忘れてた

一日10p、初作品。

○国道(昼)
   広い道路には、横転したトラックと、事故を起こした乗用車。中には老夫婦うが二人、夫は妻におおいかぶさるようにして死んでいる。

○病院(昼)
   病院の診察室でレントゲンを見ながら、医者と、その娘が喪服のままで診断結果をきいている。
医者「お婆さんは、身体に異常はありません。
ただ…」
娘「ただ…?」
医者「記憶障害を起こしていて、お亡くなりになった、おじい様の事を覚えてません」
娘「父さんが、亡くなった事をですか?」
医者「いえ、そのおじい様の存在自体を覚えていらっしゃらないようで…」
娘「そんな…」
医者「どのような原因かは、まだ分かっていませんので、もし治療をするならば、診察を重ねていって、治療法を探す形になるかと。まあこのままでも、身体は健康体ですので、どうなさるかはご家族次第かと…」
娘「そうですか…」

○病院の中庭(昼)
   息子と娘、話しながら庭を歩く。
息子「急だったな。母さんが先に逝っちゃうと思ってたけど、まさか父さんが先とはな」
娘「ねえ、お父さん。お母さんをかばうようにして死んでたんだって…。父さんらしいよね…」
息子「ああ…」
娘「でも、せっかく守ったお母さんが、お父さんのこと忘れるなんて、皮肉よね」
息子「どうする、治療するのか?」
娘「うん、そうね。だって、お父さん、可哀想じゃない?」
息子「どうだろうね、お父さんなら、母さんが生きているだけで十分だ!って言いそうな気もするけどさ…」
娘「ああ、言いそう言いそう。まあ、お金はあるから、出来る限りの事はするよ」
息子「そうだな…」

○娘の家(夜)
   娘、自分の家に帰って来る。
夫「お帰り、お疲れ様」
娘「ただいま、あれ?カレーのにおい」
夫「今日は疲れてるだろうから、つくっておいたよ、食べるでしょ?」
娘「もちろん」
× × ×
   食卓を娘と夫。
娘「ねえ…あのさ…」
夫「どうしたの、元気ないね。そりゃそうか」
娘「あのね、もし、お父さんの事故見たいのがあったら、私の事かばってくれる?」
夫「うーん僕の気持ちはもちろん、絶対に守るよ。でも死にかけたことないから…」
娘「じゃあ、子供が居たら…?子どもと私、どっち守ってくれる?」
夫「うーん、子供出来た事無いしなあー」
娘「ねえ、子供、出来てたらどうする?」
   夫、スプーンを落とす。

○病院 診察室(昼)
   娘が医者と話している。
医者「診察の結果、一時的な記憶障害、ということで反復した刷り込みによって、再度記憶を取り戻すことが出来るかもしれません」
娘「反復した刷り込み?」
医者「そうですね、たとえば、おじい様の写真を毎日見せるとか、昔あった二人の話をしてみる、とかでしょうかね」
娘「なるほど、その治療はいつから始まるんでしょうか…」
医者「ご自宅でも出来ますので、いつから始めて頂いても結構です」
娘「わかりました…じゃあお母さんは退院ですか?」
医者「そうですね、身体は健康そのものですから」

○娘の家 玄関(昼)
   娘の家に帰って来るお婆さん。背筋はそんなに曲がっておらず、元気な様子。
婆「あら、お久ぶりねぇ、勇さん。娘とう
まくやってるかしら?あはは」
夫「ええ、お陰さまで、仲良くやっておりますよ。なんと、子供も出来たんですから!お孫さんですよ!」
婆「あらあ、嬉しいわねえ!」
夫「じゃあ、上がって下さい」
× × ×
   茶の間で3人で話している。
娘「お母さん、私が生まれた時の話してよ」
婆「いいわよぉ、アンタは生まれた時はちい
さくてねー、生きられるかなって私心配だったのよ…それで似てるわねーって…あれ、似てる?何に似てたのかしら…」
娘「お父さん、じゃないの?」
婆「お父さん…?」
娘「そう、お父さん、私の!」
婆「あなた、何いってるの…?」
   娘、一旦席から立ち上がり、別の部屋へ行き戻って来る。
娘「これ、みて、写真」
   娘、お爺さんの写真を見せる。
婆「だあれ、これ?なかなかハンサムじゃな
いの」
娘「だから、これが私のお父さんだって、お母さんの夫!」
婆「だからさっきから、何言ってるのか分からないわ…あなた、ボケたんじゃないでしょうね。不安だわ…」
   娘、溜息。
○病院(昼)
   娘、医者に話を聞いている。
医者「そうですね、おじい様に関連する事象も覚えていないのかも知れません。結びつけないように、本能がそうしているのかもしれませんね」
娘「本能…なんででしょう?」
医者「思いだす方が、辛いのではないでしょうか…」
   娘、うつむく。
医者「まあ、このまま続けていけば、ある時を境に記憶が戻る兆候が見えてくるはずです、根気良く続けてみてください」

