黒い魔術師と白き魔法
怪物、神、妖怪、悪魔、天使。
これらは等しく「魔獣(ガーゴイル)」と呼ばれる。
国家神獣総法院は自らの魂と引き替えに魔獣を使い魔とし、世界に散らばる「魔」とその「創造者」と戦う戦闘員を育成していた。
蒼馬(そうま)葵(まもる)。
彼は極普通の大学生だった。
しかし、既に彼の運命は狂い始めていた。
俺は死んだ。(プロローグ)
染血が飛び散る。
これはどうやら俺の見事に切り裂かれていた胸から出ているのだろう。
心臓の動く音が聞こえない。
目眩に似た感覚が襲う。
恐らく本来はかなりの激痛が襲うハズだったろうが、脳がその痛みを拒否しているようで、まるで麻酔をかけているようだ。
これが「死」か。
やり残したことはないか?
やりたかった事はなかったのか?
未練はないのか?
いや、何を気難しい事を考えてるんだ、俺は。
元々この「死」を求めていたのは自分ではないか。
しかしあんなコメディみたいな死に方は来世では絶対味わいたくない。
そんなくだらないとこを考えながら意識は遠のいてく
酷く深い眠りに誘われるかのように。
視界がボヤケて見えたあたりで俺の命を刈り取った張本人。
死神が俺を見下ろしているのが見えた
魔術師
その日の夜はとても「普通」とは言えなかった。
肌寒い風が皮膚の感覚を切り裂くように吹く今宵の夜に事件は起きた。
年齢は20代後半当たりだろうか。
身だしなみからしても帰宅途中のOLに見える
普通じゃない点については、彼女が暗い公園を死に者狂いで全力疾走していることだろう。
それは不審者に襲われたりなどとのレベルではなく、この世のモノとは思えない何か別の恐怖から逃げているようにも見える。
既に時刻は1時を迎え、町すべての住人は皆寝静まってしまっているだろう。
助けも求められないこんな時間に帰宅しようとした数分前の自分を彼女は呪った。
しかしそれは仕方のないことだ、彼女がそれを知らなかっただけだ。知らないのが普通なのだ。
彼女は走り疲れたのか、それとも足を挫いたのか、どちらにせよ、よろめきながら彼女は電信柱の裏に隠れた。
息を殺し、「何か」から見つからないようにした。
普段気にしない呼吸音すらも意識してしまう。
意気の上がった「はぁはぁ」という音も、吐息も、今はしたくはなかった。
第一それでも逃げきれる保証は無いし生き残れるかもわからない。生存確率は極めて低い。
それでも必死に隠れているのはまだ生きていたいという生物本来の本能によるものだろう。
単純に死にたくないからだ。
ただ、それが無駄な行為だと自覚するにはそう時間はかからなかった。
ズウン、ズウン、ズウン
ゆっくりと大きな足音を立てながら「何か」は背後から近づいてきた。
目で確認するまでもなく感じ取れる殺気。
地を揺るがすほど巨大な肉体の持ち主。
彼女の隠れてる電信柱に近づくと匂いを嗅ぐかのように「ゴフ、ゴフ」と鼻息を荒げていた。
「何か」の息は汚物のような臭気を漂わせる、思わず吐き気がこみ上げてしまうほど気持ち悪い。
彼女はたまらずむせかえって「ゲホッ」と咳をしてしまった。
自分の犯した失態に気づき、素早く両手で口を押さえても既に遅い
「何か」は彼女を数メートルある頭上から彼女を見下ろしていた。
ニタリと嫌らしい笑みを浮かべながら。
体は6メートルほど、長い長髪、血のように赤い皮膚、唇から突き出した犬歯。まさに「鬼」だったのだ。
それは恐怖の塊のようにも見える。
「い、イヤァァァァァアッ!!!!」
彼女は大きな悲鳴を上げる
刺激を受けて反射したように
「ジョアアアアアアッ!!!」
異臭を放つ唾液を飛ばしながら鬼も悲鳴に反応して叫ぶ
だがそれは、彼女の断末魔に近い悲鳴ではなく新しい玩具を貰った子供のような歓喜にも聞こえた。
捕食者と捕食対象の差だ。
ゆっくりと右手を上げた。
鬼は車も潰すほどの大きな手を使い、まるで子供が虫を捕まえるように軽々と彼女を捕まえようとした。
・・・・・が、それは出来なかった。
「っ!?」
鬼の手は誰かに引っ張られているように自由には動かなかない。
鬼の手は地面から生えているような黒い触手のようなものに巻き付かれて動かすことが出来なくなっていたのだ。
振り千切ろうとして何度も手を揺さぶるがかなり丈夫で切れそうにない。
硬く、冷えていて、ジャラジャラと音が鳴る。
暗闇に慣れて鬼は手に巻き付いたそれをようやく確認することができた。
触手の正体は「鎖」だった。
しかもただの鉄ではない。その強度は人間には作ることは不可能なほどだった。
その時、物陰から待機していたのか、白い制服を着た「人間」が三人飛び出してきた。
一人は黒い障気を片手に纏わせ、鬼に向かってある魔物の名を口に出す
「『白狼』っ!」
その言霊は鬼が歩くときに地面を揺らす時と同じように周囲に振動を与えた。
そして、地面より映し出された魔法陣から「鎖」を纏った5メートルほどの純白の狼が現れた。
月の明かりに照らされた白銀のその姿は芸術的にも優雅で美しい。
その獣は「大地を揺るがす者」という異名を持つ。
しかしそれでいて警戒を解かない、真の強者のあり方だった。
フェンリルの名を呼んだ人間はさら言葉を発する
「『侏儒の鎖』!!」
刹那、狼に纏っていた鎖がまるで生き物のように動き出し、あっという間に鬼の残りの四肢を縛り付けた。男は完全に鎖をコントロールしているように見える。
たった一本巻かれただけで苦戦した鬼が身動きをとれなくなるのは一目瞭然だ。
それでも仮にも「鬼」なのだ、巨体を揺らすことで少しずつなら動けた。
その捕縛できる時間は僅か5秒。
もう一人の男はその僅かな隙を見逃さなかった。
その案外気だるげな声で先ほどの人間と同じように言葉を放つ。
「『世界蛇の毒』」
その言葉を発した人間から障気が溢れ出し、大きな蛇のような姿を象った。
生物の姿を象っただけだが、動きの滑らかさはまるで生きているようにも見えた。
障気は音も立てずに蛇特有の動き《蛇行》で鬼に「喰らいついた」。
障気の蛇の体が元の煙と化し、みるみる鬼の体に吸収されていく
すると鬼はブルブルと震えだし、途中「ぐ、ゴォォ・・・」と苦しそうな呻き声を上げた
ミシミシと何かの音が微かに聞こえる。
そして
ドパァンッ!!
大きな破裂音がした。
鬼の一部の血管が爆発したのだ。
北欧神話に登場する大蛇の毒は巨神トールの命をも喰い尽くすのだ。
鬼は文字通り血だるまになり、自らの血が目に入り視界が奪われる。
「ごぉぉぉ!?あぁぁぁ!?ァァァアアアア!!!」
鬼と言えど苦痛で断末魔を上げた。
大きな致命傷を与えた事により鬼は鎖も手伝って完全に身動きが取れない状態になる。
すると制服を着た三人のうち小柄な人間が鬼に向かって歩き出した。
ゆっくり、ゆっくり、まるで魂を貪る準備をしてるかのように
小柄な人間が鬼の目の前に立たった。
そして、ゆっくりと左右対称の目を見開きその人間も名を呼んだ。
「『蛇馬魚鬼』」
一際大きく、大量の障気を発しながら魔法陣から奇妙な体をした黒竜が現れた。
長く鋭い爪に体を覆い尽くせるほど大きな翼は翼竜に連想させた。
「・・・・・・・!!」
黒竜は大きな口を開き、大声を上げようとしたが、声は聞こえなかった。
いや、発せられなかったのだ。
しかしその振動波は鬼の地響きや言霊をも越えた。
「『焼失』」
小柄な人間が黒竜の頭をそっと撫でてそう言うと黒竜は大量の障気を口に集結させていく
それは熱く、透明に燃える火球と化した。
その火球の放つ光は真っ暗な夜の中では第二の太陽にも思えた。
静かな結末だった。
黒竜は火球を口から吐き出し、火球はプカプカと空中に浮かぶように飛び、それは鬼に当たった。
すると、鬼の体は一瞬で水蒸気のような煙となって消えた。
何事も無かったように静かな夜に戻ったのだ。
襲われていた女性は既に気絶をしていた。おそらく先程の戦いも見ていないだろう。
気だるげな男は倒れている女性を近くに寄り、背負って公園に置いてあったベンチまで運んでそこにに寝かせた。
ついでに軽い毛布をかけておく。
鎖を纏った狼を魔法陣に戻しながら制服を着た男がその光景を見て笑っていた。
「はははっ!変な所で紳士だなお前!」
気だるげな男は鋭い眼光で鎖の人間を睨み付けるが男は一層愉快に笑った。
気だるげな男の堪忍袋がピリピリとはちきれそうになる。
「これも全部お前のせいだ・・・!!」
気だるげな男は小柄な人間を標的に変え、静かな怒りを言葉に込めて怒鳴る。
すると小柄な人間は不思議そうに気だるげな男を見つめ返した。
「お前はもう命を捨てた身だろ?それを好き勝手に使っていいと言ったのもお前だ。どう使おうと私の勝手。」
小柄な人間はドヤ顔で言いはなった。
それは数日前に交わした約束の話だった。
それを聞いた気だるげな男は何も言い返さないままプルプルと震えていた。自分でも自覚しているから言い返せないのだ。
鎖の男がお前の負けだ。と、言わんばかりに肩に手を置いて全員に指示を出す。
「さて、本部に帰っぞ。こんな姿誰かに見られたら厨二病だと思われちまう」
そう言って鎖の男は颯爽と消えた。小柄な人間もそれに便乗し消えた。
残ったのは先ほどの気だるげな男だった。
気だるげな男は美しい光を放つ満月を見上げた。
「俺はあの時に死にたかったのに」
その呟きは男の影と共に夜の闇に消えた。
魂との主従。
今から思えば特に何でもない人生だった。
毎日が安っぽいような発見のない進むだけの時間。
食って勉強して寝て、また食って勉強して寝ているのを繰り返す。
それこそ常識を覆すようなカルチャーショックから何でもない小さな幸運おろか「あ、変わってる」と思うことすらない。
だが俺は別にこの後魔法が使えるとかのファンタジーや、恋愛をするラブコメなどは求めていない。
いや、そもそも必要ない。もし起きたとしても面倒なだけだし第一起きるわけがない。
俺、蒼馬葵は今年で18歳になる大学生だ。誕生日が12月24日という何とも言えん。
基本的なステータスは日本人男性を平均化させてた感じだと思う。RPGでいう「村人A」がよく似合うところだ。
何が言いたいかというと「ただそこにいるだけの存在」って事だ。
俺は生まれた時から既に両親や祖母も祖父も兄弟もいない、いわゆる天涯孤独と言う奴。
遠い血も繋がってない親戚などにたらい回しされたが、それでも優しく迎え入れてくれた養父さん養母さんにはいくら感謝しても足りない。
だから二人には迷惑をかけたくなかった。
この人達には嫌われたくなくて、俺は感情を出さず生きてきた。
その結果俺は誰とも関わりを持とうとしなかった。
それでも、子供は元気な生き物だ。かなり暗い存在だったであろう俺にも子供の頃は近寄ってくる人達も沢山いた。だが俺はそれすら拒絶し目に見えない壁というものを作っていたのだ。そのために空気の読めない奴『KY』と影口まで言われていた。
そうして俺は一人一人の記憶から消えていった。
それ故にいじめられることはなかったのだがそれはいじめる価値すらないということだろう。
しかし俺は他人をいじめてる連中に子供とは思えないほどの誹謗中傷や暴言を吐いて不登校にさせた事がある。
その酷さ故、いじめられていた被害者が加害者より俺を怖がってしまう始末。
このお陰で友達おろか知り合いすらできないより「空気」になっていた、
だが、その分面倒事には巻き込まれることはなかったので良しとする。
俺は人との関係どころか認識すらされなかった。
そんな俺を思ったのか、俺を養ってくれた養父さんや養母さんは祝い事には何かと色々な物をプレゼントしてくれた。とても迷惑をかけてしまったと反省している。
そう思うのは俺はお世辞にも頭が良い、賢いとは言えない使えない口喧嘩が多少上手いひねくれた人間だと自覚してるのもあったからだ。
いくら頑張って勉強しても全く成績は上がらない平均点数。これは養父さんは養母さんの恥晒しになってしまうだろう、そう思うと死にたくなった。
感謝する人の役に立てない、迷惑をかけたくない人間は「どうしたらいいか」ではなく「はやく出て行きたい」と思うものなのだ。
だから俺はバイトも地道にし、金を貯め、大学に入学してからは逃げるように家を去った。
そして一刻も早く俺を忘れて欲しかった。
大学の講習を終えた今日も俺は食って勉強して寝るために訳ありの安いアパートに向かう。
時刻は18時30分あたりか、血のような赤い太陽が沈む様を見ながらコツンコツンと靴とコンクリートのぶつかる気持ちのいい音を聞きながら道路をただ歩いていく
普段人の塊が蛇の蛇行のように流れるこの商店街も今日は珍しく人の流れはさほど悪くない。
辺りには夕食の買い物を目的としたような主婦と部活帰りであろう高校生と中学生がだべっているのをよく見えるだけだ。
今日は一際よく見えるそれは、誰しも明日と云う未来に光を向けている目をしていた。
・・・俺にはそれがない。
それが見たくなくて目線を地面に落としてあまりそれを見ないように道を突き進む。
いつもそうだ。子供のころから「どうにかしてやる!」じゃなく、「逃げたい」と思ってしまう俺の悪い癖。
いつか、虐められてる少女を偶然助けた時(というより見るに耐えなくなって虐めっ子共に悪口言って泣かせただけだが)彼女は「友達になって!」と言ってくれたが接し方がわからず「いやだ」と言ってしまった。本当はうれしかったのに
10年近く昔の出来事を思い出していると偶然にも知らない人の肩をぶつけてしまった。
人が混雑しているとはいえあまりは人との接触がすくない場所だ。原因は自分がよそ見していたからぶつかってしまったに決まってる。
だとすれば明らかにこれは俺の不注意だ。
手早く姿勢を整えで「すみません」と頭を下げて謝罪しようとしたが何日も口を動かしてないために頭は下げられたが声が出なかった。
マズい!と思ったら向こう側からも「気にしないで」と笑う声が聞こえた。
どうやら許してくれたようだがこれが不良かそこらだったと思うとゾッとする。
いくら掃除しても汚れが取れないような不清潔な部屋、俺みたいな人間が住むには相応しいオンボロアパートに無事到着した。
(最初一緒に下見に来てくれた養父さんは全力で「大学は家から通え!」と言っていたが)
自分の契約した部屋に向かって階段を登る。錆臭いのが気になるがそれよりもこの錆まみれの鉄の階段の耐久性が凄く心配になる。
ドアの前に到着して鍵を差し込む。建て付けが悪いのか開け閉めの度「ガガガ」と鳴るのは本気でどうにかしてほしい。
一瞬壊れたかと思ってビックリするから。
部屋の中に入って電気を付ける。すると暗闇で見えなかった大量のシミなどの汚れが露わになった。慣れたけどやっぱり精神的にキツいな。
ただ、汚いだけであってちゃんとガスや水道が使えるので自炊はできる。
・・・が、この汚さの中で作った料理はあまり美味しそうにみえないので夕食は大抵カップラーメンで済ましてしまう。
スーパーで買ってきたカップにお湯を注ぎ込み、行儀良く正座で待つ。
正座で座ってしまうのは子供の頃「正座で座るのは行儀が良い」と見知らぬジジイに言われてそれから実行してきたのでもう既に癖みたいなものになってしまった。
お湯を入れてから3分が経ち、カップラーメンの蓋を開ける。すると中から香ばしい香りで出てきてカップからは丁度良いくらいにふやけた麺が浮いていた。
割り箸を手際良く割ってズルズルと音を立ててカップラーメンを食べる。
この食事は俺の唯一の楽しみでもあったのだ。
食べている間は何も考えずに済むからだ。
腹も膨れたので歯を磨き、ボロボロの布団の中に入る。ボロボロなところが熱を保っているのといい感じの柔らかさで気持ち良かった。
しかし、布団に入って寝ようとする度に思う。
今日起きた事をセーブしようとしているのか、随分と頭がクリーンになるのが嫌だった。
その議題は「俺は生きている意味ってあるのかな?」である。
頭も良くない、知り合いすらいない、家族もいない、夢も希望もない、平均的な人生。
人間の社会というグループから外れても誰も気づかないような空気のような存在。
ただ。そこにいる。
それはまるで「動く死体」じゃないのか?
