葬送
沼から放たれるにおいに顔を歪ませる。この沼は、汚い。近づいて沼を覗き込むけれど、当然、底なんか見えない。暗緑色の水面が、あたしの顔を映し出すだけだ。水面に映ったあたしは、くたびれた女のようだった。空を見上げると、濃い闇が広がっていた。星がいくつか輝いているけれど、今にも闇に飲み込まれそうだ。
今夜、あたしは人生を葬るためにここへ来たのだ。
あたしは十七歳の憂鬱な女子高生だ。この世のすべてに辟易している。将来にも、学校にも、友達にも、両親にも。毎日学校へ行って、授業を受けて、家へ帰る。そんな変わり映えのしない日常に意味なんてあるのだろうか。意味のない日常をこの先何十年も過ごすのだろうか。
意味のない日常を生きる。それは死んでいることと一緒だ。
そのことに気付いた瞬間、あたしには未来なんか見えなくなった。巨大な絶望だけがあたしの前に立ちはだかっているのだ。人生なんか捨ててしまおうと思った。
そうしてあたしはここへ来た。この沼はあたしのお気に入りの場所だ。住宅地から離れた場所にある、立ち入り禁止の危険な沼。誰も近づかないから、1人になりたいときは、ここに来る。噂では、立ち入り禁止なのをいいことに、ペットの死骸を沼に捨てる奴らがいるらしい。そのせいか沼からは悪臭が漂っている。あたしはこの汚い沼に親しみを感じている。あたしとこの沼は似ているから。
あたしは、今夜のために用意した紙袋に手を突っ込んだ。大きな紙袋の中にはいろんなものが入っている。あたしの人生の副産物。最初に手にしたのはアルバムだった。生まれたときからの成長の記録。あたしは分厚いそれを、大きく振りかぶって沼に投げた。
ぼちゃんっ
気持ちいい水音がして、アルバムが沈む。あたしは次々に紙袋から物を取り出した。
真っ赤なランドセル。
誕生日プレゼントのオルゴール。
クリスマスプレゼントのぬいぐるみ。
友達と一緒に撮ったプリクラ。
みんなとおそろいの携帯電話のストラップ。
携帯電話。
どんどん沼に投げ入れた。そのたび、水音が耳を濡らす。あたしは、恍惚としていた。人生を捨てるというのは、なんて気持ちいいことなのだろう。次に手にしたのは、学校の制服だった。
紺色のセーラー服。紙袋に詰め込まれてしわくちゃになったそれは、あたしの抜け殻みたいだ。
退屈な日常を無言で過ごしたあたし。あたしを蝕む絶望を、セーラー服を包み隠してくれた。ぐったりと腕に纏わりつくセーラー服に鼻を近づける。かび臭いような、陰気なにおいがした。セーラー服ははらりと頼りなく宙を舞い、着水した。水がゆっくりと染み込んで、沈んでゆく。あたしの抜け殻は苦しそうに沼の中に消えていった。
全部、全部、全部、沼が飲み込んでくれた。でも、あと一つ。あと一つだけ飲み込んで。
どぼんっ
一際大きな音をたてて、あたしは沼に飛び込んだ。服が水を吸い込んで、体が重たくなる。でも心はとても軽い。こんなにいい気分になるのはいつぶりだろう。もはや、誰にも何にも囚われていないあたしの心。あたしは今、すべてを超越したところへ行くのだ。
あたしの体はゆっくりと腐敗して沼の養分になり、さらに濃く濁らせるだろう。
さよなら、あたしの人生。
葬送
8年前の学生時代に書いた作品です。ひ、ひどすぎる小説。
どうして主人公の女の子が、死ぬほど絶望しているのか。何を思って私はこの作品を書いたのか。
もう思い出せません。
ひどい作品ですが、戒めのために投稿させていただきました。
読んでくださった方、すみません。ありがとうございました。