私は初めて女性とキスをした。
寡黙で真面目な男子大学生がつづったスケッチブックの「物語」。
大学で出会った、大学一の美少女に彼は恋をした。
彼女は凛々しく、そして儚げで・・・どこか影のある不思議な女性。
そんな彼女の闇や影と向き合い、二人は愛し合っていく・・・
彼にとって最初で最後の大きな恋愛。
彼と彼女の行く末をつづるスケッチブックにはどんな意味が。
彼が何を残したかったのか。
そして二人はどうなったのか。
今までで一番長い作品です。
私も何かを伝えたくて、「彼」を借り表現しました。
よかったら感想ください。
この物語を書くにあたって断っておきたいことがある。それは「私」は「男」ということだ。この持ち主のわからない、真っ白なスケッチブックにつづるこの物語を書いているのは「男」だということを最初にわかっていただきたい。それと、先ほどから私は「物語」と書いているが、これはフィクションではない。今から書くことはすべて事実。しかしそれは、このスケッチブックを手にした貴方にとってどうでもいいことだろう。だから「物語」と言っておく。
それと、この物語で欠かせない彼女のことを紹介しておきたい。
彼女の名前は・・・そうだな、Iとでも言っておこうか。これを書いていることは彼女には内緒だからな、一応伏せておこう。まぁ伏せたとしても、彼女にはばれてしまうのだろうが・・・。
はじまりは・・・もうはっきりとは覚えていない。そんな運命的な出会いとか、そんなものではなかった。同じ大学に入学し、同じ授業を履修した。他に比べて履修者が多いその授業で、私はいつも同じ席に座り、ノートも取らず、でもまじめに聞いていた。つまらない内容ではなかった、でもノートを取る気にはなれなかった。
3回目の授業だっただろうか、彼女・・・Iが話しかけてきたのは。最初は「消しゴムを貸してくれないか」とか、そんな当たり障りのないモノからだった。「いいですよ」と消しゴムを渡して彼女の顔を見た。いや、見とれてしまった、と言った方が正しいのか。とても美しかった。その時はまだ知らなかったのだが、彼女は大学一美人だといわれていたほどだったらしい。私はそういう噂にはとても疎く、興味もなかったから、彼女の噂を耳にしたのも、彼女と仲良くなり、しかも彼女から教えてもらう始末だった。
一週間がたち、4回目の授業。席に着こうとした私に彼女が後ろから「となりの席に座らない?」と話しかけてきた。少し驚いて、しかし美しい女性の誘いを断るわけがなく、「いいですよ。」と答え、私は今までとは違う席に座った。いつもより後ろの席で、先生の顔がとても小さく見える位置だった。声もすこし、聞こえづらかった。授業が始まっても、特に彼女と話すこともなく、淡々と時間が過ぎていった。ただ、声が聞こえづらかったので、私は眉間にしわでも寄せていたのかもしれない。彼女が「もっと前のほうに座った方がよかった?」と話しかけてきたからだ。「いや、声が小さくて、聞こえづらいだけです。」そう答えたら「前回、ノートとっていなかったから、不真面目な生徒だと思ったのに」と少し笑った。「でも次はもっと前のほうに座りましょう。」と言って、今度は微笑んだ。次があることに驚き、そして嬉しかった。笑った彼女もまた、一段と美しかった。
「なぜ私を後ろの席に誘ったのですか?」と聞いた。素朴な疑問だった。決して私はカッコイイ身なりはしていない。傍から見れば、彼女とは不釣り合いな関係だ。「あなたともっと話したかったから。」彼女はそう答えた。いまどきそんなストレートにものを話す人間がいるだろうか。聞いているこっちが恥ずかしくなってしまった。「授業中に、ですか?」地味に真面目な生徒アピールをした。「だって話す機会ないじゃない。」「いくらでもありますよ。私は暇な大学生ですから。」そしたらまた彼女は笑って・・・「だったらこの後私お勧めの喫茶店に連れてってあげる。」と言った。もちろん顔には出さなかったが、私は人生初めてのデートのお誘いと、これから起こるであろう初めてのデートに期待をよせていた。正直顔がゆるまないようにしていたのは大変だったのを覚えている。
授業が終わり、彼女と約束通りデートに出かけた。お勧めの喫茶店と言うのは、大学から少し歩いたところにある小さな古いところだった。落ち着いた雰囲気で、年老いた女性が一人で経営していた。「いらっしゃい、Iちゃん」と女性が話しかけた。「また来ちゃいました。」と彼女もにっこり。そして女性は後ろにいた私に気付き、「あら珍しい、Iちゃんが男の子を連れてくるなんて」と冷やかしたように言った。「いい人なの。」と彼女はまた私が恥ずかしくなるようなことを言った。
喫茶店では色々な話をした。お互い何も知らなかったから、話すことはたくさんあった。最初は「大学での専攻は何か」という本当に当たり障りのない話。彼女は油絵を、私は文学を専攻していた。それから、出身地はどこだとか、小さい頃の話、将来のこと・・・本当にたくさん喋った。彼女はおしゃべり好きなのだろうとその時は思った。喫茶店の客は私たちしかいなくて、彼女の声がよく響いた。決して大きな声ではないのに、彼女の声はよく響いていた。楽しそうに喋る子だとも思った。2人で喋っていたが、6割・・・いや7割は彼女がしゃべっていた。私はもともと饒舌なほうではなかったし、聞いている方が性に合っていたので、それはそれで楽しかった。
喫茶店を出るころにはあたりは暗くなっていて、「送ろうか?」と聞いた。彼女は少し驚いて「そうね、送ってもらおうかしら」と答えた。夜道を私と彼女の2人で歩く。ぽつぽつとある街頭に、2人の影だけが伸びる。大学は田舎の方に建っていたので、なかなか人に会わない。また彼女の声がよく響いた。
数分歩いたところで彼女が「私の家ここなの」ときれいなマンションを指した。「ずいぶんきれいなマンションですね」と褒めると、「親ばかなの」となんだか切なく笑って「あがってく?」と誘ってきた。その時はずいぶん驚いた。驚いて、心臓がとても早く動いた。私だって男なのだから、上がった後のことを考える。彼女にその気がなくても・・・いや、誘ってきたということは彼女にそういう気があるのか・・・とか。色々考えた。「何かこの後用事でもあるのかしら?」と黙ったままの私にまたお誘いの言葉が。「い、いや。一人暮らしの女性の部屋にあがりこんではいけないだろう。」と私は色々な期待を押し殺して断った。そのときは少しだけ後悔した。でもその時の私は変に冷静で、そして子供で、もしそういう展開になってもうまく対処できずに、自分が傷つくのではないかと考えた。その頃の私は女性と付き合ったことはなく、恋愛というものに対して免疫は全くなかった。今にして思えばなんてバカな発想だろうと笑ってしまうぐらいに。だから彼女と喫茶店にいる間も、さっきは「饒舌なほうではない」といったが、女性としゃべることに対しても免疫がなかったものだから、聞き手にまわっていただけかもしれない。
