月の城 闇の王

[月の城 闇の王]


 あの月の魔力は鏡に寄せられ、森のさんざめく木々の音色は優しく包み込んだ。
 抱え込んだ鏡と、眩しく映る月の姿。
 髪は広がりを見せ草地を装飾し、影を作る。
 テントから出てきた者たちは薔薇の香油に灯を灯し両手で持ち歩いてきて、ハープを奏でる旋律を唄を重ねる。まとめられた髪に薔薇の花冠を。白い衣が裾を引き月光に透かされて。はだしが進んでいく。彼女を弧を描き囲うために。

 洞窟から見渡していた。眼下に広がる森林を。
 蔦のカーテンを手の甲で掻き分け、男は高く笛を鳴らした。しばらくすると、あの満月に影をつくって鳥が現れた。音も無く。
 梟が男の掲げた皮腕に乗ると、彼は引き返していく。ゆらりと蔦が揺れ、彼の背を月光が蔦の影を描かせる。
 洞窟内は広めであり、遠くに蝋燭が灯っている。そちらに行くとハーブが混ぜ込まれているのでそれらが薫った。
 横ばいになり、言う。
「女達の宴を感じる。風に乗って柔らかく伝わってきた」
「ああ」
 もう一人は目を閉じたまま胡坐をかき頷く。男は蔦の先の月を見た。

 女は月の儀式を終えると目を開いた。
 瓶の水に浮かべる花をすくい、薫りをそっと鼻腔に充たす。
「夜露の降りる ららら
 月の静かは ららら
 花も眠りし ららら
 ああ 木々の水脈も
 ああ 森の歌う声も
 ああ 奥の泉の神秘も」
 女達はゆったりとくつろぎ唄い、花びらを舞わせている。
 一人の女はオオカミの遠吠えを耳を澄まし目を閉じ聞き入っていた。
 皮のテントから最年長の女が出てくると、彼女達は座らせて囲う。
 静かな夜が流れ、美しく不思議なコーラスを重ねる。

 月の城と呼ばれる城内では、侍女達が準備に取り掛かり走り回っていた。夜を互いがぶつかることなく影を重ね走って行き柱の影も流れていく。
 女王は今現在、姉妹達と森林へ月と花の宴を行いに向かっていた。
 侍女長がぱちんと一度うりざね顔の横で手を打ち鳴らし、侍女達が弧を描き集まった。
「今宵の深みに入る時刻より、闇の城から王がやってくることでありましょう」
 彼女達は頷き、柱の向こうから大きな月が顔を覗かせていた。
「四年に一度のこの時を、彼がこの城へ到着なさるまでにはこの月の魔力をこの広間に当てさせてはなりませぬ」
 侍女たちは美しいそれぞれの布を畳まれ手に持っており、柱には装飾の見られるはしごが掛けられていた。
「さあ。みなも一斉に緞帳をかけるのです」

 女王が屋根付きの籠にのり馬で運ばれている間、何度も彼等一行の上空を梟が掠めて行った。姉妹達は白馬の後ろを歩きながらも花弁を散らしていき、明るい月光を行く。
 女王の横に座る最年長の女は占い師であり、共に夜風を受けていた。支柱に支えられる屋根と、透明なヴェールも翻る。
「洞窟の者の梟だね」
 占い師が言い、女王は静かに頷いた。白い肌は柔らかく肩に月光を受け、一定に波打つ金髪はクッションに広がり、黒い睫がゆっくり瞬きごとに動く。
「あの者たちは今宵の宴で闇の王殿の来訪を悟りましょうね。偵察の梟を渡している」
「ええ。左様でございます」
 占い師が導き出すその王の到来は迫っていた。
 梟が彼女達を見下ろし飛び、自分の影が弧を描いて彼女達の上に降りかかる。
 梟は洞窟へ向かうために森林を飛んでいった。

 洞窟では一目闇殿に会おうと男達が身支度を整えていた。
 だが、夜の森林は昼の森林とは違う。防備も忘れない。
「梟が帰ってきた」
 少年が走ってくると、男は振り返り頷いた。最年長の男もゆっくり胡坐から立ち上がる。
「馬の用意を」
 少年が馬を連れてくるために走っていった。
 男達には月の特別さなどは分からずに、ゆえに占い師のいない場所なので探れることは無い。それでも感覚にさえる時は女達の動向を感知できた。
「あの城から離れて二十年。再び闇の王殿に会うことが叶えばいいのだが」
 それも再びあの城へ立ち戻る機会。
 男の所帯と女の所帯が別れた今、呪術を解けるのは闇殿本人だけだった。