18年という長くも短くもない人生だが、普通の子供はいくらか「青春」というか「充実感」は得られるだろう。
俺はそれを体験したこともないし羨ましいとも思ったこともない。
欲がないと言ってしまえばそれで終わりなのだがそうやって毎日終わらせ続けるのも限界があるというものだ。
どうして周りと同じ事が思えないのか自分の疑問に自分で答えるとそこにまた疑問が生まれる。人とコミュニケーションしたことがない人間は自分の価値観と考え方でしか答えを見いだせない。
結局わからなくて白紙のまま俺は「どうして?」なんだろう。
毎日毎日そう思ってると頭がおかしくなりそうだ、考えて考えてそれでもわからない。
どうして?を無理矢理止めるためにたどり着く簡単な答は「死」だった。
死ねば何も考えなくてずっと眠っていられる。自分という呪縛から解放されて誰にも迷惑をかけない孤独になれるのではないか?
と期待混じりに考えてしまう。
そしてそんな「希望」を押さえるために俺はいつもの「日課」をしにいくのだ。
疲れた、立つのも息をするのも目を開けるのも、もう全部。
それでも容赦なく夜の冷たい風が自分の顔を叩きつける。
この場所はいつもそうだ。そうやって自分の中の希望を打ち砕いてくれる。
24時、まだ肌寒い風に吹かれながら俺は誰もいない廃墟の屋上に立っていた。
ここに毎日のように来て自殺を試みる。
死にたいという俺の唯一の欲求かもしれないこれを満たすために
しかし今までのうのうと生きて来れたのはやはり「死にたくない」という本能がいつも邪魔をするんだ。
結果怖くなってアパートに戻って寝てしまう。
ここに来るのは最早「もしかしたら死ねるかも」という軽い気持ちで来ているのだ。
鉄のフェンスに手を引っかけて落ちるか落ちないかギリギリのラインに立つ。
落ちれば確実に助からないであろう数メートル下の地面を見ようとするが夜の暗闇に染まって見えない
・・・不思議と今日は抵抗感はない。ずっとずっと願っていた瞬間だ。
落ちる勇気が出来たのではなく落ちてもいいやという諦めた感情が俺を満たしていた。
養父さん養母さん、この土地の主やその他の皆さん、死体処理などお願いします。
そんな人生初の我が儘を心の中で呟いた
深く深呼吸をして全身から力を空気とともに排出する。
いざ飛び降りようとした・・・・が
「ねぇ?お前死ぬの?」
生意気そうな小娘の声が後ろから聞こえてきた。
「・・・は?」
まさか人がいたとは知らず思わず声を出し振り向いてしまった。
あ、3日ぶりに声を出したな俺(3日前転んだとき「痛っ」って言ったそれだけ。)
その少女との距離は5メートルといったところだろうか、しかしいくら夜の暗闇でもここまで気配を察することはできないものなのだらうか?
既に暗闇に慣れた目で声の主を見るが
声の主の少女の姿を見た瞬間アイタタと自分の頭を手でさすってしまった。
声の主は意外にも整った顔立ちをしていて白い制服を着ている、いやまだそれは許容範囲だ。きっとどこかの女子高生で制服が何らかの理由で白いのだろうと納得できる。
いや、夜のこんな時間に廃墟の屋上に女がいる時点で異常だが。そこは省くとして、問題なのはバカデカい鎌を背中に抱えて白と紫のまざった髪をしていてさらにオッドアイの目をしているという事だ。最近噂のカラコンってやつか?そして髪は染めているのか?
コスプレイヤーたるものが存在すると聞いていたが・・・・・
嗚呼、これが厨二病か。マジでいるのかこんなの世も末だな。
俺が日本大丈夫かと軽い心配をしている最中小娘は俺の呆れた目を無視して問答無用で話しかけてきた。
「だからお前死ぬの?それとも夜景でも見に来た?」
偉そうな言い方にカチンと来てしまう
「廃墟で夜景なんてそんな非ロマンティックな事するか」
ヤバい。思わず返してしまった。二回目だよ喋ったの俺。
小娘は思惑通りといった笑みを浮かべて言葉を続ける。
「じゃ、やっぱり死ぬん?そっから飛び降りて?」
「・・・まぁな。かなりグロいもの見ることになるから去れこのガキ」
イライラしてきて声にトゲが生えてしまう。
俺は結構短気なのだ。ストレスの溜まりすぎのせいとは言われたが。
しかし小娘は怯む様子はなく、「ふむふむ」と何か少し考えていた。
あのもう飛び降りていいっすか?疲れてきたんで。
小娘は頬をすこし赤く染めると同時に目をキラキラと輝かせて俺の心の呟きを全く察しないで元気良く俺に問いを投げかけてきた。
「ならお前の魂を私が使ってもいいか!?」
・・・もう付き合えきれん。
厨二病とはここまで厄介なのか?俺の堪忍袋の緒はキレた。
「あー!あー!!やれるもんならやってみろ!!」
思いっ切りヤケクソ気味に怒鳴ったらイヤな笑みを浮かべてこっちに叫び返してきた。
「そうか!なら感謝する!こい!『ジャバヴォック!!』」
小娘がそう叫んだ瞬間、屋上の中央に漫画とかで見る(読んだことないけど)大きな魔法陣が現れた。
そこからゴゴゴと地響きがなりながらカラスの羽根のようなモノが大量に吹き出す。
それは少しずつ型を固めていき、落ち着いてきたところで黒い鱗に覆われた黒い竜が姿を現していた。
目の前で見たその現象はとてもCGなどには見えなかった。
「・・・!?」
俺は絶句しながら今日何度目かの冷や汗を流した。
まさか、本物か?いやありえない、ありえねぇよ!!
だとしたらどこから出しているのだろうか、その黒竜は壁に投射される映像でもロボットにも見られない生物の息づかいを感じる。
小娘は持っていた鎌を手慣れた手つきでクルクルと回転させながら黒い煙のようなモノを鎌に吸収させていく。例えるな台風の目みたいだ。
「黒き片鱗よ、黒言竜ジャバヴォックとの魂の主従より契約されし生よ!我が願いを聞き届けろ!」
その台詞のような呪文を口に挟むと黒竜から吐き気がこみ上げてくるような黒く暗い煙が溢れてきた。
先ほどから鎌が吸収している煙は黒竜が出していたのだ。
黒い竜から発せられる黒い煙を鎌はどんどん吸収していき、ぐんぐんと刃は巨大化していく。
最終的には凄く禍々しい、死神が持つような鎌になっていた。
小娘はジャキンと金属的な音を出してさわり具合を確かめる。
「じゃぁな!その魂は有効利用されてもらうから!」
小娘は人間とは思えないほどに大ジャンプをし、空中上で何十キロもありそうな鎌を操り構えて俺に狙いを定める。
俺はもうただ唖然として立ってそれを見ていた。
そして小娘は俺が射程内に入った瞬間に大鎌を振り回した。
刹那、ブンという空気音と共に綺麗に俺の胸が切り裂かれ、肉と血が飛んだ。
それが自分の物だと気づかないまま地面に倒れ込む。
「こりゃ、随分とユーモアのあった死神だな・・・」
そう呟いて俺は深い死という名の眠りに誘われた。
ヨルムンガンド
目が覚めたと言うべきなのか?
そんな疑問はすぐに頭の中から思い浮かんだ
俺はジメジメとした何も見えない真っ黒な視界で覆われた空間の中で意識を取り戻した。
ポタンポタンと水の落ちる音が静かに鳴り響く中、どこかの洞窟の中という印象が生まれる
自分の体を見渡そうとするが、光が無いせいで何も見えない。
これほどまでにライターや電灯などが欲しいと思ったことはない。
普段から体を覆っている慣れた感覚があるのだから服は着ているのだろう。
しかし、頭で感じ取っている感覚は・・・気配と言うのか?何かとてつもなく大きな存在に見つめられているような、一種の恐怖にも似た感じだ。真っ暗な場所で一人突っ立っているときの感覚に近い。
薄気味悪いな。
やはり湿気が多いのか?ベタベタとしていてムカデが背中を這いずり回るような気持ち悪さもある。そして匂いという匂いが無い。水滴の落ちる音と自分の呼吸音しか確認できない。
全く現実性がないが、夢の中ではない酷くリアルに意識、思考、感覚がハッキリしていた。
頬を手で叩くと鋭い痛みとバチンと音が鳴った。そして確信した。
これは俗に言う「霊体」ではない、ちゃんと骨と肉によって作られている自分の「肉体」だ。
気味の悪い気配を意識しないように色々と頭の中で考えを切り替えてみた。
目が覚める前、確か大きな鎌で胸が切り裂かれ、心臓が飛び出たことを覚えてる。
それを思い出した途端思わずシャツを脱いで自分の体を確認するが暗くて見えないので触ってみるしかない。
何やってんだ俺は、さっき確認しただろ
誰もいないとはいえ、自分から上半身裸に成って少し恥ずかしくなった。
痛覚や切り傷は触ってみたが全く無い。傷はないと思う。
至って普通だった。
「でも、やっぱり死んだよな?俺。」
自分の枯れた声が洞窟の中に居るかのようにこだまとなって響いた。
考えたくないが、まさかこれが死んだ後死者が訪れる「あの世」で此処は「地獄」ってやつか?