彼女は私の返事を聞いて大爆笑した。それは決して嫌悪感を漂わせるものではなく、私の緊張を吹き飛ばす気持ちのいい大爆笑だった。笑い終わった彼女は「そうね。でもあなたからそんな言葉が出てくるなんて・・」とまた笑った。「そんな不思議だろうか。普通だろう?」というと「気分を害したなら謝るわ。でもそうじゃないの、貴方はたしかに女性に対して免疫はなさそうだけど・・・そうじゃなくて・・・貴方も男なのだなぁと思ったのよ。」と言った。「そりゃそうだろう・・・」なんだか恥ずかしくなった。きっとその時の私は顔が真っ赤になっていたに違いない。暗くてよかったと、心底思ったのを今でもはっきり覚えている。見透かされている、数時間しゃべっただけなのに、彼女は私のことをよくわかっていた。彼女は人間観察が上手い人だった。「私も迂闊だったわ、でも勘違いしないで。私はまだ貴方としゃべりたかっただけなの。」そうまっすぐに言うものだから、私は断れなくて、否、断りたくなくて、家に上げてもらうことにした。でも、もう心臓が早くなることはなかった。喫茶店の延長戦か、と落ち着いた気持ちになれた。断っておくが、そのとき私は残念な気持ちになってはいない。下心なんてなくなっていた。それは絶対だ。
彼女の部屋はマンションの最上階に当たる5階で、見晴らしがとてもよかった。とてもきれいに片づけられていた女性らしい、かわいらしい部屋だった。もちろん女性の部屋に入ることも初めてな私は、下心がなくなったとはいえ、少し緊張した。「座っていて、お茶でも用意するわ」そう声をかけられるまで棒立ちしていたぐらいに。お茶を運んできた彼女は、私が座っている反対側に座り、またしゃべりだした。彼女が特に熱心に話したのは、油絵の、作品作りのことだった。部屋にも私の見たことがない道具がたくさん置いてあった。油絵を描くための道具なのだろうというのは、すぐに気がついた。作品も多くあった。それに気がついた彼女が熱心にしゃべりだした。「いつも描き終わらないの。課題はね、やっぱり授業だからそれなりに仕上げるけど・・・でも自主制作の作品は終わらない。終わらないというより終われない・・・といったほうが正しいかしら。完成って本当にあるのかしら・・・最近よくそのことを考えるの。受験のときは、そういう意味でよかったわ。タイムリミットがあるのですもの。私高校生の時から描き始めたから、そのタイムリミットがある環境しか知らなかったの。でも勿論こんな終われない私だから、受験勉強のときも終われなかったのだけど。でも描くことは早かったから、時間内にそれなりのものが出来たし、だんだん描くスピードも落ち着いていったから、先生からは完成に見えたかもしれないわね。まぁその時の私もタイムリミットでできた作品を完成だと思っていたのだけど。今にして思えば変よね。どんな作品も時間内に終わるなんて。本当、あのころの私がうらやましい。」制作についてよくわからなかったが、『知らない自分』をうらやましいという彼女は、あまり彼女らしくないと思った。「無知な自分がうらやましいですか?」と、今にして思えば、失礼な質問を投げかけていた。でも彼女は真剣に答えた。「無知、そう無知ね。でも私は制限のない制作を知ってしまったことで、作品が仕上がらなくなってしまったわ。それは今の私にとって、とても苦痛なの・・・」カップを持ち上げ、お茶を見た彼女は「そう・・・無知でいいこともあるのよ。」とつぶやいて、お茶を飲んだ。彼女の持っていたカップは大きなカップだったから、彼女がお茶を飲むとき、私は彼女の表情を見られなくなる。だからその時のお茶を飲んでいる彼女の顔を私は見られなかった。カップを下げた彼女の表情は先ほどとは違っていた。「でも、何かを知るということは成長につながるからいいの。きっとこの苦難、乗り越えてみせるわ。・・・そしたら作品、あなたにも見てもらうから」なんだかそれが必然のように、当たり前のように言った彼女を見て、私は嬉しかった。彼女と仲良くなれたのだと思えた、それが嬉しかった。「ありがとう、楽しみにしています。」と笑顔で答えた。そのあと、もう時計の針は8時を指していた。私は「おなかもすいてきたし、そろそろ帰ります」と断って、彼女の家を後にした。
その日の私は、少しうかれていたように思う。美しい女性に誘われ、1日を一緒に過ごし、家にまで上がってしまった。彼女が何を思って私を誘ったかはわからないが、それは事実だった。でもその帰り道に、なぜ彼女は私を誘ったのだろう、と考えると止まらなくなってしまったので、次会ったときに聞いてみようと思った。私は冷静に次回しゃべる口実をも考えていた。
その次は、翌日にきた。学食を一人で食べていた私に、昼食を持った彼女が「となり、いいかしら?」と声をかけてきた。こんなに早く次がくると思ってなかったから、そのとき私は少しむせてしまった。「いきなりごめんなさい。驚かせてしまったわね。」とそのときは少しも申し訳なさそうではなくて、むしろ嬉しそうだった。「いや、びっくりしましたよ。本当に。」と私も笑った。「となりどうぞ」と声をかけ、彼女は座った。「貴方、私に聞きたいことがあったのではないの?」私はまたむせた。「なぜそう思うのですか?」ときくと、「だって食べながら誰かを探している様子だったのですもの。いつもはじっと外を見て食べているのに。」そこで私は疑問に思った。「なぜ・・・私の『いつも』をご存じなのですか?」と。そしたら彼女は真っ赤になった。そして「『いつも』見ていたからに決まっているじゃない。」と答えた。私も照れていたが、なんだか彼女がとてもかわいく見えたので「それは、今流行っているという『ツンデレ』というやつですね。」と言った。そしたら殴られた。意外と彼女は力強かった。「で、聞きたいことはなに?」まだクスクス笑っていた私に彼女が聞いてきた。「なぜ私を誘ったのか疑問で・・・いや、なぜ私のことを『いつも』見ていたのですか?って聞いたほうがいいですか。」と笑って言うと「貴方って意外と意地悪だわ」。とまた可愛い顔で言われてしまった。「まぁいいわ、教えてあげる。父と似ているからよ。」と、笑顔で答えた。意表を突かれてしまった。まさかそんな理由だったとは。「それは、私の顔が老けているということですか?」「失礼な、私の父は若いのよ。・・・でもまぁ、20歳にしては老けた顔をしているかもしれないわね。」と正直に言われてしまった。「自覚はしていましたが・・・はっきり言われると凹みます。」「仕返しよ。」と、彼女はやっぱり美しかった。
その日から昼食は一緒に食べることが多くなった。週に一度二人で出掛けることも、なんだか暗黙の了解になっていた。私は彼女に惹かれていった。二人で出掛けたある日、彼女は言った「この世に偶然なんてないの、すべては必然。漫画でよくあるでしょ、『運命を変える』とか・・・。その『運命を変えられる』ことも、『運命』で、必然なの。この世はなるべくして成り立っているのよ。」と。今はそう思う。私は必然的に彼女を好きになった。その女性は美しく、凛々しく、でもどこか儚げで・・・。凛としている彼女だけではない。時々ひどく弱々しくなることもあった。そこがまた、惹かれていく理由でもあった。