 城へ到着した女王は広間へ来た。
 美しい緞帳が女達の手により柱で支えられる間口にかけられ、今はタッセルでまとめられたままに美しい夜が覗いていた。
「大変でしたでしょうに。どうもありがとうね」
 女王は進みながら月光の射す光りを影を繊細に引き歩いていった。
 森を見渡す。
「……どうやら、洞窟の男達が動き出したようね」
 この月の城は高く聳える突形の城であり、そこから闇の王が宇宙から伝い細い天路をやってくる。
 二十年前、謀反を起こした王子が城を追放され女王制になってからは、その前王女が怒りに紛れて闇の王が来訪されていた時に呪術をかけさせた。
 それでからは、男たちは城から洞窟に追いやられ、城に近づくものは姿を変えさせられた。
 彼女は身を返し、満月を背にする。

 馬が城へ近づき始めると、一様に脚を停めさせる。
 どうやら夜行性の動物達は何かを感じ取ってか、鳴き声はひそまれていた。月の力だろうか。オオカミ達の遠吠えも静かになった。
 馬を進めさせていた一行は森の木々の先に城が見え始めると並行して城へ近づかない場所を進んでいく。
「これ以上近づけないの?」
 何に変わってしまうのか詳しいことをしらない少年に男は頷き、静かに言った。
「我々は城に近づくと不十分な女に変えられてしまったり、石に変えられてしまったり、様々なものに変えられてしまう」
 少年は驚き、自分の体をすぐさま見回してどこも石になったり物になったりしていないことを確認した。
 この少年が生まれたのは、男達が遠くの村から女を浚い産ませた子供で、たびたびそうでなければ男達の血は途絶えてしまうのだった。少年は物心つく前に女を村に返すので、女というものを見たことは無い。洞窟から遠く離れられるのはある程度年齢のいった男で、まだ十にもなっていない少年は危険なので遠出を許されなかった。
 だから、今夜の様に遠出するのは少年は始めてだが、恐怖は無い。
 しばらくすると、木々の枝の向こうに城が見えてくる場所まで来た。広葉樹が様々な種類で林をつくるあたりだ。

 女王は侍女たちに指示を出し、緞帳を降ろさせていった。
 ゆらりと降ろされていった緞帳は月の路を踊り揺らしながらも闇に閉ざさせていった。
 蜀台を持つ姉妹達が現れると、床に記された呪術の紋様に蝋燭の灯りが灯されていった。
「さあ……闇の王殿がきたれり」
 城外では宇宙から王が城の先端をめがけてやってきていた。凄い勢いで。
 男達は森で一瞬何かが波動を動かした城側を見た。
「……来た」
 男が言い、森林を揺らす勢いに少年を抱えこみもう一人も馬を落ち着かせながらも体勢を低くさせた。
 凄い音が一度低く響くと、城の先端に黒い光りが凝縮され光り、一気に城が黒の光りに包まれ満月がだんだんと翳り始めた。
 男達は目をあけ、城を見る。黒い光りは段々となりをひそめ、城を鮮明に再び表す。

 女王たちは儀式の声をコーラスと共に段々と張り上げていき、轟いた音とともに目を開いた。
「………」
 闇が揺らめいている。巨大な闇だ。蝋燭の灯りを透かすことも無い闇が。
「闇の王殿」
 女王が立ち上がり、姉妹達を引き連れ広間を歩いていく。
 闇の王が到来したと共に、満月は月蝕をはじめていた。だんだんと、それは月を蝕んでいく。闇の王の来訪と月蝕の時期は占い師が読んだ通りである。
「この星へ来るまでに、強い願望が掠めたが」
「それは二十年の昔の男達でございます」
 巨大な王は姿を変え、黒いヴェールを翻し女王の前へ姿を現しては言った。王は星の生物と同じ姿に変え交信を取ることが出来る能力があった。宇宙をつかさどる彼は宇宙から作り出されたそれらのものに姿を変えることが出来るのだ。(宇宙空間に無いものには姿が変えられないということ)
「謀反を起こした王子と共に城を追いやられた者たちか」
 古くから王と契約を交わし続けてきたこの王家は平安を約束されていた。なので戦も無くきている。
 だが、女王がまだ少女のときに伯父筋の王子が他の王国に買収されこの国を売る裏切りを起こして彼が訪れていた闇の王に力を授けてもらうように願ったのだ。それを激怒した王子の母である妃が王子を闇の王に追放させた。そして城に近づく男の姿を変えさせる呪術をかけさせたのだ。
 女王は妃の弟である筋の者だった。現在森の近くで城の様子を伺っている男は王女の双子だった。謀反を起こした王子は十八年前、城に近づき石造に変えられてしまった。それを目の当たりにした少年時代の男はそれを洞窟の者たちへ使えに行き、呪いが事実であることを言った。

