チェズの決意
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チェズの決意
巨大な満月の光が照らす魔導都市ザ・フォールズ。
その都市の中心地、ここでは外周に軒を連ねる巨大な工場群と変わって、見上げるような高さの立方体の建物が印象的である。
様々な役割が塔ごとに割り振られ、政治の中枢となっている。
昨今、技術革新が続き目覚ましい進歩を遂げる魔導技術。より安定した強力な魔導の力がこの都市に諸外国に勝る強い心臓となり、血液を送り出すことで巨大な産業国家とし生かしている。そしてその力に目を付けた戦時中の諸外国が火種を持ち出し、外交的にはいささか怪しい雲行きとなっているような状態だ。
中心地の中でも高級官僚たちの住宅が軒を連ねる地区。
低級労働クラスの市民は立ち入る事を許されないこの地区では工場地帯の荒々しく雑然とした雰囲気と違い、閑静な緑溢れる地域になっている。
その中でも一際大きな屋敷。
夜中だと言うのに全ての部屋の灯りが点けられ、制服を着た屋敷の私設部隊達が慌ただしく周りをうろついている。
屋敷の主は大家、ワスプ一族である。ザ・フォールズが複合都市となる以前のリロイと呼ばれる小都市の時代から工場を営んでおり、いち早く新技術を取り入れた現在では都市中に工場をいくつも持つ大富豪だ。
蝶ネクタイをつけた口髭のでっぷりとした男が、いらついた様子で屋敷から現れる。
「一体マゼルヒの子息は何を考えている!おい!ミアお嬢様はまだ見つからないのか!」
無線でやりとりをしていた私設部隊の一人が答える。
「いえ、今はまだ。現在は工場地帯にも捜索範囲を広げ、都市の治安部隊にも協力を要請しています」
「ミアお嬢様は明日には婚約を控えている身。相手方に知れたら、逃げたと思われ破談にもなりかねんぞ!」
「ただ今、全力をあげて捜索しておりますので」
「当たり前だ!」
でっぷりとした男は上着から長タバコを取り出しくわえると、またイライラと歩き回る。
(あのクソガキめ、許さんぞ……)
時を同じく巨大な月の光を背に、石の建物の屋上に立つ黒装束の男がいた。年は30過ぎ、名はグライ。背中に扱いやすい刀を携えている。ワスプ家の令嬢ミアの母君、レイチェルお抱えの諜報員である。
都市を見下ろすグライ。魔導エネルギーによる紫の光が石の建物の下を渦巻いている。
「チェズの奴、この時期にミア様を無断で連れ出すなんて、どうしちまったんだ。お祭り騒ぎになってんぞ……」
グライはため息をつくと再び、都市を見回す。
屋上からでも私設部隊たちがそこら辺を捜索しているのが解る。
「こいつは兵隊どもより先に見つけねぇとな」
グライは軽く駆け出すと超人的な跳躍力で建物の屋上を次々と飛び渡り、暗闇に消える。
ザ・フォールズ、外周工場地区、産業排水用地下下水路。
異臭を放つ下水の脇の道を二十歳を過ぎたばかりのミアの手を取り走る少年の姿があった。
「チェズ、ちょっと休ませて……」
息も絶え絶えのミア。ドレスの裾がすっかり汚れてしまっている。
立ち止まるチェズと呼ばれた少年。年の頃は10歳前後だろう。
(ミア、隠れて!)
