」
手を叩きながら喜んで飛び跳ねた。すると、急にやる気が湧いてきたかのようにピースの目がキラキラと光りだした。
「シン!お宝はすでに我々の手中にある!!レッツゴーだ!!」
そう叫ぶと、ピースはまるで弾丸のように走って行ってしまった。
シンも慌てて、ちょっと待てよー!と言って後を追いかけた。


「何だって?シンが?」
レンが訝しげに聞き返した。ここはレンの家の玄関だ。
「フム。そうなのだ。まさかとは思うが、その『伝説の秘宝』を探しに出かけたのではないかと思ってなあ。」
カバタ村長が顎髭をなでながら言った。
「そんなもんあるのか?」
「いや、ない。」

レンはため息をついた。
「やっぱり家にはいないんだろうな?」
「ああ。ついさっき喫茶店に寄って聞いたら、どこかに出かけたと言っていた。」

レンは鼻で笑った。
「どうせまた、ピースの奴と一緒だろうぜ。」
的中している。

「まあ、行ってやってもいいが、このことをエミに言わなくてもいいのか?」
腕組みをしながらレンが尋ねた。
「う~む、そうなんだが。もしエミに言ったりしたら、一緒に行くと聞かないだろうしなあ。ちょっとあそこは危険だし・・・。」
カバタ村長は考え込むように言った。

「とにかく、あまり暇はなさそうだ。時間がどんどん過ぎる。――まったくシンの奴も、変なこと考えやがって。」
レンが悪態をついたちょうどそのとき、ドーンと凄まじい音が雷のように轟いた。二人ははっとすると、ドアを勢いよく開けて外へ飛び出した。大地が地割れでもするかのようにゴゴゴと音を立てて揺れている。空は真っ暗な闇に包まれ、風が唸りを上げながら物凄い勢いで雨を地面に叩きつけている。


「うわあー!!」
「助けてー!!死にたくないー!!」
多くの村の人が悲鳴を上げながら逃げ惑った。荷物を抱えてよろめきながらも必死で走り抜けていく。

「お・・おい、一体どうなってるんだ?」
道行く人々を見つめながら、レンが戸惑ったように呟いた。
「さ、さっぱりわからん。こんなこと今までに起きたこともない。」
カバタ村長も困惑したように言った。

「お、おい!あれを見ろ!!」
誰かがが突然叫んだ。西の方の山だ。何やらもくもくと青い煙のようなものが、麓からキノコ雲のように大きく広がっている。

「なんだよ、あれ・・・。」
レンもカバタ村長も、呆然とした。



シンとピースはあわあわと言いながら恐怖に震えてそれを見守っていた。
秘宝が入っていると思われた木製の箱を外で開けたとたん、青い煙が噴き出したのだ。

「お・・俺達もしかして、とんでもないものを開けちまったんじゃないのか?」
ピースがうわずった声でシンに尋ねた。
「そ、そうかも・・ね・・・。」
シンが振り絞るように言った。

二人はごくりと唾を呑んだ。

「どうする?」ピースだ。
「どうするったって・・・。」
シンが困ったように口ごもった。本当にどうしようもない。

「ハーハッハー!!愚かな人間どもめ!秘宝などという、くだらん幻想にとらわれたか!!」
頭上から突然冷たく甲高い声が聞こえてきた。青い煙がいつの間にか人の形に変わっている。
でかくて黒い目にとんがった鼻、クルッと巻かれた黒い髭のある顔で肌が真っ青な長身の男だ。ターバンのように白い布を体に巻きつけている。

二人は口をあんぐりと開けた。

「ん?もしかすると、お前たちがこの箱を開けたのか?」
男は初めて二人の存在に気付いたようにそっけなく言った。
シンとピースは無言で頷いた。

男は不敵な笑みを浮かべた。

「ほう・・。そいつは御苦労だったな。おかげで私は外へ出られたのだ。感謝はしよう。どうも、ありがとう。」
男は仰々しくそう言うと、馬鹿丁寧にお辞儀をした。
「どうだ?紳士的だろう?ほかの人間どもと違って、私は礼儀というものを弁えているのだ。」
両腕を広げて、男はせせら笑った。

「い、いったい、お前は何者だ・・・?」
シンが掠れた声で聞いた。

男が冷たい目でシンを見た。

「少年よ、なかなか良い質問だな。私が何者であるのかということは、この世で最も重要なことだ。――ほかの宇宙のどんな摂理よりもな。しかしながら今生きている者は、すっかりそのことを忘れてしまっているらしい。愚かな奴らよ。」
男は額に手を当ててため息をついた。
「そ、そんなこと知っててたまるか!!俺達はお前になんかに用はない!ただ秘宝が欲しかっただけだ!!」
ピースが急に勇気を得たように叫んだ。しかし男にギロッと睨まれた瞬間、小さく縮こまってしまった。

