雨が止んだら恋をしよう
現在の登場人物
榛名虹雨(はるなこう)
早乙女晴歌(さおとめはるか)
早乙女雨歌(さおとめうか)
蒼井彼方(あおいかなた)
前世の登場人物
深月(みずき)
女の子の虹雨
虹雨
桜花(虹雨)
吉兵衛(きちべえ)
雷(らい)
雪芽(ゆきめ)
菖蒲(あやめ)
1日目 始まりの雨
私が生まれた日は、大粒の雨が地上に降り注いでいたらしい。
その数時間後、私がこの世に誕生した。そのとき両親は、いつの間にか雨が上がったことに気づいて、窓の外を見た。二人は、空を見て驚いたそうな、空は私たち家族に虹という贈り物をくれたのだ。
そんなことから、両親は事前に考えていた私の名前を取り消して、別の名前を与えた。
その名前は、虹雨。虹の雨と書いて、コウと読む。
雨みたいに優しくて、虹みたいにきれいな、可愛い女の子になってね、そして恋をしてくださいと、母は生まれたばかりの私に言った。
まだ母親の言葉はわからないけど、言いたいことがわかった気がして、私は思わず笑った。
こうして私、榛名 虹雨の人生は始まった。
その15年後の夏、15歳になった私は初めての恋をする。
2日目 はじめての約束
榛名虹雨、15歳。森の丘高校1年、明日から夏休みです。
今年の夏は、新しくできた友達と遊んで楽しい思い出を作ろうと計画中。
「虹雨、おはよう!夏休みの予定決まった?」
話しかけてきたのは、最近友達になった早乙女晴歌だった。
「おはよう。ううん、まだだよ。晴歌は?」
「私、明日桜商店街のくじ引きに行くの‼︎」
「おぉ」
桜商店街といえば、私の大好物”幻のコロッケ”を唯一販売しているところで、しかも毎日品物が変わるので、お客さんからも飽きないし面白いと評判だ。
「いいなぁ。私も行きたい」
「じゃあ一緒に行こう?くじ券たくさんあるから一緒に引こうよ」
「いいの⁉︎やった!」
「じゃあ、明日の8時現地集合ね」
「うん」
友達とはじめて一緒にくじを引く…。明日が楽しい日になるといいな、そのことばかり考えていて、結局今日は授業に全然集中できなかった。
次の日、桜商店街にて
3日目 出会いの雨
晴歌との待ち合わせ場所に到着した頃には、もう晴歌は来ていた。
「ごめん!待ったよね?」
「ううん、全然。さっき来たところだから」
嘘だ、と思った。
そう言いながら、彼女の頬には汗で髪がはりついていた。
「ありがとう、待っててくれて」
「いえいえ。だって約束したからね、一緒に行ってくじを引くって」
「晴歌…」
「行こうか」
「うん」
くよくよと申し訳なく思っていた自分が馬鹿みたいに思えた、そして同時に、晴歌が私と交わした約束を忘れないでいてくれたことに、嬉しさを感じた。晴歌とくじ引きの会場に向かおうとしたとき…。
ポツ、ポツポツポツポツポツと、雨が降りはじめた。
すると突然、晴歌がうめいた。
「あの、バカ…」
「え?」
「ううん、なんでもないの。行こっか」
「うん」
「待って……」
いきなり声のする方から肩を掴まれた。
「⁉︎」
4日目 はじめての友達と…
「待って……」
いきなり肩を掴まれた私は腰を抜かしてしまった。
「雨歌!私の友達をおどかさないでよ。腰抜かしちゃったでしょ」
「晴歌。ごめん、友達ができたっていうからどんな子か知りたくて…」
「まったくもぅ……。虹雨、だいじょうぶ?」
「う、うん。晴歌に瓜二つだったからびっくりしただけ」
「本当に⁉︎」
「うん、本当」
晴歌がうれしそうに雨歌(さん)の背中を叩きながら話しかけていた。
「ねーぇ、瓜二つだって!よかったね雨歌」
そのとき晴歌の表情がくもりかけたのは気のせいだろうか、しかしそれは一瞬のことだったのでよくわからなかった。
「では気を取りなをして、3人でくじ引きに行きましょー!」
「え、俺はいいよ」
この一言にも驚いた。は?俺?だって目の前にいるのは明らかに美少女なのに、女装?もしくは性別不明できょうだいと同じ格好しているの?どうゆうこと?