彼女と出会って3カ月がたった。出会ったころは過ごしやすい春の陽気だったのが、いつの間にか暑い夏を迎えた。その日も暑い日だった。実家から仕送りでそうめんが大量に送られてきた。一人では到底食べきれない量だった。そこで思い浮かんだのは彼女の顔。夏の暑さが苦手なのか、彼女は日に日に食べる量が減っていた。そうめんなら、食べやすいだろう・・・、とそれはただの口実だ。学校であったばかりだというのに、私はもうその頃から彼女が好きでたまらなくて、会いたくてしょうがなかった。携帯を取り出し、メールを打った。『そうめんがたくさん届いたので、今から届けに行ってもいいですか?』と。でも彼女からの返信はいつまでたっても来なかった。寝てしまったのか。それとも制作中だったのか、彼女はまめに携帯を見るほうではなかったし、さほど気にせず、明日でもいいか、とその日私は眠りについた。次の日朝起きて携帯を確認すると彼女からのメールが届いていた。『連絡できなくてごめんなさい。』と。少しホッとしてすぐに返信を打った。『大丈夫です。今日学校で渡しましょうか?』と。送ってすぐ彼女から電話がかかってきた。「今からうちに来られないかしら?」と。授業は昼からだったし、彼女の家でそうめんを食べてから一緒に登校するのも悪くはないなと思い、「わかりました、今すぐ行きます。」と答えた。着替えをすませ、文字通り私はすぐに家を出た。自転車で行けば彼女の家まで10分もかからない、しかし私はすぐに会いたくて、急いで自転車をこいだ。彼女の家についてチャイムを押した。彼女はいつもと同じような表情で「早かったわね。あがって」といった。が、その日の部屋は荒れ、彼女もやつれていた。今まで描いた作品をカッターで切り刻み、キャンバスの木材はバキバキに折れていた。驚きを隠せなかった私は、玄関に呆然と立ち尽くした。「どうしたの?あがって、暑いわ。」と、彼女はさも何もなかったように振る舞う。彼女が不安定になっているのは見ればわかる、でもどうしていいかわからなかった。心配すべきなのか、責めるべきなのか。でも決して「どうしたの?」とは聞けなかった。聞いてはいけない気がした。彼女からしゃべってくれるまで、そっとしておくべきなのかと思ったのだ。それは彼女のためというより、触らぬ仏に祟りなし、というやつだった。3か月も付き合っていれば、彼女が少し私と違う感覚の持ち主だということは承知していた。きっと世間的にも彼女は変わり者と呼ばれる性格で、だから私はそのときすぐには「どうしたの?」と聞けなかった。なんだか、嫌われる気がした、嫌われたくなかった。
「けがはないですか?」しばらく呆然と立ち尽くして、絞り出した言葉はそれだった。彼女は驚いた表情をし、そして涙を流しながらこう言った。「『どうしたの?』って聞かないの?」と。間違えたとのかと思い、私はすぐに誤解を解こうとした。「聞かなかったのは、決して君に興味がないとか・・・そういう意味ではないのですが、貴方が普通にふるまっているようでしたから、私も普段通りに振る舞います。でも・・・この部屋で暴れたことはみればわかります。だから『けがはないですか?』と聞いたのです。」私がそう言い終わって、彼女は座りこんで「ごめんなさい。ごめんなさい。」と泣いた。それは子供が泣くか如く、大声で、恥を知らない泣き方だった。彼女が泣いている間、私は彼女の頭をなでてやった。彼女がひどく子供に見え、とても愛おしいと思ったからだ。
いくらかして、彼女は落ち着き始めた。涙も自然とかれ、声も小さくなった。「落ち着きましたか?」と声をかけると「ありがとう、顔を洗ってくるわ。」と洗面所に向かった。私はその間、二人分の座れるスペースを掃除した。座る場所もないほどに彼女の作品は散乱していた。「あら、ごめんなさい。掃除までしてもらって・・・」洗面所から戻った彼女は、先ほどより落ち着いた表情になっていた。「いいですよ。それより落ち着いたみたいで良かったです。もう少し落ち着いたら、掃除手伝いますよ。」と、何事もなかったように振る舞った。まだどうすればいいかわからなかった。「その前に、私の話を聞いてくれる?」「はい。いいですよ。」彼女は私の横に座り「目を閉じて」とだけ言った。わけがわからなかったが、私は黙ってその通りにした。彼女の手が私の膝の上に乗ったのがわかった。やさしい熱を帯びている。彼女に触れられたのは初めてだった。「今までの男性は皆、『どうしたの?』『何があったの?』と質問攻めにしたわ。でもこの行為は言葉にできるものじゃないの。言葉にできるなら、ノートにでも殴り書きする程度で終わるもの。でも私はそれでは足りないから、時々、本当に時々こうやって自分の周りを破壊してしまうの。カッコ悪いわ。でもね、貴方は違った。心配はしてくれたけど、私を責めなかったわ。それで確信したの。」そこまで言うと彼女は黙った。何を確信したのか、気になった。でもじっと待っていた。待っていたのは1分もなかっただろうが、その時はとても長く感じた。
そして私は女性と初めてキスをした。
唇に温かい何かが触れた。初めてで、しかも予想もしていないことだったから状況を整理するのに時間がかかった。キスをしたのだと自覚して、やっと彼女の顔が見られた。彼女もまた恥ずかしくて、私の顔を見られなかったようだ。真っ赤になっている彼女。それは夏の暑さのせいではないことだけは明白だった。好きだという気持ちが抑えきれず「好きです。あなたが好きです。」と、気が付いたら口からこぼれていた。「私も・・・あなたが好きよ。」か細い声で、でもはっきりと聞こえた。天にも昇るような気持ちだった。愛おしいと思う気持ちがどんどんあふれてきた。泣きそうになった。叫びだしそうになった。抱きしめて、キスをしたくなった。興奮のあまり、手が震え、でもどうしていいかわからなかった。彼女は私の異変に気付き「ねぇ、もう一度キス、していいかしら?」と尋ねた。同じ気持ちだったのだ。私は手の震えを抑え、彼女のほほに触れ、今度は私からキスをした。目を閉じて、視界が狭まるなか、彼女の眼を瞑った表情にまた愛おしさがこみあげてきた。この日のことを私は一生忘れることができないだろう。
キスをした日から、幸せな日々だった。彼女が制作をしている間以外、ほぼ私は彼女の隣にいた。それは束縛とかではなく、彼女がそれを望み、もちろん私もそれを望んだ。しかし、付き合ってしばらくたっても、セックスはしなかった。一緒に夜を過ごすことは多々あったが、なんだか彼女が嫌がっているように思えた。私は女性と付き合ったことがなかったから、なんだかそういうものなのかと納得してしまい、特に聞くことも、強制することもなかった。したくないといえばウソになるが、私は隣に彼女がいれば十分だった。
