カスタードクリーム

カスタードクリーム

お菓子の家

 「カスタードクリームみたいよね、あなたって。」
 と美佐ちゃんは言う。どういう意味か全くわからない。
 私はカスタードクリームの色も質感も大嫌いだった。
 甘ったるくてとろりとした黄色いクリーム。気持ち悪いっていうことかしら、と思う。

 美佐ちゃんは私の従姉妹で同じ年齢だ。隣の家に住んでいる。私達はいつもすぐそばにいた。

 母親同士が双子で、2人いなければ1人として完成しないような母親達だった。感情のぶつけ方がとても激しくて、ある日、お互いにお前なんて死ねばいいと言い合ったと思えば、次の日には、あなたがいないと私じゃない、いなければ生きていけない、と泣きながら言い合っていた。鉄のように強く、花のように弱い、母達はそういう性格だった。2人は、周囲から特別扱いをされ、そして煙たがられていた。お互いに一番に愛し、嫌い合っていた。
 感情の激しい自分を、鏡のように映した相手が目の前に生きているのはどんな気持ちだろう。相手に対する競争心や劣等感まで共有する存在が、母達にはあった。私達の父親は、実ははっきりとはわかっていなかった。
 母達は当たり前に精神疾患を抱えていて、家を飛び出すこともしょっちゅうだった。キッチンにちゃんとした包丁は置いていなかったし、ハサミも見なかった。すぐに割れてしまうから、うちには割れないお皿しか置いていなかった。吹雪の日の次の日は灼熱の日だ、とある日美佐ちゃんは私に言った。祖母は一応美佐ちゃんの家におり、綺麗で穏やかな人だった。祖父はいなかった。

 そんな状況にいて、私達は、お互いを一番の理解者で、親友だと思い込んでいた。世界に1人、美佐ちゃんだけが、私の気持ちをわかってくれていた。小さい頃に一緒に着た色違いのギンガムチェックのワンピースやリボンのついたヘアピン、お揃いの髪型、ピアノを習い始めたのも同じ3歳だった。どちらかの母親がいなくなったときは、どちらかの家でお揃いのパジャマで一緒に眠った。

 お母さんがいなくなった日も戻って来た日も乗り越えて、私は高校生になった。
 美佐ちゃんと同じ高校で、同じ制服を着ている。クラスは美佐ちゃんが1組、私が5組だ。
 
 母達の顔はそれは見事な左右対称で瓜二つだけれど、美佐ちゃんと私の顔は周囲からはそっくりに見えるらしいが、全然違う。美佐ちゃんの髪は色素が薄いけれど、私は黒が強い。今、私達は私の家でリビングで向き合っている。美佐ちゃんは英語の予習を適当にしていて、でも飽きてスマートフォンを見たりしている。私は漫画を読んでいるだけだ。私達は腕に沢山ヘアゴムを巻いている。それがかっこいいと思っている。スカートはギリギリまで短くしている。太腿の間に隙間ができるのがかっこいいと思っている。
 
 「美佐ちゃんは生クリームみたいだよね。」
 と私が答えたら、美佐ちゃんは鼻で笑った。
 美佐ちゃんは可愛い。可愛いし、私より運動ができる。

食べ残しのケーキ

 「一辺倒な返事だね。」
 「うーん、それしか思い浮かばなかったからね。カスタードクリームに似てるなんて変なこと言うし。」
 「はは、思い浮かんだこと言ってしまうんだよね。」
 美佐ちゃんはたまに変なことを言って笑うし、男の子に人気がある。スマートフォンでメールしている相手は、大学生の彼氏だ。彼氏はバンドでギターを担当していて、よくわからない英語の歌を歌っている。下手な歌を一生懸命歌う彼氏を美佐ちゃんは可愛いと言う。

