手
君の指はやけに長いね。
彼はわたしの左手をとり、まじまじと見つめながら言った。子どもがおもしろいものを発見したときのような顔。
「そんなこと、ない」
できるだけ冷静なふりをしたけれど、かすかに震えた声から動揺が滲み出る。
水分を失い、かさかさと乾燥した皮膚。小さな手のひらと長すぎる指。爪はまるでしじみ貝のように丸く短い。わたしの手は不恰好だ。
あなたに見られると分かっていたら、少しくらい手入れをしてきたのに。
恥ずかしさがこみ上げ、顔が熱くなる。彼の視線に耐えられなくなり、左手を素早く引っ込めた。
「何で隠すの。恥ずかしい? まぁ、きれいとは言えない手だよね。手入れぐらいするべきだよ」
苦笑いをしながら彼は言った。彼はいつだって正直だ。棘を隠すことなく言葉にするので、わたしは傷だらけになる。それでも彼を非難しないのは、わたしが彼に盲目になっているからだ。
何も言えずに黙っていると、彼はため息をついて立ち上がった。私の机の引き出しをごそごそと漁っている。
「……何してるの」
「きれいにしてあげるよ」
そう言って引き出しの中から小さなガラス瓶を取り出した。青いマニキュアが入っている。
「待って。わたし、青いマニキュア似合わなかったの。別な色にして」
「だめだよ。君には青がいい。ほら、動かないで」
彼はわたしの手首を掴むと、親指の爪から丁寧に刷毛を滑らせた。わたしの指先が彼によって青く色づいていく。それは体を重ねる行為よりも、ずっといやらしい気がした。部屋にはマニキュアの独特な匂いが満ちていて息苦しい。いや、息苦しいのは緊張しているからかもしれない。
「ほら。やっぱり君には青が似合う」
彼の満足そうな声に顔をあげると、両手の指先が青く光っていた。つめたい青がわたしの白い肌を際立たせる。幽霊みたいで不気味だ。ちっともきれいじゃない。
「やっぱり似合わない。どうして青にしたの」
引き出しの中にはピンクやオレンジのマニキュアもあったはずだ。青なんかよりずっと似合う。
「君らしかったから」
随分と真剣な顔をして、彼は言った。
「明るい色よりも似合うよ。君には、さみしい色がよく似合う」
君には、さみしい色がよく似合う。
彼は、本当に正直だ。そしてわたしを傷つける。正直さと紙一重の残酷さで。
あなたは自分の言葉の切れ味を知っているのだろうか。好きな男にさみしい女だと言われることの絶望を、あなたは知っているのだろうか。
「わたし、青なんか嫌い。大嫌い。大嫌い」
大嫌い。そう呟きながら、彼をにらみつけて泣いた。彼は、困ったように笑った。
わたしの手は相変わらず不恰好で、指先だけがつやつやと青く光っていた。
手
ありがとうございました。