もんもんと考えていると、晴歌がためいきをついた。
「あー。考えてることが手に取るようにわかるね」
「はははっ」
雨歌(さん)は愉快そうに笑っていた。晴歌が説明する。
「雨歌は男だよ。ただ顔がいいだけなの、だから私と瓜二つに見えてしまったり、女に勘違いされやすい」
「そ、そうなんだ…」
少し安心した。
すると突然晴歌が聞いてきた。
「ねぇ、虹雨。他に雨歌を見て思うことはある?」
「え、特にないよ?すごい美人ってぐらいしか」
「ありがと。じゃあ、虹雨にだけ秘密を教えてあげる」
「秘密?」
「そう、私と雨歌の秘密。誰も私たちの秘密は知らないの、友人や家族でさえも」
「そ、そんな大切な秘密を、私が知ってもいいの?」
「ええ、だって私たちの大切な友達だから」
「そこまで言うのなら、教えて」
晴歌と雨歌は同時に頷いた。
『私たちは…』
次話から話の場面が変わります。
5日目 魔法使い
今日の授業が終わり、夕暮れの空を眺めながら、とぼとぼ歩いて帰っていた私は、今日見聞きしたことを思い返していた。
『私たち、魔法使いなの…』
その言葉を聞いて頭に浮かんだのは、桜の木に寄り添うように佇む少女の姿だった。
その少女の瞳は、憂いを帯びたマリンブルーで、髪の色は銀髪だった。少女は巫女さんの格好をしていたから、たぶん巫女なのだろう。
それにしても、その少女が佇んでいた桜の木を、どこかで見た気がする……。
そうだ、あの木は私の家の近くにある公園に立っている木だ。
そして、狂い桜としても有名な木で、一年中桜の花を咲かせている。
その桜の近くには小さな祠があり、桜の精が住んでいると聞いた。
その桜の精は、なんでも愛する人より先に死んでしまうから、桜の精となって愛する人を見守ると約束して亡くなったらしい。
魔法使いという単語で、こんなことを考えている自分に、なんて妄想癖なのかと、呆れた。
しかし、その考えが、後に私の力を目覚めさせることを、このときの私はまだ知らない。
6日目 魔法使いの過去
虹雨が夕日を眺めながら帰宅している同時刻。
早乙女晴歌とその弟の雨歌は、少しうれしそうであった。
「榛名さん、まだ自分の力に気づいていないようだったけれど、どうなの?」
「あの様子じゃ、まだ気づいてないわね。思い切ってカミングアウトしたけど、心配だわ」
「姉さん、仲間は見つかったんだし、焦ってもしょうがないよ」
「そうね。でも、今月なのよ。魔法使い・魔女狩り。だから、できるだけ早く仲間を見つけて逃がさないと…」
10年に一度の魔法使い・魔女狩り。長年の、人間が持つ負の感情が生みだした行事だ。昔、地上に暮らしていたのは、人間ではなく、魔法使いや魔女がほとんどだった。やがて、人間という魔法を使えない者(種族)が出てきて、彼らは魔法が使える私たちを憎み、魔法使い・魔女狩りという人間の方が魔法使いよりも強いのだと、私たちに見せつけるように、その行事を行った。
神様は残酷だ。やがて人間の中で、度々魔法使いが生まれるようになった。
人間と魔法使いが同じ種族だという証だった。
そのせいで、人間たちはますます私たちを憎みはじめる。そんな中、私たち魔法使いたちも、なぜ私たちが人間なんて下劣な生き物に憎まれなければならないのか。と、人間を憎みはじめる。
両種族の憎み合いが100年ほど続き、憎しみの糸がもう解くことが出来なくなるほど、私たちは、憎みあった。そして今も。
いつ終わるかわからない憎み合いの中、疲れてしまった者もいる。
しかし、そんな簡単に、私たちの半数以上の人は人間たちを許せなかった。
魔法使い狩りで、親を亡くした人、逆に子供を亡くした人、恋人を亡くした人、愛する伴侶を亡くした人など、私たちの悲しみは癒えることはなく、時間も私たちを癒してくれなかった。
私たちは思う、まだ見ぬ仲間たちを助けるために、己の力を駆使して、私たちが感じた痛みをなくしていこうと。
7日目 バケモノと呼ばれた人