 こうでなければいけない、という概念が、美佐ちゃんにはない。嘘をついてはいけない、一度言った意見を変えてはいけない。高校生と大学生は付き合ってはいけない。めちゃくちゃな母親の下で育ったことで、私は物事をガチガチに固めて柵でかこって生きることが、全うなやり方だと信じるようになった。世間はルールだらけでたまに生きにくいけれど、自分で決めた範囲の中の生活は、安心がある。
 逆に美佐ちゃんは、どうなってもいい、自由になっていい、と思うようになったようだ。ピアスは10個もあけてるし、自傷することだってある。母親にもらったお金に感謝することなんて一度もなくて、お財布から盗んでいるのだって見たことがある。母親があんなにひどい生き方をしているのだから何をしてもいい、と美佐ちゃんは思っている。今だって、美佐ちゃんの母親はよくわからない外国人と海外に行ったまま帰ってこない。私の母親も1週間帰って来ていないけれど。

 長い脚をリビングのテーブルに投げ出して、美佐ちゃんは言う。
 「はー、勉強飽きちゃった。どっか出かけよう曜子ちゃん。」
 「どっかってどこよ。」
 「ゲーセンでも行こうよ。」
 「あっ、ねえ私駅前にできた新しいケーキ屋さん行ってみたい。」
 「あ、いいねー行こう、ケーキ食べたい。サクサクしたミルフィーユないかな。そうだ、あたし、お金あるよ。」
 私達は仲良しだ。
 美佐ちゃんは彼氏からもらったらしい1万円を出した。美佐ちゃんの彼氏は勉強が出来ないけれど、お金持ちの家の子供なのだ。
 「これでステーキ食べに行こうよ。」
 美佐ちゃんは笑う。普段私は柵の中から出ないようにしているけれど、美佐ちゃんが連れ出してくれるときは断らない。だから私達はうまくいっているのだと思う。

ステーキと僕

 結局私と美佐ちゃんは、ステーキを食べた後、ケーキを買って帰ることにした。
 制服でフィレステーキセットを食べながら、美佐ちゃんは相談事があると言った。
 「曜子ちゃん、あのさ、浮気ってされたことある?」
 といきなりきいたので、私はご飯を口から吹き出しそうになった。私は今彼氏がいない。3ヶ月位前に別れたような気がする。同級生のなんとか君と一応付き合っただかなんだかの関係になって、すぐにつまらなくなって連絡をするのをやめた。
 「そういうの、わからないなあ。」
 と私は答えた。
 「あのさ、秀ちゃん、バンドのファンの子に手出してたの。一杯。それでさ、詰め寄ったら1万円くれたの。どう思う?」 と、美佐ちゃんは続ける。
 「もう少しくれてもいいかもね。」
 「はは、やっぱそうだよね。てか、このフィレステーキ美味しいね。」
 「うん、美味しい。美佐ちゃんありがとう。」
 私達は顔を見合わせてえへへと笑う。その後も美佐ちゃんの恋愛相談らしきものは続いた。要は、美佐ちゃんは浮気されたことを全然怒ってはいない。だが、内緒で浮気していたことが許せないらしい。そして、何故か1万円くれたことには、ラッキーとしか思ってなかったようだ。美佐ちゃんらしい。世間にある様々な事柄の全てに、私達は私達なりの感性で対応する。
 
 私達は色々なことを共有している。たまに、私が考えていることの一部の責任は美佐ちゃんが担っており、私もまた、美佐ちゃんの一部を担っている気持ちになる。美佐ちゃんがいなければ、自分が自分として完成していないと思う。普通の1人の人間の心の中にある葛藤の一部分が、外に分離しているとさえ感じる。
 私は、美佐ちゃんが付き合った男の子は小学生時代から知っているし、美佐ちゃんも私について全て知っている。生理が来た日も、キスをした日も、それ以上が起こった日も全て、私達はお互いに知っている。好きとか嫌いとかそういう感情を美佐ちゃんに抱いたことはないくらい、私達はそばにいる。