まぁこんなジメジメしたところが「天国」な訳ないし。
だったらなぜ地獄に俺は墜ちたのか?
俺は人に干渉せずに誰にも迷惑をかけたりワガママを言った悪いことをした覚えはない。
ん?待てよ?ワガママ??
先ほどまで体験していた死ぬ前の生前の記憶を辿る
堀漁られた記憶を思いだしハっと鼻で笑ってしまった。
そうか、なるほど
俺の罪は、「自殺」か。
仏教とかの話で聞いたことあったが、自殺をしたら沢山の人に迷惑をかけたり、親から貰った肉体を粗末にするなどとの理由で地獄に落とされると聞いたことがある
はぁぁ、マジかぁ。
深いため息が俺の口から漏れ出す。
子供の頃から夢を持たず現実だけを信じて、宗教やら地獄やら天国なんかを信じていた人をバカみたいに思っていたが、古き日本のお話もバカにはできないということか。
地獄ってなら不思議と納得できる。それならあの死ぬ直前の時、人間の範疇を越えた技を披露したあの死神にも納得がいく。
きっと自殺出来ると途端に思えたのはアイツが俺の命を刈に来たからか?
そうだよな、それにもしあいつが人間だったら魔物を召還したり鎌を巨大化させるなんて不可能なハズだ、きっとそうだ。
「そういう状況」だと理解すれば気持ちは簡単に吹っ切れた。というより考えることを止めたかった。
考えを放置したのだ。
結局これが現実だと思えれば自分のひねくれたちっぽけな思考など無駄だと判断できる。
冷めた自分の感情に自分でも引くほどの諦め加減にまた俺は溜息をついて腰を下ろす。
「はぁ」
しかし、死んで意識を取り戻してからというもの、ある程度現状は進展しない。
此処が地獄だと思い始めたらてっきり鬼が出てきて様々な拷問部屋に連行されるかと思っていたが
もしかして罰や蘇生などがなければ俺のぼっち時間は永遠に続くかもしれない
まぁ大抵の人間にとっては孤独とはある意味死より苦しいものかもしれないけど。
永遠に暗闇の中に閉じこめられ話し相手すら存在せずに何より睡魔や空腹も感じられない時の止まった世界。
何も出来ない
下手したら発狂する奴もでるかもしれない。
そう思うと恐ろしい場所だなここ
だが、それはそれで良いかも、と俺は思えた。
誰も来ない永遠の孤独なら誰の目にも見られない場所があるなら、俺は霊界でも現実でも正直どっちでも良い。
そうやって俺は一人になりたかったんだと再確認する。
ジメジメは嫌いだがこの際贅沢は言えない。
「やっぱりこれが俺が求めていた世界なのか?」
口では疑問系を装っているけど本心ではそう求めていたと決めつけていた。
黙祷するように目を瞑る。
そうすると後悔の念がジワジワと溢れだしてきた
死んだ後俺は養父さんや養母さんには迷惑をかけてしまったのだろうか。
もっとやりようはあってたのではないか?たとえば樹海に突中するとか・・・
全てが終わった後に沢山の「選択肢」が増えてくる。そもそも自殺は一時期のテンションに身を任せるようなものだ。その時は冷静じゃないのだから新しいやり方など後から思いつくもんだ。
理屈ではわかってても後悔の念ばかり出てくる。
腰を下ろして胡座をかいていた足はビリビリと少し痺れていた。
座り過ぎると足が痺れるのはここでも一緒なのか。
しかしよく出来てるなぁと感想を抱いてしまう。
幽霊になれば記憶も感触も意識も無いと思っていたがそうでも無いらしいな。
ちゃんと全てを覚えている。
記憶も生き方も死に方も・・・後悔も。
「━━━!?」
刹那、力強い気配が俺の死角から降り注いできた。
一瞬心臓が握り潰されたような圧迫感。
心臓がドクンドクン速く動いて全身に血液を高速に流させ始めた。
そして頭の回転を早くしていく、死んでも生存本能は働くのか。
緊張のせいで頬から冷や汗が流れる
手を強く握って手汗でびしょびしょになってしまった。
・・・・後ろに何かいる。
俺の本能が早く逃げろ!と警報を鳴らす。
しかしあまりの恐怖に俺は情けないが動けなかった。金縛りに近い。
「はあ、はあ、はあ、」
登山した後のように呼吸が乱れる。
冷や汗のせいでもう手だけではなく服もびしょびしょだ。
落ち着け俺、まずは冷静になることが大切だ。
小さく深呼吸をして頭の中で現状をしっかりと理解する。
そもそも俺は既に死んでいて、ここは地獄なんだぞ?何を怖がる必要がある!
俺は意を決して思いっ切り後ろへ振り向いた。
紅。
大きく血で染まったような紅い瞳を持った大蛇が俺の頭上から見下ろしていた。
体色は瞳と同様、しかし、若干黒みが混じった赤黒い色だ。
その色自体は全身を覆った堅そうな甲殻から成り立っていた。小さく動くたびにゴリゴリと甲殻と甲殻が擦れ合う堅い音が鳴る
大蛇は興味と好奇心のような目つきでいた。
緊張感を持たないでいて好奇心に強く忠実な幼げな子供のような印象だ。
しかし、自分より遥かに巨大な存在を前にして俺は恐怖の文字で頭を埋め尽くされた。
逃げ切ることも戦う事もできそうにない。本来暗闇で何も見えないはずだが大蛇の姿はハッキリと見えている。
すると大蛇はバスを一飲みしてしまいそうな大口を開けた。
電柱のよく大きい牙は全てを噛み砕いてしまいそうだ。
口の奥からは黒い、あの時の死神が使っていたような黒い煙が漂っていた。
それはしばらくすると俺の顔にも漂ってきた。
それを鼻で少し吸い込んだ瞬間、頭を思いっ切り鈍器で「ガン!!」と殴られたような衝撃が脳を襲った。
痛みのあまりにまた意識を失いそうになった。
その時大蛇がか細い優しい声で
「・・・・・ます・・たー・・・」
と言ったのが聞こえたが、そこで意識はブツンと切れてしまった。
生と死
ポタン、ポタン、ポタン。
点滴の水滴が落ちる音で俺はまた目を覚ました。
先程の不気味なものとは違い、どこか安心できるような暖かい感じだ
目を開けて確認すると体がフカフカのベッドと布団で暖められている。
誰かに看病してもらっていたのか?入院服らしき服を着せられた自分を見る
とゆーか
「生きてたのかよ、俺・・・」
今のところ体に痺れや痛覚などは感じられない。
明るい天井の電球を直視したせいで涙が若干出てしまったくらいだ。
そのせいで視界がボヤケて見えるが、辺りを見渡すと目立つ色は「白」。
明らかに病院によくある清潔感溢れる病室だった。
というワケは必然として看護婦さんとかが世話をしてくれたのだろ。
頭の後頭部をそっと触って気がつくが、先ほど意識を失った時の頭痛も治まっていた。
しかし、まだ寝ぼけているのだろうか?それとも状況が理解できずに混乱しているのか?
頭はさっきの地獄らしき場所にいた時と変わってうまいこと働かずぼーとしてしまっている。
今この瞬間ナイフを持った大男が現れて「殺すぞ!」と言っても「あ、こんばんは」と言ってしまうだろう。いや、割とガチで。
とりあえずベッドから出て看病してくれた人に安心させなければならない。それにこれ以上迷惑をかけるワケにもいかんだろう。
ベットから這い出ようとしたが体がダルくて動けない
いあや、まだベットにいたいという欲求に勝てずにいた。
まともなベッドは約一ヶ月ぶりだ。
出たくねぇ、あと5分・・・・・・。
そんな自分に呆れていたら、たまたま目に止まった時計が目に映った。
見ると時計の針は11時を少し過ぎていた
確かあの変な死神に殺されかけたのは24時、つまり夜の12時だ。
カーテン越しだが、外が暗いということは簡単に理解できる。
自分がまだ生きていることを考えると俺はほぼ一日眠り続けていた事だろう。
その間沢山の人に想像もできないような迷惑をかけてしまったのだろうか・・・・
治まってきた頭痛が別の意味でまたしてきた。
あー、やっちまったぁ!
あんな怪我を負ったんだ、発見者さんにグロいモノを見せてしまったに違いない
てかよく考えればあの死神に始末されずに自殺に成功していたとしても、第1発見者にトラウマ&苦労の詰まったプレゼント《死体》することは決定打だろうに・・・・
生きてるだけでも救いってワケか。ハァー。
しかし、心臓が飛び出て、しかも大量出血したのに人は死なずに生き残れるのだろうか?
いや無理だろ。医学の知識のカケラも持ち合わせてない俺でもワカル。
それでも今生きているのは事実だ。体に血液が流れて、体温が温かいと感じる。呼吸をして自分の吐息が聞こえる。空腹により腹も減っている。
それは生きている事を何よりも証明している動かぬ証拠だった。
ならば、あの薄気味悪い地獄も夢だったのだろう。痛覚は寝ている間どこかにぶつけたかそれらの理由だろうと思う。
いや、実にリアルな夢だった。これはレベル高いな俺。
自分の想像力に苦笑いしていると度肝を抜く光景が俺の眼球に焼き付いた。
「っ!?!?!?」
悲鳴を上げそうになる口を懸命に押さえた。
心臓が飛び出しそうになるほど驚いたせいで危なくベッドから転げ落ちそうになったが、寸前のところで止まることができた。
しかし完全には止まりきれずにいたので頭を壁に思いっ切りぶつけてしまった。
ガンッと勢いよく、テレビの漫才のように綺麗な音が病室に鳴り響いた
頭ばっかりダメージ受けてるな俺・・・
「~~~~~!!」
血がにじみ出るほどの激痛に涙目になってしまった。
それほど俺がビビったのはそれ相応の事があったからなのだ。けして俺がチキンだからではない
驚くべき事に、普段お見舞いに来た人が座る椅子に例の「死神」が鎌を持って座っていたからだった。
見間違いようのない・・・・・痛い制服だ。
なぜヤツがここにいる?
・・・まさかコイツ、死に損ねた俺にまたあの鎌をお見舞いさせようというのか!?
切り裂かれた自分を思い出して顔が真っ青になるのが自分でもわかった。
いや死ぬのは怖くないんだが、生物的に意外にも刃物を直に向けられると死ぬ死なない以前にやはり恐怖を感じるものであって・・・。
だって・・・痛いのは・・・嫌じゃん?
だが俺はすぐに焦りと恐怖を消して、気分落ち着くことができた。
賢者タイムだ。
死神は鎌を持ったままスヤスヤと眠っている。無防備だなこれ・・・
戦税一隅の隙とチャンスに俺はボーとする頭を無理矢理フル回転させた。
奴の目が覚めない内に逃げ出すか?いやまて、点滴されてる時点で逃げようが無い
なら不意打ちでこいつをぶち殺すか?・・・むりだな。勝てねぇ。
いやいや、点滴をこいつの頭にぶち込んでせめて嫌がらせ程度に・・・
シャーー。
頭の中でどうしたらいいのか試行錯誤シミュレーションをしていると病室を囲っていたカーテンがゆっくりと開いた。不意打ちだ。
カーテンから顔を除かせたのは金髪でニッコリと笑う若い男性だった。
年は20代前半あたりニッコリと目を瞑っているため瞳は見えないが、だいぶ日本人離れした顔立ちなのは簡単にわかる。
白い白衣を着ているが医者ではなさそうだ。だからといって科学者や博士などとも違う。
なんというか雰囲気が違う。例えるなら紳士に近い。
・・・白衣の紳士ってなんじゃろね?
観察を続けていると男はゆっくりと口を開き俺の名を口にした。
「こんばんは。お目覚めの気分はいかがかな?蒼馬葵君?」
なぜこの男は俺の名前を知っているのか?ていうかアンタは誰だ?ここは病院なのか?中性的な美男子のこの男に対して様々な疑問が生まれてくるが、それを頭の引き出しに無理矢理閉じこめる。
彼の質問になんと答えたらいいかわからない。それは相手の正体が不明だからだ。
手の内の情報をバラすには若干抵抗がある。たいしたもん持ってないけど
しかしシカトは流石にマズいだろうな。ある程度返事はすることにした。
「少しダルいですけど問題はありませんよ。」
とりあえず医者の人だろうと思うことにしといてそれ類の事の言葉を選んだ。
男は顎に手を当て考える素振りをして「うんうん」と頷いる。
そして初めて目を見開いた。
深海のような深い碧色をした瞳だった。人間離れした知識を持ってそうでただの紳士ではなく知的な紳士へと評価がかわった。
・・・白衣を着た知的な紳士ってなんじゃろね?
