おめでとうを君に
ハマトラの同人BL小説です。
pixivに載せているものを転載しています。
pixivには蒼の名前で投稿していますが、蒼は二次創作をする際の名前で、夏希はオリジナル小説を書くときの名前として使い分けています。
ナイス×セオの小説です。
BLの要素を含みますので、苦手な方はご注意ください。
ナイスくんの誕生日のお話です。
しばらく店内を見て回り、あれやこれやと意見を交わす制服の男女。
初々しいカップルらしい二人の様子を微笑ましく見守る店員は、目配せし合ってわざと声をかけずにいた。
そんなこととはつゆ知らず、パーカーの少年は眉間にしわを寄せて考え込んでいた。
「どうしよう、全然決まらない……」
「いくつか気に入ったものはあったの?」
「う、うん」
かれこれもう30分は店内を彷徨っている。
これがこの二人でなければ店員も声をかけていただろうし、いささか怪しくさえ思う滞在時間。
「そもそも本当に時計がいいの?」
「この前、いつもしてた腕時計を壊しちゃったって言ってたから、代わりになるものを買ってあげようかなって」
セオがそう言うなら、と少女はまた店内のショウケースと向き合う。
「長い時間付き合わせてゴメン。俺、こういうのなかなか決められなくて」
「仕方ないよ。セオってプレゼントあげるような友達いなかったもんね」
「そうそう……じゃなくて! 確かにそうかもしれないけど!」
一応、母親への誕生日プレゼントだとか、部活内で行われたクリスマス会用のプレゼントは選んだことはあると、自分に言い聞かせるセオだったが、説得するほどにみじめな気分を味わうだけだと気づき、無駄な抵抗をやめた。
けれども、そんな様子を見てくすくすと声を漏らすレイの笑顔に嫌味は感じられない。
「でもセオって本当にナイスくんのこと好きなんだね」
「は、ぇ? な、なに言ってんの!? 俺は別にそんなんじゃッ」
「でも好きじゃなかったら誕生日プレゼントなんてあげないでしょ? セオにもそういう友達できたんだなって思うと私も嬉しいな」
「あ、うん、まぁね、友達ね、友達」
急激に跳ね上がった心臓を押さえつけるセオは引きつった笑いで誤魔化して、自分の頭の中を整理する。
「ナイスくんが好き」その気持ちは誰にも悟られていないはずだったのに、いつも一緒のレイにはさすがにばれてしまっていたのか。結果的には勘違いだったが、こんなに動揺している姿を見られたら怪しまれるに違いない。
「セオ、顔赤いけど大丈夫?」
「だ、大丈夫!」
裏返ってしまった声では何を言っても説得力が無い。
心臓のある場所でロックバンドのドラムが叩かれているような気がするほど、鼓動がうるさい。
レイに追い打ちをかけられる前にと、セオはプレゼントの話題を切り出した。
「デザインはこっちの方が好きなんだけど、いつも身に着けてもらうことを考えると丈夫な方がいいのかなって思うんだよね。そうなると、あっちにある時計の方がいいかなって……」
「確かに、それなりに強度があった方がいいかもね」
うーんと小首をかしげるレイは、セオと共に別の棚を覗く。
そしてはたと目に留まった時計を指さした。
「あれはどう? シンプルだけどお洒落でナイスくんにも似合うんじゃない?」
「俺も一番最初にいいなって思ったんだけどさ、値段……見てよ」
気に入ったものは高額だという、買い物のジンクス。
予算オーバーだと嘆くセオは悔しそうに、バイトの時給が安いことを呪っていた。
「でも気に入ってるんだし、絶対に手が届かないってわけでもないでしょ?」
こういうのって気に入ったものにしないといつまでも決まらないよ。
そう言われてセオはもう一度財布を確認した。
それだけの札が入っていれば思い切って買うことも出来たのかもしれないが、現実はそう甘くなかった。
手持ちのお金だけではどうしたって手が届かない。せめて今月のバイト代が支払われればと、今度は給料の支払日を呪う始末。
「仕方ないな……。払えるようになるまで利子無しで待ってあげる」
「本当!?」
「うん。でも、セオがこれだって決めたものにしか出さないからね」
「ありがとう、レイ!」
遠巻きから眺めていた店員達は、二人の表情だけで会話を想像して勝手な思いを巡らせていた。
初デート記念のちょっと高価な買い物かな。
お揃いの時計を探しに来たのかな。
「すいません。コレ、欲しいんですけど」
しかし店員の内の何人が、その真相を想像出来ただろうか。
会計を済ませる少年がプレゼント用の包装を依頼し、店員は快くピンクの包装紙を取り出した。
「あの、色ってピンクしかないですか?」
「いえ、他に黄色と青をご用意しておりますが」
「じゃあ青でお願いします」