人間が私たちを憎み、私たちも人間を憎みはじめたとき、一人の魔女が私たちに人間を憎むことをやめなさいと言った。
その魔女の名前は桜花。魔法使いの中でも特別魔力の強い魔女だった。その魔力の強さや、後の出来事から、バケモノと呼ばれていた。しかし、呼び名とは裏腹に、誰よりも街の人々から慕われていた。
だから私たちは彼女に理解を求めた。けれど、彼女は私たちの訴えを聞いても、考えを変えなかった。
そして、私たちは彼女にさえも憎むようになる。
彼女は、言った。
「今は、わからなくてもいいから。いつか、私の気持ちをわかってくれる人が出てくるはずよ。憎しみに憎しみが絡まって、解けなくなった憎しみの塊。それを、少しでも解すことができるのは、愛だと」
そうして、彼女は魔法使いの街から追放され、人間の男と結ばれたらしいと、風の噂で聞いた。
彼女が人間の男と結ばれて、幸せに生活していても、私たちの生活は変わらなかった。昔と変わらず憎みあっていた。
何ら変わりない日常だった。
でも、私たちの心には、あの日の彼女の言葉か、今でも残っていた。
私たち魔法使いは、愛を知らない。ほとんどがお見合い結婚で、自分たちの意思で子どもを授かることもできる。魔術に頼りすぎて、人間なら自分の実力ですることを、魔術で難なくこなしてしまう。
そんな、魔術を使うことが当たり前の私たちは、人間の感じている嫉妬、後ろめたさ、そうゆう負の感情を感じ取ることができなかった。
そしてある日、皆が気づいてしまった。人間が私たちに抱いている感情を。
今まで、なぜ私たちが憎まれなければならないのかと思っていたが、ようやくわかったとき、私たちは人間に申し訳なさを感じた。
しかし……。
8日目 遠い星の彼方に
夏休みが終わってはや2ヶ月、私たちのクラスに転校生がやって来た。
彼の名前は蒼井彼方。
両親の転勤により、この街に越して来たらしい。
彼が教室に入って来たとき、私はなぜか懐かしい気持ちになった。
なぜかはわからないが、遠い昔にどこかで会った気がする…。
そう感じたのは私だけではなかったらしい、蒼井くんも私をまじまじ見ていたから。
どこかで会ったのかもしれない。それでも結局、いつ、どこで会ったのかわわからなかった。
そして、はやくも1日が終わった。最近、時間が早いと思うのはなぜなんだろう…?
授業の速度はいつもと変わらないし、ただ、自分だけ置いてけぼりにされているような、喪失感と表現すれば良いのかわからない。
私はいったいどうしちゃったんだろう?
9日目 静かすぎる午前
その日ははやく目覚めた。
いや、嫌な気がしたんだ。
自分に向けられているだろう敵意を感じて、思わず目が覚めた。
そしてふと、感じる。
何かが蠢いているような気配…。
周りがあまりにも静かすぎて気持ち悪い。
何かが潜んでいるような感覚に浸る。
時計を見ると11時59分、あと1分で12時だ。
その1分後、私はなにが起こるなんて想像さえできなかった。
ここから過去編です。
第1夜で女の子の虹雨がで出てきますが、それは現在の主人公です。
ちなみに、構成としては、現在→過去(深月編)→過去(桜花編)となっています。
勘違いされる方も多いと思われますので、ここに説明しておきます。
では、過去編をお楽しみ下さい。
第1夜 月の音は永遠の鎮魂歌
ある晩男が月を見ていた。男は独り言をブツブツとつぶやいていて、たまに涙ぐんでいるようにも見えた。そこに、一人の女の子が男に話しかけてきた。
「お兄さん、何を泣いているの?」
男は振り返った。
「あれ?泣いてなかった。ごめんね、コウ、早とちりしちゃったみたい」
しょぼんとした女の子に男は慰めをかけた。
「別にいいよ。でもお嬢ちゃん、こんな夜遅くに出歩いちゃだめだ、はやくお家にお帰り」
「お嬢ちゃんじゃないよ!コウだよ!虹の雨って書いて虹雨。お兄さんは?」
「………………………」
「お兄さんのお名前は?」
「………深月………………」
「ミズキ?」
「そう、深い月と書くんだ」
「へぇ、深いですね〜」
「ちぇっ、どこがだよ」
「深月のこころ、とか?」
「なんじゃそら」
「えへへ!あ、そうだ深月にこれあげる。チョコレート、甘くて美味しいよ。じゃあね!」
深月は受け取ったチョコレートを、まるで何か優しい思い出を懐かしむように見て、虹雨を呼び止めた。
「待て!虹雨」
「ん、なあに?」
「やるよ。魔除けだ」
そういいながら深月が出したのは蝶の模様が刺繍してある傘だった。
「わぁ!深月!今のどうやったの?魔法?魔法なの?」
「ああ、魔法だよ」
「じゃあ深月は魔法使いなのね!」
「……そうだけど、虹雨が考えているようなものじゃないよ。ただ自分の意思だけでモノが勝手に出来上がるだけだ、なんの面白みもないぞ」
「いいなぁ…」
「お前、俺の話を聞いてたのか?こんなもの……」
「聞いてたわ。でも、私よりも自由でうらやましいだけ、私みたいにまだ子供だと、なめられていとも簡単に強い力に押しつぶされてしまうから」
驚いた、まだ子供なのに一人前に苦労していることに。
「じゃあね、深月」
「ああ、じゃあな」
虹雨が見えなくなるまで手を振って見送った。
「虹雨、か…。まさかあいつと同じ名前の奴がこの世にもう一人いるとは…、俺に自分のことを忘れて欲しくないのか?お前は」
彼女が生前、俺に当てて書いた手紙を開いた。
『世界一大好きな深月へ
私はもう、あなたのそばにはいられません。
きっと、あなたは私のことを恨んでるよね、
あの世に行く前に、あなたに聞きたいことがあるの、
私は、ちゃんとあなたを愛せていましたか?
十分だと思ってくれていたのなら、とても嬉しいです。
でも逆に、足りないと思っていたのなら、ごめんなさい。
これからあなたは、私のいない人生を辿るのですね。
あなたは私に十分すぎるほどの愛をくれた、
私はそれだけで幸せでした。安っぽい幸せだなって笑わないでね、
あなたに愛されている。ただそれだけで私の世界は光り輝いていたの、
私を愛してくれて、ありがとう。さよなら。
また来世で逢いましょう。
あなたが、好きです。大好きです。この想いが伝わりますように……。
そして、あなたが私以外の好きな人を見つけて幸せになりますように。
祈りを込めて、
深月を世界一愛している虹雨より』
第2夜 ただあなたのそばにいたかっただけなの…
これは、深月が私の手紙を読む1年前のこと。
私は原因不明の、いわゆる不治の病とゆうやつに侵されていた。病気の進行を遅らせる薬もない、病気の抗体もない、私の身体は日に日にやつれていき、すでに限界を超えていたらしい。
生まれたときから、20歳までには寿命が尽きてしまうだろうと、医者に言われていた私は、焦ることもなく、慌てることもなく、ただ死を待っていた。
しかし、ただ待つだけというのは、非常に心細く、そして、寂しいものだ。いつ消えてもおかしくない私の命、私には、このとき不安を分かち合える相手がいなかったせいもあって、余計に心細かった。
そんなとき出会ったのが、深月だった。その日は病院で検査を受ける日で、病院帰りにふらっと立ち寄ったお店が強盗に遭い、私は強盗犯の人質にされ、彼が助けてくれたのだ。助けてもらった後、彼はお腹を空かせたらしく、幸いチョコレートを持っていたので、彼にあげた。
そしていろんなことを話した、職業や趣味、得意料理や今日これからの予定など、ただ私の病気については一切話はしないことにした。話題はついえずに続き、別れる時間を共に惜しんだ。
しかし、また明日会う約束をして二人は別れた。
そして、次の日もその次の日も、私は彼に会い、話をした。もうその時点で私は彼に恋をしていたのだろう。彼に会うことが、私の生きがいになりかけていた。医者も、私の病気の進行がだんだん鈍くなっていっていることを知り、喜んでいた。だんだん私の外出が多くなり、彼に会う時間が多くなってゆくなかで、私は、自分の死が怖くなってきた。彼に出会うまでは、自分なんか別に死んでしまっていいと考えていたけれど、もうその考え方は出来なくなってしまった。
そんな折、彼から告白される。私は即答できなかった。彼が私のことを好いてくれていた。それは、すごく嬉しかった。けど、私はまだ彼に病気のことを話していない、病気のことを話して彼に嫌われたくない。彼に嘘をつきたくない。いいえ、もうはじめから嘘はついてる。こんな私、彼の前から消えてしまいたい。
そう思い、次の日私は置き手紙を残して、彼から逃げた、そして病院の一室を借りて生活することにした。そして5日が経ち、少し安心すると同時に涙か出た。自分がついた嘘のせいで、大好きな彼から逃げていることに、そして、また病気が私を蝕んできていることに。私はだんだん起きている時間が短くなり、衰弱がはじまっていた。
私が彼から逃げ出してからちょうど一週間たった日、病院の裏庭で昼寝していた私を、優しい手が起こした。
目を開けると、そこには一週間片時も忘れることはなかった彼がいた。私はがばっと勢いよく起き上がると、すぐに逃げ出そうとした。
彼はすごい怒気丸出しで、私の腕を掴んで呼び止めた。
「おい、ちょっと待て!」
もちろん私は抵抗する。
「嫌!離して」
「なぜ俺に病気のことを黙ってた」
「ど、どうでもいいでしょ、そんなこと……」
「どうでもよくない!」
あまりの声の大きさにびくっとしてしまった。
「あ……、ごめん。許せなかったんだ、お前が俺に病気のことを隠して、いつも無理に笑っていたことを知って、どうして俺を頼ってくれなかったのかって思ったよ。それに、好きな女が我慢していることさえわからなかった自分にも腹が立ったし、なぁ、俺ってそんなに信用できない奴だったか?」
深月の気持ちを知って、私のしたことがどれだけこの人を傷つけたかを知ってしまった。違う、違うの深月、あなたを信用できなかったんじゃなくて、これ以上あなたに嘘をつきたくなかっただけなの…。私は、その場にしゃがみこんでしまい。深月にごめん、ごめんと、泣いて謝った。
深月に介抱され、少し落ち着いて考えられるようになって、私が一番焦ったのはなぜ居場所がバレたのか、ということだった、一生懸命考えていると、ひとつふたつ思い当たる節があった。
まず一つ目は、彼の職業が警察官だということ。
二つ目は、私が暮らしていたアパートの大家さんは、優しい人で、彼が私の部屋に何度も出入りするところを見ていたので、彼に私の居場所を教えてしまったのかもしれないということ。
念のため私はなぜ居場所がバレたのか聞いてみることにした。
「一つ質問させて、なぜここにいるとわかったの」
彼は即答だった。
「俺のお前に対する愛だよ」
「嘘つき……。私みたいな女、世の中にたくさんいるわ、どうして追ってきたの。私は自分の病気のことを黙ってた、告白の返事ひとつせずにあなたから逃げた、本当に、どうして追ってきたのよ」
「言ったろ、好きだって。ただそれだけだよ、お前が好きだから追ってきたんだ」
「深月はバカだよ。単純すぎるよ。こんないつ死ぬかもわからない私なんかほおっておいて、他の女と付き合ってればよかったのに……」
「嫌だね。あいにく俺が生涯愛し抜くと決めた女はお前だけなんだよ」
いつの間にか喧嘩していたのに不覚にもドキッとしてしまった。
「別の人にしなさいよ。私なんかと付き合ってもろくなことないわ」
「何勘違いしているんだ?俺がまた告白しに来たと思ったのか?」
「違うの?じゃあ何しに来たのよ」
なぜかホッとしたが、嫌な予感がした。
「プロポーズしに来たんだ」
「…………………………………………」
私は失言した。
第3夜 まだ逝きたくないよ
「………はぁ?」
私は悪い夢でも見ているのだろうか。好きな男がプロポーズしてくれた、それは嬉しいことだが、私はきっともう数年、いや数ヶ月、数週間、数日で命が尽きてしまうだろう。それなのにこの男は私にプロポーズをしてきた、この男はバカなのか?人が我慢していることを難なく破り捨ててしまう。私は深月の荷物になりたくないのに、深月は私を深月の荷物にする気なの?
「どうして私にプロポーズするの?」
「お前が好きだからだ」
「そんなこと、わかってる。どうして一緒にいられる時間が短い私と結婚したいのかって聞いてるの」
「え、OKしてくれるの⁉︎」
「ちっがーう!ちゃんと私の話を聞いて、深月。私の余命は、たぶんもう数えるほどしかない、その時間を、あなたの大事な時間にあてるわけにはいかないの。あなたは普通の健康な人を好きになって、いずれ結婚して、幸せな家庭を築くのよ。だから、私みたいなもう人生終わってる女とは結婚しちゃいけないの」
「そんなこと、誰が決めたの」
「誰も決めてないけど……」
「じゃあ虹雨は俺のこと、嫌いなの?」
「き、嫌いじゃないけど……」
「じゃあいいよな」
もう、断る気力が尽きてきた。あれ?血が足りないのかな、なんだかふらふらするの。それとも……。だめだ、瞼が重い。ごめん、このまま私の魂あっちに行ってしまいそうな気がするんだ。深月、助けて。助けて。
やっと出せた声はとてもか細く、不安定だった。
「み……ず…………」
ごめん、意識が…。深月、私を受けとめて。倒れかけた私をすんでのところで深月が受けとめた。
「虹雨!しっかりしろ虹雨!虹雨!」
あれ?深月の声が聞こえる、おかしいな、どこにも深月の姿は見えないのに。深月、どこにいるの?
すると、暖かい光に包まれた。あ、そっか。私死んだんだね、だからこんなに優しい光に包まれて、あの世への階段を登っているんだ。でも、こんなタイミングではまだ逝きたくなかったのに。未練といえば、最後に一目深月の顔を見たかったなぁ。バイバイ深月、あなたとはまた来世で逢える気がする。だから、また逢おうね。
サヨナラ……。
空耳だろうか、虹雨の、さよならという声が聞こえた気がするのだ。
「虹雨?」
目の前で眠っている愛する人の手を握ると、驚いて反射的に手を離してしまった。
「冷たい……。虹雨?」
まさか…。嫌な予感がする、自分の手を虹雨の口元にあててみる。
呼吸をしていなかった。
俺はこれ以上ないってくらい全速力で彼女の担当医を呼びに行った。
彼女の葬儀は、密葬でひっそり行われた。本当なら、彼女が住んでいたアパートの大家さんなど、たくさんの方を呼びたかったが、彼女と彼女の担当医は彼女が亡くなった後のことを考えて、いろいろと決めていたらしい。
最近いつも考える。
虹雨が俺の前からいなくなるなんて、考えたこともなかった。いや、考えてなかったのは俺だけか、少なくとも虹雨はもう自分の命が残りわずかだと、理解していたし。
ああ、愛する人を亡くすって、こんなに痛いものなのか。虹雨は他の人と幸せになってと言っていたけれど、しばらくは誰とも付き合いたくない。
「虹雨、お前のせいだよ」
虹雨。もう、楽になれたか?もう、苦しくはないか?ただそれだけが、気がかりなんだ。今でもまだお前の死を信じられない自分がいる。人混みに、お前に似た人を見つけたら、人混みをかき分けてでもお前を探してしまうだろう。
なぁ、虹雨。苦しいよ、寂しいよ。お前がいない人生なんて、なんの意味も持たないよ。どうしてくれんの?責任とってよ。死人相手にそんなこと言えないけど……。
虹雨が死ぬ前日の会話を、俺は思い出していた。会話、と言ってもただの彼女の独り言のようなものなのだが。
「ねぇ、深月。私、私ね、死ぬときは雪の上で死にたい。桜の近くのね。きっと、冬に桜が咲いていたら、とても綺麗よ。その景色を見ながらあの世へ行きたいの。
私、死んだら桜の木の精になりたい。そして、あなたの幸せを祈りながら見守っているわ。深月、私以外の愛する人に出会ったら、ここに来て、その子を私に紹介してね。
楽しみに待ってるから」
涙が出た。彼女に求婚し続けたバカな俺。一秒一秒を大切に生きていた虹雨。
ごめん。はやくお前の気持ちに気づいて、支えてやれなくてごめん。