 ステーキレストランには何故か水槽が置いてあって金魚が泳いでいる。大きめの金魚が5匹、尾ひれを降ってふよふよと漂っている。結局人間も、生まれて、食物を食べて排泄して、子供を産んで死ぬだけだってたまに思う。全然金魚と変わらない。冷め過ぎているのがもしれないけれど、私はそう思う。
 こうしなくてはいけない、という考えに正直私は疲れている。本当はびっくりする位刺激が好きなのに。美佐ちゃんは彼氏が浮気してるって言ってるけど、自分自体別の人ともセックスしていることを棚に上げている。美佐ちゃんのそういうところ、女子の一部からは嫌われているみたいだけれど、私は悪くないと思う。全てが不平等な世の中において、何をしようと個人の自由なんだ。

 「ちょっと、曜子ちゃん。また1人で考え事してる。聞いてるの?」
 美佐ちゃんが頬を膨らませてこちらを見ているのに気づく。心の片割れがいなくなったらどうしようとか、そんな不安もない位、絶対に一緒にいてくれるという確信を私は持っている。

短いスカートと長い髪

 帰り道にケーキを買って帰ってきた。
 ケーキは、明日が土曜日だから、明日の朝ご飯にしようということになった。

 変わらずリビングに私達はいて、美佐ちゃんが好きな桃のチューハイを一缶、代わる代わるに飲んでいる。
 「ねえ、曜子ちゃん、早く大人になりたいねえ。」
 なんて、美佐ちゃんがお婆さんみたいにしみじみ言う。
 「美佐ちゃんてさ、誰かと自分を比べたことある?」
 私は尋ねる。いつも、私は誰かと自分を比べている。相手が外見とか、勉強とか、お金とか、家族とか、、、自分より何も持ってなかったり、出来ない人だったら見下すし、自分より何もかも持っている人なら憎らしい。すごく辛いって実はたまに思う。そういう相談を美佐ちゃんにしてみた。すると、美佐ちゃんは言った。
 「例えばさ、全然違う生き物なんだよ、私達同じ人間でも。私と曜子ちゃんでさえ、完全に違う。そういうことじゃないかな。だから比べても仕方ないよ。だってさ、象と鳥を比べても仕方ないじゃん。もっと言えばさ、スコティッシュフォールドとシェパード比べても仕方ないよ。」
 美佐ちゃんは酔っている。動物が好きだから、変なことを言い出した。髪が乱れて来て、ソファーにぐでんと座っている。大分減ったチューハイの缶をこっちによこしてくる。私はそれを受け取って、甘過ぎるなあと思いながら何口か飲んだ。
 「まあさ、全然違うっていうのはわかっているよ。たださ、それを嘆いてしまうんだよね。そういう性格なの。」
 「あー、誰かと比べることで得られる幸せってないよ。きっとさ、曜子ちゃんは曜子ちゃんがしたいって思うことをして、楽しいことを増やすのが幸せってことだよ。」
 へへへと笑いながら、可愛らしいことを言って笑った。
 「曜子ちゃんをさ、幸せにしてあげられるのは本当は曜子ちゃん自体なんだよ。」
 と美佐ちゃんは続けた。チューハイを飲んでヘロヘロ酔っ払っている。
 顔が赤くて目は閉じそうだ。腰に届く位の長い髪はゆるくウェーブがかかっている。

 「このまま寝ないでよ。」
 と言ったら、
 「わかった、わかった。」
 と、面倒そうに答えて立ち上がった。
 
 フラフラと洗面所に向かう途中で美佐ちゃんは急に振り向いた。
 「ねえ、曜子ちゃん。今日という運命を私は大切に思うよ。他人の感情と過去はどうにもならないじゃん。でもさ、私達は今一緒にステーキ食べて、お酒飲んでとっても幸せ。」
 また笑ってそんなことを言った。
 彼氏の浮気で自暴自棄になっているのか、本当に今日が幸せだったのか、その両方かはよくわからないけれど、美佐ちゃんは、私よりもしっかり生きている。そして、私達は2人で1つなのだと改めて実感する。

カスタードクリーム

カスタードクリーム

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-05-08

Copyrighted
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Copyrighted
  1. お菓子の家
  2. 食べ残しのケーキ
  3. ステーキと僕
  4. 短いスカートと長い髪