一緒に昼食をとっていた時の話だ。「今日クラスメイトに、あなたと付き合っているのかと聞かれたわ。」と彼女が突然しゃべりだした。「それは、男性にですか?」と、少し嫉妬交じりで私が聞いた。「いえ、女性よ。安心して。」彼女はにっこりと、私が嫉妬していることに気付き、喜んでいるようだった。「それで?」私が聞いた。「そうしたらその聞いてきた子に『似合わない』と言われたわ。」「まぁ・・・確かに。」その聞いてきた女性は、きっと彼女のことをよく知らないのであろう、むろん私のことも。私たちのことをよく知らない輩からすれば、私たちは美女と野獣にしか見えないだろうから。「それでね、私はしめしめと思ったわ。」「しめしめ?」「だって、少なくともその女性は貴方の素晴らしさに気付いてないのでしょう?今の私には貴方しかいないの。だから時々不安になるわ。いつかあなたがどこかに行ってしまうのではと、私ではない、違う女性に貴方を奪われてしまうのではないかと・・・。」私は笑ってしまった。声に出して笑ってしまった。彼女が不機嫌になってしまうとわかっていながら、私は笑うことを止められなかった。「結局、のろけなのですね。」「そうね、でも笑われるなんて心外だわ。」そっぽを向いてしまった彼女、それを可愛いと思ってしまう私も相当な笑い物だとおもった。「でも」彼女はこちらを向きなおし「笑ったあなたを見ることができた。だから許してあげる。」その時、あぁ、心底彼女にはかなわないと思った。
そんな日々が続いた。ずっと続くものだとも思ったし、いつ壊れるのではと不安にもなった。でも彼女がどこかの男性にとられる心配はしていなかった。それは彼女を見ていればわかったことだ。愛されていると、毎日実感できたから。
夏休みに入る前、その日は雨だった。暗くじめじめと過ごしにくい日。彼女はその日体調が悪いからと学校を休んでいた。看病に行くとメールをしたが、学校にいってほしいといわれ、私はしぶしぶ昼食を一人でとっていた。彼女と一緒に食べない昼食は久しぶりで、なんだか視界が広く、そして孤独だった。嫌な気分だった。それはこれから起こることの予兆のようだった。「となりいいか?」後ろから声をかけられた。同じ高校だったYだった。「久しぶりですね。」「久しぶり、一人か?珍しいな。」どうやら彼女と私のことは大学内で相当な噂になっていたらしい。周りでよくこそこそ言われていたものだから、さすがに疎い私でも気付いていた。「今日彼女は体調不良なのです。」Yも私たちのことを聞きに来たのだろうか。高校の時はよく喋っていたものだが、大学に入り専攻が違ったため会う回数も減っていた。興味本位で話しかけたのだろう、適当に話を流せばいいと、私は黙って昼食を食べた。「あの、Iって子と付き合ってるんだよな?」「そうだ。それがなんだ。」「ん~・・・そっか・・・」かれは歯切れの悪い返事をした。祝福するでもなく、反対するでもなく。「何か問題でもあるのか?」少し怖い顔をしていたと思う。「いや・・・俺、お前のこと応援してるんだ。だから、黙ってるのもダメな気がしてさ。」Yは高校のときからいい奴だった、それは変わってないと思った。だから何か言いたそうな彼に、嫌な気はしなかった。「黙る?何かあったのか?」「場所を変えよう。正直あまりいい話じゃないんだ。俺んち近いし、それ食べ終わったら来いよ。」いい話じゃない、その言葉が怖かった。何かが崩れていくような悪い予感がした。
はぁ、とため息をついて彼は話し始めた。嫌な役回りをさせてしまったと、今になって思う。
「昨日の夜、俺友達と飲んでてさ、T町まで行ってたんだ。ここらへんだとあそこまで行かないと飲み屋なんてないしさ。そんで、近道だと思って裏路地に入ったら、・・・そのラブホの前でさ、Iさんが結構年食った・・・俺らの親父と同じくらいのおっさんと口論してるの見ちゃってさ。最初は彼女嫌がってたみたいなんだけど、『あの時のことばらしてもいいんだな』っておっさんが怒鳴って、彼女おとなしくなっちゃってさ。・・・そのままラブホに入っていっちゃったんだ。お前だってあの噂知らないわけじゃないだろう?Iさんの『援交』の噂。俺もそんな噂信じてなかったけど、あんな現場見ちゃったし・・・しかもお前と仲良く付き合ってるみたいだったからさ。俺は応援してるし、少なくともお前の味方だから・・・もし、Iさんに騙される・・・っていうか、そういうのだったら嫌だな、って思ったんだ。」
私は黙って聞くことしかできなかった。悪い予感は的中したと思った。その時はそれだけしか考えられなかった。彼女の噂はなんとなく知っていた。中学の時から援助交際をしているヤリマンだ、と。でもそれは彼女の美しさを妬んだ誰かが小さな噂を流し、それに尾ひれがついただけだと思っていた。確かに彼女は男性慣れしていた。しかし大学一美しいといわれるほどの彼女だ。男性経験がないわけないだろう。何人の男性と付き合ってきたなんて聞いたことがなかったし、興味もなかった。彼女が今私を好きでいればそれで十分だった。Yの話を聞く限りでは、きっと彼女は望んでその男性とホテルに入ったのではないだろうと信じることが出来た。でも、彼女が苦しんでいるならば・・・それはほっとけないことだった。「ありがとう、彼女に会ってくる。」Yは申し訳なさそうに「俺、止めてあげればよかったな・・・。」とつぶやいた。「彼女は君のこと知らないだろうし、Yが気に病むことじゃない。それに教えてくれたことに感謝している。本当に気にしないでくれ。」そう言って私は彼の家を出て、彼女の家に向かった。一応『今から家に向かいます』とメールをして。
チャイムをして出てきた彼女の眼は、真っ赤にはれていた。Yの話は本当に事実なのだと、突き付けられた瞬間だった。そんな私を見て彼女は「お別れを・・・言いにきたの?」とさとすように聞いてきた。表情に感情がなく、まるでお面のようで、なんだか怖かった。「いえ、違います。私は今でも貴方が好きです。だから・・・何があったか話してください。できれば・・・すべてを。」彼女は眼を閉じ、「貴方からの初めてのお願いが・・・こんなことだなんて。なんだか悲しいわ。」と下を向いた。「でも、好きだと言ってくれるあなたを私は信じましょう。もし今から私の話を聞いて嫌いになったら・・・ちゃんと振って。今まで黙っていた私が悪いのだもの。」そう、彼女は静かに言った。
「私はね、自分の父を愛してしまったの。厳格な父だったわ。でも仕事も家庭も大切にしていて、一人娘だった私をそれはもう可愛がってくれた。小さいころの夢は父のお嫁さんになることだったわ。小さい頃はそれを言っても許されていた。そうよね、だって小さい子供の言うことですもの、だれも本気にしていなかったわ。でも私は本気だった。小学生になっても、父への想いは変わらなかった。でも高学年ぐらいのころかしら、だんだん自分の父への想いは普通ではないと気づき始めたわ。誰だって『自分の父親を愛してはいけない』なんて言葉で説明されるものではないわよね。でも私は言ってほしかったわ。だって気づいたころには遅かったのですもの。父を好きで好きでたまらなかった。でもそれを押し殺すしかなかった。誰にも気づかれないように、私は我慢したわ。父に嫌われたくなかったし、家族を壊すようなこともできなかった。友達にも相談できなかったわ。誰にも言えなかった。それでも父への思いは募っていくばかりで、いつか溢れて、止まらなくなってしまいそうだったの。それがとても怖かった。だから、私は父と距離をとることにしたの。ちょうど6年生ぐらいのころだったから、いわゆる思春期の反抗期だと思ったのね、父も母も。だからさほど、気にも止められなかったわ。中学生になって、父としゃべらなくなっても、私の想いは変わらなかった。同級生に告白もされたわ。