 「どうか、洞窟へ追いやられた男達をもう城へ迎え入れてあげられはしませぬか」
 女王が静かに言い、闇の王は静かに女王を見た。
「いいのか」
「前王子はすでに石に変えられ、謀反を起こせる者ではございません。城では男手の無い内に様々に支障をきたし、女手の多くが必要とされております」
「………」
 静かに聞いていた王は頷き、唄を静かに歌っていた占い師が言った。
「そろそろ、月も完全に隠れましょう」
 王は身を翻し、その一瞬の時間のみにこの星の地上で魔力を使えるために緞帳の前まで来た。
 侍女たちは幕のタッセルを両側から引いて行った。
 そこは闇に包まれた世界が広がっていた。
 王は一度その闇の空気を吸い込み、そして一瞬でその間口から森へと飛んで行った。

 男達は吹っ飛び、馬は逃げて行った。
 何がしかの強い衝動が闇に包まれた森で身を襲った。
「……っつ、」
 男は起き上がり、腕を伸ばして辺りを探った。
 王は身を返し、城へ戻って行った。
 男は頬に何かのヴェールが触れ、何かが去っていった気配を知った。
 王が城へ戻ると月が再び現れる前に天井を仰ぎ見て、女達が唄を歌い始めた。月の唄、闇の唄を。
 王の姿が段々と来た当初の巨大な影に変わっていき、闇となり、ゆるやかな風をともないふわりと浮かんで行った。
 闇を賛美する女たちの歌声が、コーラスが響き渡り、静かに王は宇宙へ戻る。

 女王は姉妹を一人男達のもとへ遣わせた。
 女は馬を駆けさせていき、月の姿を現し始める天空を見上げ進んでいく。木々の葉枝の先に。
 突如馬で勇ましく現れた影に男達は身を構えさせ、その影が現れ始めた月でだんだんと明るみに出始めた。
「ムジラーガ」
 彼は名を呼ばれ、その女の声に立ち上がった。
「ムジラーガは私だが」
 頭からマントのフードとマスクを取り、美しい女が姿を現した。
「お前は」
「二十年ぶりね。ルシェラよ」
 それは長年会うことの無かった姉妹だった。大人になり、実にそれは見違えた姿だった。
「闇の王の呪術が解かれたわ」
 凛とした彼女はそれを伝え、再び馬へ飛び乗り肩越しに彼らを見ては去って行った。満月を背に。

 女たちは白い昼の月を見上げ、昨夜の儀式での王の行いに感謝の宴を捧げていた。
 薔薇が舞い、薫りがハープの旋律に美しさを増す。
 その場に、男達が木陰から現れた。
「あなた達」
 光のここまで来た彼等は女王とその姉妹たち、占い師に挨拶をした。姿が変わっていないのは占い師と最年長の男だけだった。他は面影を残す他、背が高くなっていた。
 彼等は久しぶりの抱擁を交わし、それまでの経緯を話し合った。
「城へ本当に上がれるのかは分かりません。しかし、王殿を信じましょう」
 男は頷き、彼だけが一度代表して城へ上がることになった。
 姉妹達は薔薇を撒きながら二人の双子の馬が並ぶ後ろを歩いていった。

 城へ迎えられる事となった彼らは、宴を催すことになった。
 二十年ぶりに男手の入った城は、今まで女手では大変だった城内のことが男達でまかなわれ始めた。それでも、女王制は今後も敷かれることとなった。
 城は花で飾られ、唄は楽器が出揃い男の掛け声も混ざり、愉しげに行われた。
 夜には再び緞帳が降ろされ、闇の王殿への賛美が男達も加わり城内で行われたのだった。
 再び謀反を起すことなど無いように。



闇の城(宇宙)
闇の王(宇宙を司る)

月の城 闇の王

月の城 闇の王

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • ミステリー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-05-07

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