赫い雪。
赫い雪。〜Y&R〜
あたしはある寒い雪の降る夜に、施設を抜け出した。
夜はお巡りさんに見つかると厄介なので、人目につかない物陰やビルやマンションの非常階段なんかで夜明けを待って、昼に行動した。
脱走して5日目の夜、ビルの非常階段で寒くて震えてうずくまってると、上から降りてきた男の人が
「おい、何やってんだよ?ガキがうろつく時間じゃねーだろが、早く帰れ」
とぶっきらぼうに云い放ち去って行こうとする。。。
「あたしには家なんかないんだよ。。。親からも誰からも見捨てられた要らない子なんだよ。。。」と
口をついて、吐き出すように返した。
「お前、親無しっ子か?。。。俺と同じだな。。。」
男の人はしゃがみ込むとあたしと目線を合わせて云った。
寂しそうに、悲しげな目で。。。
見た目は見るからにヤクザ風で怖そうだけど、その瞳は深い優しさを秘めてるように見えた。
「わかった。とりあえず俺ん家に来なよ、此処に居たって寒いだろ?風邪引いちまう」と
鼻をすすって見せた。
とりあえず拠り所も何も無いし、この数日あまり食べてなかったので、ついて行く事にした。
あたしはあまり怖いとかいう感覚は無かった。。。誰からも棄てられ何も無い。
在るのは世間の冷たさと絶望、ただそれだけだ。
男の人のマンションに着いた。
犯されるのだろうか。。。?
もう、そんな事は施設の園長や職員に何度となくされているので、それしきの事で暖かい部屋に入れてもらえるなら、別に構わないとさえ思ってた。
あたしは部屋の隅に座った。
「おーい、コーヒーとココアどっちがいい?」
男の人はキッチンからあたしに問い掛けた。
「。。。ココア、がいいな。。。」と
あたしは弱々しくか細い声で云った。
しばらくすると、温かいココアの入ったマグカップがあたしの前のテーブルに置かれた。
「飲みな、温まるぞ」と
男の人はコーヒーを飲みながら云った。
「。。。いただきます。。」
あたしは熱いココアを冷え切った唇に運んだ。。。甘くて、暖かい。。。
一瞬の幸せに少しだけ涙が零れた。
「俺はな、ユウタっつんだ。お前の名前は?」
「リノっていいます。。。施設から逃げ出して来ました。何でもやりますから、此処に少しだけでも居させてください。。。」
あたしは、急に緊張から解けた安堵感からか、自分でも思いもよらない事を口にした。
「お前。。。じゃなくて、リノ?お前まだ中学上がるか上がんねーくらいじゃないのか?『何でもやります』とか軽々しく云うもんじゃねーよ」
ユウタはコーヒーを飲みつつ、タバコに火を点けながら云った。
「あたしはもう散々施設で穢されて来たから、そういうのも平気だし。。。ユウタさんも別に良ければ。。。」
あたしは身体一つしか生きる道がない。
今までもずっと。。。
ユウタは眉間に皺を寄せて云った。
「バァカな事云ってんじゃねーよ!俺はロリコンじゃねーんだから、そういうはやんねーから。。。安心しろって。でも施設フケて来たのはヤバかったんじゃね?そんだけ厭だったんだろ?苦痛だったんだろ?」
あたしはココアの優しい甘さと温かさ、そしてユウタの優しい思いに涙が溢れて止まらなかった。。。
「泣く時はシクシク声を殺して泣くんじゃねー。。。鬱憤めちゃくちゃ溜まってんだろ?こんな時は声出して泣け!」
ユウタの言葉で嗚咽が出て、大声を出して泣き崩れてしまった。
貰い泣きで涙目のユウタが云った。
「俺も全く綺麗な人生じゃなかったよ。人を殺した事もある。いっぱい悪い事もした。。。だけど、お前みてるとガキの頃の自分見てるみてぇでよ。。。盗みや人ボッコボコにしたり荒れに荒れてたよ。。。年少にも入ったし、今はヤクザだよ。。。」
