栗太郎Ⅱ

 任務を遂行した五人の鬼たちは意気揚揚とギリ司令の元に向かい、報告しました。
 「司令、桃の木を木っ端微塵に吹っ飛ばしてやりました」
 「ぶぁっあはっはっ!」と、唾を飛ばして豪快に笑うニオン隊長に、司令は椅子に座ったまま唾を巧みに避け、労いの言葉を掛けました。
 「ご苦労だった、一週間後が楽しみだな」
 「そう、一週間後にこの絵本がどう変わっているのか、今から楽しみです」
 音に音波、光に光波があるように、時空にも時空波があります。
 過去を変えると時空波が発生しますが、その影響が現代に及ぶまでに多少時間が掛かります。
 遠い過去であればあるほど時間が掛かり、今回の場合コンピューターは一週間との結果を出しました。
 しかし、一週間経っても、二週間経っても絵本に変化は現れませんでした。
 「おかしいな」
 絵本をジッと見ながらつぶやく隊長に、
 「もしかして、違う桃の木を撃ったのではないでしょうか」
 隊員が言うと、隊長は「まさか」といった表情をして考え込みました。
 「オニコンが間違った結果を出したというのか」
 オニコンとは「鬼ヶ島コンピューター」の略称で、鬼ヶ島科学の粋を集めて作った超高性能コンピューターなのです。
 その時、これを見てくださいと、別の隊員が息を切らしながら走って来ました。
 「何だ、慌ててどうした」
 隊員は手に持っていた埃の被った古い絵本を差し出しました。
 「随分傷んでいるな。何々、まっど栗太郎? こんな絵本があったのか」
 そう言ってページをめくり始めると、見る見る隊長の顔色が変わり、この本はどこにあったのだと聞くと、古い蔵の棚の上に有りましたと答える隊員。
 しかし、その蔵は調べ尽くして新たな資料は残っていないはずです。
 隊長は、「うーむ」と唸ると、
 「この絵物語によると、桃の木を植えたのは、我々が出会ったあのじいさんという事になる」
 今度は、周りにいた隊員たちの顔色が変わりました。
 「何ですと、あのジイィ、俺たちをだましやがったな」
 ギョロリと目玉を動かしながら言う隊員に、隊長は「まてまて」と制しました。
 「じいさんも、あの桃の木から桃太郎が生まれたことを知らなかったのだ。それにしても……」
 そう、それにしても、一体誰がこの絵物語を描いたのでしょう。
 「ここに描いてあるじいさんも、我々もよく似ている。それに、『ばかたれ、これは事実だ』という言葉も俺が言ったものだ」
 太い眉を寄せながら読み終えると、隊員に渡しました。
 隊員たちはみんなで読み始めると、
 「おお、この絵は俺にそっくりだ」とか、「栗が京の鬼を退治したのか、大したものだ」とか言い始めましたが、その中の一人が、
「隊長、もう少し過去に行って、実が成る前に桃の木を倒しましょう」
と、具申しました。
 隊長は具申した隊員の目をジッと見ながら、考え込みました。
 (理由は分からぬが、過去を変えるとそれが絵本となって残るようだ)
 絵本の中には、チェーンガンで派手に桃の木を撃ちまくっている隊長の姿が描かれています。こんな乱暴な絵を鬼の子供たちに見せてもいいものだろうかと思ったのです。
 「どうしたのですか、そんな怖い顔をして」
 睨まれた隊員は自分が何か悪いこと言ったんじゃないかとビクビクしました。
 泣く子も黙るという言葉がありますが、隊長の場合、泣く子が、さらに火がついたように泣いてしまうほど、睨んだ時の顔は凄みがあるのです。
 「いや、なんでもない。過去を変えると絵本となって現代に残るようだ。荒っぽい解決方法はいかんな。子供たちが読んだら失望するだろう」
 隊長は一計を案じ、隊員を引き連れて柿太郎が生まれた時代にタイムスリップしました。