「・・・ふん。これだから無知な輩は困る。最初から秘宝などというものは存在しない。勝手に創りあげられた空想だ。そんなこともわからぬとは、ほとほと呆れる。」


「呆れるのは貴様の方だ。ゼニー。」
突然低い声がした。ゼニーと呼ばれた男は振り返ると、恐怖に目を大きく見開いた。


腰までは届く白い髪に、鷹のような鋭い金色の目をした若い男が、宙に浮いている。
青白い光が全身から放たれて輝き、まるで天体のようだ。

シンとピースはただ呆然と見つめていた。

「な、なぜ・・・何故お前がここにいるのだ!?ノット!!三百年前のあのとき、お前は死んだはずだ!!」
ゼニーが叫んだ。

「あいにく、俺は用心深いんでな。お前が誤って出てきたときのため、死ぬ間際に自らも封印したのだ。」
箱を見ながらそう言うと、最大限の侮蔑を目に込めてゼニーを見た。
「まったく、見下げ果てた奴だ。また地球でも支配するつもりか?それとも宇宙か。」
「ふん・・・。お前になど関係ない!!黙れ!」
「いいや。関係あるな。少なくともこれから起こることに関してはだ。もっとも、もうわかりきったことだが。」
そう言うと、ノットはニヤリとした。
「貴様はまた封印される。そういう運命だ。」
「な・・・何だと・・・!?」

次の瞬間、ノットはさっと右手を上げた。パアアッと光り輝く玉がどんどん膨らんでいく。
「こいつを受け止めてみろ!ゼニー!!」
そう叫ぶと、ノットは勢いよくゼニーに投げつけた。玉は大きな唸りを上げて飛んでいく。

「ふん!そんなものぐらい、わけは・・・。」
しかしその言葉も虚しく、ゼニーはあっという間に光の玉に呑みこまれていった。甲高い悲鳴が響き渡り、目も眩む大爆発が広がった。シンとピースは突風に飛ばされそうになって、必死に近くの木にしがみついた。


「――もう死んだのか?あっけなかったな。ちょっとは楽しめると思ったのだが。」
ノットが呟いた。辺りは静寂に包まれている。


しばらくして二人はよろよろと立ち上がった。
「あ、あの~・・・。あなたは一体・・・?」
シンがおずおずと言った。ノットが横目でじろりと見た。
「・・・お前たちか。あいつを甦らせたのは。」
ピースが、ひいいっ、と悲鳴を上げて両手で頭を覆った。

「安心しろ。お前たちに危害を加えるつもりはない。ただあの箱を開けたことに関しては、あまり感心はできない。」

「ぼ、僕たち知らなかったんです。ただお宝が・・・。」
だんだん尻すぼみになって言うと、シンは自分が言い訳をしていると思った。
何だか自分が恥ずかしくなった。

「まあいい。あいつは死んだ。封印するまでもなくな。――今回は無事に済んだが、一歩間違えれば大変なことになっていた。これからは変な欲にほだされるな。」
ノットが厳しい口調で諭した。
二人ともしゅんとなった。

「で、でもよ・・・あのターバンみたいな男、いったい何だったんだ?怪人か?」
ピースが尋ねた。
「あいつは人の悪の心から生まれた化身、ゼニーだ。三百年前、突然この世に現れ、人々を恐怖に陥れた。俺はあいつと戦って運悪く命を落としたが、なんとかこの世に留まることに成功した。こうした幻影となってな。」
ノットが静かに言った。
「じゃ、じゃあ、あなたは幽霊・・・?」
シンが聞いた。
「まあ、そんなところだ。」
ノットはほとんど面倒臭そうに答えた。
二人は信じられないと顔を見合わせた。

雲間から、光が差し込んできた。

「そろそろ時間だ。俺は戻らなければならない。」
空を仰ぎ見ながらノットが言った。
「戻るって、あの箱に?」
シンが聞いた。
「ああ。ただ正確には、あの箱の蓋に付いている赤い石の中にな。」

シンは箱に目を遣った。たしかに五角形の赤い石が付いている。


「じゃあな。」
ノットはそう言うと、シュウウッと音を立てて吸いこまれるように赤い石へと消えて行った。

シンとピースはしばらく夢でも見たかのようにボーッと箱を見つめていた。


穏やかな日々が戻った。結局シンとピースはあの後、何をしに行ったのかエミにばれてこっぴどく叱られてしまった。おかげでしばらくおやつは抜きだ。

「あ~あ、退屈だなー。」
シンが野原で仰向けになって言った。ポカポカ陽気だ。
「何言ってんだよ。俺はもう、まっぴらごめんだぜ。あんなの。」
ピースも隣に寝転んで言った。
「なんだよー。もとはといえば、ピースが言い出したんだろー?あそこに行くって。」
シンが口をとがらせて言った。
「そりゃあそうだけどさあ・・・。とにかく懲り懲りだぜ。俺は。」
ブルルッと急に寒気が走ったようにピースは身震いした。
シンは呆れたようにピースを見てため息をついたが、手に握っていた紅い石に目を戻した。
日光に反射して、きらきら光っている。
「なんだ、結局持ち帰ったのか?それ。」
ピースが尋ねた。
「うん。なんか、あのままにしておくのもどうかと思って。」
シンはじっと石を見つめた。不思議な五角形だ。
「まあ、あのときの出来事は誰にも言わない方がいいな。エミにまたばれたりしたら大変だし。・・・どうせ信じてもらえないと思うけど。」
シンも頷いた。

「さてと、そろそろ家に帰るか。怒られちまうぞ。――シン!家まで競争だ!!」
ピースは勢いよく起き上ると、もう走る態勢になった。
「え!?ちょ、ちょっと待ってよ!!!」
聞き入れるはずもなく、ピースはダッと駆け出してしまった。どんどん小さくなっていく。

「まったく、いつもこうなるんだから・・・。」
シンはぶつぶつ文句を言いながら、追いかけて行った。

ココナッツ村

ココナッツ村

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 冒険
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-05-15

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

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