ユウタは俯き加減に云った。。。
「好きで生きてるわけじゃねー。。。お前も。。。リノもそうなんだろ?」
あたしは首を縦に振った。
「明日、海の方でもドライブすっか?俺さ海見ると何か癒されるっつーか、心の傷とか何か悪いものが少し埋まる気がするんだよ。。。」
ユウタは斜め上を向いてタバコの煙を燻らせるながら云った。
「リノ、ずっとフケて来てから風呂入ったりちゃんと寝てないんだろ?とりあえずシャワー浴びて、しっかり寝ろ。俺はこのソファで寝るから、あっちのベッドでガッツリ心ゆくまで寝ろ。」
と着替え用にダホダボのスウェットの上下とバスタオルを貸してくれた。
あたしは熱いシャワーを浴びながら、このまま溶けてしまえたら幸せなのにと思った。。。
シャワーから上がるとユウタは既にソファで眠っていた。。。
『ガッツリ寝ろ』と云われたベッドがやたらフカフカで気持ちよかった。。。この5日間の疲れが一気に出て深く深く眠った。。。
翌日目覚めて、リビングに行くと
「しっかしまぁ、お前良く寝たなぁ。もう夕方だぞw」と
ユウタが笑いながら云った。
「そら、5日も育ち盛りが逃亡生活送ってたんじゃ寝るわな」
と苦笑いした。
「あ、そういえば。。。海;」
あたしは思い出して気まず気に云ったら。
「おぅ今から行くぞ、夕暮れの海もいいもんだぜ」
と
スウェットのままで連れ出された。
地下の駐車場に2シータの黒いベンツ。
「かっけぇべ?これ俺の車ぁw」
そそくさと乗ると颯爽と走り出した。
こんないい車初めて乗ったけど、とても乗り心地が良かった。。。施設のワゴン車とは全く比にならない。
しばらく走ると海が見えてきた。
夕映えに茜色が輝く海はとてもとても綺麗で、確かに心の傷を埋めて優しく縫い合わせるようだった。。。
それから2時間ばかり走っただろうか。
陽は暮れ、夜の帳が下りてきた。。、
ある海沿いの駐車場に入って停まった。
「ここ、ナイススポットなんだ」
とウィーンと屋根が開いて折り畳まれた。
「シート倒してみな。。。そこそこ。」
と教えられたレバーを引いたら勢い良く倒れた。
「おいおいおい壊すなよ!もうw」
とユウタは苦笑いした。
「。。。わぁ。。。」
あたしは頭上に広がった星空を見て言葉を失った。。。
「ほれ」
ユウタは近くの自販機で暖かいココアを買って来てくれた。
「あ、ありがとうございます。。。」
あたしがお礼を云うと
「その敬語やめね?何か堅苦しいし、やだし、お前俺の子分とかいうわけじゃないじゃん?歳は違うけど、友達じゃん?」
ユウタは照れ臭そうに云った。
「う。。。うん、わ、わかった」
あたしはぎこちないタメ語で返事した。
「それでよしw」
ユウタもシートを倒して星空を眺めた。
「。。。すごいね、この空にはどれくらい星があるのかな?」
あたしは暖かいココアでほっこりしながら寒さも忘れて目前に拡がる天空の星々に包まれた。
「そうだなぁ。。。億は超えてそうだな。。、ていうか、あんまり何個あるとか多すぎて思わねーしなw。。。やっぱり発想が面白いわ、リノ」
ユウタは笑って云った。
しばし、黙って2人で空を眺めてると
「こんなに楽しいと思った日って最近無かったかも知れねー。笑ったりとか、マジ最近してなかったしな。。。キレたりばっかりで」
「うん、でも優しいじゃんユウタさん」
あたしは云うと
「その『さん』もいらねぇよ、ユウタでいいしw。。。何か妹が出来たみたいで嬉しいわ、俺」
ユウタは感慨深そうな顔で云った。