 のどかな山村に突如、立派な馬に乗った逞しい鬼の奉行が家来を連れて現れました。
 「桃太郎はどこにおる!」と叫ぶ奉行に村人は震えながら、「何か御用でしょうか」と聞きました。
 用があるから来たのだと言うと、粗末な一軒の家を指差しました。
 「なんだ、財宝を奪った割りに、質素な暮らしをしておるのう」
 村人から教えられた家の前まで馬を進めると、家来の鬼たちも油断なく金棒を手にして身構えました。
 再び声を掛けると、中から弱々しい若者が出てきました。
 「お前が桃太郎か?」と聞くと、若者はコクリと頷きました。
 (なんだ、このみすぼらしい姿は……)
 心の中で呟きながら、
 「わしは鬼ヶ島の火付け盗賊改(ひつけとうぞくあらため)鬼沢平八である」
 と、名乗ると、家来の一人が、
 「お前も聞いたことがあろう、この方が鬼平と恐れられている御奉行様だ」
 合いの手を入れました。
 「お前は家来の犬、雉、猿と共に鬼ヶ島に行き、乱暴の限りを尽くして、財宝を奪ったな。その罪、許しがたし。市中引き回しの上、百叩きにしてくれる」
 「隊長、百叩きは軽すぎます」と家来に扮した隊員が小声で言うと。
 「ばかたれ、百叩きが一番むごい刑なんだぞ。書物によると、人間、百回も叩かれたら死んでしまうそうだ」
 隊長も小声で答えました。
 奉行に扮した隊長は桃太郎に目を向けると、
 「しかしながら、お上にも情けはある。奪った財宝を返せば不問にしてやってもいいぞ」
と、言って、桃太郎の反応を見ました。
 「実は……」
 「ん、実はなんじゃ。いや、ちょっと待てよ。供をしておった三匹は何処におる。あやつらも同罪だ」
 「三匹はここにいません。財宝を持って姿をくらましました」
 話は少々遡りますが、桃太郎が武者修行のために諸国を巡っている時、立ち寄った吉相(きつそう)村で、鬼ヶ島の鬼が人間に悪さをしているという話を聞き、それならばと、鬼を諌めに行く事にしたのです。その途中で、犬、雉、猿と出会い行動を供にする事になったのですが、その時、三匹の物欲の深さに気づくべきだったのです。
 腰に付けていたものをきび団子だと瞬時に見抜き、初対面の桃太郎にズケズケとそれをくれという神経。人のいい桃太郎は何の警戒もせず、きび団子を分け与え、鬼ヶ島を目指します。
 鬼ヶ島に着くと、鬼たちは歓迎してくれ、宴を催してくれました。
 吉相村で聞いた話と違うなと思いながらも、問題が無いのなら明日の朝、立ち去ろうと思っていたら、三匹が「こんなに歓迎してくれるならもう少し厄介になりましょう」としつこく言うので二、三日逗留する事にしました。
 この時、三匹は桃太郎に分からぬよう、お互いの顔を見合わせニヤリと笑ったのです。
 深夜、桃太郎が寝ている部屋に「助けて下さい!」と三匹が転がり込んできました。
 何があったのかと事情を聞くと、猿が口を開きました。
 厠に行こうと夜中に起きて廊下を歩いていると、別の部屋から、「うまそうな、犬と雉と猿だな。もう少し太らせて喰ってやるか」という声が聞こえたというのです。
 びっくりした猿は犬と雉にこの事を話し、桃太郎の部屋に駆け込んだのです。
 「まさか、そんなこと……」という桃太郎に、ここは鬼ヶ島です。何があっても不思議ではありません。すぐに鬼退治をしましょう。今なら鬼どもも酔って寝ていますから、簡単に懲らしめる事が出来ます。 と、三匹は口を揃えて訴えました。
 もちろんこれは三匹のデッチ上げなのですが、それでも腰を上げない桃太郎に、「私たちだけで乗り込みます」と言って部屋を出て行きました。
 「ちょっと待て」と言いながら桃太郎は後を追いかけ、鬼の寝ている大部屋に行くと、三匹は手際よく、寝込んでいる鬼たちを縛り上げていました。手馴れているというものではありません。まるでプロかと思うほどの素早さで次々と縛っていきました。
 「ふう、これで大丈夫だな」三匹は安堵の色を浮かべながらも油断無く夜を明かしました。
 一夜明けて目を覚ました鬼たちは、縛り上げられている事に驚きました。
 「いったいこれはどうなっているんだ」
 猿は鬼たちに向かって、桃太郎に話したものと同じ、デッチ上げの話をしました。
 「そんな……、あなた方を喰うなどと、とんでもないことです」
 「嘘をつくな、俺はこの耳でちゃんと聞いたのだ。その上で桃太郎様に助けを求めた所、すぐに縛り上げろと命じなされたのだ」
 桃太郎は「えっ!」と言う顔をすると猿を見ました。猿は目で桃太郎を押さえました。
 桃太郎はまんまと三匹の策に乗せられてしまったのです。
 「桃太郎様は心の広いお方、お前たちの持っている財宝を差し出すなら許すとおっしゃっておられる。しかし、拒めば、俺たちの仲間、つまり、猿千匹、雉千匹、犬千匹がここに攻め寄せるぞ」
 これを聞いて鬼たちはゾッとしました。三千匹に一挙に攻められたらどうなるか分かりません。しぶしぶ条件を受け入れ、財宝を荷車に山ほど乗せて渡しました。
 桃太郎を利用しての、三匹のハッタリは見事に成功したのです。
 村に帰ると、
 「桃太郎様が鬼退治をしてもどられたぞ。いやあ、大したお方だ。歯向かう鬼どもを片っ端から薙ぎ倒したんだ。俺たちは体の震えが止まらず、ただ見ているだけだった」
 饒舌な猿が喧伝して回ると、村人は熱狂し、桃太郎も本当の事が言えないでいました。
 それから二日後、財宝とともに三匹は姿を消しました。
 三匹がいなくなった後、桃太郎は自責の念にかられ、憔悴してやつれてしまったのです。
 真実を聞いた隊長は桃太郎に同情しました。
 そこに、家から出てきたおじいさんが「吉相村に立ち寄ったのが間違いじゃった。あそこに住んでいる者はみんなうそつきなのじゃ」そういうと悲しそうな顔をしました。
 「憎むべきは三匹か」
 いつの間に来たのか、栗太郎が柿太郎と共に話を聞いていました。
 「財宝は私が代わりに弁償します。京の鬼を退治したときに頂いた物がまだ沢山残っていますから」
 すると、いまだ柿のままの柿太郎は、「栗太郎兄さん、ぼくを打ち出の小槌で人間にして下さい。財宝はぼくが持っていきます」
 その心意気を聞いた隊長は、
 「真相が分かったところで、我々も未来に戻ろうか」
 隊長一行は時空へと消えて行きました。
 未来へ戻って一週間後、古い蔵の中から埃を被った絵本が見つかり、隊長はそれを読むとニコニコして、
 「多少物足りないが真相が分かって良かった。これで子どもたちも桃太郎を憎むことがなくなるだろう」
 と、言って絵本を閉じました。
 三文芝居だった御奉行様一行も、絵本だとそれなりに見えていました。
 そして表紙には「栗太郎つう」と書いてありました。

  おわり

栗太郎Ⅱ

栗太郎Ⅱ

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-05-06

Copyrighted
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