母さんとたまご粥

*この作品は「NTT西日本コミュニケーション大賞」に投稿するために書かせていただきました。

一人暮らしを始めて、少しずつ母親の有難味を感じてくる男。
そんなある日、彼は風邪をひいてしまいます。

きっと誰しもが感じたときのある一場面です。

大学の入学を機に上京してきてもう1年半になる。人の多さに慣れなず、電車の乗り換えにも慣れてなず・・・一人暮らしの炊事洗濯なんてもってのほかだった。家を出るまでは、鬱陶しかった母さんのありがたみを、二十歳にもなってやっとわかっていた。毎日「勉強しろ」って、耳に胼胝が出来るくらい言われていた。でもそれと同じくらい、毎日毎日朝早く起きて弁当作って、どれだけパートで疲れてても、家事は全部やってくれた。俺は自分のことで精いっぱいなのに、母さんは家族4人分全部一人でやってたんだよな。
ある日、俺は頭が痛くて起きた。咳も止まらない。風邪薬を飲もうと、重い体を起こすが、ふと気づく。薬箱の仕舞い場所がわからない。たしか引っ越しの時「風邪引いても助けてくれる人いないんやから、ちゃんとすぐ出るところにしまっておきよ!」って母さんに言われたはずだ。しかしどこに仕舞ったかわからない。こんな体で探しまわるのも億劫だし、それより部屋が汚さ過ぎて、まともに歩けそうもない。これは寝てた方がマシだ。俺は友達に代筆を頼むメールだけ送った。
思った以上に症状は重く、咳は止まらないし、頭も痛い。おかげで中々眠れそうになかった。そういえば友達が「一人暮らしで風邪ひいたら超つれーよ」なんて言ってたっけ。そのときは笑ってたけど、実際なると、超つれー。咳とか頭痛のせいもあるけど、なにより今部屋で『独り』という状況が辛い。実家にいたときは、ずっと母さんが隣にいてくれたのに、当たり前だけど今いない。

寂しい。

俺はそんな思いをかき消すように、強く目を瞑って、布団の中で小さくなった。


「とし君。欲しいもんあったら、なんでも言いや。」
母さんの声がして、俺は目を開けた。心配そうに、でも優しい笑顔で母さんは俺の頭をなでている。汗だくの母さん。きっとパートから急いで帰ってきたんだ。
「ごめんな・・・一人にさせてしもて、今日どうしてもパートお休みできひんかってん・・・」
申し訳なさそうに謝る母さん。母さんはなにも悪くない。
でもそんなこと口にできない俺。なんだか心配する母さんが無性に気に食わなかった。
「ほっとけよ・・・別に母さんのせいやないか・・・」ってそっぽ向いてしまった。
「とし君のことちゃんと見てなかった母さんが悪かったんや・・・堪忍な・・・」
必要以上に謝るのは気に食わなかったけど、頭を撫でてくれる優しい手は心地よかった。素直に甘えられなくて・・・俺はだまってまた目を瞑った。


ppp ppp
耳元で携帯が鳴り、うるさくて目が覚めた。今のは夢か、なんて思いながら携帯を開くと、ディスプレイには『カナ』と表示されていた。
「もしもし・・・」
『もしもし?ごめん、起しちゃった?』
「大丈夫・・・っで、なに?」
『朝、「代筆頼む」ってだけメールきたからさ、風邪で寝込んでるんじゃないかと思って様子見に来たの。家の前いるんだけど・・・鍵開けれる?』
俺は驚き、急いで鍵を開けた。言っていた通りそこにはカナが立っていた。
「風邪ひいた?」挨拶もよそに、顔を見るなり心配そうにするカナ。
「咳と・・・たぶん熱」
「だったら寝てて。薬は?っていうかなんか食べた?」ずかずか入り込んでくるカナ。
「なんも食べてない・・・」と答えて、よく見ればスーパーの袋を抱えていた。
「とりあえず、これ水。あと台所借りるね。お粥ぐらいなら食べれるでしょ?っていうか食べなさい!っていうか寝てろ!」
俺は頭が回らないのと、体調不良でカナの命令に素直に従った。なんだよ、こいつ俺の母さんかよ、なんて笑っていたら携帯が光っているのに気づいた。

From 母さん   
としくん元気にしていますか
季節のかわりめで風邪などひいていませんか
ときどき電話ください

文章だけでわかる、母さんはメールが苦手だ。「?」の出し方もわからないのだ。少し笑ってしまって
「夢に出てきたのは、これのせいか・・・」なんて呟いてしまった。
母さんのタイミングがいいのか、それとも俺が悪いのか・・・そういえば、夏休みも実家帰れなかったんだ。心配してるだろうな・・・母さん。
俺の上京が決まったタイミングで携帯を買った母さん。いつも電話に出れるわけじゃないだろうからって、メールを覚えようとした。もちろんそれを教えたのは俺で、当時は覚えの悪い母さんにイライラしてた。それでもなんとか覚えて、1日1通のメールが来る。
今日ほど母さんからのメールが嬉しかったことはない。

そうこうしてると、いい匂いがしてきて、目の前には小鍋に入った美味しそうなたまご粥。
「悪りぃな・・・サンキュ。」
「食べさせてあげよっか?」
「自分で食えるよ。」
ふふふと笑うカナ。一言多いのはむかつくがムカツク。
「次風邪ひいたらちゃんと連絡してよーいつでも来てあげるから。手伸ばせば連絡付く、便利な世の中なんだからね。」
確かにそうだと思い、俺は母さんの優しさに似た、たまご粥を頬張った。

母さんとたまご粥

「NTT西日本コミュニケーション大賞」に投稿するため、一気に書きました。
実体験をもとに、ですね(笑

親の有難味を一番最初に感じるのは、やっぱり一人暮らしを始めたときじゃないでしょうか。
大事にしないといけませんね。
感想お待ちしております。

母さんとたまご粥

母さんとカナとたまご粥。 男は女がいないとだめですね(笑 まぁ逆もしかりですがw

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2011-12-08

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted