SS13 「勉強しなさい」

「勉強はイヤだ」と小学生の息子が愚痴を零した。

「もう勉強はイヤ? なぁに我が儘言ってんの。子供が勉強しないでどうすんのよ?」
 小学生の息子のくだらない愚痴に付き合っていたら切りがない。いつもの私なら適当に相槌を打ってかわしているところだが、たまたま気まぐれで話しを聞いてしまった第一声がこれだった。
「なんで子供ばっかり勉強しなきゃいけないのさ?」ほら、始まった。まずは子供だけが理不尽な扱いを受けている、てな感じで攻めてくるのが定番だ。
「大人になったら勉強しなくていいと思ってるの?」
「ママがいつ勉強してんだよ」生意気な口をきくので、まずは一発デコピンを。
「ママだってお料理のレパートリー増やそうって頑張ってるでしょ? こういうのも勉強なの。何も机に齧り付くばかりが勉強じゃないわ」
「でも学校はそんなのばっかりじゃんか」
「先生はただでいろんなこと教えてくれるのよ。すごくラッキーじゃない。大人になると誰も教えてくれないんだから、もったいないでしょ」
「ゲームの攻略法は教えてくれないぞ」
「そんなのは放っておいても勝手にやるでしょうが」と二発目のデコピンを弾く。「国語とか算数をちゃんとやったから、あんたは漫画でも小説でもすらすら読めるんだし、一人で買い物だって出来るんじゃない」
「なるほど……」意外にも効果を示すと納得した、……かに見えた。「なら、もう十分だと思うんだよね」
「十分て?」
「もうたっぷり勉強したから、いいんじゃないかと思って」
「へぇ、まるで全部分かっちゃいました、みたいな口振りねぇ。
 あんたは選挙の仕組みとか理解してる? お月様はなんで地球に落ちてこないか知ってるの?」
「それは……、知らないけどさ……」
「でしょう?」
「でも別にそんなこと知らなくても困らないし、いざとなったらネットで調べればいいだけじゃん」
「それくらい一々調べなくても、世間の常識だから頭の中に入れとけって言ってんのよ」
「じゃあ、二次方程式なんか覚えて何の役に立つの?」
「え? あ、あんた、まだそんなのやってないでしょう?」
「何、慌ててんのさ? 例えばだよ、例えば……」
「将来、もし学者とかになったら必要になるじゃない」
「ならないよ」減らず口はあっさり否定。「ママは大人になって使ったことあるの?」
「残念だけど、それはトップシークレットだから答えられないわ。もっと大きくなったら教えてあげる」私はおほほと口元を押さえて笑う。
「ズルいなぁ。そんな風に誤魔化しちゃって、ホントは使わないんでしょ?」
「使うわ! 子供が産まれると色々と必要になるものなのよ」

 ***

 確かに普段の日常生活で二次方程式なんか使わない。加減乗除とパーセントの意味くらい知ってれば、生きていくのにも困らない。
 でも二次方程式を習った息子が、宿題が終わらないと泣き付いてきたらどうするか?
「ゴメン、分からないや」では、済まされない。
 所詮カエルの子はカエル。オツムの出来もそこそこだ。
 つまり、じきに二次方程式の知識も必要になる。
 本当は私が裏でどれほど苦労してるのか、息子に教えてやりたいところだが、子供の頃勉強をサボったそのツケを、今になって払ってる自分の姿を晒すわけにもいかないし……。
「えぇ? そんなのも分からないの?」なんて、子供の冷やかな視線を浴びたくなかったら、ちゃんと勉強しといた方がいい。

 普段、口を酸っぱくして言い続けてる「勉強しなさい」の矛先は、実は過去の自分にも向けられていた。

SS13 「勉強しなさい」

SS13 「勉強しなさい」

「勉強はイヤだ」と小学生の息子が愚痴を零した。

  • 小説
  • 掌編
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-05-14

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