下水路の天井、地上に設置された格子状の下水蓋の上を私設部隊のブーツの音が通りすぎる。
「ねぇ、凄い騒ぎになってるよ?なんでこんな事……いい加減訳を話してくれてもいいんじゃない?」
「もちろん、訳はあるし話すさ。でも今は逃げるのが先だ」
チェズがまたミアの手を取ろうとする。
「いや、まず訳が先だな」
ミアとチェズの先の闇から男の声がする。緊張が走るチェズ。ミアを背にし庇う。
グライが暗闇から姿を現す。
「まぁ、グライ!」
「ミア様、すいませんな、遅れちまって。しかし、こりゃまた酷い臭いだ。デートコースにしちゃ悪趣味じゃねぇのか。なぁ、チェズ?」
チェズは安堵のため息を漏らすも、すぐにグライをきっと睨みつけ、
「グライ、お前も僕を連れ戻しに!……うぐぐ……」
叫ぶチェズの口をふさぐグライ。再び、下水蓋の上を私設部隊のブーツの音が通り過ぎる。グライはチェズに目線を合わせ声を潜める。
「当たり前だろが。お前、こりゃ立派な誘拐ってな犯罪だ。今ならガキのイタズラって線でまとめてやる。大人しく付いて来い」
「僕は戻る気はない!」
「なんだと?」
険悪な雰囲気になるチェズとグライに近づくミア。
「待って、グライ。どうもチェズには何か訳があるみたいなの。明日の私とロドリーニとの婚約に関係があるみたいで……」
「おい、チェズ。いくらミア様が好きだからって、お前一応マゼルヒ家の一人息子なんだぞ?そんなガキみたいな方法で阻止とか……」
「うるさい!誰がガキだ!この結婚はとにかくしちゃ、ミアが不幸になるんだよ!第一グライ、お前は平気なのか?ミアがどこの馬の骨とも知らない男にとられるんだぞ」
「そう言われりゃ、そりゃ、俺もまぁ……」
「そうだろ?それに……」
話に熱がこもるチェズとグライを制止するミア。
「二人ともちょっと待って。とりあえずチェズの訳というのを聞いてみましょうよ。ねぇ、グライ、あなたならどこか落ち着いて話せる場所知ってるでしょ?」
「そ、そうだな……外周区まで出れば何とかなるだろう」
「大丈夫なんだろうな?」
「まぁ、任せろって」
歩き出すグライに付いていくチェズとミア。
ザ・フォールズ、外周区住居地帯。
中心地の華やかさとうって変わり、通行人は目つきの怪しそうな奴ばかり。安づくりの雨風しのげれば良いという程度の宿泊施設が軒をつらね、仕事を求めやってきた他地域からの人間が寝泊まりしている。
医療や物資は十分には行き渡っておらず、闇取引や違法な薬物の売買は日常茶飯時であり、都市の裏側を反映するような場所である。
俗称、ネズミ通りと呼ばれる小さな飲み屋が並ぶ通り。その名の通り3人も歩けば道ば塞がってしまうような通路を仕事終わりの一杯を求め、汗くさい男達で賑わっている。
一件の騒がしい飲み屋。
禿面に出っ歯の主人が用心深く外の様子を伺うと、店の奥に消える。
グライ、チェズ、ミアは三人がやっと入れる小さな部屋にいた。
派手な色使いの簡易ベッドや装飾品。何に使うのか、鞭や蝋燭、派手な女性の衣装。スえた臭いに、隣室からは男女が営む声というか叫びが漏れる。
「もっとマシな所はないのか?それに、隣がうるさくて……一体何をやってるんだ?」
チェズが不満を漏らす。
「まぁ、なんて小さな下着。これお尻が丸見え……」
グライはミアから、殆どヒモのような女性の下着を奪い、
「ミア様いいからっ。チェズ!お前が騒ぎを大きくするから、こんな所しかなかったんだぞ」
「こんな所で悪かったな」
いつの間にか部屋の仕切りのカーテンから禿面、出っ歯の主人が顔を出していた。
「グライ、ここらは今んとこ大丈夫だ」
「わりぃな、突然押しかけちまってよ」
「あぁ、全くだよ。こっちも忙しいんだ。これで、この前の件はチャラ。貸し借りなしだ。いいな?」
「あぁ、もちろんだ」
ニコリともせずに三人を一瞥すると、ささくさと部屋から出ていく主人。
グライはチェズに向きなおる。
「さて、話を聞かせてもらおうか?」
「わかったよ……その前に一つミアに聞きたいんだ」
「なに?」
「ミアはロドリーニと殆ど会ったこともないんだろ?好きでもない奴と結婚するツモリなのか?」
ミアは困った表情を浮かべる。
「結婚っていってもね、色々あるの。今、ウチのお父さんの工場の経営がおもわしくない状態が続いてて、このままじゃたくさんの従業員の人たちが職を解かれてしまう。そこに今回のブリュンネル家からの結婚の申し出が来て……」
「結婚を条件に業務提携を結ぶと向こう側が言い出した訳だ」
グライが後を引き継ぐ。
「ミア……ブリュンネル家はとんでもない犯罪を犯してるんだ」
「まぁ、チェズ、なんて事を言うの?」
チェズは俯いて神妙な面持ちになる。グライはチェズをじっと見据える。
「一体何を掴んだ?」
「ブリュンネル家とマゼルヒ家とは取引関係にあって、大分前からブリュンネル家の調査を独自に行っていたんだ。そしたら、諜報員がなにやら怪しげな動きを偶然見つけたんだ」