でも興味がなかった。同じ年ぐらいの男の子に、まったく惹かれなかったの。それでも父への想いを断ち切ろうと思って、中学2年生の夏、一つ上の先輩とお付き合いを始めたわ。でも駄目だった。満たされなかった、むしろ父とばかり比べてしまって・・・苦しかった。その先輩はとてもいい人だったから余計にね。だから結局振ってしまったわ・・・。傷ついていたわ、先輩。私のおかしな想いのせいで・・・先輩は傷ついてしまったの。その時思ったわ、もう誰かと付き合うことはやめようって。父への想いを断ち切れるまで、誰かと付き合うことはやめようって・・・。3年生になって勉強に明け暮れたわ。勉強をしていれば余計なことを考えずに済んだし、成績も上がっていったから・・・父の喜ぶ顔が見れた。今それが余計に父への想いを断ち切ることが出来ない理由だったのかもしれないけど、当時の私は幼かったから・・・それしか私を満たすことが出来なかったわ。そして皮肉にも、とてもレベルの高い高校に入ることが出来たわ。父も母も喜んでいた。そして私は信頼を得ていたの。高校に入っても勉強に明け暮れたわ。ちょうど授業内容も難しくなっていったしね。ある日私は高校近くの喫茶店で遅くまで勉強をしていたの。その日は父と母の結婚記念日で、なんだか家に帰りたくなかったのね。気がついたら終電の時間だったわ。叱られるのを覚悟で家に帰って、勉強していたら遅くなってしまったと言ったら、父も母も怒らなかったわ。心配はしていたけれど。でも私はそれを機に、喫茶店で遅くまで勉強をしたわ、時々本を読んだりもしていたけど。成績はどんどん上がり、そのうち先生や周りのクラスメイトからも信頼を得たわ。皮肉なものね、本当に・・・。理由はとても不純なものなのに、結果だけ見れば私は優等生だったの。携帯を買ってもらったのもそのころだったわ。遅くなるなら連絡しなさいと、父から渡されたわ。」彼女はそう言って、持っていた携帯を取り出した。きっと携帯はそのころから変わっていないのだろう。それでも傷一つない携帯は、彼女の父への想いの証拠なのだと思った。彼女はつづけた。「寒い冬の夜だったわ。学年末テストのころだった。いつになく必死で勉強をしていた私に、一人の男性が声をかけてきたの。
「いつも勉強しているね。飽きないのかい?」その男性はちょうど父と同い年ぐらいで、父によく似ていた雰囲気を持っていた、それが第一印象だったわ。私はなんだか彼に惹かれてしまって・・・そう父に似ているから。でも惹かれてしまって、勉強をやめ、その日はずっと彼としゃべっていたわ。とても楽しかった、彼も楽しそうだった。左手の薬指に指輪をしていたけれども、私は父に似た彼をその日のうちに愛してしまった。いや・・・彼を父と重ねていて・・・父への想いを彼にぶつけていただけだったわ。当時の私は彼を愛していたと、勘違いしていたけれど。その日からほぼ毎日、彼を喫茶店で待ったわ。連絡先も交換していたから、来られない日は連絡がきて、がっかりすることもあったけど・・・成績を落とすわけにはいかなかったから、彼に会えない日は勉強をして気を紛らわしたわ。そんな日々が冬の間続いた。彼は色々な話をしてくれたわ。家庭のこともふくめて。
「もう結婚して20年たった。子供もIちゃんぐらいだね。奥さんは私に興味がなくなってしまった。子供が出来たころからだったかな・・・最初は寂しかったけれど、今はもう慣れてしまった。慣れっていうのは怖いもんだね、まったく。子供も・・・娘なんだけどね。Iちゃんと違って不真面目な子でさ、朝帰りなんてしょっちゅうさ。僕が家を出ると同時に、帰ってきたときはびっくりして叱ることもできなかったよ・・・小さい頃はよくなついてくれてたんだけどな・・・」寂しそうにする彼と父と重ねたわ。父もさびしがっているのかしらって。その時気付いたの、私は彼自身を愛しているのではなくて、父と彼を重ねているだけだって。でも遅かったわ。彼自身を愛してなかったとはいえ、私の心は彼で満たされていたの。父と重ねられる、彼で・・・。私は彼を手放したくなかった。私のものにしたくなったわ。休日に会う約束をしたの。最初は驚かれたわ。彼もそう言っていた。
「最初は君を退屈にさせてしまうのではないかと思ったけど、僕は娘と遊んでるみたいで、たのしいもんだね。」と。私も楽しかったわ。父とデート・・・、恋人になった気分だった。そしてその日の帰り、彼から告白されたわ。
「年も離れているし、僕には家庭がある。こういうことを言える立場ではないことも重々承知したうえだ。でも僕は君が好きだよ。君が僕を好きなことも・・・きっと外れてはないだろう。でも同じ好きかどうかは確信が持てない。僕は君を女性として愛している。君は・・Iはどうなんだい。」私は嬉しかったわ。彼には家庭があるとはいえ、心は私に向いていた。恋人になれなくても、彼は私を愛していた。父に愛された気分だったわ・・・。」切ない笑顔だった。嬉しかったことは事実だろう。でも今の彼女はすべてをさとしてしまっているから、彼への申し訳ない気持ちでいっぱいなのだと思った。彼女は話すことをやめなかった。
「私たちは付き合うことになった。いわゆる愛人というやつね。帰りが遅くなっても、メール一本いれれば何も言われなかったし、私は親からの信頼をうまく使ったわ。喫茶店で彼が来るまで勉強をし、一緒に晩御飯を食べ・・・どこかに出かけることもあったわ。セックスもしたわ。初めての相手は彼だった。とても満たされた気分だったわ。でも彼との交際は長くは続かなかった。会社の人にね、私と一緒にいるところを見られてしまったらしいの。娘の友達だといって、何とかごまかしたらしいけど、それから彼は私と会うことを避けるようになったわ。そして別れたの。私は我慢できなくなったわ。彼を愛してしまったことで、満たされることを知ってしまったの。それから私は父と同い年くらいの男性と寝ることが多くなっていった。お付き合いする人もいたけれど、そうじゃない人もいた。ほとんどの人が結婚していたから、長く続く人はあまりいなかったわ。でも言い方は悪いけど・・・変わりはいくらでもいらし、私はその瞬間は満たされていたの。もちろんその瞬間だけ。でも父を愛する気持ちは・・・薄れていくどころか、濃くなっていったわ。」衝撃の事実だった。それにもかかわらず、私の彼女への想いは変わらなかった。むしろ嫉妬していた、その彼女と寝た男性たちに。