店員は少し違和感を覚えたが、ピンクより青が好きな彼女であったとしても変ではない。そういえば選んだ時計もどちらかと言うと男性向けだが、女性がしていても悪くはない。きっと彼女の趣味なのだ。
「ありがとうございました」
紙袋を手渡し、頭を下げる店員にぺこりとお礼をした少年が少女と共に店を出た。
「ナイスくん、喜んでくれるといいね」
そんな会話が店員にも聞こえていたかどうかは、二人の知るところではないのだ。
[newpage]
苦労して品定めをした翌日、セオは学校の帰り道を一人、ノーウェアに向かい歩いていた。
「ちゃんと渡しなよ!」そう言っていたレイは用事があるからと、一緒には来ていない。
大丈夫、ただプレゼントを渡すだけ。
そう言い聞かしてみても、緊張で手は冷たくなり、舌の根が乾いている気がする。
まず何て言えば良いのかと考えてみるものの、ベストな言葉が思い浮かばない。
おそらくは事務所のある席か、カウンターに腰かけているナイスが自分に気づき、声をかけてくる。
それに応え――問題はその後である。
いきなり誕生日おめでとうと言っていいものなのか、それとも何気ない話をして、それからプレゼントを渡すべきなのか。
こういったことに慣れていないセオは、何が常識で何が一般的なのかを考えるだけで頭を混乱させていた。
そうこうしているうちに、カフェノーウェアのドアに向き合う位置まで来てしまった。
こうなれば出たとこ勝負だ。
大きく息を吸い、道場破りに入るような形相でそっと扉を開けた。
「いらっしゃいませー」
セオの決意とは裏腹にのんきなコネコの声が出迎える。
それにつられて、想像通りにカウンターに座っていたナイスがこちらを振り返った。
「セオ!」
ぱっと咲いた笑顔に胸が高鳴った。
携えた紙袋を持つ指に力が入る。
誕生日おめでとう!
爽やかにそう告げてプレゼントを渡そうと、口を開きかけたその時、ナイスが何かを持ってこちらに駆け寄ってきた。
「なぁ見てよコレ! アートが新しい時計くれたんだけどさ、すげーカッコよくね?」
ナイスがセオの目の前にぶら下げたのは、誰が見ても高価だと分かる腕時計。しかも、ギラギラしているわけではなく、品の良さが際立つような仕様で、ナイスにもよく似合いそうだ。
セオは突然、胸が締め付けられるように痛んだ。
先ほどまで浮かれていた気持ちが墜落していくのが分かった。
「どんぴしゃで俺の好みだし、ちょうど時計壊してたからタイミングもばっちりでさ」
「そ、そうなんだ、よかった……ね」
友達が喜んでいるのだから、もっと喜ばなくちゃいけないと分かっているのにそう言うのが精いっぱいで、セオは無意識の内に後ずさっていた。
「どうした? なんか顔色わるくねぇ?」
「そう? なんでもない、けど」
「つーか、セオが持ってるそれ何? もしかしてプレゼ」
「ああああ! 用事! 用事思い出した!」
咄嗟の判断だった。
反射的に大声を上げたセオはナイスへのプレゼントを抱えたまま全力でノーウェアを飛び出していた。
――あんな立派な時計見せられたあとに、こんなのを渡せるわけないじゃん……。
行くあてもなく走り続ける道すがら、瞼の裏にチラつくナイスの新しい時計を思い返しては泣きたい衝動にかられていた。
所詮学生がバイトをして稼いだお金で変えるプレゼントなんてたかがしれていて、社会人のしかも警視の給料には足元にも及ばないだろう。
せめて品物が被っていなければ、渡すことくらいはできたかもしれないのに。
セオの眼下で揺れるその時計が、店舗に陳列されていたときより余程安物に思えて仕方がなかった。
確かに気に入って買ったはずなのに、どうしてこんなことになってしまったのだろう。
その時計をどこかに捨てることなんて出来ず、セオは行き着いた公園のベンチで一人ため息をついていた。
「セオ」
その刹那、まるで吐いたため息を拾うかのように現れたナイスに、セオは硬直した。
そうだ、この人から逃げられるわけはないのだと思いだすセオだったが、そもそも追いかけてくること自体が疑問だった。
「たく、何で逃げるんだよ」
「いや、別に逃げたわけじゃ……」
逃げました。すごく、逃げました。
心の声と、実際に口に出した言葉の食い違いが、表情に現れていたらしい。
不機嫌そうに唇を尖らせるナイスがセオの隣に座った。
「それ、プレゼントなんだろ」
そうだとも、違うとも言えずセオは黙る。
そうだった、とも言えれば上出来だったのかもしれない。
「ちょうだい」
「だ、ダメ!」
「何でだよ! 俺のために買ってくれたんじゃねぇのかよ」
頑なに拒否するセオの姿勢に苛立つナイスは、無理やりにその紙袋を取り上げにかかった。
「ダメだってば!」
「なんだよ! じゃあこれは何なんだよ!」
「ナイスくんのだけど、ナイスくんのじゃないんだって!」
「はぁ? 意味わかんねぇ!」