「おい、そもそもなんでお前が動くんだ?お前の父上や母上がなぜ動かない」
「今回諜報にあたった男が僕に報告しにきたんだ。始め母さんにも父さんにも報告したけど、耳を貸さなかったって。まるで誰かから脅されてるみたいに……」
「その諜報員って奴は今どこにいるんだ?」
「調査に出たきり未だ行方不明……彼の身に何かが起きた事は間違いないんだ。もしかしたら……」
ミアの表情を伺い、意を決して改めて話し始めるチェズ。
「ブリュンネル家は次期、主力商品開発に向け軍事部門に力を注いでいる。そして開発の対象は武器ではなく、兵隊そのものなんだ。安価で強靱で従順、そしてランニングコストのかからない人造の兵隊。その開発の為の研究が日夜行われていて、裏ルートから人間を大量に買い付けては次々と死体に変えているんだ」
「そんな、ひどい……」
ミアはその非道な行為を想像すればするほど目眩がした。戦争となればその兵隊がまた大量の死体を作るのである。
「チェズの言うこと、あながち嘘ではなさそうだ。婚約にあたり、こちらも念入りな調査をしたが全くと言っていいほどの健全経営。気持ちが悪いほどの鉄壁だ。だが、少なからず軍事に関心を示している事、そして、生物学、生体工学方面の人間を引き入れたり、専門家とのコンタクトを取っている事も認められている。しかし、今時の大企業となれば研究の方向性が多岐に渡ると言われれば、それまでなんだがな」
「でも、この結婚が破談になればお父様やみんなが……」
「ミア様、この犯罪が明るみに出ればそんな事では済まないんだ。ワスプ家の名前まで著しく汚す事になる」
「では、私はどうすれば」
「明確な証拠がない以上、どう動くこともできんだろう。ここは一端どこかへ身を寄せた方がいい」
少し天然な所はあるがミアは芯のしっかりした女性である。しかし暗雲の立ちこめる先行きに俯き困惑に表情が歪んでいる。一番の被害者とも言えるのは彼女だ。周りの事情での望まぬ結婚。しかしそれも家のためと思えばまだ我慢もできようが、相手が犯罪を犯しているとなればそうもいかない。
チェズはミアの心中を察して、
「僕はミアを苦しめたくて、こんな事をしてるんじゃない」
「ええ、解ってる」
「ミア、僕が君を守る。昔からずっと、そして、これからもずっと君を愛してる」
その台詞を聞いてグライは吹き出しそうになるが、チェズの顔を見ると真剣そのものであり、この少年の特徴である11歳とは思えない意志の強さに逆に圧倒されてしまった。
「チェズ、ありがとう」
ミアは小さな声でそう返したが、それがどういった意味を含むのか量りかねる響きがあった。
この静けさを破るように隣の部屋から壁に体があたる音が響き、女性の罵詈雑言が聞こえる。
グライは気を取り直すように、
「西のスメリア島に住むミア様の叔母上なら協力してくれるかもしれない」
「その人は信用できるのか?」
「ミア様を小さい頃から溺愛している。少し変わった人だが、信頼のできる人物だ。それよりチェズ。お前気をつけろよ、諜報員の件から今度はお前に危害を加える可能性が高い」
「自分の身は自分で守る。だけど、ミアは」
「お前の熱意は買ってやるよ。だが、今ミアとお前が行動を共にするのは賢明とは言えんな……何不安な顔をしてやがる。俺を誰だと思ってるんだ?ミア様は任せておけよ」
「ねぇ、グライ。これからどうするの?」
ミアが不安そうな表情で訪ねる。
「婚約は明日だ。とにかく成約させる訳にはいかない。今すぐ発つしかないだろうな。一端、中継都市バーレイシまで行ってから叔母上との連絡手段を探すしかないだろうな」
「その前にこのザ・フォールから抜け出せるかどうかだ」
「なぁに、このザ・フォールは俺の庭みたいなもんだ。それじゃ、さっそく出るぞ」
「グライ……」
「なんだ?」
チェズは拳を差し出す。
「ミアの事……頼んだからな」
グライはその拳に自らの拳をあわせる。これはチェズがさらに小さい頃、グライが教えた互いの了解を表すジェスチェーである。
「急ごう。ここらもその内、手が回る」
小さな部屋を用心深く出ると、酔っぱらいや半裸の女性達を抜け裏道を進んでいくグライ達。
一足遅れて、この界隈にも都市の自治部隊がやってくる。
騒ぎと混乱の夜が明けた翌日。ワスプ家はもちろんのこと、チェズの所在も解らないマゼルヒ家、そしてブリュンネル家の大三家を巻き込んだ一大騒動となる。
突然の旅路となったグライ、そしてチェズとミア。フォールズをなんとか無事に抜け出すことができ、一路、貿易中継都市バーレイシへ向かうことになるが、問題は山積みだった。
チェズの決意
結局画像からは遠く離れてしまったなぁ……という所と背景をなるべく要所要所だけの説明だけに抑えたが、それが
どう映ってるのかは気になるところ。