「高校3年生の春。先生に呼び出されたの。夜遊びはしていたけれど、そのぶん勉強はしていたから、私は優等生で通っていたし、最初は驚いたわ。いい報告ではないことは、先生の表情でわかったわ。そして、それは当たってしまったの・・・その当時付き合っていた男性とホテルに入っていくところを、担任の先生に見られてしまったの。援助交際かと、聞かれたわ。もちろん否定した。でも・・・信じてもらえなかったわ。クラスメイトがね、違う男性と私が歩いているところを写真にとって先生に報告していたの。優等生で先生からは信頼されていたけれど、生徒からはあまりよく思われていなかったわ。レベルの高い高校だと言ったでしょう。だから成績の良かった私を妬む生徒も多かったみたい。最初先生たちも写真を見せられても、私を信じていたみたい。でも、先生自身が、しかも違う男性とホテルに入ってくところを見てしまったから・・・もう信じてはもらえなかった。援助交際だと決めつけられ、両親にも報告されたわ。母は泣き、父はとても怒ったわ・・・。当然よね。お金をもらっていなかったとはいえ、私はたくさんの男性と体を重ねたことは事実。しかも親の信頼をうまく利用したうえでよ。私は何も言わなかった。謝ることもしなかった。悪いことをしたとは思っていなかったから。だってそうでしょ?私はただ・・・」「そうだね。貴方は、父を愛していただけだから。」彼女はまた切ない笑みを浮かべた。「その日から父は私を嫌うようになったわ。顔を合わすこともなくなっていった。母は、どうしていいか、わからないようだったわ。悪いことはしていなかったけれど、申し訳なかったわ、結局私は家庭を壊してしまったのだから。高校は退学こそまぬがれたけれど・・・、母がね、必死で頭を下げてくれたみたい。高校側も成績の良かった私を失うのは惜しいと思ったのね。大っぴらに公開はされなかったけれど、卒業までのテストで学年首位をとることを条件に、私は停学処分ですまされたの。さすがに・・・今まで以上に勉強したわ。成績が良かったとはいえ、首位をとったことはなったし、家庭を壊してしまい、それでも頭を下げた母に少しは恩返しになると思ったから。なんとか卒業まで学年首位をとり続けたわ。本当になんとかね。学力のほうではなくて・・・やっぱり高校でも私の停学の理由についてみんな噂していたもの。停学が明けてしばらくは・・・きつかったわ。やめてしまいたかったけれど、母の手前、やめたいなんて言いだせなかった。高校も居づらくて、家も居づらくて・・・。去年一年は息がつまる生活だったわ・・・。自業自得だけど・・・。お茶、とってくるわね。」聞いているだけの私ものどが渇いていた。私はうなずき、彼女は台所に向かった。話を聞いていくうちに出会ったころの彼女の言葉を思い出した。『父にいているから』という言葉。彼女は父親に似ているから私に興味を持ったのだといった。興味を持ったきっかけにすぎないなら、私はそれでもいい。でも、もし今も私自身ではなく・・・父親と重ねているだけだとしたら・・・そう考えると不安でしょうがなかった。彼女の過去を知っても、私はそれでいいと思った。月並みの言葉だが、今の彼女があるのは、過去の彼女があるからだ。彼女の言葉をかりるなら『この世はすべて必然』なのだ。彼女がそういう生活を送ってきたからこそ、私の好きな彼女があるのだ。
「ちなみにね、絵を描き始めたきっかけも、そういうことがあったからなの。」今制作途中であろう作品を見ながらそう言った。「停学が明けてから、母に頼んで、絵画教室に通わせてもらったわ。最初は嫌がっていたけれど、すぐに承諾してくれたわ。きっとまた夜遊びをするのではないかと考えたのね。でも私は何か・・・夢中になれることを探していたの。そうでないと、心が壊れてしまいそうだったわ。自業自得だったから簡単に壊れることは、自分でも許せなかったけれど、昔から絵を描くことは好きだったし、いい機会だと思ったの。少し皮肉だけれどね。でも絵を描いていると、心が落ち着いたわ。楽しかった。絵を描いている時間は唯一心が落ち着いたわ。そして絵画教室の先生に、ここの大学を勧められたのは夏休みだったわ。芸術大学を目指す生徒に交じって私も描いていたのだけれど、画力は彼らに劣っていなかったし、成績もよかったから、ここの大学を先生に勧められたの。やさしい先生だったわ。『Iちゃんの通ってる学校は進学校だから、芸術大学に進学したいというと先生にいい顔をされないだろう。まぁIちゃんが目指したいというなら、僕は全力でサポートするけれど。でもIちゃんは作家志望というより、まだ趣味で絵を描いているという感じだから、ここがいいんじゃないかな』って。たしかに私は作家になりたいわけではなかったわ。そんなこと考えたこともなかった。でも絵は描き続けたいと思ったの。」私はその顔も知らない先生に感謝した。彼女にこの大学を進めてくれてありがとうと。私と会わせてくれてありがとうと。そしてやはり必然だとも思った。彼女が油絵を始めなければ、私は彼女と出会うことはなかった。つまり、彼女がたくさんの男性と寝たことや、父親を愛してしまったことは、必然だったのだ。少し、私のいいように解釈しすぎだが、それでも私はそう思うことしかできなかった。お茶を飲んで彼女はつづけた。「進路先については、父も母も何も言わなかったわ。高校の先生はもっとレベルの高い大学を勧めたけれど、興味がないとはっきり断った。すきな油絵も勉強できて・・・何よりよかったのは実家を出ることが出来ることだったわ。父に嫌われ、少しは父への気持ちは治まっていたけれど、それでも嫌いになることはできなかったし、なにより家にいることがつらかったから・・・。ここの大学なら、自然と家を出られたってわけ・・・本当に皮肉なことばかりね・・・」
「それでも・・・」彼女が言い終わると同時に私は喋り始めた。聞いていて募り募った思いを爆発させるように。
「それでも・・・私は貴方と出会えてよかった。本当に。父親を愛していたという貴方も、たくさんの男性と体を重ねたという貴方も、私はそんな貴方がいたからこそ、貴方とここで出会い、そんな貴方を愛しています。私はいまでも・・・今の貴方を愛しています。でも気になることが1つだけあります。貴方は私を好きだと言ってくれました。ぞれは・・・『私自身を』ですか?私は貴方の父に似ていると、貴方は言いました。もし、父親と私を重ねているだけなら・・・」言葉が出なかった・・・。私自身も、もし重ねられているだけだとしたら、どうしていいかわからなかったのだろう。正直今でもわからない。
彼女ははっきりといった。「貴方自身を愛しているわ。」彼女は今まで見たこともない剣幕で、そしてまっすぐな眼で答えた。「確かにあなたは父と似ている。でもそれは容姿のことだけであって、性格は全く違うものだわ。貴方は私の言葉を待ってくれたわ。いつだって・・・。決めつけることもなく、私自身を見てくれようとした。父も、そして今までの男性も、みなそんなふうに待ってくれる人はいなかった。嬉しかった。そう、私が暴れてしまったときに、私はそれを確信したの。私は貴方が好き・・・いえ、愛しているわ。」
その言葉だけで十分だった。私は何年ぶりかに涙を流し、そして彼女も泣いた。その日は大学に行かず、ずっと二人で過ごした。
夢を見た。
彼女が隣で寝ていた。起きる様子はなかった。気持ちよさそうに寝ていたから、私は起こさなかった。彼女の寝顔を見ていた、ずっと。静かに眠る彼女は、とてもきれいで、愛おしかった。ふと顔を上げると、そこは海だった。彼女の胸まで波がきていた。でも、それもきれいで、私は彼女を波から引き離すことはしなかった。そして私も彼女の隣で眠ることにした。だんだん冷たくなっていく彼女の手を握って・・・。
「父に・・・お父さんに告白しに行こうと思うの。」