「なら会話はできるかな?状況を説明してあげたいけど少し待ってね?ほらジャヴァ、起きなさい!」
彼はニコニコ笑いながら、寝ている死神に両手でグリグリ攻撃をしてコイツを起こそうとしている。
あの死神の名前はジャヴァというのか?死神は「う゛ぅ~」と呻きながら苦しそうな顔をする。
見てるだけでこっちまで痛くなりそうな容赦ない攻撃だ。俺はさり気なく某幼稚園児アニメのワンシーンを思い出していた。
そんな寝ながら青い顔をしている死神に不思議と「ザマァ」と思ったが黙っておいた。
口は災いの元と昔から言うだろう。
☆
頭部二カ所、つまり先程グリグリ攻撃を受けていた場所から白い煙を上げながらジャヴァはジト目で紳士を睨みつけていた。
未だに痛むであろう頭を両手でさすっていた。
「タツェのグリグリは容赦ないんだから、手加減を覚えろ」
「そうでもしないとジャヴァは起きないだろ?それに手加減はしてる」
10分ほどで(10分もかよ)ジャヴァは目覚めたのだが、起きた瞬間男に苦情を申し上げているために紳士さんの言った「状況」というものを中々教えてもらうことができない。
今・・・・夜の12時だぜ?
二人の言い争いには隙がなく、こちらからも本題を切り出す事ができない。
俺は最早ただそれをぼーと眺めていることしかできなかった。
あれだよ。誰かが喧嘩してるのを見ると見てる側は冷静でいられるという謎の現象だ。
少し涙目になってるジャヴァの目は、前見たときのオッドアイではなくなっていた。ありゃなんだったんだ?
やっぱりカラコン?ウソ〜マジイタイんですけど〜〜
・・・いや、だってヒマなんだもん。
そろそろこの口論もいい加減くだらなくなったのかタツェさんは咳払いをして話を切り出した。
ジャヴァはそれを不本意そうに見ていたが諦めたらしく大人しく黙った。
これ以上口論続けさせられるか今何時だと思ってんだ。
「ふぅ、ようやく本題が話せるね〜、自己紹介といこうかな?俺の名前はタツェ・ラビアス。呼び方はタツェでもラビアスでも構わない。このちっこいのはジャヴァ。俺達2人とも日本人じゃないけど、産まれたときや物心つくころには日本にはいたから日本語は大丈夫だろ?」
名乗った二人の名も随分日本人離れしていたし顔も外国人っぽいし日本人では無いかもしれないと思っていたがまさかのビンゴだった。
・・・それでもオカシイ名前だけどな。
それはそうとちっこいか・・・タツェさんとジャヴァを同時に見ると・・・なるほど。ジャヴァは座っているが、立ったとしても一目瞭然だろうな、確かにちっこい。
一人で納得したら心なしか少しジャヴァに睨まれた気がするが無視しておこう。
またあの鎌で斬られるなんて流石にごめんだ。
そんな俺を気遣ってか、タツェさんは腕を組み質問があるならどうぞ!って体をしていた。紳士っぽかったし、気難しい人かと思っていたが随分とフレンドリーな人らしい。
・・・お仕置きがニコニコしながらグリグリってのは怖いけど・・・。
なら俺の精神的なためにも遠慮無く質問させて貰おう。
「ここはどこの病院ですか?それともどこか違うところですか?」
まずは自分の居場所を知りたい。でないと単純な話、アパートに帰れないからだ。
第一怪我は無いし、いつまでもここに留まるわけにはいかないだろう。明日も大学あるし。レポート終わってなぇし、今日欠席扱いだろ絶対・・・
タツェさんは少し「う~ん・・・」としばらく困った感じで悩んだ挙げ句、曖昧な答えを返してきた。
「病院ってのは違いないけど、ただの病院じゃないからなぁここは。」
ハッキリしろよ
「どこですか?早く教えてください。」
そんな曖昧さにまた少しイライラしてきた。
あれだよ、反抗期。
「東京にあるんだけど、ただの病院施設じゃない。言ってみればここは国家神獣という治安維持隊による特殊な機関の施設だ。この病院もその施設内にあるって訳さ」
「・・・国家神獣?」
「うん。一般的には『国立総法隊』っていう自衛隊に近い形で知られてるハズなんだけど」
タツェさんは「わかるかなー?」みたいな顔で後頭部をポリポリとかいていた。
《国立総法隊》。警察や自衛隊よりも高い戦闘訓練が行われ、その兵力は軍に匹敵すると言われている。現在日本に存在する国立総法隊は3つあると聞く。
元々日本が大日本帝国などと大旗を掲げていた時代から存在する、あくまで治安維持隊として知られていたのだが、その部隊には謎が多い。
基本的に一組織1000人ほどの構成員で作られている規模の部隊だが先程にもいった通り、軍に匹敵する戦闘力を持つ兵団、つまり精鋭部隊だ。
それほどの力を持っているにも関わらず、国立総法隊は表だって活動するニュースは数少ない。治安維持部隊と掲げておきながら災害など救助活動やその復興の協力など一切干渉していない。
市民は「国立総法隊など必要ない!税金の無駄だ」と訴えてデモを起こしたことがあったが、国は「我が国の伝統ある組織」と言いそこから動かなかった。
ネットでは「犯罪者を皆殺しにしてる」「人体実験をしてる」などの都市伝説じみた噂が流れるようになっていたが、結局一般市民には謎だらけの組織としてタブー扱いにされた。
もし、この人達が本当に《国立総法隊》ならば何故俺の病室にいるのか?
治安組織なら、俺みたいな致命傷を負った人間を保護したりしてるとかか?
はっ、バカバカしい。
タツェさんはそんな俺の様子を見て肩を少し下げて溜息をつく。様子からなんらかのトラブルがあったのだろうか。
「まず君には《国立総法隊》について説明しておくよ。一般人には知らされてないけど、日本だけじゃない、どこの国の《国立総法隊》もとても重要な機関なんだ。なければ国が滅びるレベルにね。」
国がオチるとかマジですか?信じられるわけないだろ。
「じゃぁ、《国立総法隊》がなんらかの活動をしているのは一般人には話せない裏の事情があるんですか?」
「・・・話したところで誰も信じることはできないだろうし、それどころか《国立総法隊》の存在をさらに否定することになる。」
そもそもこれ以上評判が悪くなることはないほど評判が悪いと思うが俺はそれをなんとか黙って話を聞く
「君はこの世界に鬼やドラゴンがいると思う?」
「・・・・へ?」
思わず気の抜けた返事を返してしまった。
真面目な話してると思ったら何言ってんだこの人。
いるとしたらそりゃゲームカセットの中だろう。RPGの。
ジャヴァがそのまま黙っているが表情からして「まぁそう反応するわな」って顔をしている。当たり前だ
「君はやっぱり信じられないような顔してるね。「当たり前です」俺の台詞に被らせないで?」
はい。
「かなり現実から外れたお話だけど、鬼や妖怪、天使に悪魔にドラゴンとかは存在するんだ。この手の怪物は勿論人を襲う。俺達はその怪物達を魔獣と呼んでいるんだけどさ、《国立総法隊》らはその怪物達の対処、討伐、研究を行っているんだよ」
それはタツェさんが言った通り現実からかなり外れた話だったが、俺が「アニメや漫画の見すぎ」と思えなくてすぐにそれを信じる事が出来たのは、あの光景を思い出したからだ。
あの夜、俺の体が切り裂かれたあの時。
黒い羽根を纏い、黒い煙を放出していた、大きな爪と牙を持ち漆黒の鱗に包まれた黒竜。
確かに俺も見たのだ。生物学とかそんなんじゃなくて、単純に見たから信じられるんだ。
俺が頭で自己流に話の解釈をしているとタツェさんは何か察したのか「ほほぅ?」と薄く笑った。
ジャヴァは何故か顔を真っ青にしてダラダラ汗を流しているがタツェさんは気づいていない。
「随分と落ち着いているね?もしかして見たことあったりする?しちゃう?」
タツェさんはニコニコ笑ってる。
「えぇ、まぁそこの小娘にかなりデカいの化け物見せて貰えましたし?」
俺がそう答えるとタツェさんは「え?」と小さく呻き声をあげて笑顔を凍り付かせ、ジャヴァは最早小動物のように縮こまっていた。
「・・・えっと?見せてもらったってその・・・どういうこと?」
タツェさんもいよいよ顔も真っ青にして俺に指差しするも、その指は震えている。かなり動揺してるようだが俺にはそんな事情はよくわからなかった。
なんかとんでもないことになってないか?とりあえず俺は正直に答えることにした。
「見せてもらったって、そのまんまの意味ですよ。なんか魔法陣みたいなの出してそっからもの凄いデカいドラゴン出てきましたけど?」
俺がそうカラッと言うとタツェさんはジャヴァに向かって「ジャ~ヴァ~?」と話しかけた。こっちが恐ろしくなるほど清々しい笑顔でジャヴァに話かけてる。
ジャヴァは大量の冷や汗と同時に目を泳がせてどう言葉を選べばよいかわからないようすだ。しばらく間を取ってようやく選んだ言葉を細々と話始めた。
「いや、その、コイツは自分で自殺するって言ってたし・・・だからその・・・へい・・・」
その発言は最早苦しい言い訳に過ぎなかった。
ジャヴァの様子にタツェさんはニッコリ笑っているが完全にお怒り状態に違いなかった。
タツェさんはそんなジャヴァの首根っこを軽く掴んでひょいっと持ち上げた。
ジャヴァは無抵抗だ。どうやらタツェさんは怒るともの凄く恐ろしいらしい。
そのまま連行されていってしまった。
生と死2
「本当にっごめんなさいっ!!」
ジャヴァの首根っこを掴んで病室を後にしたタツェさんはジャヴァを怒鳴り散らしていた。その怒鳴り声は病室にも響き渡るほど、それを直で聞いたがタツェさんは相当のお怒りだったらしい。
そして一通りお叱り終わってから病室に戻り俺の目の前で日本を代表する渾身の謝罪
つまるところ土下座を盛大に披露してくれた訳だ。なんだか逆にとても申し訳ない気分になるから不思議だ。
ジャヴァからは謝罪はなかった。いや、出来ないのだろう。タツェさん本気のお叱りを受けたらしい彼女は「燃え尽きたぜ。何もかも真っ白にな」の台詞がよく似合うほど脱色、文字通り真っ白になっていた。
精気を感じられない表情は思わず同情してしまうほど
「謝って済む問題ではないとわかっている、多額の慰謝料とせめて俺が切腹するからジャヴァを見逃してはくれないだろうか」
「いや、そこまで気にする必要は・・・」
何故そこまで謝る必要があるのか理解できない俺はとりあえずタツェさんを落ち着かせるよう努力するしかない。
しかし切腹って・・・いつの時代よ。そんな事されたら俺もあの世へお供しちゃうよ。
確かにあの黒いドラゴンが夢ではないのなら俺が致命傷を負ったのは間違いないだろう、あのジャヴァによって。
タツェさんの言うとおり普通だったら許されることじゃないけどぶっちゃけ俺は気にしていない。
そもそも許さないつもりなら俺が目覚めたとき既に寝てるジャヴァを見た時点で殺そうと怒り狂ってるはずだ。
うんまぁ、俺はイタズラしようとしたけどさ。
確かになんでアイツに殺されかけなきゃいけないのか少しムカムカしているのは事実だ。
でも俺があの時自殺しようとしてたのもまた事実である。どっちにしろ俺は死にかけたし当初の目的とは違くても、ジャヴァにせいで俺は生きてるのだからよくわからない。
ただ、あそこであの時彼女に鎌を振られなかったら俺は間違いなく死んでいただろう。
結果論だけど、皮肉なことにも彼女のおかげで俺は生きている。
「とりあえず、俺は家に帰れればそれでいいので?」
そろそろ土下座を見るのも苦痛になってきたので俺は軽い希望を述べた。
「・・・帰れない」
「うぇ?」
しかし俺が望んだ安易な望みはタツェさんがあっさり否定してくれたわけで
「いや、多少俺手持ちあるので、タクシーで帰れるんすけど?」
タツェさんは土下座の体制からゆっくりと顔を上げてじっと俺を申し訳なさそうに見ているだけだ。