○娘の家(夜)
   娘と夫と婆で食卓を囲んでいる。
娘「あのね、お母さん。ある男女の話してあげようか」
婆「なに?またラブストーリー?最近ずっとある男女の話するわね」
娘「うん、この前話したのと同じカップルなんだけど、その二人の出会いの話」
婆「うん、気になるじゃない」
娘「結婚する5年の前の話。女はね、当時よく居た、高嶺の花の女学生だったの。一方男は冴えない町工場の社員。当時はお見合いが主流だったから、当然男には手が届かない」
婆「そうね、私も高嶺の花だったのよ。もうそれはそれはモテにモテたわ」
娘「そう、お母さんみたいな人なの。その人もモテにモテたんだけど、誰にもなびかなかったの。高い贈り物にも全く目を向けなかったわ」
婆「もったいないわねえ」
娘「でも、その男は贈り物なんかしないで、汚い格好でその女学生を抱きかかえて、いきなりキスしたの!」
婆「あらまあ、強引ね!」
娘「男は周りに居た人達にボコボコにされたわ。もう死ぬんじゃないかってくらいね、でも男は女に向かって行くの。女は言ったわ、馬鹿、あなた死んじゃうわよ!って、そしたらね、男は…」
婆「君の為に死ぬんだ…って」
   婆、涙を流している。
   娘、夫、婆を見て驚く。
婆「あれ、なにかしらね、こんな陳腐な話で泣くなんて…だめだねえ、年をとると」
(F・O)

○娘の家(朝)
   娘、朝食の準備をしている。すると、 
   婆が起きてくる。
娘「お母さん、おはようー」
婆「(涙声)ねえ、お父さん…お父さんは…?」
   娘、呆然と立ち尽くす。

○病院(昼)
医者「そうですか、記憶、戻りましたか」
娘「はい、でもお母さん、なんだか元気無くなってしまって…」
医者「ショックは大きいでしょうね、でも、ご家族で励ましてあげて下さい」
娘「はい…」

○病院 病室(昼)
   病室のベットに横たわる婆。だいぶ老けた様子で、元気なく、ずっと外をみている。娘、お腹が大きくなっている。お見舞いの紙袋を開ける。
娘「お母さん、ほら、お母さんの好きなべたもち、買ってきたから」
   婆、返事をしない。
娘「それ食べて元気出してね、じゃあ、また来るね(病室から出る)」
婆「(写真をみながら)お父さん…」

○葬式場(昼)
   婆の写真。喪服を来てお経を聞く人々。

○葬式場の外(昼)
息子「これが後を追うってやつなんだな」
   娘、無言で頷く。
息子「もし、治療せずに、お父さんの事思いださなかったら、もっと長生きしてたのかなあ…」
娘「うん、でも、どっちが幸せだと思う?」
息子「…ああ」
   夫、ベビーカーを転がしてくる。
夫「おーい、おむつ替えてやってくれ。あ、お兄さん、すいませんお話中でしたか?」
息子「いや、大丈夫だよ、それじゃあ、ちょっと挨拶してくるかな(立ち去る)」
夫「おむつ替えてやってくれー、僕じゃあ泣いて泣いてだめなんだよ」
娘「そんなんじゃ困るよ、だってこれからずっと一緒に居るんだから」
夫「え?なんて?」
娘「なんでもない」
   二人、笑い合う。

○葬儀場の近く(昼)
   呆然と、葬儀場を眺める婆。
   遠くに男の姿が見える。
   婆、駆けだす。昔の姿に。
   爺に飛びついて嬉しそうに。
婆「大好き!」
                 終わり


   

忘れてた

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  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-05-10

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