朝、彼女は突然言い出した。その日はいつの間にか手をつないで寝てしまったらしい。寝ぼけた私を見て「おはよう。ついてきてくれる?」といった。支離滅裂だったけれど、彼女は頑固なところもあったし、融通の利かないところもあったから、私は素直に「もちろんです。」と答えた。
その日は土曜日で、Iの父親も家にいるようだった。私は一回部屋に帰って、出かける用意をした。駅で待ち合わせをして、私たちはIの実家に向かった。
電車で3時間。彼女は窓の外をみたまま黙っていた。そしてぽつりと「1年半年ぶり・・・かしら」とだけいった。私たちは2年生だったから、入学してから一度も帰っていないのだと知った。私は彼女の顔をじっと見て、これから起こることをすべて受け入れようと誓った。
「私の実家よ。」彼女が指した先は豪邸だった。「ずいぶん立派な家ですね・・・お父さん何をされている方なのですか?」と聞いてしまった。「大学教授よ。」彼女は嬉しそうに答えた。父を尊敬しているようだった。そして彼女は前を向き、深呼吸をして家に帰った。
家にお邪魔してすぐ、彼女の母親に会った。母親は彼女のことをとても心配していたようだった。「彼氏よ。」と彼女が紹介すると、とても嬉しそうに笑いかけてくれた。とてもいい人だと思った。「父と・・・話してくるわね。ここで待っていって。」私は彼女が以前使っていた部屋に案内され、そこで待った。
何分だったか、何時間だったかわからない、長い長い時間が過ぎた。Iはちゃんと告白できただろうか。気持ちを伝えたれただろうか。できたとしても父親に軽蔑されてはいないだろうか。彼女は・・・笑顔で戻ってくるだろうか。考えるのは彼女のことばかり・・・どれだけ思っても、想っても足りなかった。
「ただいま。」真っ赤な眼で笑顔の彼女が部屋に帰ってきた。たくさん泣いた跡があった。でも悲しくて泣いたのではないと思った。彼女の笑顔に嘘はなかったから。
「父に、ちゃんと想いをぶつけられたわ。とても驚いていたけれど・・・誤解もちゃんと解けたわ。ごめん、ありがとうって言われたわ、たくさん。父が謝ることも、感謝を述べることもないのにね・・・」彼女はまた少し泣いた。私は彼女の頭をなでながら、彼女の話を聞いた。そして私も一緒に泣いた。「父は怒らなかった。軽蔑もしなかった。たくさんたくさん頭をなでて、辛かったね、って言ってくれた。」
受け止めることのできない想いを、父親は父親として受け止めたのだろうか。女性として泣いていた彼女を、父はあくまでも娘をあやしていたのだろうか。その光景は、あまりにも残酷で、美しかっただろう。見なくてもわかる、目をつむれば、その光景は広がったから。素敵なお父さんだと思った。彼女が好きになるはずだ。
帰り道、きれいな夕焼けが広がっていた。手をつないで駅まで歩き、電車の中でもたくさんたくさん話した。Iのお父さんにもご挨拶をして、娘を頼みます、まで言われてしまった。照れくさかったけれど、とても嬉しかったし、何年後かに、本気で私から頼みにいこうとも思った。彼女は「まだ早いわよ。」と照れていたが、まんざらでもなさそうだった。私はとても幸せだった。彼女も幸せそうだった。
電車を降りて、駅から家まで手をつないで帰った。きれいな星空だった。彼女も空を見上げ「きれいね。」といった。「えぇ、とてもきれいです。」と私も答えた。
彼女は突然手を離し、私の一歩前に出た。
「ありがとう。こんな幸せな気持ちは初めて。父を愛してしまって以来、こんな穏やかな幸せは初めて。愛されることが・・・愛される人に、愛されることがこんなに幸せなことだなんて知らなかった。貴方に出会えてよかった。父を愛して良かった。だって父を愛さなければ貴方に声をかけることもしなかっただろうから。貴方と出会い、貴方に声をかけ、貴方と付き合って・・・本当によかった。・・・ねぇ覚えている?この世は必然なんだって、すべては必然。これを信じるようになったきっかけも、父を愛するようになったから。父を愛してはいけないとわかっていても、それでも否定はしたくなかった。間違えだなんて思いたくなかった。だから、仮説を立てたの。父を愛していることは何か意味のある必然的なことだったのだと。自己暗示で、自己満足でしかなかったけれど、でも・・・今それが必然だと証明された。私は貴方と愛し合うために・・・こんな幸せになるために、辛い時期を乗り越えてきたのだと・・・本気で思えるよ。」
月明かりで輝く彼女の涙は、それはそれはきれいだった。
でも、抱きしめようと思った瞬間・・・・彼女は宙を舞った。
酔っ払いの乱暴な運転だった。彼女は即死。私はその場から動けなかった。彼女を抱きしめることもできなかった。それからのことはあまり覚えていない・・・。救急車が来て、葬式があって、Yやみんなに心配されたけど、でも私は立ち上がれなかった。立ち直れるはずもなかった。幸せだったから・・・彼女が死ぬ直前まで、私たちは人生最大の幸せのなかにいたのだから。酔っ払いの運転手を恨むこともできなかった。彼も即死だったらしい。電柱にぶつかって、車がすごく変形していたのをぼんやりとだけ覚えている。私はどうしていいかわからなかった。大学にも行けなかった。大学には彼女との思い出がたくさんありすぎて、行けなかった。本当は部屋にもいたくなかった。ここにも彼女は何回も遊びに来ていたし、夜をともにすることもあったから。でも、体をかされることは一度もなかったな・・・。
大学にもいかず、飯もろくに食べない私を見かねて、両親は実家に戻ってくるように言った。それでも動かない私をとうとう両親は迎えに来た。母親が引っ越しの準備を進めた。大学はとりあえず休学扱いになったらしい。母親は片付けながら、必死に私を励まし、そして何も心配はいらないといった。事情はIのご両親に聞いたらしい。母は、「あんたがそんなに人を好きになるなんて・・・皮肉だけど、かあさん嬉しいよ。」なんて言っていた。片付けをしていた母さんが、一冊のスケッチブックを私に渡した。「部屋の隅っこに落ちてあったけれど・・・これIさんのじゃないの?」その通りだった。Iが愛用していたスケッチブックだった。私は恐る恐るそれをとり、心の中でIに謝ってから、中を開いた。そこには、私ばかり描かれていた。横顔、料理をしている後姿、寝ている顔、寝ぼけた顔、拗ねた顔、驚いた顔、そして・・・笑った顔。その横にはメッセージが書いてあった。
ずっと隣にいたい。お父さんとは違う、この人の横で。
ずっと ずっとこの笑顔を見ていたい。
たくさんのスケッチブックの私は、いろんな表情をしていた。自分でも想像できないぐらい豊かな表情をしていた。きっと彼女の前だからだろう。私はこんな楽しそうな顔をしていたのか・・・自分でも本当に驚いた。
そしていろいろ思い出した。父と似ているからと、私に声をかけた彼女。初対面の私とずっとおしゃべりしていた彼女。感情をうまく浄化できずに、モノに当たってしまう彼女。私のことをすべて見通してしまう彼女。父を思っていた彼女。『普通ではない』常識からずれてしまった彼女の想い。たしかに彼女の行動には、常識はずれなところもある。しかしそれがなんだ。自分で書いておいてなんだが常識なんてなんだ。『普通』ってなんだ。
