うさぎとかめ。

苦手な方は早めにお逃げください。
ぬるいですが、一応BLです。

うさぎとかめのパロディーです。

仕事に疲れ、くたびれた男たちが集う夜の酒場がある。そこには今日も二人の男が酒を飲んでいた。
「おい、もうやめとけって。顔、真っ赤だぞ。」
「うるっせーな。お前は俺の、かーちゃんかっ!」
しゃっくりを交えながら喋る完全に出来上がった男と、それを宥める男。その二人は幼馴染みで、よくここで集まって酒を飲んでいた。
「かーちゃんじゃねーよ。あほかお前。おら、水飲め水。」
「うー? やだ。」
「やだってなんだよ、ったく。俺はお前のためになあ。」
どこぞの小姑のような台詞を吐きながら、男はため息をついた。
「あー、もう。お前は俺の鉄の理性に感謝しろよ…。」
小姑のような男は独り言を呟いたが、呑んだくれた男の耳には届かない。その代わりに、大いなる不満の声が返ってきた。
「お前はいいよなー。仕事できるしさー、顔もいいし、背が高いし、なんでも出来て、女の子にもモテて。それに比べて俺はさー。仕事じゃミスしてばっかりで、背が高いわけでも、特別かっこいいわけでもなくて、女の子にモテたことなんて、一回もないんだぜ? 俺とお前、幼馴染みでずっと一緒に生きてきたのに、何がちがうんだろうなー。」
「さあな。」
と言いつつ、小姑のような男は呑んだくれた男の持っている酒を然り気無く水に変える。
「お前にも、いいところはたくさんあるだろう。他の誰が知らなくても、俺はそれを知ってる。なあ、そう言えば、お前、足が早かったんじゃなかったか。」
「うう? 速かった、けど、今もそうとは限らないじゃないか。今はお前のほうが速いかも知れない…。」
呑んだくれた男は呑んだくれると僻みっぽかった。姑のような男は、それでも呑んだくれた男を励まそうと言葉を続ける。
「じゃ、じゃあ、競争すればいいじゃないか! そうしてみればわかる、そうだろ?」
すると、全く無関係な隣に座っていた中年男が、
「兄ちゃん、青春かい? いいねー、じゃあ、おっさんが審判してやろう!」
青春などではないのだが、そもそも二人とも既に三十路近い年齢であるのだが、呑んだくれた男は何しろ酔っているのでそんなことは気にならない。申し出を受け入れた。
すると中年男は、今からやってとっとと終わらせてしまえと言いつつ自ら外に出ていってしまった。
冗談半分でというか、酒の勢いでいっただけのつもりだった姑のような男は、しかしここでやめるわけにはいかないか、と腹をくくる。審判を頼んだ中年男も、次の日にはけろっと忘れていてくれることを望んでいたのだが時既に遅し、だ。適当に負けたふりをすればいい。きっとあいつもそれで満足するだろう。
「位置について。」
わらわらと店にいた他の男たちもギャラリーとして集まってきた。ついでに、呑んだくれた男のテンションもあがってきたらしい。ギャラリーに向かって手を振るなどしている。
「よーい。」
ゴール地点はここからまっすぐ進んだところにある丘の頂上。
距離も相当あってこれじゃあ走るのが速いという問題よりも持久力のほうが問われそうだ。なんて言葉は、素面ではない男たちの耳には届かない。
「どんっ!」
その音と同時に二人は走り出した。呑んだくれた男はフルスロットルで、姑のような男は己の持久力にみあう速さで。
それを見た中年に言う。
「なんだありゃ、ウサギとカメか?」
それ以前に、審判というなら先にゴール地点にたどり着いていないといけないのではないか?
酒によった男たちはただやんややんやと騒いでいた。もちろんこのとき、中年男は既に自分が審判なんてものを引き受けたことを忘れている。

カメと称された男は走る。もうとうの昔にウサギと称された男は見えなくなっていた。しかしそのことはカメの気持ちをひどく焦らせていた。
別に負けることが問題な訳ではない。それは寧ろ本望なのだ。それよりも問題なのは…。
「酔ったまま走るなんて、体に悪いに決まってるだろ!」
アルコールの巡りを絶賛奨励しているだろうウサギのことだった。
普段なら問題ないんだ、だけど今あいつは酔っているんだ。もし、酔いが回ってどこかそこら辺の路上で寝るなんてことになったらどうするんだ! あまつさえ、俺以外の男に拾われでもしたら…! 俺のウサギが…。だいたいあいつもどうかしている! スタートの時に散々他の客に色目使いやがって、惚れられでもしたらどうするんだ! ウサギは自分の可愛さに自覚が無さすぎる!
と、言った調子で理性の欠片もなかった。
そして結局、ほどなく走ったところで倒れているウサギを見つける。
別段急性アルコール中毒になっているなどというわけでもなく、ただすやすやと眠りこけていた。
それが悪かった。
カメは一瞬にして表情を消し、今見たウサギの安らかな寝顔を忘れるがために走り出した。
自分が若かった頃でも出せなかったような速さで、ゴール地点へと――。
たどり着いたところで、我に帰った。自分はなんのためにさっきまで走っていたのか。ウサギを助けるためではないか。なのに一人で先走ってどうする。本末転倒ではないか。
そうして、もと来た道を引き返そうとしたときに、カメの体力は尽きた。

