MAD栗太郎
むか~し、むかし。
ちいさな村に、おじいさんと、おばあさんが暮らしていました。
ある時、おじいさんは川の土手に、桃と栗と柿の種を埋めました。
やがて三つの種は芽を出し、すくすくと育ち、三年目の春、桃が大きな実を付けました。
桃の実は風に吹かれてポトリと落ち、土手を転がって川の中に入り、流されていきました。
秋になると今度は栗が実を付け、同じように風に吹かれてポトリと落ちましたが、イガイガのおかげで川に流されることなくおじいさんに拾われました。
おじいさんは竹で編んだカゴにイガを入れて家に持ち帰ると
「ばあさんや、栗の実を拾ってきたぞ」
といって見せました。
「おや、おいしそうな栗ですね」
ニコリと笑うと、
「ぼくをたべないで」
どこかで小さなキンキン声が聞こえました。
はて、どこから聞こえたのかと二人はあたりを見回しましたが、見当がつきません。
「ここだよ、カゴの中だよ」
その声につられてカゴの中を見ると、まんまるとした目を付けた栗の実が、イガの中からおじいさんとおばあさんを見上げていました。
「おやまあ、栗がしゃべったよ」
びっくりしておばあさんが言うと、おじいさんも、
「ほんに、目を付けた栗がしゃべっとる」
と目をぱちくりさせました。
栗はイガの中から出るとカゴのふちに立ちました。
よく見ると、一寸ほどの大きさの栗に目が付いていて、手と足が生えていました。
「まあ、なんてかわいい栗なんでしょう」
二人は栗太郎と名づけて大切に育てましたが、いつまでたってもそのままの大きさでした。
ある日の事。
「おお、これだ、これだ」
野太くガラの悪い声がおじいさんの家の中にひびいて来ました。
何事かと外をのぞくと、メタルスーツに身を包んだ屈強な鬼が五人、桃の木の傍に立って何やら話しているのが見えました。
おじいさんは恐る恐る外に出て、「どうかしたのですか?」と尋ねると、
鬼は、今から桃の木をチェーンガンで粉々に吹っ飛ばすのだといいました。
理由を聞くと、
「理由か、理由は簡単だ。この木から落ちた桃が川に流れ、桃太郎となって鬼退治をしたからだ」
事情が飲み込めないおじいさんに、「これを見ろ」と言って、桃太郎の絵本を渡しました。
「我々の先祖は平和に鬼ヶ島で暮らしていたのに、桃太郎一派が攻めてきてむちゃくちゃにしてくれたのだ。我々は難を逃れた祖先の末裔で、災いの元を断ちにタイムスリップして来たのだ。ここまで来るのにずいぶんと苦労したぞ」
鬼たちはどこから桃が流れてきたのかを古文書やその他の文献を長い年月をかけて調べ、この場所の、この桃の木であることを特定したのでした。この木さえ消してしまえば歴史を変えることが出来ると考えたのでした。
「あの、これは絵物語ではありませんか」
「ばかたれ、この絵物語は事実だ。だからこうして我々はやってきているのだ。ほかにもあるぞ、浦島太郎、鶴の恩返し、イナバウアー・・・、これらはすべて実話なのだ」
それを聴いていた隊員が、「隊長。イナバウアーではなく、因幡の白兎です」と訂正しました。
「そうだった、つい興奮して間違えてしまったわい」
そういうと、桃の木から十メートル程離れ、チェーンガンを撃ちまくったのです。
木はあっという間にただの木屑になってしまいました。
「終わったな」
それだけ言うと鬼たちは満足げに時空に消えて行きました。
しかし桃は、鬼やおじいさんの知らない間にすでに落ちていたのです。
数週間後、遠く離れた川下の村で、若者が鬼退治をしたという話が耳に入ってきました。
「なんじゃと、鬼退治だと」
「おおそうじゃ、鬼ヶ島の鬼を退治して宝物を山ほど持ち帰ったそうじゃ」
二人の村人が興奮して話す様子を目にしたおじいさんは、
「若者の名はなんというのじゃ」
と聞きました。
「確か、桃太郎とかいう名じゃった」
びっくりしたおじいさんは、「鬼の話は本当だったのか」とショックを受け、身震いしました。種を埋めたのがおじいさんだと知られていたら、鬼たちにどんな目に合わされていたかわかりません。
栗太郎はおじいさんより複雑な心境に陥っていました。同じ日に種を埋められ一緒に育った桃太郎はいわば兄のような存在。その桃太郎が鬼退治をして世に認められようとしている。しかし自分はいまだ栗のままで何の名声も上げてはいない。
「おじいさん、ぼくも鬼退治がしたい」
「ばかいうでねぇ、そんなにちっこくて鬼退治なんか出来る訳ねえ。おまえは、わしら夫婦と一緒に暮らしておればいいんじゃ」
しかし納得せず、なんとしてでも鬼退治をして兄と肩を並べたいという気持ちを押さえる事が出来ません。
決意の固さを知ったおじいさんは、しぶしぶ許しを出し、栗のイガで作った剣を持たせ、おばあさんは小さな帯を作って栗太郎の胴に巻いてやり、そこに剣を差しました。
鬼退治といっても、鬼ヶ島のほかにどこに鬼がいるか分からぬ、あてのない旅となりました。
村を離れて二日目の事。
一匹のカニが「栗さん、栗さん」と声をかけてきました。
「どうかしたの?」と聞くと、カニは泣きながら親の仇討ちを手伝って欲しいと言い、訳を話ました。
「そんなに悪いサルなら助太刀しましょう」とカニの家に向かいました。
そこには、臼と牛糞がいました。さっそくサルを懲らしめる策を巡らしてサルをおびき出し、栗太郎は囲炉裏の灰の中から飛び出し、剣でサルの鼻を突くとあまりの痛さにサルは土間に落ち、牛糞に足を滑らせた所に屋根から臼がドスンと、のしかかりました。苦しさに喘ぐサルは、何でも言うことを聞きますから許してくださいと懇願しました。
それならば、鬼がどこにいるか教えてくれないかと言う栗太郎に、
「ここから一里先に川があります。そこに一寸法師がお椀に乗ってやって来ますから法師に聞いてください。きっと鬼の棲家を知っているはずです」
と答えました。
サルは許され山に戻っていきました。
栗太郎はみんなに別れを言うと川を目指して歩き始めました。
川に着くと土手に寝転がり、青い空をゆく白い雲にぼんやりと目をやりました。
「まだ二日しか経っていないのに、随分長い事、旅をしたような気分だなあ」
少し、故郷が恋しくなった栗太郎でした。
「おっといけない、いつ一寸法師が来るか分からない」
すぐに身を起こし川上をじっと見つめ始めました。半時ほどしてお椀が流れて来るのが見えました。
急いで川べりに行き、
「一寸法師さん」と大きく声をかけると、一寸法師は何事かとお椀を岸に寄せました。
「何かあったのですか」と聞く法師に、「お願いです、鬼の居場所を教えてください」と頭を下げました。
法師はジロジロと栗太郎を見ると「鬼は京の都にいますがあなたは栗ではありませんか。ムシャムシャと食べられてしまうのがおちです」と心配そうに言いました。
「大丈夫です、必ず退治してみせます」
法師は渋い顔でジッと見つめました。
「お願いです、お椀で京まで一緒に連れて行ってください」
手を合わせると、
「それは出来ません、二人乗るとお椀が沈んでしまいます」
きっぱりと断りました。
仕方ないとばかりに栗太郎はお椀に飛び乗り、法師を蹴飛ばして川に落としました。泳げない法師は、川面を浮き沈みしながら川下に流されて行き、やがて見えなくなりました。
栗太郎は手を合わせ、都を目指しました。
都に華やかな雰囲気はなく、町々の土塀は崩れ、空は厚く不気味な雲に覆われていました。
栗太郎は堀の淵にたたずむ女官を見つけると声をかけました。
「どうかしたのですか」
女官は、涙を袖でそっと拭きながら、「今夜、姫様をさらいに鬼がやってくるのです」と消え入りそうな声で答えました。
鬼と聞いて、栗太郎の心に火が点きました。
「鬼はぼくが退治します! お姫様の元へ連れて行って下さい」
女官は栗太郎を手の平に乗せ、目の前まで近づけると、
「いままで、幾人もの武士(もののふ)が鬼に挑み倒されました。栗のあなたでは無理です。むしゃむしゃ食べられてしまうでしょう」
一寸法師と同じ事を言われてカチンときた栗太郎の身体から青白いオーラが鋭く発せられました。
絶対退治する! 一層の決意を胸にお姫様の所へ行きましたが、姫は床に臥せっていました。
栗太郎は姫の部屋の前にデンと座って鬼が現れるのを待ちました。
夜になり、空がゴゴゴ!と唸りを上げたかと思ったら、暗雲の中から大きな鬼が舞い降りてきました。
「ほう、今日は誰もおらんな、恐れをなしたか」
抗う相手がいないことを確認しながらも注意深げに降り立ちました。
瞬間、首筋にチクリと痛みを感じました。
「栗太郎見参!」
どこかでキンキン声が聞こえました。
「なんじゃ、どこから声がしておるのじゃ」
尻、腰、足、首と次々と痛みを感じた鬼は堪らず、五メートル程、飛び退きました。
そして鬼が見たものは、イガの剣を持った栗でした。
「おのれ、栗の分際で俺様に向かってくるとは、百年早いわ!」
とは言うものの、相手があまりにも小さくてすばしっこい為、捕まえる事が出来ません。
チクチクと体を刺され、たまらず「くわっ!」と大きな口を開けた時、栗太郎はその中に飛び込み、体の中を刺し始めました。
「うう、たまらん、腹の中が痛い。頼む、もうやめてくれ」
鬼は降参して、二度と都に姿を現さないと約束し、その証しとして、打ち出の小槌を置いて行きました。都に青空が戻り、床に臥せっていた姫も元気になり、栗太郎に礼を言うと、小槌を振りました。小さな栗太郎が段々大きくなり始めると同時に立派な若武 者へと姿が変わりました。
都の鬼を退治したという噂はあっという間におじいさん、おばあさんのいる村に伝わり、栗太郎も鼻高々に荷車いっぱいの宝物を持って帰りました。
兄の桃太郎と肩を並べる事が出来た今、五年後に生まれてくる柿太郎がどんな働きをするのかが楽しみな栗太郎でした。
おわり
MAD栗太郎