主は全知全能であった。

○十字路(夜)
   人通りの多い十字路に、ちえが立っている。冴えない制服姿で一人呆然としている。
N「主は、全知全能であった」
   女子高生の姿、突如消える。

○家(夜)
   茶の間に突如現れる女子高生。
ちえ「ただいま」
母親「あら、あんた帰ってたの」
   ちえ、テレビを見る。
   バラエティ番組ではGカップアイドル誕生!と見出しがでている。
   ちえ、怒りの顔をしてテレビを睨む。
   テレビ、突如壊れる。
母親「なに?電波かしら?」
ちえ「チャンネル替えたら直るよ」
   ちえ、自分の部屋へ向かう。
× × ×
   ちえ、自分の部屋の扉をしめ、溜息をつく。鏡の前に立って横を向く。
N「主は全知全能だった。しかし貧乳だった」
   手を胸の前にかざし、力を込める。
N「主は雨を降らす事も、海を割る事も、空をひっくり返すことも、過去にさかのぼっ てテストをやり直す事も出来た。しかし」
   ちえ、溜息をついて肩を落とす。
N「自分の胸を大きくすることは出来なかったのだ」
   ちえ、電気を消して枕に突っ伏し、泣く。
N「主は、そんな自分が嫌いだった」

○コンビニ(昼)
   私服で雑誌を読むちえ。雑誌に目が釘付けになっている。
N「そんなとき、主はある救いを見出した。それは、女性雑誌の裏表紙に載っていた「豊胸手術」の聖なる4文字であった」
   ちえ、ふっと姿を消す。
   床に落ちる雑誌。

○整形外科(昼)
   受付と話すちえ。
受付「大変申し訳ありません。雑誌の反響で5カ月先まで予約でいっぱいでして…」
   ちえ、指をパチンとならす。
   受付に電話がかかってくる。
受付「はい、はい…え、ああそうですか、分かりました…」
   電話をきってちえの方を見る。
受付「ただいま電話がありまして、次にご予約の方がキャンセルになりまして…」
× × ×
   診察室で医者の話を聞くちえ。
N「主の心は踊っていた、あの残酷な悪しき4文字を聞くまでは」
医者「無理です」
   ちえ、不可解な顔。
ちえ「ど、どうしてですか?雑誌には、どんなに小さくても大丈夫!と書いてあったじゃないですか」
医者「いえ、そうは書きましたが…」
ちえ「じゃあお願いしますよ!」
医者「すみません、私達の治療は掛け算のようなものでして…。0は何やっても、0なんです…つまり…」
ちえ「つまり…?」
医者「貧乳過ぎるんです」
   診察室の電子機器が破裂する。

○崖っぷち(夕)
   高い崖、ギリギリに立つちえ。強い向かい風。手にはハサミを持っている。
N「主に残された道はひとつしか無かった。それは女という凹凸の世界から去り、貧乳という概念から脱却することであった」
   ハサミで髪を乱暴に切る。ハサミを崖に投げ捨て、涙を流す。
   股間に違和感を感じ、パンツの中を上からのぞき見る。
   決意の顔。

○クラブ(夜)
   クラブミュージックが大音量で流れる中、男物の服を着たちえは周りを見渡している。
N「男となった主であったが、女としての期間が長かった事があり、恋心を抱くのはいつも男にであった」
   背の高い髭の生やした男を見つめるちえ。男と目が会い、目をそらす。男近づいてきて、隣に座る。
N「主は、ゲイとして生きる事を決めた」
   
○遊園地(昼)
   クラブで会った男と二人で歩くちえ。長蛇の列に向かうと、一瞬にして並んでいた人が居なくなる。二人、笑い合う。
× × ×
   公園のそばの歩道をあるく二人。ちえ、男の頭の上にある看板を見る。すると看板が落ちてくる。その看板から身を呈して男を守るちえ。
× × ×
   居酒屋の個室で飲む二人。ちえ、お酒のグラスを渡す前に、グラスに息を吹きかける。すると酒が一瞬ピンク色に。
   ちえ、にやりと笑う。

○ホテル(夜)
   二人、ガウンを着ている。ちえ、電気を睨みつけると、大きな音を立てて電気が消える。どさくさに紛れ、男に抱きつく。
N「主は、自らの全知全能を使い、至福の時を過ごした。そしてはじめて、他人を愛する事、そして自らの全知全能を愛する事を知ったのだった」
手と手を重ねる二人。
(F・O)

○街(昼)
   メモを見ながら歩くちえ。メモには、カレの好きなもの❤と書いてある。
N「それから一週間、主の、自らの悲観や苦痛は消え失せた。生まれて初めて、生きているという実感を得ていた、しかし」
   遠くを見るちえ。足を止める。
   目を凝らし、何キロ先までも見通す。
   そこには、他の男と手を繋いで歩く、自分の彼氏の姿があった。
N「生まれたばかりの主は、初めて、死というものの深淵を知った」
× × ×
   泣きながら彼氏を問い詰めるちえ。彼氏はそっけない顔。
N「男の理由は単純だった。主は、小さかったのだ。その夜の生活に、盛んな男は満足できなかった、ということだった」
   立ち去る男。
N「主は、怒った」
   男の頭上にある看板を睨むちえ。すると看板が男の上に落ちてくる。看板の下敷きになる男。
   その姿を見て、泣きながら立ち去るちえ。

○廃屋(夜)
   ガソリンをまき、それに火をつけるちえ。火の中に、彼氏との思い出が映る。
   泣きながら焼かれるちえ。
N「主は、泣いた」
× × ×
   朝、焼け焦げて跡形も無くなった廃屋の真ん中に、すすりなく、服だけ焼けた無傷のちえ。
N「主は、不死身だった」

○十字路(夕)
   焼け焦げた服のまま、人通りの多い十字路に立つちえ。
   仲良さそうに歩くカップルを睨む。カップルの笑顔、笑顔、笑顔。ざわざわという雑音、大きくなる。
   ちえ、憎悪の顔。
N「主は、この世界に愛想を尽かされた」
   雑音、消える。
   地球上に人間が誰も居なくなる。
   静かな地球。
   ほっとするちえ、しかし、彼氏との想い出が思い出される。
   膝をつき泣き叫ぶ。
N「主は、主を苦しめる自分以外の他人が全て居なくなった世界で、ようやくお気づきになった。自らを苦しめていたのは、他人ではなく、主、その自らであったと」
   ちえ、鏡を目の前に出し、自らの姿を眺める。
ちえ「私…ごめんね、私…」
N「主は、気付かないうちに自らをある見えない枠に閉じ込めていた事を強く後悔した、そして」
   ちえ、目の前に丸い球体を出す。
N「主は、自らの男の部分と女の部分を、新たな地球の人間の始祖に、それぞれ与えた」
   小さな地球の上に、男女が手を取り合う。
N「主は、もう男でも女でも無くなった。もう、主は、主でしかなくなった」
   男女を見つめるちえ。
ちえ「私、分かったわ。私に何の力が無くたって、私は何にでもなれたわ。だからアンタ方には、何にもあげない」
   少し笑うちえ。
N「主は、全知全能であった」
               終わり

主は全知全能であった。

主は全知全能であった。

キャラクターの魅力は、憧れる部分と共感できる部分のバランス、という理論を使ってみたいな、と思い書きました。

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-05-14

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted