兄弟ミステリー

これは果たして日常なのか…?

東京大学にて

Vision A

東京大学の近くで、俺は兄ちゃんに電話をかけた。
「……… あれえ、おかしいなあ」
俺は11回目のコール音でとうとう諦め、携帯電話を閉じた。
「川崎君のお兄さん、出ないの?」
同級生の谷本が俺の顔を覗き込んできた。
「うん。まだ講義が終わってないのかなあ」
「大学生って大変そう」
彼女は校門に向かって歩き出した。俺はその背中を追いながら言った。
「もうすぐテスト期間だからだよ、いつもは兄ちゃんダラダラしてる」
俺達高校生は好きでもない教科も無理にやらされる。対して大学生は専門の勉強しかないから羨ましく思っていた。
「それにしても、困ったな。約束の時間をもう40分も過ぎてるよ」
そう言って谷本はため息をついた。
谷本は俺の兄ちゃんに用事があった。いっても、2人は面識もない赤の他人だった。とういか、俺と谷本にしても同級生というだけで話したことはほとんどなかった。
彼女は生徒会副会長を担っており、同学年だけではなく後輩や先生からの評判も高い。そのこともあり、彼女のことを俺は一方的には知っていた。
だからそんな人気者の彼女が、ただ成績がいいだけで、学校でも目立たつことのない俺に話しかけてきた時は驚いたものだ。
話によると、谷本は東京大学のナントカ学部を志望しており、在学中の兄ちゃんに色々と聞きたいことがあるから会いたい、とのこと。
俺はその日の夜にその旨を伝えると、兄ちゃんは快く了承してくれた。
そして今日がその約束の日なのだが… 何をしているのだか、兄ちゃんは電話にも出ない。
谷本は日本最高規模の校舎を一望しながら言った。
「川崎君のお兄さんどころか、誰1人下校する様子がないね」
「今日は諦めて、別の日にするか?」
「ううん、もうちょっと待ってみる」
そして何気ない会話をしながら、俺達は待ち続けた。


Vision B

皆が教室に戻って帰る支度をしている中、俺は講義室の席を立てず、ボーッとしていた。
なんださっきの講義は… 頭がパンクするかと思った。何もかもが理解不能。講師はこの国の、いやこの世界の言葉を使っていたのだろうか。
血が滲むような努力の末、念願の東大に入学できたのはいいものの、俺は周りに付いていくのが精一杯だった。
「まだまだ勉強不足ってことか…」
呟き、左手のシャーペンを放って机の上に突っ伏す。
「どうしたの川崎君?」
聞き覚えのある声を聴いて顔をあげると、瑠璃子(るりこ)の大きな瞳が俺を覗き込んでいた。
「改めて東大の厳しさを思い知って」
「そりゃ厳しいよ、ここは日本一の大学だもん」
「そうだよなぁ」
俺はデカイため息をついて天井を仰ぎ見た。
「なあ瑠璃子、どう勉強したらお前みたいな成績を取れるんだ?」
瑠璃子はこの大学の中でもトップクラスのエリート東大生だった。
「んー… それじゃあ、川崎君の勉強見てあげよっか?」
「ま、まじか…?」
魅力的な提案に俺は思わず瑠璃子の顔を目視した。どうやら彼女は本気のようだ。
「さっそく今の講義の復習をしようよ」
………と、いうことでこの広い部屋俺は瑠璃子に勉強を見てもらうことになった。
この講義室では、1人1人出席番号順によりあらかじめ席が決められている。俺は瑠璃子の席の隣、田中(たなか)という生徒の席に腰を降ろした。
「それじゃ、お願いします…」
「はい、お願いされます」
この時俺は、弟と『ある約束』をしていたことをすっかり忘れていた。


Vision A

「そういえば、川崎君は高校卒業したらどうするの?」
俺と2人兄ちゃんを待っていた谷本は、突然そんなことを訊いてきた。
俺は少し考えてから言った。
「大学に行くつもりだけど」
「もしかして、東大?」
彼女の期待のこもった問いかけに、俺はかぶりを振った。
「無理だね、俺は君や兄ちゃんみたいに努力家じゃない」
「でも、いきたいんでしょ?」
「そりゃ、もちろん」
「だったら諦めるのはまだ早いよ、まだ1年もあるんだし…」
何だろう… なんだが不思議だ。なんの接点も無い俺にここまで言い寄ってくるとは…
「そうだな、もう少し考えてみるよ」
そう口にはするものの、やはり俺に東大を受験する気は全くなかった。
すると突如、俺の携帯の通知音が鳴った。
「兄ちゃんからだ!」
俺はすぐに携帯電話を左耳にもっていった。


Vision B

「あ… 忘れてた」
「どうしたの?」
前触れもなく、俺はあることを思い出した。
しまった… 今日は講義の後、弟と会う約束をしていたのだった。
「やっべぇ!」
俺は急いでバッグの中から携帯電話を取り出す。
「ちょ、川崎君! 講義室で携帯の使用は…」
瑠璃子の声を無視し俺は機内モードを解除し、弟に電話をかける。
弟はすぐに電話に出た。
「すまんすまん、すっかり忘れてた!」
「もう、こっちはずっと待ってたんだよ!」
「今すぐ行く、どこにいる!?」
「校門にいるから、早く来てよ。まったくもう…」
俺は携帯を閉じ、瑠璃子の方へと向いた。
「ごめん瑠璃子! この続きはまたどこかで!」
早口で言い、俺は机の上に広がった勉強道具をバッグの中に無理に詰め込んだ。
「川崎君の兄弟って本当に面白いね」
瑠璃子は怒ることなく、いつもの優しい笑顔でそう言った。
「瑠璃子は1人っ子だから兄弟の、それも真ん中の苦労なんて知らないんだろうな」
俺はそう言い残しダッシュで講義室を出た。


Vision A

電話が終わってすぐに兄ちゃんは姿を現した。
「兄ちゃん、他の生徒は?」
「ああ、また30分くらいしたら講義が入ってるから、まだ帰れないよ」
「そうなんだ、にしても約束を忘れるなんて… 東大生なんだからしっかりしてよ兄ちゃん」
「うん。ホントにごめん、2人とも」
兄ちゃんは申し訳なさそうに言った。
「いいですよ、もう気にしてませんから」
谷本は優しい笑顔で兄ちゃんの謝罪に応えた。
ま、谷本がそう言うなら許してやるか… そう思った。
「えっと、君が東大志望の? 俺は竜也の兄、川崎瞬也。よろしく」
兄ちゃんはさっそく話に入るべく谷本に気さくな様子で話しかけた。
それに答えるように谷本は丁寧に一礼してから言った。
「谷本瑠璃子です。今日はよろしくお願いします」


Vision B

ゆっくりと歩いて下校している生徒とは逆に、俺は全速力で走っていた。
「どうしたんだよ竜也、そんなに急いで」
そんな友人達の声を無視し、俺は目的の場所へと直行した。
俺が校門にたどり着くと、そこには弟と、もう1人弟と同じ高校の制服を着た少女の姿があった。
「遅い」
弟はそう短く言った。あたりまえだが、どうやら怒っているようだった。
俺は素直に謝ることにした。
「すまんかった。2人とも」
「いいですよ、気にしてませんから」
少女はそう優しい笑顔で応えてくれた。
「君が東大志望の? 俺は祐也の兄、川崎竜也。よろしく」
「はい、野沢です。よろしくお願いします」
俺はその時、デジャヴに気がついた。
確か、3年前も… こんなことが…
俺はあの時は弟の立場だったけど…
「やっぱり兄弟似た者同士ってことだな。ハッハッハ!」
思えば、今俺が東大生でいられるのは、やはり彼女… 谷本瑠璃子が強く押してくれたおかげなのだと、俺は改めて実感した。

兄弟ミステリー

以下ネタバレ(解説)ですので、本編を未読の方は先に読まないでください!

VisionAは高校時代の竜也の視点、VisionBは大学時代の竜也の視点。
そして竜也は3兄弟の真ん中で、兄は瞬也、弟は裕也。
それにしても兄弟揃って東大に行くだなんて、自分で凄い人物を書いたんだなーと思います。

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兄弟ミステリー

日常ものです、ずっと最後まで日常ものです。

  • 小説
  • 掌編
  • ミステリー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-05-06

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