しばらく続いた攻防の末、セオはベンチの上で組み敷かれてしまい、身動きがとれなくなった。
激しいせめぎ合いで体温は急上昇し、息も荒い。心なしか顔も火照っている気がして、まっすぐにナイスを見ていられない。
ナイスに抑えられた手首がじんと痛むくせに、それでもまだ袋を手放そうともしない。頑固なセオを、ナイスは脅した。
「ソレくれなかったらキスする」
「は……? 何言ってん、の――?」
「されたくなかったら渡せ」
この奇妙なやりとりにセオは思考する能力を奪われてしまった。
むしろ渡さなかったらキスをしてもらえるのかと、セオの頭はパニック状態で、処理落ち寸前。
呆けたまま何も言わず、ただ自分を直視し続けるだけのセオにしびれを切らしたナイスは、一瞬の隙をついてその紙袋を取り上げた。
我に返ったセオがナイスの下で暴れる。
「返してってば!」
「いいじゃん別に、俺のなんだろ?」
包み紙をはがすナイスに焦りを覚え、無我夢中で抵抗する内に、涙があふれていることにセオは自分でも気が付いていなかった。
ナイスも目の前のプレゼントに夢中で、そんなセオを見ることすら忘れていた。どうしてそんなに嫌がるのか、その理由も特に考えることなく。
けれどもその中身を知った時、ナイスはすべての合点がいった。
すすり泣くセオに始めて気が付き、ナイスは慌ててセオの上から飛びのいた。
「だから嫌だったんだって……。アートさんに、いい時計、もらってるのに、こんなの……」
自分のプレゼントも情けなければ、こんな状況になってしまっている自分自身も情けなかった。
消えてしまいたいくらいの気持ちのやり場がなく、ナイスが離れてからも起き上がることができなかった。
「セオ、こっち向けよ」
そう言ったナイスに従ってしまったのは、おそらくこれまでに聞いたことがないくらいに、ナイスの声が穏やかだったからだろう。
涙で滲んだ視界で、ナイスが自らの腕に時計を巻いているのが見えた。
「どう? 似合う?」
その言葉が一層、涙を誘った。
こくこくと頷くだけのセオに、困ったような笑みを浮かべるナイスは、ただやさしく目の前の頭を撫でた。
「あのさ、すげー気に入ったよ、この時計」
「気、遣ってくれなくて、いいよ……」
「バカ。そんなことしねぇっつーの。それに、セオがせっかく選んでくれたんだろ。本当に嬉しい。気に入った。大事にする」
その時セオは思い知った。
プレゼントの価値は値段でも品物でもないということを。そしてナイスが自分の気持ちをきちんと受け取ってくれる人物だと信じられなかったことに、恥ずかしさを覚えた。
プレゼントの品がアートと同じであろうと、商品的価値が低かろうと、そんなことはナイスにとって関係なかったのだ。
「俺の誕生日覚えててくれて、そのために時間割いて、バイト代使ってくれたんだろ?」
「……うん」
「ありがとな」
物ではなく気持ちに応えてくれたナイスに、自然と笑顔になれる気がしてセオは目じりに溜まった涙を拭った。
「ナイスくん、誕生日おめでとう」
「おう」
ナイスの屈託ない笑顔に見とれるセオは、ぼんやりと先ほどのことを思い出していた。
プレゼントを渡さないならキスするって――なんだよそれ……。
思い返すだけで、恥ずかしさに茹であがりそうになる。
ナイスは、そうやって一人で頬を染めるセオの手を引き、強引に立ち上がらせた。
「行くか」
「行くって……どこに?」
「セオから貰った時計をみんなに自慢しに!」
「やめてよ恥ずかしいから!」
「えーいいじゃん。どうせこれからもするんだし」
『これからもする』何の気なしに発せられたその言葉が嬉しくて黙りこくってしまったセオを、ナイスは愛おしそうに眺めていた。
「それとも、これから家で誕生日パーティする?」
「え、二人……?」
見上げた先、得意げに笑うナイスに魅せられ、これといった言葉を紡げないまま頷くだけのセオ。
「じゃあこれからケーキ買って帰ろうぜ。あとは何食いたい?」
それに気を良くしたナイスは自分の誕生日だというのに、あれこれと思案を巡らす。
「ピザがいいな!」
「いいなピザ! じゃあ後は、歯ブラシとか買うのに薬局にも寄るか」
「歯ブラシ?」
「泊まるよな? 確か使ってない歯ブラシはなかったはずだから買わねぇと」
それから……と尚も買い物の計画を立てるナイスが浮かれていると気づけないほど、セオ自身も浮かれていた。
レイから「ナイスくん喜んでくれた?」というメールが来ていたが、手つきが覚束なく、誤操作ばかりで返信するのを諦める始末。
これからナイスくんの家で二人っきり、しかも泊まり――。
ごくりと生唾を飲むセオの隣で、ナイスも同じ内容の唾を飲み込んでいたことをセオは知る由もなかった。
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