「俺さ。。。組抜けたいっつか足洗いたいんだわ。でも、簡単には抜けらんないし、めちゃくちゃ悩んでカリカリしてたんだ。そこでリノと出会った。。。お前さ、俺の妹になんない?。。。突飛過ぎておかしいよなw。。。何だろ俺最近めちゃくちゃ病んでるわ」
星明かりがユウタの頬の涙を反射した気がする。。。
「じゃあ一緒に何処か逃げようか。。。」
あたしも不意に口をついて出た。
「え?。。。ついて来れるか?」
ユウタは覚悟を決めたようにあたしを見た、強い眼差しで。
「あたしは。。。何も捨てるものはない。捨てるならば命くらい。。。だったら、この。。。何だっけ。。。いっしょくいっぱん??」
「一宿一飯の恩義かwガキが任侠の真似事かよw。。。ありがとよ」
ユウタははにかんで云った。
「じゃあ、さて寒くなってきた事だし。。。行動開始しますか⁉︎」
ユウタがシートを起こすとエンジンをかけた。
走りながらユウタが説明した。
逃げるに当たって、組の金を持って逃げる事。
ユウタの不穏な考えは上にも薄々察知されているので、常に組に見張りの子分が居る。
そいつを黙らせて、実行といった流れ。
車が停まった。
ユウタは狭い後部座席から拳銃を取り出した。
「お前、手伝えるか?。。。無理だったら待ってていいんだぞ!」
ユウタは真剣な顔で訊いた。
あたしも意を決して
「大丈夫。。。あたしにも手伝わせて、力にならせて!」と
力強く云った。
するとあたしの手にも小さめな銃が渡された。。。使い方を教えてもらって、発進した。
しばらく走ると昨日あたしがユウタと出会ったビルだ。
「此処に事務所あんだよ。。。真ん前に停めるとバレっから近くのコインパに突っ込むか」
と通過して近くのコインパーキングに停めた。
「どっちみちオヤジのデカい方のベンツいただいてくからこいつとはおさらばだけどな。。。」
ユウタはちょっと名残惜しそうだ。
「チャカ、ちゃんと持ったか?まだ安全外すなよ。。。」
「うん、大丈夫」
2人して鬼気迫る感じで雑居ビルのエレベータに乗り込んだ。
3F 犬嶋興業
これが事務所。
「お前ちょっと見えないとこに隠れろ」
ユウタがボソっと云ったので階段の陰に隠れた。
♪ピンポーン
ユウタがインターホンを鳴らすと
『兄貴ご苦労さんす』
と子分がそそくさとドアを開けた瞬間、銃を突きつけて、手招きした。
あたしも銃をスウェットのお腹から出して、構えた。
「安全ちゃんと外しとけよ。。。」
と云われたので外した瞬間。。。
パーン‼︎‼︎‼︎
あたしの銃が火を吹いて子分の頭に当たった。。。
「え?何で。。。」
あたしは絶句した。。。
「あちゃー力込め過ぎて撃鉄引いちゃったんだな。。。あーまぁいいけど、やべーなこりゃ。。。」
あたしは人を殺した。。。
不思議と恐怖とか感じない。。。例えるなら、手に持ってたグラスを落として割ってしまった。そんな感覚。
「とりあえずドア閉めて、金と鍵持ってくぞ!」
そそくさと金庫を開け現金類を紙袋に詰め込んで、机の引き出しから鍵を取ると
「行くぞ、かなりヤバい事になる。。。出来るだけ早く遠くに逃げないと」
と冷や汗をボトボトかきながらユウタが持つものを持って事務所を出ようとする。
あたしもなんだかよく分からないが、大変な事をしでかしたのかと黙ってついて行った。
階段で1階まで降りて隣の駐車場の大きな黒いベンツに乗り込んだ。
外に出ると、雪がちらついていた。。。
タイヤを鳴らしながら、急発進でユウタの部屋に向かった。
とりあえず持って行けるものだけ持って、急ぎ足で部屋を出た。