そんなとき、雨がポツポツと降ってきた。通り過ぎ雨だったらしく、すぐに雨はどこかに行ってしまった。雨が止んだことに気づき、顔を上げると、そこは七色の楽園だった。ふと、彼女の名前の由来を思い出した。
彼女が生まれた日は、台風の真っ只中で、大変だったらしい。不思議なことに、彼女が生まれた瞬間だけ、台風の進路が変わり、すぐ台風はどこかに行ってしまったという。そして、七色の楽園を見たそうだ。彼女の両親は、そのときの体験を彼女の名前に与えた。虹雨、今はまだ雨でも、いつか必ず晴れて、虹が見えるから。そういう意味が込められた、大切な名前だ。
虹雨、また、逢おうな。
第4夜 手紙に込める想い
深月に手紙を残そうと考えたのは、私が死ぬ前日だった。
ちょうど雪が、世界を真っ白に染めた日。私はもう、明日には死んでしまう気がして。残り少ない自分の命を削りながら、手紙を書いた。
しかし、すぐに問題が発生する。なにを書けばいいのか、わからないのだ。書き出しは?本文は?伝えたいことがあるから手紙を書こうとしたはずなのに、もうわからなくなっている。
よし、要点をまとめよう。一時間経った後の苦渋の決断だった。
まず、書き出し。「拝啓、村田深月様」うーん。硬い、もっと柔らかく。「やっほー!深月ー!」だめだ、砕けすぎる。じゃあ、「世界一大好きな深月へ」うん、これぐらいかな。書き出しが決まったところで、休憩を入れることにした。
ふー。と一息ついたところで、ドアがノックされた。ドアが開いて、そこから顔を覗かせたのは深月だった。私は急いで書きかけの手紙を机の引き出しの中にほおり投げた。
「⁉︎」
「虹雨?どうした」
「え、なんでもないよ?そっちこそ何の用?」
「ちょっと話がしたくて、出られるか?」
「うん」
私たちは、大きな桜の木の前に立った。
「久しぶりね。ここに来るの……」
本当に、久しぶり。この場所は、狂い桜で有名なところだった。私がよく通っていた場所で、ここに来たカップルは、必ず別れると言われているが、どうやら迷信だったらしい。
雪の中ひっそりと咲く狂い桜、吹雪と共に花びらが舞い落ちる。
「綺麗…」
ねえ、深月。私の時間はきっともう残りわずかだと思うの。だから、時間が来るまでは、一緒に思い出づくりをしたいよ。だめなのかな、私はもう、すぐに消えてしまいそうだよ。深月の顔を思い出す暇なんてないほど一瞬に、溶けてなくなってしまいそうな気がするの。私が死んだら自由になってね、深月に私以外の相手ができるとは考えたくないけど、私はそれで深月が幸せになるならぜひそうなってほしい。私の、ほんのささやかな祈り。
「雪の上で、死ねるかしら」
ふと、口から零れた言葉。
私はずっと、雪に包まれて死にたいと思っていた。
自分でも不思議なくらいの感情だった。
雪の上に倒れこんで、身を委ねてみた。
雪に身を委ねてみると、懐かしいような、悲しいような気持ちになった。まるで故郷に帰りたがっているような……、自分とは全く別の心だ。
自分の心が求めているものはなんだろう。
さて、そろそろ身体にこたえるから部屋に戻るとしよう。
深月にお礼を言って帰った。
「深月、ありがとう」
「うん、今日は特に冷えるから、暖かくして寝るんだぞ」
「わかってるよ。心配性なんだから、おやすみ」
「おやすみ。良い夢を」
「深月も」
今日のうちに手紙を書き終わりたかったため、ずっと起きて手紙を黙々と書いていた。
そして翌日。大きなクマが私の目の下に居座っていた。
少し寝よう。そう思って横になった。
深い眠りについて、目を開けて見た世界は、現実世界とは違い昔の光景に見えた。
チリン、チリン……。
どこからか、鈴の音が聞こえた。音のする方に向かってみると、桜の木の前で、少女が舞を舞っているのが見えた。
第5夜 狂い桜の涙
私の人生は、ある村で誕生したことからはじまる。
その村の名は青葉村。
虹雨という名前をつけられ、そして巫女として生まれた私。
しかし、巫女としてその村で生活していたのは、4年ほどだった。