「君は・・・もう死んでいる。この世に生前の君はもう存在しない」
なんと言えばいいかわからない。息が喉に詰まったせいでもあるがそれ以前にこの人が何を言っているのかわからなかった。
そりゃ確かに、俺はあの時鎌で斬られて心臓が飛び出て大量出血もした。あの状態で生きていけるとは俺すら思えない。
でも俺は現にここにいるし自分の心臓の音も呼吸音もちゃんと聞こえる、ちゃんと生きている肉体を持っているじゃないか。
俺が生きているのは確かなはずなのに、目の前のこの男は何故俺を否定するのだろうか
なんとか声を出そうとするが言葉を選べない。タツェさんの意見を否定する材料が何故か無い気がした。
俺が困惑しているのを見てタツェさんは立ち上がって勝手に俺の入院服の上着を脱がす。
服がはだけて俺の上半身が露わになる。
「━━━っ!!」
「それ」を見た瞬間、ショックで声にならない悲鳴を上げてしまった。
俺の胸にある「それ」はあの時の竜や夢で見た蛇が吐いていたのと同じような黒い煙が、微量にだが、禍々しく噴出している。
俺の胸にはくっきりと大きな斬り傷のような紋章が施されていた。
手術後でもない、痣でもない。この紋章は本能的に自分の「生」を否定するのをただただ見つめることしかできなかった。。
タツェさんは無言で俺に白湯の入ったコップを渡してくれた。
ぬるま湯を俺はゆっくり飲んだ。優しい温かさのお陰で大分気分も落ち着いてきた。
ただまだ手は震えてる。タツェさんはそれを見て「無理もない」といったで俺を見ていた。ジャヴァのやつはいまだに真っ白・・・から灰色になっていた。
ジャヴァが復活するまでの間、タツェさんはこの黒い煙と死について話してくれた。
『ガーゴイルっていう化け物は生物の《障気》を喰らうんだ。取り込むって言っても良い。』
『障気?』
『ジャヴァの黒い竜を見たんでしょ?あれから漏れ出してる煙だよ、そして今君からも発せられてるそれ。それを使ってガーゴイルを使役することもできるんだよ。障気の量によるけど、ジャヴァみたいなクラスになるとあんな感じの国家級ほどの黒竜も使役できる。』
『・・・』
『でも障気ってのは普通の生物から溢れ出すことは無い。普通ならね』
『そもそも障気ってなんすか?』
『生物が死ぬとき大量に発生する、いわば《霊気》かな。ガーゴイルはそれを喰らうんだけど生物の死の障気は纏まってないで拡散するんだ。拡散した障気は凄く薄くなる。ガーゴイルはかなりの巨体だから細かくなった障気を取り込むことは難しい、残された方法は、人間に使役してもらう召喚獣になるか、人間を喰らうこと。』
『でもさっき生物から、死なないと発せられることはないっていいましたよね?』
『障気は死に近い《恐怖》からも発せられる』
『でもなんで人間限定で襲うんすか?』
『人は他とは違う高い知能をもってるよね、言葉を使って本能のままに従わない理性も兼ね備えてる。だから「刺激」に敏感なんだ。時に人間の恐怖っていうのは他の生物よりも障気よりも強く発せられる。』
『それは発散されないんですか?』
『多少拡散されるけど元は体内から生成されるからね。体に障気が沢山固まったら一気にガブリ!』
『なるほど、で、何で俺から障気が出てるんすか?』
『それは簡単。・・・君が死んでるから』
『でも肉体はありますし、幽霊って訳でもないですよね?』
『君の今の体は生と死の狭間に存在する不安定な形の状態なんだよ、暴露しちゃうと俺もジャヴァも一度死んでる。』
『ご愁傷様です。』
『心底どうでもよさそうだね。・・・さっき不安定な形って言ったけど大抵はガーゴイルを使役すればそれはカバーされるよ、体から溢れ出す障気をガーゴイルが吸収してくれるから』
『俺は今不安定って事ですか?』
『それは調べてみないとわからない』
『でもどうやって蘇生されるんすか?一度死んでるんでしょ?』
『死に方には三つあるんだ。「害死」「狂死」そして「寿命」。』
『なんですかそれ』
『まずは「害死」だけど、これは肉体的な死を示すこと。例えば交通事故やナイフで刺されて死んだり病気にかかったりと、』
『ようは外傷を負ったりして体がダメになって死亡することですか?』
『・・・そういうこと。「狂死」ってのは精神がイかれて死ぬこと。精神的苦痛を受けたりストレスによって狂って力尽きて死んだり疲労で死んだり、珍しい例だけど脳が「自分が死んだ」と勘違いを起こして本当に死んでしまったり』
『疲労の死亡は社会人に多いっすよね』
『うん、そして「寿命」は、言わなくてもわかるよね?』
『精神と肉体が同時に死ぬこと・・・ですね』
『そう。天寿を全うすること。この場合蘇生はできない。』
『それで蘇生となんの関係があるんすか?』
『・・・君は肉体な死、「害死」したんだ。害死の場合、精神は生き残る。いわゆる幽霊って訳よ。でも肉体が復活すれば精神も戻る場所を取り戻せるから復活できる』
『俺はなんらかの手によって肉体が復元したって?』
『細かいことは省くけど障気が溢れる体にガーゴイルが憑依すれば不安定な形で蘇生される。その後正式に使役するための対面を終えれば無事完全復活元気100倍アンパn』
『「狂死」は蘇生できるんすか?』
『狂死も蘇生は可能だ。でもそれは器があるだけで中身がない、そういうのには悪霊や寄生系のガーゴイルが進入してゾンビになるの。これはもう討伐対象だよ。』
いくら現代でも死者の蘇生などできるハズもない。それを可能としているが逆に大きな驚異でもある「ガーゴイル」の存在はやはり一般的に公開できる訳がないのは聞いたらわかる
大きな可能性、それと同時に現代の技術発展を否定する存在。
政府はこの化け物と蘇生された人間を必死に隠そうとするのも頷ける。そりゃ家に帰れないよね。
いったん話を聞けばガーゴイルと人間の関係はたんに食物連鎖にしか聞こえない。
それを障気でガーゴイルを釣り、そして人間の敵となった存在を排除するガーゴイルとの上手くできた共存。
しかし、それになぜ存在感の無い「俺」がジャヴァから選ばれたのだろうかもわからない。
たんに自殺志願者だから構成員を増やす為にたまたま目に止まったのだろうか
「お前の魂を有効利用されてもらう!」
有効利用とはこのことか?いや、有効利用できないはずだ。
なぜなら俺はたいして頭の良くないひねくれた「空気」なのだから。
わからない。
問いただせば簡単にわかるであろうその問いを俺は自分の中で理解し、答えを見いだそうとする。生前の癖はまだ残ってた。
あまりのバカらしさに苦笑してしまう。
いつの間にか復活したらしいジャヴァは俺をじーと見た後、恐らく見舞い品であろう(加害者のくせに)バナナの皮を剥いた状態で俺に差し出してきた。奥の方を見ると大量のバナナが山積みされていた。なんでバナナチョイスした。別に好きじゃねぇよ。嫌いでもないけど。
「バナナでなんか思い出さない?」
ジャヴァの言葉は全くと言っていいほど見覚えのないものだった。
「・・・・甘い?」
思いついた感想をそのまま述べる俺に悲劇が訪れる
べちゃ!
この野郎、バナナを顔面に投げやがった。チクショウ、甘い。
タツェさんはほぉ~とそれを見て何か言い出した。
「バナナ人間蒼馬葵。」
タツェさんなんて事言い出すんですか。
満足そうに言うとタツェさんはなんか《魔術師》と書かれたわけのわからないノートを取り出し、もくもくと何か書いている。バナナ人間でなんか魔術的なことでもやるのかこの人。
早く書き終わったらしく勢いよく「パン!」とノートを閉じる。
そして相変わらず愛嬌のある笑顔で俺にこう言ったのだ。
「堅苦しいご説明タイムは終わりにして歓迎会といこうか!ようこそ新人魔術師君!バナナ人間としても魔術師としてもこれからがんばってね!」
これまた訳のわからない台詞を前にして俺は為す術もなく茫然と「へ?」と答えることしかできなかった。
目が覚めると暗闇の中にいた。
これはマスターの記憶の中なのだとすぐにわかった。
私のマスターはひどく命を粗末に扱う。
何故この者を主として認めなければならぬのかわからない。
しかし、私の数千年前の記憶がそれを認めようとしている。
まだまだ幼い私では判断は難しい。
しばらくマスターを見つめようと思う。
駄目なら魂を頂こう。
魔獣《ガーゴイル》
「あの・・・・俺魔術師になるつもりはないんですけど」
薄暗い鉄で出来た通路にボリュームの低い俺の声が響く。
地下にあるためからか、360°どこを見ても人工物しか見あたらない。
そんなSF映画に出てくる秘密基地か宇宙船みたいな通路はどこか遊園地のアトラクションに連想させられる。
細かい感想は苦手なので言わせてもらうと『子供が喜ぶな』。以上、蒼馬でした。
タツェさんから案内されてたどり着いたのは、病院の地下深くに作られた蟻の巣状に存在する『国立総法隊』の本部だった。
《国立総法隊》。
正式名称は《国家神獣総法院》。
魔獣の研究、訓練、討伐を行い、一般人にその存在と被害の火花が飛びいかないように活動している組織らしい。
その理由は、それなりの数のガーゴイルが人を喰らうからだ。
日本には全部で《国家神獣狛犬院》《国家神獣朱雀院》《国家神獣総法院》の三つの《国家神獣》がそれぞれ地下や一般民家に紛れて本部を構えているらしい。
構成員は総勢1000人近くしか存在しないが一人一人ガーゴイルを従えているため構成員一人の戦力は戦車10機ほどに匹敵する精鋭。
バカみたいな話だがジャヴァの従えていた『ジャバヴォック』を見た後の俺は自分でも呆れるほどあっさり納得してしまった。
最も、ジャヴァの黒竜は国家級レベルの強者らしいから全てがそうではないらしい。
てかアイツ結構強かったんだな。意外だ。
まぁ普通のガーゴイルも口からミサイル並のビームが出るらしいし、それに機動力と耐久性が加わってるからそれなりの生物兵器にはなれるらしい。
病室から連れ出された俺はタツェさんからそんな話も聞かされた。
ちなみにタツェさんは「バナナ人間は冗談だから」と真顔で言った。当たり前だ。
そんな事を思い出している俺の後ろからはテコテコと俺より数センチ小さい物体が付いてくる。
名はジャヴァ。ジャヴァは俺の後ろから連いてきてるが何故コイツは俺の腕に関節技きめてるんだ?
聞いてみると小声で「脱走しないように」だってさ。ふざけんなよ。
タツェさんはそんな俺達の光景に気づいていないのか、はたまた知らんぷりをしているのか一回も振り向かずに前を進み続けたまま俺の返事をしてきた。
「んー?えぇー何で~?『魔術師』とかって皆憧れたりしないのかな?」
今の俺が関節技が決められている事を知らない(多分。)のもあるのだろうが、タツェさんのそんな呑気な返事にイラっとする。
どんだけマイペースな人なんだよ、もう『さん』付けしなくていいよなこんな奴に。
「俺、厨2病じゃないんで」
俺は率直に答える。これでも真面目だ。
ていうかこのトシで「魔術師」なんて痛すぎる、ファンタジーみたいなこの展開に痛いも何もないだろうが
「まぁ、君ってなんか大人っぽいけど『未完成の大人』ってカンジだもんね。自分の価値観しか知らない大人。」
タツェさんは初めてこちらに振り向きニッと笑ってそんな言葉をなげてきた。
「ちょっとでも良いからこのまま付いてきてくれる?」
「・・・はぁ。」
タツェさんの言葉に少しドキッとする。『自分の価値観しか知らない大人』。
心当たりは物凄い見あたるのだが、絶対にこの人には言われたくない。
というより魔術師なんて名乗るのが痛いというのは全国共通じゃないのか?俺が間違ってるのか?