実家に帰った私は、Iのスケッチブックばかり見て過ごした。鉛筆で描かかれていたが、Iに触れるように、時々そっとなでたりした。時間がどれだけ経とうとも、私のIへの想いは募っていくばかりで、私の生活が前進することはなかった。それでも毎日励ましてくれる両親をみていたら、将来のことを考えずにもいられなかった。
このままではいけない。
じゃ、どうすればいい。
その繰り返しだった。
朝、母が私を起こしに部屋まで来た。「今日はいいお天気だから、風が気持ちいわよ」と。確かに心地よい風だった。何か、その日までと違うものを感じた。朝食を食べ、私はポツリと「今日・・・出かけてくる。」といった。母も父も驚いて、そして母は大喜びをしていた。二カ月も外に一歩も出ていなかったらしい。いつのまにか衣替えの時期も終わっていた。母は急いで薄手のコートをクローゼットから出してきて、あまり遅くならないようにね、と付け足した。なんとなく通勤する父と一緒に出た。かばんには、携帯電話と財布とスケッチブック。とても軽かったが、何かを運ぶという行為自体も久しぶりだったせいか、なんだか重く感じた。しかし何か月ぶりかの「いってきます」と「いってらっしゃい」はとても優しく、母はとても笑顔だった。
父と駅まで一緒に歩いていた。私の父も、私に似て・・・否、私は父に似ていたから、私の父もあまりしゃべらない人だった。そんな父が「どこに行くんだ。」と、話しかけてきた。とても低くて、やさしい声だと思った。「特に行くあてはありません・・・風邪が気持ちよかったので。」「そうか。」また優しい声だと思った。たくさん心配をかけた、いや、心配させているんだろうなと、改めて思った。そしてこのままじゃいけないとも思った。駅が見えてきたころ、父が突然「公園にでも行くといい。今日はきっと公園も穏やかで、少しは気持ちが晴れるんじゃないか」とアドバイスをしてくれた。「・・・そうですね。いってみます。」父の言葉が嬉しかったので、私は素直に従うことにした。
池やジョギングコースもある、少し大きめの公園まで、私は足を運んだ。平日だったせいもあって、程よく静かだった。私は日のあたるベンチに座り、行きかう人を眺めていた。犬を散歩している女性が多く、時々すれ違いざまにおしゃべりをする人たちもいた。ジョギングする老人も多かった。夏の間も走っていたのだろう、健康的に焼けた肌がすこし羨ましかった。二時間ぐらい眺めていただろうか、心地い風が横切って、ふとかばんからスケッチブックを取り出した。またIに触れるように優しくなで、Iを想った。
「ずいぶんお上手に描くんだねぇ」
後ろから突然声がして、私は急いで振り向いた。私の後ろにはおじいさんが立っていて、おじいさんはスケッチブックを眺めていた。「おや、これは君じゃないか。」「あぁ、これ、私が描いたものではないんですよ。」おじいさんの陽気な雰囲気に押されたのか、私の口は素直に答えていた。ふと、両親意外と口を聞いたのは久しぶりだなと思いだした。「もしかして・・・これを描いたのは、君のこれかい?」とおじいさんは少しからかうように小指を立てて笑っていた。私は小さく笑って「えぇ・・・もうこの世にはいないんですけどね・・・」と余計なことまで言ってしまった。しかし気づいたのは言ってしまった後のことで、やってしまったと思ったが、このおじいさんとはもう会うことはないだろうとも考え、謝ることはしなかった。おじいさんは少し間おいて「そうか・・・だったらわしとおそろいじゃな。」と意外な返答をした。「おそろいって・・・」「あぁ、わしも少し前にね、妻を亡くしてしまったんだよ。」おじいさんは晴れた空を見上げ、笑顔で言った。そして続けた。
「妻とは・・・なんだか妻って恥ずかしいな。ばあさんとはね、よくこの公園で散歩していたんだよ。子供たちが家を出て、いわゆる第二の人生ってやつは・・・楽しかった。ふたりでゆっくり過ごした。手を繋いで、よく散歩したんだよ・・・。」この人も愛する人を亡くしてしまった、ということはおじいさんの表情としゃべり方ですぐわかった。しかし明らかに私と違うところがあった。おじいさんは前を向いていた。でもあまり羨ましいとは思わなかった。「でも、お前さんは大変だね。」「え・・・」「わしは老い先短い。第三の人生と開き直って、短い間、一人暮らしを満喫するつもりじゃが・・・お前さんはまだまだ長い。特につらい時間は長く感じる・・・まだまだ若いのに・・・苦労しているのう・・・」おじいさんはしゃべりながら私の頭をなでた。そして空を見上げ「こんなにも空は綺麗に晴れているのに・・・」と付け足した。私も空を見上げた。「そうですね・・・綺麗ですね・・・」と少し泣いた。
しばらくしておじいさんは帰った。買い物を忘れていたと言って。一人になった私は、まだ空を見上げていた。「あんな遠くに行ってしまったんですね・・・」とつぶやいて、Iがいるから綺麗なのかもしれないと思った。
そして私は気が付いた。
彼女に会いたいという気持ちと、私がこれからすべきことを。
何度も何度も考えたことだったが、それはある意味、非現実的ではなさすぎて、行動に移せなかった。しかし、Iを想うと、私の考えは馬鹿らしく思えた。彼女は彼女のしたいように生きていた。そんな彼女に私は惚れた。それだけでいいことに、私は気づいたのだ。
そして今に至る。これを書き始めて何時間経っただろうか。すっかり外は真っ暗だ。きっと父も母も寝ている時間だろう。好都合だ。もう少し、私が何をこれからしようとしているか、それを書いたら家を出よう。もう帰ってくることもない。
私は、命を断とうと思う。場所は悩んだ末、海に行こうと思う。Iと手を繋いで寝てしまった夜に見た夢のようなきれいな海で。このスケッチブックと一緒に。
きっとこれを読んでいる貴方は、私の考えを否定するかもしれない。しかし私は今、とても晴れた気持ちだということを、知っていてほしい。
確かにIがいなくなって、私は生きる意味を見失った。だから死ぬ。これは間違いない。しかし、私は試してみたいのだ。死後の世界に。死後の世界には必ずIがいる。私はそれに賭けたい、否私にはそれしかないのだ。おじいさんは言った。「お前さんはまだまだ長い」と。私はもう我慢できないのだ。Iに会えもしないこの世界で、ずっと立ち止っているのは。Iに会いたい。私にはもうそれしかない。それだけでいいのだ。
Iも苦しんだ「常識」や「普通」。私もそれで悩んだ、Iがいなくなってからずっと。しかしIは「普通ではないこと」を貫き通した。私もそうしたい。
Iは死後の世界で、自分の命をたった私を怒るだろうか・・・。いや、「待っていたわ」と言ってくれそうな気がする。
では長々とよんでくださった貴方。きっと私はもういないけれど。
いってきます。
私は幸せです。
追伸 両親へ
もしこのスケッチブックが渡ってきたら、Iのスケッチブックと一緒に墓に埋めてください。今までありがとう。私は幸せです。
私は初めて女性とキスをした。
最初この物語を書き始めたときから、エンドは決まっていました。
賛否両論あると思いますが、私は「人それぞれ」だと思うのです。
長編、とまではいかなくとも
私の最長作品です。
たくさんの人に愛されればいいとおもいます。