車窓からの風景

車窓からの風景

会社への通勤路には高校が有り、ちょうど高校生の通学時間に通りがかる。
何年も同じ道を出勤していても、窓の外の風景は季節毎に、年毎に、変わって行く。


よく小説やドラマなどで、通勤や通学のバスや電車の車内での出会いなどというシーンを見かける。
残念ながら、私は高校までは徒歩か自転車、大学はバイク、社会人になってからは車通勤で、公共交通機関での通学や通勤などの経験が無い。
だから、偶然の産物としての出会いなどには、今まで一度も縁が無かった。
今でも出退勤は車だから、誰かと一緒になってコミュニケーションを取る機会は無い。渋滞する車の列の前後に、同僚の車を見つけて、「今日はあいつの方が俺より早い」などと思う程度だ。

だが、私の通勤路には高校が有り、高校の正門から直近のバス停の方に向かって、渋滞する道が私の通勤ルートになっている。
当然、多くの高校生とすれ違う。男女問わず、さまざまな生徒が居る。どの子も同じ制服を着て、群れを成して歩いている事が多いので、個別の差異は見えない。

数年前、そういう群れの中で毎日すれ違う一人の男の子に気付いた。
汗をかきながら自転車で学校に向かうその子は、体格も顔立ちもがっちりしていて、柔道部か相撲部というイメージがぴったりの子だった。
知り合いでもなんでもないその男の子に、私は顔を眺めるたび「頑張れ、柔道部」と心の中で声をかけた。
もちろん彼が柔道部なのかどうかも判らないのだが、私にとってはどうでもよい事だ。彼につけたニックネームなのだ。
そうやって気にして眺め始めると、毎日のようにその柔道部君とすれ違うのに気付いた。
ただぼんやりと外の景色を眺めていただけでなく、その中に見覚えのある人物を探すようになったのだ。

それが三年間続いた。三年目の四月などは「あれ、彼はまだ卒業していなかったのか」と思った。
体格も良いからてっきり上級生だと勘違いしていたのだが、最初に気付いたのは一年生の頃だったのだろう。
高校生の三年間は長く充実した時期だろうから、外観はあまり変わらなくても、内面は成長して卒業したのだろう。
何の縁も無いオジサンは、時間の流れの外側から、通勤路の風景の中の一点のランドマークとしてそれを眺めていただけなのだ。

その彼が本当に卒業して見かけなくなってしまった今年、新たに一人のランドマークを見つけた。
今度の子は眼鏡をかけた小柄な女の子だ。ショートカットの髪型、背中には紐の長いザック、俯き気味で手にしたスマートフォンの画面を見ながら歩いている。
その娘が私の目を引いた理由は二つ。
何人かで群れになって歩いている学生が多い中、一人で歩いていた事。そして、彼女のスカートの長さだ。
今時の女子高校生はスカート丈が短い。膝が見えるのは当たり前、太腿をなかば以上むきだしにしている娘も珍しくない。その中で膝が隠れるほどの彼女のスカートが、逆に目を引いたのだ。
そして今回も、通勤途中の車窓から、彼女の姿を目で追うようになった。
別にやましい意図が有るわけでもなく、ただ眺めているだけなのだ。
心の中で「おはようメガネちゃん、今日も頑張れ」と思いながら。

ひとつだけ心配が有る。女の子にとっての高校三年間は長い。中身も外観も劇的に変わる時期だ。三年経って卒業する前に、彼女が他の娘と見分けられなくなるんじゃないだろうか。
群れを成し、同じようにスカートを膝上丈にして、メガネをコンタクトレンズに変えれば、絶対に見分けられないだろう。
それとも卒業の頃まで今と同じイメージを保ってくれるだろうか。
今のままで居てほしいのか、時と共に大人っぽく成長してほしいのか。私が願ったところで、なにひとつ彼女には影響を与えないのだが、アイドルのファンのような心境なのかもしれない。
そんな複雑な思いを胸中に、今日も通勤路に車を走らせている。
              

車窓からの風景

出勤途上、地元の公立高校の前を通りがかると、高校生が群れて登校して行きます。
どこにでもある風景なのですが、その中で特定の生徒に目を引かれることもあります。

特別に可愛いと言うわけでもないのですが、特徴を発見し、それを気にしはじめると
毎日すれ違うその生徒が気にかかってしまいます。

別に変な思いが有るわけではないのですが、その成長を見守りたいような
変な方向に変わって欲しくないような、さまざまな思いが湧いてきますね。

車窓からの風景

会社への通勤路には高校が有り、ちょうど高校生の通学時間に通りがかる。 何年も同じ道を出勤していても、窓の外の風景は季節毎に、年毎に、変わって行く。

  • 随筆・エッセイ
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-05-15

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