そんなことはないと断言できる。口に出さないけど。
タツェさんはさっき振り向いて俺の状況に気づいたらしく「関節技かぁいたそうだなぁ」とかぼやいてた。いや止めろよ。あんた年上だろ。
《魔術師》
陰陽師、魔法使いとも呼ばれる人々。ここでは魔獣使いの事を指す。『魔獣を操る術を使う者』と云う意味で『魔術師』だそうだ。
そもそもガーゴイルを操る原動力が死体や恐怖から発せられる《障気》という物なのだが、わかりやすく言うと日本では『霊力』外国では『魔力』と呼ばれるものらしい。
本来これは生物が本来扱えない『命の源』という物なのだがガーゴイルはこの「非実体物」を喰らう。というより取り込むというのに近い。
そしてそれを餌に魔術師はガーゴイルを使役する。古来日本では『式神』やら『使い魔』と言われてきたらしい。
それと同時に、「悪いもの」として忌み嫌われていた。
魔術師の大きな特徴は皆一度死んでいるということだ。
ガーゴイルを操るための《障気》の多くは死体から発せられる。ガーゴイルはその死体に取り付き、死体を蘇生させる。
一度蘇生されても《障気》は出続けるためガーゴイルは魔術師に力を貸し、魔術師はガーゴイルに餌を与えるという関係が出来上がるという。
しかも死に方には条件があり、まず一つは外傷などを負って死亡した後に近くに魔獣がいるか、または異界への僅かな穴がなければいけないらしい。
それにもし魔獣が近くにいたとしても人間に協力的かどうかもわからない。蘇生されてもゾンビにされることが多いそうだ。
これを聞くと構成員の数の少なさも納得できる。
これは誰でもなれるものじゃないからだ。確かに「俺魔術師になりたいんでちょっくら死んで来まーす!」なんて出来ワケがないのは明白だ。その証拠に構成員のほとんどは俺のような『元』自殺志願者であった人たちが大半らしい。
長い通路を進みながらタツェさんに案内されてたどり着いたのはドーム状の巨大な鍾乳洞だった。
薄暗い洞窟には黒い煙のようなモノが漂っていた。
その煙を感じ取ると素人の俺にもわかるようなゾクゾクとした感覚と恐怖に襲われる。
それはあのとき巨大な大蛇に睨まれる夢に似ている。
いや、まさにそれだった。
水滴の落ちる水の音、体の血がドクンドクンと早く流れる、睨めれるような恐怖。
間違いようのない《障気》が溢れる魔獣の住処━━。
てかまんまだった。
ただあの時とは違い、電球やらなんやらでちゃんと明かりは確保されていた。
明かりがあるかないかでここまで差が出るんだな。
ジメジメとした梅雨のような湿気はどうにもならないのか、気持ち悪いのは拭えない。
でもそこまで嫌ではなくなっていた。《障気》の影響で耐性でもできたのだろうか
「ここは土に還った生命たちの《障気》が漏れ溢れる場所で魔獣達のオアシスみたいなもの。俺やジャヴァ含めて魔術師達はここでガーゴイルの訓練を行う訓練施設として利用するところなんだ。」
タツェさんは一番深い場所に俺達を連れて行くと突然振り返りそのような説明を行った。
新しい情報を教えてもらえてありがたいことこの上ない。
ただこの人の事は信用に置けない。出会って最初からここまで。
「一つ聞いていいですか?」
「にゃ?」
タツェさんはトボケた返事を未だに返してくる。まだ続けるかそれを
「何で簡単にベラベラ機密情報喋ってくれるんすか?」
俺が生き返ってから短時間だが、色々な事をこの人は教えてくれた。
魔術師、障気、蘇生、魔獣、そして可能性。
この人は一般人にも公開してないような情報をまるで学校の授業みたいに教えてくれる。俺はそのフレンドリーさが逆に疑わしいのだ。
そもそも俺は魔術師になるなんて言ってないし、仮になったとしてもこんな新人に内部の情報を漏らすだろうか。そんな情報を提供していれば裏切り者がでたときに対処が利かなくなるのは誰にでも想像できる。
新人に対しての説明だとしてももう少し短縮できたハズ。
俺はタツェさんが「嘘」を隠しているから、最初から安心感なんてこの人には置けけない
真実しか言わないから信頼をおけないんだ。
タツェさんは笑顔を崩さないまま自分の肩をポンポン叩いていた。
「ん~、何でだと思う?」
「わからないから聞いてるんじゃないですか?」
「・・・確かにそうだね。・・・それを答える為に俺も確認したいことがある。なんでそんなに冷静なんだい?」
「は?」
何言ってるんだこの人。
「わかんない?皆蘇った時混乱するもんなんだよ、発狂したり一週間くらい途方に暮れて茫然としたりするんだよ。でも君は全て受け入れて冷静に事態を考えてる。どうやってそんな落ち着けるんだい?今後の為にも聞かせてよ。俺も初めは廃人になっちゃったし。」
タツェさんはどうやら俺が大層冷静に物事を見極めてると思ってるらしい。でもそれは間違いだ。
俺はただ単純に
「わかりません?途方に暮れてるだけですよ?」
そう、俺はただ途方に暮れてるだけ。自分が生き返ったのもわけわかんないしあんな化物がこの世にソンザイするもの信じがたい。
信じられないモノを見たからどうすれば良いかわからない。
やりようのない気持ちに振り回されて何もかもわからないだけなんだ。
「あれ?そうだったの。喋れてるのが珍しかったから勘違いしちった。メンゴ☆」
「話そらすなよ。俺の質問に答えてください。」
本当にこの人は俺の神経を逆立てるのが得意だな。
その時、タツェさんは目を見開いた。深海のような瞳に思わず飲まれてしまいそうな表情。
「それはもちろん。君がちゃんと今の状態で会話が出来るかどうかを観察するため、でも君とはちゃんと話せたから問題ないよ。だから全部話を喋った。それだけ。」
「初めて嘘つきましたよね?タツェさん。」
「んへ?」
「俺がその魔術師とやらにならない可能性を考えてなかったワケないですよね?そうでなきゃ俺を『こんな所』に連れてきませんでしたよね?」
俺はもうなんでタツェさんがこんな所に連れてきたのが察しがついた。
確かにこんな『逃げ場の無い場所』に連れてくれば口封じはできる。
ジャヴァ俺の後ろで「???」という顔をしている。いやお前は分かれよ。
「・・・普通なら気づかないんだけどなぁ」
「完全に混乱してれば気づかないハズ・・・って?」
「そうだね。やっぱり途方に暮れてるってのは冗談?」
「いいえ、それは本当です。察しがつくだけです。」
「うん。ここに連れてきたのは君が魔術師になるかならないかちゃんと聞くためだよ。なるなら君を歓迎する。ならないのならここの情報を漏らさない為にここでもう一度死んでもらう、ここは《障気》の溢れる地、ここで死んだら《障気》に飲まれて精神と肉体を同時に滅ぼす・・・強制的に寿命を迎えさせる。」
それは魔獣になどに助けられることや幽霊になってこの世に留まることもない本当の『死』。
唾を飲み込んで冷や汗が流れる。
もしかしたら、いやここで『NO』と俺が答えれば確実に叶うんじゃないか?
こんどこそ。
タツェさんの言う「口封じ」は俺が望んでいた希望でもある。だから俺は━━━
「駄目。」
俺の思考を遮ったモノは一瞬どこから発せられたのかわからなかった。
振り向くとそこには真面目な表情のジャヴァが俺を見つめてた。
予想外の発言は俺の後ろにいたジャヴァのものだったのだ。
彼女は言い訳を言っていた時とは違って淡々と言葉を続る
「もう一度死ぬのは絶対駄目。じゃないとあの時私が手を下した意味がない。」
そう言って首を左右に振る。
コイツは何言ってるんだ?駄目も何も俺を殺したのはお前じゃないか。
ジャヴァは顔を下に向けて俯き、俺の着ている服の一際大きなシワを掴む。
「あの時、飛び降り自殺なんかされたら、間に合わなかった。そんな事したらあの魔獣はお前を主とは認めないって言ってた。せっかく間に合ったのに、また死なれたら・・・・困る。」
何を言ってるんだコイツは。俺の脳はホントにどうかしているのか?理解できない。俺がおかしいのかコイツがおかしいのかわからない。
「待てジャヴァっ!!どういうことだ!?」
タツェさんは混乱している俺を無視してジャヴァの襟首を掴み上げる。
またなんかやらかしたのかコイツ。
「どういう事だジャヴァ!話と違うぞ!お前まさか、魔獣と交渉したのかっ!?」
タツェさんの怒鳴り声を浴びさせられジャヴァは目をそらしながら頷く。
その仕草をタツェさんは飲み込むように見つめて、一気に脱力した。
「・・・・なんてこった、ジャヴァ、お前いくら蒼馬君を死なせたくないからってそんな事を・・・」
タツェさんは襟首を掴んでいた手を離し鍾乳洞の壁に寄り添った。「この世の終わりだぁ」って顔をしている。
タツェさんの態度から見る限りジャヴァは何かしらやらかしたのだろうか。
「魔獣との交渉ってやばいんですか?」
俺が質問すると俯いてた顔を上げた
「う~ん、やばいっていうかありえないっていうか・・・バナナで軍隊倒せって言ってるようなもので」
なるほど確かにありえん、てかなんでこの人達そんなにバナナを押すの?
それよりもジャヴァが俺を死なせたく無いってどういうことだ?
何かしら俺とジャヴァは関係でもあったのだろうか・・・
いや俺は子供の頃から誰とも連まなかったし、しようとしたこともない。まずお互いがちゃんと覚えてるほど深い関係など築きやしなかった。
なら、俺が忘れてコイツが覚えてたとかか?
それもないな、ジャヴァは何本か紫色の髪の毛があるし毛も全体的には白だ。こんな特徴のある人物を見たら嫌でも忘れられないだろう。
まったく、ここに来てまだ1時間かそこらなのになんでこんなに訳の分からない事が続くのか。俺は悪い星の下で生まれてしまっているのか?
・・・心当たりはあるな。相変わらずの運の悪さだな俺は。
このまま黙ってても埒があかないので俺は俯くジャヴァに向かって質問をする
「おいガキ、どういう事だよ。お前俺と過去に会ったことあんのか?それとも適当に抜かしてるだけか?お前は俺に何を求めている?」
俺はジャヴァを問いただす事にした。タツェさんの様子から彼も知らないジャヴァの単独行動らしいし、何しろコイツはタツェさんよりもやりやすい気がする。バカそうだし
ジャヴァは眉毛を八の字の形にして俺を見上げる。
「やっぱり覚えてない系?」
「残念ながら覚えてない、それよりもお前は俺に魔獣で何をしたか答えろ。OK?」
ジャヴァはそっとため息をついた。
「・・・OK」
そこ乗るのか。
「だってお前、あのまま死にそうだったし」
「・・・・。」
「お前には借りもあるし、死なれたくなかったんだよ、でも説得なんて私できないし、なら蘇らせるしかないと」
「理屈はわかる。でも俺はその借りとやらを覚えてないんだぞ?別にいいよ。そんなの」
「よくない。」
「・・・律儀だな~お前。」
ジャヴァはジト目で俺を見る、なんだいきなり。
「タツェの死刑はクソ痛いよ?私の倍くらい。」
・・・・・。
「タツェさん。俺は魔術師をやります。」
「潔いね君っ!?」
いつの間にか復活したのかタツェさんは目を剥いて突っ込みを入れてくる。
ジャヴァは俺の軽い返事を聞いて顔をパァァと輝かせる。表情豊かだな。
そして俺の裾を引っ張る。子供か
「相馬っ!じゃぁお前死なないのか!?」
「・・・まぁ今は死なない」
痛いの嫌だし。
タツェさんはそんな俺達を一瞥したあとアイタタとオデコを押さえる。なんか大変だなこの人。
「まぁ話した通りに総法院のメンバーは少ない、入ってくれるのはありがたい・・・ケドね。」
彼は口元に手を置いて少し考える仕草をする。
この人ホントその仕草好きだな。
「うん。ねぇ蒼馬くん」
「はい?」
「本当にジャヴァの事覚えてない?些細なことでも」
「・・・まぁ、はい。」
「・・・そっか。」
タツェさんは急に優しい顔をして「ふっ」と軽く笑った。腹立つなその笑い方
ジャヴァは「ぷぅ~」と文字通り風船のように頬を膨らませる
何がしたいんだこの人達は。
少なくともガキだということは見て取れる。
すると高速でジャヴァはゲシゲシと俺の足を蹴り始めた。
「いてぇって!やめろコラっ!」
「このっ!認知症ジジィめ!」
「だれがジジィだこら!このガキが!」
俺は自分より10センチほど小さいジャヴァに拳骨を喰らわせる。
ゴキっと気持ちの良い音が鳴った。
俺の手から
「っ!石頭かお前!」
「ふっ!タツェから鍛えられてるからね!」
ドヤ顔で何言ってんだ。つまりお前いつも怒られてるだけじゃねぇか。
その鍛えているタツェさんは片手で鍾乳洞の壁をなでなで擦っている
そしたらちょうど良いくぼみを見つけたらしく、そこに手を乗せる。
「ふぅ~、はい二人共~漫才は終わりね。これから蒼馬君の魔獣を調べるからぁ」
こうして俺は新米魔術師になった。
いやはや。
魔獣《ガーゴイル》2
手の平を地面に向けて意識を集中させる。
すると自分の体の中で血液とは違う何かが流れるのを感じた。モヤモヤとしたガスのような、そんな感じだ。
「そ~そー!上手い上手い!」
俺のトレーニングの先生は小さく手を鳴らしてお褒めの言葉を投げてくる。
こんな事は初めてなので何が上手いか全くわからん。
俺は今、魔獣召喚の訓練をしていた。
訓練所は鍾乳洞の少し奥にある更に薄暗く遺跡みたいな場所だった。
しかし薄暗い鍾乳洞の中手から黒い煙を発するのはなかなか気持ちのいいものではない。
ゲロのような臭いに吐き気がしてくる。
「魔獣を召喚する」このタツェさんからだされた課題は相当難しい事だった事に実感する。
魔獣を召喚するには手に《障気》を集めた後魔獣の名を呼びながら魔法陣を作るそうなのだが、そもそも《障気》の出し方も魔法陣の描き方も知らないので初手の初手で躓いていた。
頭に力を入れながら手を思いっきり睨みつけてようやく《障気》がモヤッと出たかと思ったらすぐ拡散して分散してしまう。
とゆうか、それが《障気》の元々の特性なのだから固めるのが難しいのは明白だった。
タツェさん曰く、「最初はそんなもん」と言ってくれたが、お手本でジャヴァとタツェさんがそれぞれ軽々と魔獣を召喚したのを見た後だとそれなりにメンタルが傷つく。メンタルスライムなめるなよ?
タツェさんの魔獣は『笑猫』と云うものらしい。
どこかの絵本に出てきたと思うが思うが思い出せない。
笑猫は絵に描いたような不気味に笑う黒猫だったがどんな能力かは教えてくれなかった。
「蒼馬っ!《障気》を固めるには意識が甘いんだ!頭の中で《障気》を粘土を手で固めるイメージ!」
俺の考え事はジャヴァの声でかき消される。
必死になってアドバイスをしてくれているのだろうが、ジャヴァの叫びはうるさい。
てかお前だから!意識そらされる原因!