「何やってるんだよ。」
ウサギの声がしてカメは目が覚めた。
目の前にはウサギの顔。カメは跳ね起きる。
「う、わー。寝てたのか。あれ? 仕事は?」
「休みだろ。だから昨日二人で飲みに行ったんじゃないか。」
そうか。そうだった。昨日の出来事を順に思い出していく。
結局、俺はこいつに勝ってしまったのか…。ここにいると言うことはこいつの貞操は無事だったのだろうが、申し訳ないことをしたな。
「負けちまったな。」
ウサギも同じことを考えていたらしい。ウサギの顔にも後悔の念が刻まれていた。罪悪感が疼く。
「折角、お前にかっこいいところを見せたかったのになー。」
おそらく独り言のつもりで呟いたのであろう言葉を、カメは聞き逃さなかった。
「それって、どういうこと?」
聞き返してみると、ウサギの顔はみるみる赤くそまった。
その反応は、独り言を聞かれたからなのか、それとも。
カメはこの機を逃すまいと畳み掛ける。
「なあ、俺にかっこいいところを見せたかったって聞こえたんだけど。本当か? なあ、何でそんなことを思ったんだよ、なあ?」
「うっるっさいなー! 別にどうだっていいだろう、そんなこと!」
誤魔化そうと必死に赤くなった顔を隠しながら言うウサギの手を取り、カメは囁く。
「どうでもよくないよ、俺の大事なお前のことなんだからな。」
顔を近づけて無理矢理に目を合わせる。ウサギは俺がこうすると嘘がつけないことは知っている。
「俺…、俺、お前のことが好きなんだ。気持ち悪いかも知れないけど、ずっと前からお前のことが好きなんだ。」
ウサギの口から流れ出たのは告白だった。信じられない気持ちでカメはウサギの告白の続きを待つ。
「この間、お前が社内で女の人と一緒にいるのを見たんだ。知らない人だった。それで、俺、いつかお前が俺のそばからいなくなっちゃうことに気がついて…。」
女の人と一緒にいたと言うのは見に覚えがない。しかし、それが社内のことであればそれは社員のうちの誰かなのだろう。
「だから、今日お前に告白しようと思って、でも俺なんにもいいとこないし、だからひとつでもお前に勝てるところがあったらいいなって…。」
漸く、合点がいった。昨日あんなに俺に勝ちたがっていたのはそういうことだったのか。
「ごめん、やっぱり気持ち悪いよな。俺、もうお前に話しかけたりするの、やめるから。折角今まで俺なんかと仲良くしていてくれたのに、ごめん。」
「なんで、そんなこと言うんだ?」
掴んでいたウサギの手を離し、顔を背ける。
「俺が今までお前に対する同情でお前と一緒にいたって、そう思っているのか? 俺が友達に同情するような、友達を哀れむようなそんな人間に見えていたのか?」
「ち、違…。」
「俺も、好きだよ……。」
ウサギの頬に口づけをする。それだけでもウサギの体温が上昇しているのがよくわかった。
「出来れば、俺と付き合って欲しいんだけど?」
そう言うと、ウサギはこちらを睨み付けて言った。
「ずるいよ、お前ばっかり。」
「何が?」
「お前ばっかり、かっこいい。」
カメは言葉を押し留める。俺はお前が可愛くて、仕方がないんだけどなあ。
「そう言えば、知ってた? 今日で俺達出会って20年なんだぜ?」
カメの動きが止まる。
「だから今日告白しようと思ったんだけど…。」
「そういうことは、はやくいえよ!」
「な、なんで、いきなり怒っているんだよ…。」
カメは立ち上がり、ウサギに手を伸ばした。
「帰ろう、そんで帰る序でにケーキ買って、二人で祝おうぜ。二人の出会った記念と付き合いだしたのの記念に。」
「うんっ!」
ウサギは大きく頷いてカメの差し出した手を取り、そして今度は競争するためではなく、二人で走り出した。

そんでもって、二人で買ったケーキを審判のためにずっと残っていた中年男に奪われて全部食べられた。

うさぎとかめ。

うさぎとかめ。

  • 小説
  • 掌編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-05-11

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