車はテレビが見れるようになってて、いつニュースになるか、発見される前に出来るだけ遠くに逃げなければ、うんと酷い目に遭わされて殺される。。。あたしはユウタがそんな目に遭うのは、厭だ。
今迄、穢された人生を歩んで来て初めて安堵感や人の優しさを教えてくれたユウタを逃がしてあげたいと心から思った。
「ユウタ。。。大丈夫?」
「あぁ、大丈夫だよ。お前も守んなきゃいけねぇ。行けるとこまで行こうや、な?」
ユウタは蒼白い顔で少し震えながら微笑んで見せた。
「ねぇ?聞いてなかったけど、ユウタっていくつなの?」
あたしは何か話題を見つけて話し掛けてあげないとユウタが緊張でダメになる気がして、話し掛けた。。。あの時ユウタがあたしにしてくれたように。
「23だよ。。。お前こそ実年齢いくつなんだよ?」
ユウタは返してくれた。
「15。。。見えないでしょ?昨日だって『中学上がるか上がんねーくらいだろ』ってw」
「え?マジかよ?全然大人ではないけど、立派な年齢じゃん?。。。長いこと苦しんだんだな。。。」
お互いを少しづつ知って行く内に、何だか気持ちが違うものへと変わって行くような気がした。。。
降り始めた雪は風に激しく舞っていた。。。
そして、逃げ続けて3日目の夜。。。殆ど寝ずに運転し続けたせいでユウタは車のタイヤを中央分離帯に乗り上げて、横転させてしまった。
ユウタは軽傷だったが、あたしは頭蓋骨と鎖骨や腕などの骨を折って3日ほど意識がなかった。。
目が覚めると警察官に取り囲まれてた。
ユウタは逮捕されたらしい。。。子分を撃ったのも自分だと云い張ってたものの、拳銃からあたしの指紋が出た事と防犯カメラの映像で、形としてあたしが撃って殺したと分かったらしい。
全治3ヶ月で退院後、あたしは傷害過失致死と拳銃等不法所持などで少年院に入ることになった。
ユウタも犯人隠避や強盗などの罪で6年の実刑が下りたらしい。
あたしは最初特等少年院に入れられたが、精神の状態が悪いとの事で医療少年院に移された。
そして、20歳の冬に出所が決まり保護観察処分になった。
『後一年待てばユウタと会えるんだな。。。』と
楽しみにして格子の門扉を出て空を見上げると、あの日のように雪がちらつき舞っていた。。。
見上げた顔をふと傍の電柱に向けると、陰でタバコを燻らせる、坊主頭が少し伸びたユウタ。。。
刑務所でものすごくお利口で模範囚とかしてたので、仮釈放で早く出れたらしい。
あたしは溢れ出る涙を堪えきれず、ユウタに抱き付いて大声を上げて泣いた。。。あの初めて逢った夜のように。。。
「ごめんな、本当にごめんな。。。厭な事に巻き込んじまって。。。」
「ううん、いいんだ。これであたしも大人になったし。。。どうよ?」
「綺麗になったな。。。何か惚れるかも。。。」
ユウタが照れ笑いすると。。。
「あたしはもう、惚れてるよ。。。好きだよ、もうガキ扱いも出来ないよね?そこんとこどうでしょ?」
あたしは涙でぐしょぐしょの顔で満面の笑みで云った。
「そうだな。。。あの時既に、色々話す中で共通点多いし、すごい惚れてたのは。。。ぶっちゃけ」
耳まで赤くしてユウタは云った。
「寒いしココアでも買いに行こうか。。。」
ユウタは照れ臭そうにあたしの手を引いて歩き出した。。。
あたし達はこの後、何もしがらみの無い沖縄に移り住んだ。。。
1年後籍を入れて、とりあえず2人だけの「家族」となった。
「もう独りじゃないね。。。」
「子供いっぱい作っかw」
「いっぱいいればもう寂しくない。。。」
刻まれた傷や罪は一生消えないのかも知れないけど、心は浄化されゆくもの。。。あたし達はただひたすらにおもった。
赫い雪。