「さっと作ろうとしないで!こうモヤ~んと、べっちゃべっちゃな感じに!」
「蒼馬ク~ン、焦らずにまず手におもちゃのスライムがまとわりつくような感触がしたらそれを持続させて~」
ジャヴァの擬音語→タツェさんが訳す。という役割分担をしている。
もうタツェさんだけでいいよ。
「はい、ちょっと休憩ね。」
突然タツェさんから飛び出したその言葉に俺は拍子抜けした。
「へ?休憩??」
俺の戸惑った質問にタツェさんは頷いた。
てっきりスパルタで来ると思ったが
「説明で言ったけど、今の蒼馬君は精神と肉体が繋がってないとても不安定な状態だ。たいして疲れてないと思っても集中を高めすぎると体と精神が完全に分離するよ?」
ようは精神の集中に体がついていけないってことか。なるほど、確かに気づいたら足下に俺の肉体が泡食って死んでました。なんて冗談にもならん。
丁度良い大きさの石に座るとタツェさんから水筒が投げ渡された。
タツェさんから渡された大きめの水筒を遠慮なくゴクゴクと飲む。
意外にも疲れて喉が乾いていたらしい。少しのつもりが半分も飲んでしまった。
不安定な状態だと体力も減るってことかな?
すると目の前に黄色い物体がすっと現れた。
それはすぐにバナナだとわかり、その持ってる人物もわかった。ジャヴァだ。猿かコイツ
「なんだよ」
「バナナ食え」
コイツどんだけバナナ押しするんだよ。
断るのもあれなのでとりあえずそれも受け取り、皮を剥いて食う。
うん甘い。
ジャヴァは俺の横に座って同じくバナナを貪る
「甘い?」
「・・・ん。」
いちよう返事をしておく
「まだまだあるぞ」
ぶっきらぼうに返事をしたのが仇になったか、対抗して大量の黄色い果実を取り出した。
「いらねーよ」
俺が即断ると「そっか~」と言いながら食い始める
ジャヴァは男っぽい喋り方をしているから若干クールかと思ってたがこの少女は沈黙はあまり作らないタイプらしい。ガンガン話をしてくる。
「蒼馬って年いくつ?」
掃除機の吸引のようにバナナを食い尽くしたジャヴァは退屈なのかそんなことを聞いてきた。
「元?大学生だけど、それがどうかしたか?」
「いや、私もそれくらいかな~って」
「・・・え?マジ?」
思わずジャヴァを凝視してしまう。一回り小さい童顔な顔はまだ高校生くらいに見える。いやそれすら疑わしい。
まさか大学生並の年だとは思わなかった。
「今年入学予定だったかな、まだ普通の人間だったら」
「あ、なら納得・・・しないけど・・いつっ蹴るんじゃねぇよ!」
コイツは無表情で足を蹴ってくるから予測ができない。そして地味に攻撃力がある。
俺も蹴り返そうとしたとき急に足を止めた。
「・・・・・・・。」
「・・どうした?」
「・・あのっ」
その声はひどくか細かった。
「だからなんだよ」
「なんで、自殺なんかしようとしたの?」
ジャヴァは小さい顔で俺を見上げた。少し目が潤んでいる、必死そうな表情だ。
俺は思わず言葉が喉に詰まってしまった。さっきまでの漫才はどこへ行った?
この俺と同い年近い少女は何を思っているのか検討もつかない。
だから、たいした返事も言えない。
「・・・楽になれると想ったから」
その俺の言葉に顔を下に向けた。
そしてゆっくりと、しかし出来るだけ急ごうとジャヴァは会話を繋ぐ。
「・・・楽?」
「そうだよ、まぁお前に邪魔されてさらに面倒な事になっちまったが。」
皮肉混じりに言ってやるとダイナマイトのような謎の物体を取り出してきた。
うぉいうぉい!
「てめー!なにしようとしてんだ!!」
「共に眠ろう、地下で」
「ヤンデレか!?俺が病んでるからそれに合わせたつもりか!?」
「ハッピバ~スデ~ディァ蒼馬~」
んな怪しい蝋燭見たことねぇよ!
「・・・着火。」
「おいガチかコイツ!!」
ジャヴァはライターで導火線に火を着ける。
なんでコイツ黙々とそんな事出来るんだよ
「フヘヘヘヘ」
バチバチと鳴る火の光に照らされたジャヴァは不気味な笑みを浮かべる、まさに魔術師、いや魔女だ。
大体コイツの性格分かってきた。絶対今テンションMAXだぞ
そこに大量の水がジャヴァに降りかかった。
ダイナマイトはその水量のお陰でなんとか鎮火されたようだ。ジャヴァごと。
「ハイハ~イ、そこまで。」
水を振りかけた人物の正体はタツェさんだった。ジャヴァの真後ろでバケツを振りかざしている状態だ。スタンバってたなこの人。
「むぅ・・・」
ジャヴァは完全にずぶ濡れだ。ダイナマイトを名残惜しそうに見てる
なんでそこまで起爆したいんだよ。
「ほら練習を再開しよう。ジャヴァも拗ねてないで」
タツェさんはタオルをジャヴァの頭に乗せてゴシゴシと拭き始めた。面倒見は意外と良いのだろうか、張本人この人だけど。
「うがぁぁぁぁぁぁっ!!」
「声出しても変わんないぞ?」
「蒼馬く~ん、気合いより繊細さねぇ」
訓練を再開してかれこれ5時間。時間は刻々と過ぎていった。
埒のあかない状況が続いてついに俺は奇声を発してしまった。
時間が経つ事に二人の指示も緩くなってきた。
「飽きてきたねぇ」
「うん。煎餅食う?」
「貰っとくよ」
二人はどこからかコタツを持ち運んできて俺を見ながら菓子食い始めた。手抜きにもほどがあるだろ。
「あぁ!畜生っ!!」
イラついた俺は《障気》を貯めてた手を乱暴に振り回してしまった。暇人二人は「あ~あ。」などと言ってる。うぜぇ
「相馬。深呼吸をしてみよう。ひっひっふぅー」
俺は妊婦じゃねぇ。
何度やっても結果は同じ。手に《障気》を固めようとしても水みたいに指から流れ落ちてしまう。掴めない物を無理やり掴もうとしてるみたいでイライラが止まらない。
「あーもういいから『出てこい』よっ!!」
最大級の怒鳴り声を吐き散らしたとき、それは現れた。
シュッ!!っと忍者が背後に現れるような音が背後から漏れた。
反射的に俺は後ろを振り向くと
そこには暗い緑色の髪の毛をした少年が兵士のように跪いていた。
・・・どー見てもショタだ。
年齢は分からんが140センチというかなりの小柄な体に侍みたいな和服を着ていて腰には護身用と思われる小刀を装備している
「お呼びでしょうか?主。」
少年は童顔な顔を持ち上げ下僕のような視線で俺を見つめた
主?俺が??
「ええっと?どこの子かなぁ・・・?」
俺は戸惑いながら彼に質問をする。なんだ何事か
・・・誘拐なんかしてねぇぞ俺っ
そんな俺に少年は俺の質問に答えるようにさらに強い視線を浴びせてきた。やめて死ぬ。
「はっ!私め、主の魔獣となりました、世界蛇の末裔、第15代目、ヨルムンガンドと申します。」
ヨルムンガンドと名乗った少年は顔を更に深く沈めて完全に忠誠を誓うポーズをキメていた。
ちょいまて、ヨルムンガンドって北欧神話とかなんかででためっちゃデカい蛇だよな?
蛇じゃねぇだろこれ、どう見ても霊長類じゃねぇか。
そもそもそんな大層なもんが俺に取り憑いてるわけ?俺前世でなんかした?
「タツェさぁん、これは一体?」
状況を正しく分析できるであろうコタツに潜ってる男の名前を呼ぶ。
すると何を勘違いしたのか、コタツから這い出てきてジャヴァと一緒に正座し始めたのだ。
「ごめんね、えっと、魔獣は、普通に出ろとか言えば出るんだ、」
いきなりボソボソ謝ってきたよこの人。
つまりあれか?俺は『5時間』無駄に意味のない練習をしてたわけか?ん?
その事を伝えると何やら言い訳してきた
「最初は障気のコントロールを兼ねての練習だったんだけと、なんか修行って燃えるじゃん?だから初の相棒が出るよとか言えばやる気でるかなぁっと、いや!すぐ止めるつもりだったんだよ!?ただ君即マジになってたから嘘と言いづらくなってさ」
なるほど最初は真面目だったけどエスカレートしたと
「ジャヴァ、なぜ止めなかった?タツェさんと同じか?」
もう一人の共犯者に睨む視線を送る。ビクッと方を動かすとコクコクと顔を縦に振った。
なるほどなるほど。はぁはいはいそういう事ですか
「じゃ俺は『5時間無駄な』作業をしてたわけな?」
俺は仁王立ちして出来る限りドスの入った言い方で声を震わせると二人は懐から例の果物をポイポイ投げてきた。供物のつもりか?
「・・・・おい」
「あ、あのさ!相馬君、そろそろ後ろの子に構ってあげた方がいいと思うんだけど」
タツェさんは俺の後ろに指を指して俺の言葉を遮った。
振り向くと未だに低姿勢の魔獣がそこにいた。
・・・律儀だなおい。
「・・・主、申し訳ありません、そろそろ体勢がキツいです」
「あ、あぁ楽な姿勢にしていいから」
そう俺が言うとスッと立ち上がった。座れよ。
「いや、でもすごいねぇ、擬人術を完璧に使いこなしてるよ」
話の話題を変えたいのかタツェさんはヨルムンガンドをジロジロ見始めた。
なんか、知らない単語が出てきたんだが
「ぎ、擬人術って?」
「魔獣が人とコミュニケーションするために姿を人に近づける術、もし人間として生まれたらこうだった姿を構築する」
俺の疑問にジャヴァが答える。こいつ普通に説明できるじゃねぇか、わざとか
「ヨルムンガンド15代目かぁ、なるほど。ジャヴァも苦労したね。」
タツェさんはヨルムンガンドとジャヴァを交互に見てしみじみと呟いた
そうか、コイツを連れてきて俺に取り憑かせたのはジャヴァだっけか。
「ヨルムンガンド、相馬に取り憑いてるって事は、合格?」
ジャヴァはヨルムンガンドと面識があるようなので特別な事は聞かずに交渉の続きであろう話を切り出した。
合格って、あぁ俺が自殺したら従わないって話か
ヨルムンガンドは肩をすくませて「どうでしょう?」と答えた。
俺が言ってもどうこうなる話じゃ無さそうなので割合する。
「てか、15代目って他にもヨルムンガンドっていたのか?」
立ち話もなんなので座りやすい石を探し出してそれぞれ腰を下ろした。
さっさとこの遺跡っぽい場所から出たいのだが俺の好奇心がそれを遮る。
「え?あ、はい。初代ヨルムンガンドは雷神トールとの戦いで相打ちという形で命を落としましたがその血は受け継がれており、今は私が勤めさせて頂いてます。」
俺の間隣に座ったヨルムンガンドは丁寧に教えてくれる。
・・・擬人術ってのだし、実際は蛇なんだよなぁ。
なんか獣系って過度なスキンシップを好むよな。
そしてジャヴァがヨルムンガンドを羨ましそうに見ていたがアイツは俺にまた悪戯でもしようとしてるのか?
「年っていくつー?」
タツェさんはニコニコしながらそんな質問をしてくる。女子かあんたは。
ヨルムンガンドは即答をした。
「900才です。」
きゅうひゃくさいとかマジですか。
ヨルムンガンドの年齢にビビっていたがタツェさんとジャヴァは割と簡単に受け流していた。あれ?
「人間でいうと9才あたりかぁ」
「一歳100単位ですかそうですか。」
魔獣の予想以上の生命力に驚いていたがそうですよね。神様ぶち殺すようなバケモンですもんね。はいはい。
「神様って意外に弱いよねぇ」
タツェさんは失礼極まりない台詞を吐いてくる。宗教団体に殺されるぞアンタ。いや、勝てるだろうけど
そんなことより俺は一番聞きたいことがあるんだ。
「な。なぁ、長いしヨルムンって呼んでもいいか?」
「ガンドを抜いただけで驚きのユルさに」
うるせぇぞジャヴァ。
「安直だねぇ」
タツェさんがケラケラ笑いながら言ってくる
黙れないのコイツら?
「構いませんよ」
ヨルムンは俺を見返して返事をしてくる。
マトモでよかったよ。
「擬人術を解くとどうなるんだ?」
擬人術を解けば本来の蛇の姿に戻るのだろう、実はそれを見てみたい。何年も貯めていた好奇心が壊されたダムの水のように溢れ出てくる。
「・・・勿論蛇の姿になりますけど」
「お、おぅ、できるか?」
世界蛇っていうくらいだ。きっとドラゴンみたいのに違いない。
しかしヨルムンはその期待を見事に裏切ってくれた。
「ここでは無理です」
言いにくそうにヨルムンは答えた。
「えっと、なんでた?」
「こんな所で大蛇になったら鍾乳洞ごと破壊されるからだよ」
タツェさんが飽きれ半分でそう言ってきた。
な、なるほど、そんな事も気づかないとは、すこし興奮してたみたいだ。
「しかし、主は私の姿を以前見たハズですよ?」
ヨルムンはすこし頬を緩ませてニコニコしながら言ってきた。
俺が、見たことある?
