practice(95)


九十五





 本体は四つ角を脚に支えられて,小さい頃なら十分にくぐれる高さを保つ。転がるぐらいの元気なフルーツを山ほど積んでも大丈夫という持ち手を二つ,備えているところからして本体は多分市場などでそういう使われ方をしていたはずで,近付けば分かることには剥がされたシールがあったことも含まれる。抱っこして入れた犬が気持ち良さげに風に寛ぐところから,小高い丘を磨きあげた,屋根の低い眺めとともに過ごしやすく,上がり道に息を切らした祖父程の年齢の方が息を整えるのに適した地点で,連れて来ていたら,太めの猫が勤めた足を休ませるために僕をずっしりとよじ登ってすとんと眠りについただろう。葉擦れの大きな迎えに続き,動かない陰の中にしっかりと流れる日差しの眩しさにしかめる眉を心地よく思って,引いた汗を拭うことを思い出し,ハンカチはしかし祖父に差し出して,丁重を軽くした仕草で断られる。犬はそれを噛んでしまい,僕はそれをそのままにして,祖父は息を整えている。その中心は,四つ脚に支えられている。
「しかし,これは何のためにこうして設けられたんだろうな。」
 祖父はそう一言を漏らした。
「うん,確かに。」
 僕はそう答えて,それは何も答えなかった。
 我が家の犬が寛いでいるから,今は屋根がない即席の犬小屋のように見えてしまうけれど,そうでないときに何に見えるかというと想像しても,ピンとこない。作った人がいることは容易に想像できるけれども(これが自然発生的でないのは明らかだから),しかし「何として」の方向に進み始めると上手くいかない。「見晴らし台として」,という方向が実感に近く,当たりの丸印を上手いこと手の平に押して貰えそうなのだから,それ以外は考えてもみると残念賞の飴も見送ることになりそうだった。飴は嫌いじゃないのだ。それは甘くなくてもいい。
「お前が使っていたベッドに似ているな。特に赤ん坊のときの。お前もこんな風にして,こっちのことを見てたよ。ヨダレ掛けを目一杯に汚して。」
 より身近で現実的な感想に,「見晴らし台」を浮かべていた僕としては口直しにミントを噛みたい気分になった。が,勿論ガムも何も持って来ていない。二人して「ちっとそこまで。」という気分で犬を連れて,「もう少し,もう少し」を積み重ねてここまで上がって来た。あとはどこを向いても下りになる道,木陰なしの経験を踏まえれば途中で自動販売機はあったけれど,二人で百二十円もあったかどうか。
「横顔はあいつそっくりだったな。」
 そう言って祖父は僕を見て,「今もそうだな。」と,真っ正面から言った。
 方向は当たっていているとしても,造りがさほど変わらない形の屋根から生まれ育った所を切り取ることはしない。ハンカチに夢中な犬の背中を撫でて,祖父とここから見えるものは色違いで済まないものを多く含んでいると思う。例えば屋根裏には一度だけ「泊まった」ことがある。僕と弟と,あとはネズミだけだ。様子を見に来たと偽って,長居した祖父は「朝には気を付けろよ。」と忠告をして降りていった。きちんと起きろ,という意味かと解した僕たちにその言葉は唯一の天窓を通って文字通りに突き刺さり,邪魔者が居ないそこで可視光線は朝から遠慮なく上がり込んでいた。これは線引きには向かないと思った。光はとにかく目に残った。祖父は案の定笑い,カーテンを一度付けてくれた。
「そういえば,何で一度だったの?カーテン付けたの。」
 僕は続けて聞いてみた。
「お前の『お母さん』に怒られたんだよ。悪い遊びを教えるなってな。でも,」
 と祖父はそこで息をつく。横顔だけで見せてするそのウインクはこちらを向かない限り,悪戯っぽく目を瞑ったようにしか見えなくなるということに,それは当然と僕は思った。
「良いことはしたよな?」
 理屈っぽく返そうとして,困る返事が多かった。
 本体は四つ角を脚に支えられて,小さい頃なら十分にくぐれる高さを保つ。
 みると,それは発射台に乗せられてスタンバイしている,遠くを高く飛ぶものにも思えた。ふんわりとして,それから出発する。望遠鏡の丸いレンズの内にあってもそれは四角く写り,けれど勢いを失くすことなく照らされる月明かりを背景にして,ヘルメットをすっぽりと被り,犬が気持ち良さげに風にあたり,小さい姿の人物がハンドルを楽しげにとる。指差し確認をして,あとはもう真っ直ぐなのだ。考えるより長い時間を掛けて,衛星を回るルートを取る。
「そうだな,敢えて見るならベビーカーか,そんなところだな。」
「飛べるもの?」
「それでもいいな。」
 手にした缶ジュースを分け合った。きっちりと百二十円は無くなって,犬とともに,帰り道を行くのがいい。

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  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-05-13

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