私はあるとき、髪の色や瞳の色が変わってしまったのだ。同時に望まない能力も手に入れてしまう。
そして、私は村から追放された。乳母と一緒に。乳母が言うには、本当なら殺されていてもおかしくはなかったらしい。そして、私たちが今生きているのは私を産んだ人が、泣きながら懇願したからだということも。その人は殺されてしまったと聞いた。生まれてすぐに、私は私を産んだ人から引き離されて育ったから、実の母親というものに現実味を見出せなかった。
村を追い出されて3日、私と乳母はなにも口にしていなかったので、衰弱しかけていた。
そこに、運良くお寺の住職さんが私たちを見つけてご飯を食べさせてくれた。その住職さんは、吉兵衛という名前の人で、やむなく乳母が亡くなり。私は彼の寺へやっかいになることになった。
第6夜 恩人
私が妻と娘を亡くして、もう4年が経とうとしていた。時間が経つのは本当に早い…。
私の心の溝が埋まるには、あと何年かかるのか、まったく検討もつかなかった。
私の妻、美春と娘の美雪は、いつの間にかこの世から消されていた。私がまだ寺の住職ではなく、豊臣秀吉様に忠誠を誓う武士であったときだ。
秀吉様がまだ天下統一される前のこと、私が戦から家に帰ると、妻と娘は、血まみれで倒れていた。血まみれの二人を信じられなくて、しばらく呆然としていた私は、しばらくして自身の怒りに血が沸騰する音を聞いた。自分の中にあるドス黒い気持ちは決して消えることはなく、今に至るまでその場にとどまっていた。
後に私が本当の娘のように愛する娘に出会ったとき、私は心臓が止まりそうになった。同時に、今度こそこの娘を守ろうと思った。その当時、私はある恩師によって寺の住職をしていて、その娘と、親子には見えなかったが、その娘の親であろう人に、好きなだけここにいて良いといい。その娘には教養を教えた。
数年経って、娘の親が亡くなった。彼女は、死ぬ寸前に自分たちの正体を明かした。
娘のことを考えてのことだったのだろう。私が彼女の話を聞いてすべてを理解したのは、彼女が亡くなり数週間経った頃だった。
その日は突然やってきた……。
まだ本編が終わってないのにおまけです…。『深月の手紙』
拝啓 寒咲虹雨様
元気か?
お前がこの世を旅立って、もう10年だ。
早いものだな、俺は今26、そろそろ身を固める時期なんだろうけど、やっぱりできないよ。
だって、俺はずっとお前と一緒にいるんだと思ってたから…。
お前が20歳までには死んでしまうこと、知ってたけど、やっぱりお前以外とは、今もこれから先も、はっきり言って無理だ。
お前には悪いけど、俺に、命尽きる最後まで、お前を想わせてくれないか?
やだって拒否されたら傷つくけど、俺はそれくらいお前のことが好きなんだ。
さて、こうやってお前に手紙を書いたけど、どうやったら届くんだろう。
あ、七夕みたいに燃やしてみるか。確か七夕って、自分の願いことを書いた短冊を燃やさないと織姫と彦星が叶えてくれないんだたよな。
よし、ちょうどポケットにライターあるし、今ここで燃やそうと思う。
最後に書くこと、は、うーん、そうだな。
虹雨、好きだよ。
なんだか、自分で書いておきながら照れる。
よし、燃やすぞ!
虹雨、何年かかるかわわからないけど、ちゃんと俺はお前のところに帰るから。
じゃあな、虹雨
10日目 うるさすぎる午後
11時59分から1分が経ち、12時ジャスト。
いきなり窓が割れた、次々に発砲する音が聞こえ始める。
「な、なにっ⁉︎」
すると、いきなり寝室のドアが開いて、晴歌が顔を覗かせた。
「虹雨!はやく着替えて逃げるわよ」
「は、晴歌?逃げるってなんで」
「狙われてるのよ!私たち」
「嘘っ、だって私たちなにもしてないじゃない!」
すると、晴歌は寂しそうな顔をした。
「そうね、やっぱり誰でもそう思うわよね」
晴歌は吹っ切ったように私急かす。
「さ、はやくはやく!」
「うん」
雨が止んだら恋をしよう