記憶を漁ってるとつい最近の出来事を思い出した。
そうだ。あの夢の━━━
「あの、赤い蛇か?」
「なんだ、覚えてるじゃないですか。」
ヨルムンはホッとする表情をして俺を見ていた。
あれか、あれなのか。あれが仲間に、なったのか?
・・・カッケェ・・・。
ガラにもなくそんな事を思ってしまった。やはりドラゴンとは男のロマンである。
するとジャヴァが急に立ち上がった。発作か?
「よしっ!じゃ私のジャバウォックも召還するか!!」
とんでも無いことをあのバカは言い出した。
鍾乳洞ならともかくこんな狭い遺跡でやったら周りのもの全部ブチ壊れるだろが!!
「やめろ!!」
「やめなさい!!」
俺とタツェさんの突っ込みが同時に入った。
今日は沢山しゃべったな、俺。
ジャヴァ。
「珍しいよね、ジャヴァが男の子に興味があったなんてさ、」
北欧神話の怪物が描かれた本を読んでいると穏やかな声でタツェが話しかけてきた。
その手には、綺麗に切り分けられたスイカが乗った皿が握られていた。スイカの時期にはまだ早いと思う。
ここは《国家神獣総法院》。
日本の《国家神獣》の中心本部とも言える場所だ。東京の中心部にあるらしいのだが、任務以外、外に出ることはないのでぶっちゃけどんな場所なのかは私もよくわからない。
散歩でもすれば良いのだろうが、相変わらず、紫と白に混ざった髪の毛を他人から異質のような目で見られるのは良い気はしない。
ので、私はよく知らない。以上。
リッチにも、魔術師は《国家総法院》から構成員一人一人に部屋が与えられる。
自室は大抵、個人の趣味に彩られている。壁紙や家具も支給されるのだから当然だろう。前に腐女子との異名を持つ魔術師の部屋に行ったら、トラウマになった経験は、心が痛む授業だった。
どうせ何もかもタダなのだ。ならやってみるのも良いだろう。と思ったのだが、自分も正直趣味もファッションもわからない私は部屋が支給された当時から、何も変わっていない。
変わったと言ったら、テレビとベッドと本棚を置いたくらいだ、椅子や机はベッドで事足りる。
そんなむき出しのコンクリートの壁には、女子力のカケラもない私自身を露骨に表していたように見える。
「なんの用よ・・・タツェ」
私は不法侵入してきた男にジト目の視線を送る。
タツェには私が魔術師の新米兵だった頃から世話にしてもらってる仲だ。キライなわけじゃないが、毎回ノックもせずに無断で部屋に入ってくるのはやめてほしい。
「んー?別に?あ、スイカ食べる?」
曖昧な答えを返してきてタツェは皿を持ち上げる。悪魔の誘惑だ。
「・・・・食べる・・。」
思わずこう返してしまう。食べ物で釣るのは反則だと思う。
「ん〜〜〜、季節ハズレのスイカっていいよねぇ、ほらっ冬なのにアイスが食べたくなるみたいに」
「どうせ、安かったんでしょ?」
テキトーな言い訳をしてるタツェに突っ込みを入れる。そこで「まぁね」と答えるのはいつも通りだ。
しばらくシャクシャクというスイカを食べる音だけが鳴る静寂の中、タツェが話題を切り入れてきた。
「例の・・・蒼馬君を見つけたよ」
私はその言葉を耳にして、反射的に立ち上がってしまった。立ち上がった勢いで手に持ってたスイカも落としてしまった。あぅ・・・
タツェは私と比べて20センチ近い身長差があるのだが、未だに座っているので私はタツェを見下ろす形になってしまった。
私の目線にタツェはニコニコ笑ってる。
「・・・本当?」
声が震える、当然だ。私は彼を、何年も探していたのだから
タツェは座ったまま、私の質問に応える。
「うん、商店街でスイカを買ってたら彼と肩をぶつけちゃって,ペコって謝ってきたよ・・・カバンに名前が書いてあった。」
また、彼に会えるのか?
たとえ彼が覚えていなくても・・・私は会いたい・・・魔術師という異質な存在に成り果てた今でも・・・
「住んでるのはここらでも有名なオンボロアパート「シャトレー」。毎晩そこから歩いていける廃工場に通ってるらしい・・・」
タツェはなれた口調で情報を明かしていく、この男の情報収集能力は一体どこから湧いて出てくるのだろうか・・・敵には回したくない・・・主に精神的に
ともあれそのおかげで場所が割れたのだ。今は感謝しよう・・・
そう考えるといてもたってもいられず、「ある場所」へと足が忙しくなる
「廃工場?うん、タツェ、ありがとっ」
私は駆け足で部屋を出ると、まだスイカを食べてるタツェにお礼を言う。
嬉しくて笑顔になってしまった。今、私は相当ニヤケてるだろう。
その私を、タツェは止めた。
「ジャヴァ、ちょっといいかい?」
足を止めて部屋を振り返る。
タツェは言葉を続ける
「蒼馬君とやらは自殺志願者だ。恐らく今日死ぬつもりならチャンスは一度しかない。魔術師として魔獣と契約させるんだ。でももし、もしまだ死ぬつもりがないのなら・・・ジャヴァ、君は手を出してはいけないよ。魔術師がどれだけ危険な者か、君は一番知ってるだろう?わざわざ危険な世界に引きずり込む事はない。その時は、諦めるんだ。」
タツェは今までとは打って変わって真面目な表情でこの言葉を私に伝えた。
わかっている。魔術師が危険な職業だって、一度死なければならない事も。
自分の欲で彼を巻き込みたくない。
彼が自殺をした場合、魔術師として蘇らせるだけ。
自殺ではないなら大人しく影から見守るだけ、タツェはそういう約束をさせたいのだろう。
それくらい、私だってわかってる。
「うん、わかってる。」
「なら・・・良いんだ。」
☆
「ジャバウォック、いる?」
私はそう呼ぶと体から大量の障気が抜け出すのを感じた。
その抜け出た障気は足下の地面に貯まり、大きな魔法陣を描いた。
カラスのような黒い羽根が辺りに飛び散る。
そこから私の魔獣、ジャバウォックが現れた。
『お呼びですか?ご主人。』
ジャバウォックは酷く掠れた声で私に答えた。
ジャバウォックの声は私以外には聞こえないようだ。
ジャバウォックの能力『言語の乱れ』の影響だそうだ。
この聞こえる声も、テレパシー出、私の脳に直接送っている。
そらなら確かに周りには聞こえないだろう。
なかなかめんどくさい能力だ。
「ジャバウォック、異界の扉は開ける?」
私の質問に、ジャバウォックは少し怪訝そうな顔をする。
竜の顔だから表情も何もないのだが
『ええ、わたくしめの力を使えば安易に扉は開かれましょう、何をしでかすおつもりで?』
ジャバウォックは探るような口調で返事をする
いくら主の命令でも、そう簡単に開けてはくれないようだ。
それはそうだ。異界とは魔獣の生まれ育つ地、危険が常に付きまとう。
だが、それでも行かなければならない。
それは彼の為にもなるから・・・
いや、ジャバウォックは単に私が何をやらかすのかが不安なのだろう。いままで色々やっちゃったし・・・
「・・・会わなきゃいけない魔獣がいるの」
私はそれだけ伝える。
『会わなければならない魔獣・・・食屍鬼ですか?』
ジャバウォックは最も有名な魔獣の名を伝えてきた。
食屍鬼。
一般的にコボルト、ゴブリンに近い、または同種族だ。
人の死肉を喰らう事で知られている。
空腹であれば生きた人間をそのまま喰い殺したりする。
さらに厄介な事に、時には人間の子供をさらって食屍鬼として育てる事からも、危険な存在だ。
主に魔術師からは腐死体と同様、駆除対象として認識されている。
ジャバウォックは、私が直接異界へ赴いて全滅させようとしてると考えてるようだ。
確かに一回それをやりに行ったことはある・・・タツェからグリグリ攻撃を受けたが。
だが、私の目的はそれではない
「・・・違う。」
『・・・ほぅ?』
ジャバウォックは私の魔獣であり、協力者だ。ジャバウォックには目的を話しておいた方が今後のためにも良いだろう。
「あのね、・・・私、世界蛇に会ってみようと思うんだ・・・」
この世界の気持ち悪さは相変わらずのようだ。ジメジメとした湿気のような空気は嫌悪感しか感じられない。
それだけ、ここの障気は濃いという事なのだが。
空気だけではない、無数目玉から睨みつけられてるような視線を感じる。
ジャバウォックを見ると、なんとも生き生きした表情をしていた。鱗もいつも以上にツヤツヤだ。うらやましいかぎりである。
ジャバウォックには悪いが、私はいつまでもここにはいたくない。
できるだけ手早く用事を済ませよう。
道を進もうとするが、光を知らないこの世界では暗闇しか見ることができない。
最悪、迷子になってしまう、道に迷わないようにライトの電源をつけようとする私をジャバウォックは制した。
「?」
『ご主人、わたくしめにお任せ下さい』
私が頭に?マークを出現させると、ジャバウォックは自信満々に「まかせろ」と言ってきた。
私はライトを懐に戻す。ジャバウォックが自分から何かをやろうとしてるのだ、止める理由は無い。
ジャバウォックは耳まで切れている大きな口を開けた。
その口で、あたりの障気を飲み込むように息をする
ゴォォォと掃除機のように吸収していく。それでも障気が晴れることはない。ジャバウォックもそれはわかっているだろう。それでもなお、障気を吸収し続けている。
刹那、ジャバウォックが勢いよく『吠える』と、地震のような衝撃波が周辺の全てをガクガクと揺らした。その衝撃波は、あたりに地響きを起こすと同時に暗闇を吹き消した。
どうやら、障気と障気をぶつけて、相殺したようだ。
障気を相殺したおかげで、暗闇が消え失せ、モノクロのような世界が露わになる。まるで昭和のテレビのようだ、見事に白黒で構成された世界。
ギリシャの彫刻のような遺跡があたりに広がっている。
神話の中という印象が生まれる。ここの風景を見たのは初めてだ。
「異界ってこんなんなんだ・・・色がないって不思議なカンジ」
『いえ、わたしも見るのは初めてです。』
見上げると私の黒龍は驚愕した顔をしていた。アンタここ出身じゃん。
それを告げるとジャバウォックは「障気を晴らしたのは初めてなもので」と呟いた。つまり何千年もこの真っ暗の中でジャバウォックは過ごしていたということだ。有能な部下だが、どこかネジが抜けている。私も人のことは言えないが
『ご主人、少し厄介な敵ですよ』
ジャバウォックは高い背と長い首を生かして、辺りを観察していた。どうやら敵がジャバウォックの視界に映ったようだ。
「何がいるの?」
『コボルトです。』
ジャバウォックは敵の魔獣の種類を教えてくれた。コボルト、つまり食屍鬼だ。
「ん、数は?」
『20から30はいます』
ジャバウォックから告げられた魔獣の数はほぼ、絶望と言ってもよいほどの数字だった。
通常の魔術師の戦闘能力では簡単に返り討ちに遭ってしまう。
私は、[有能な部下]に指示を求めた。
「どーするの?逃げる?」
ジャバウォックは『う~ん』と唸って少し考えた後、応えた。
ジャバウォックは自らの、車のバスでも噛み砕けるその大きな口を開くと障気をかき集める。
口の中に透明な火球を作り出すと、シャボン玉を飛ばすかのように近くにある壊れかけた宮殿のような場所に撃ち込む。
鼓膜を振るわせるものすごい破裂音が聞こえたと思ったら食屍鬼たちの断末魔が聞こえる。
瓦礫と肉片が花火のように飛び散り、宮殿があった場所は死屍累々の現場と化していた。
通常の魔術師なら勝てない数だ。通常なら。
『片づけましょう。現実世界に侵入してきたら厄介ですし・・・後ろから襲われたら元も子もないでしょう?』
「うん。確かにね。」
ジャバウォックが人間だったら、確実にゲス顔を浮かべていただろう。私も十分ニヤケているだろうが。
背中に装着してある鎌を取り出して振り回す。
空気の斬れるブンブンという音を聞き届け、腕が鈍っていないことを確認する。
生き残った食屍鬼が四つん這いでこちらに走って来る。
私は鎌を一匹の脳天に突き刺す。それで動かなくなる。そこに、後ろから残った食屍鬼がジャンプして襲ってくるが、ジャバウォックがその長い爪をもつ手を振り下ろし、食屍鬼を三枚におろす。
私達は食屍鬼との戦闘を始めた。
《編集中》
黒い魔術師と白き魔法
投稿したあとめちゃくちゃ後から編集加えます。
下書き保存できないのかな?
ヨルムンガンドは北欧神話に登場する世界蛇です。
ロキの子供で、上にフェンリル、下にヘルと、三人兄弟です。
神様の一人トールとの戦いで命を落としますが、ヨルムンガンドは彼に毒をあらかじめ打ち込んでおきました。その毒でトールも命を落とし、相打ちという形で決着がつきました。
この物語に登場するヨルムンガンドはその子孫です。