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はじまり

はじまり

その日は、あかるく美しい月の光が、世界の果てのような、信号機のそばで見守っていた。場面緘黙というらしい。急に喋れなくなる。あるいは人形のように表情がこびりつく。
機械になっちゃいたいって歌ってたのは誰だっけ。
ぼんやり考えていると、急に寒気がましてくる。
白色彗星の、燃え尽きる一瞬みたいに、透明なまま、この世界に生きていたい。医師は不思議そうにしていた。私は病気なのだろうか。ぼうっとした頭に医師の声が響く。「ご対面されますか?」記憶が交錯して、いろいろな景色が浮かんでは消えてしまう。
二回目の診察日に浮かぶ真っ白な壁が私を安心させた。
帰りたい。でも、どこに?
そんなふうに思いながら、生き続けてた。諦観。あるいは、傍観者として。自分の人生だから、思い通りに生きたいのに、自分の選択に責任を持ちたくない。私は子供だった。だから、あなたからの手紙にいつも励まされていた。
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あなたの手紙が私に生きる力をくれる。だけど、それは、悲しみの間に浮かぶありがとうの気持ち。あなたの手紙を読むたびに、出せない手紙が心の中で増殖する。
共振周波数について教えてくれたのは、あなた。あの頃の会話が途切れながら、思い出させる。グレーな重ったるく、息苦しい日々。「今日も隠れて居るの?」「だって、怖い。一人で居たいのに、一人だと噂されるから。」「プライドと孤独主義か、ねぇ、知ってる?人と人の気持ちがすれ違う理由の一つが、周波数を合わせないからなんだよ。」「周波数?」「うん。例えば、波長が合うとか、ツボが同じって感じ。」「例えば、一緒に暮らした親子は体型だったり、好きなもの、ものの感じ方が似ている。ペットや親しい恋人同士もそうだね。」「わかんないよ。私にはそんな関係の人いないもん。」「でもね、君が本当にその人を理解しようとすることを決めた瞬間、ずれた波長を重ねることが出来るんだよ。」
「どうするの?」
「今はまだひみつ。明日学校に行ってごらん。きっと上手く行くから。」
不思議な笑顔に私は賭けてみた。
今考えると、あの頃の私は単純で子供だった。幼い頃にサンタを信じるように、魔法が使えたら、そんな気分だった。でも、それは真剣に生きていたのだ。明日のことが人生の全てのように懸命に。誰かが人生の分母が増えるほど、経験に邪魔され、行動を規制すると言ってた。それって本当にそうだ。次の日の学校は穏やかだった。自分に無理をしないで、みんなに合わせられる幸せを感じた。あれから二十年。幸せだった。あなたはいつも味方だったから?違う。どんな私でも近くに居てくれたから。朝の光が、暖かく私を包み込むから、季節の移り変わりを知った。「花は咲いて、とても綺麗。」病院にいるあなたは毎日、一輪の花をくれた。チューリップ、アネモネ、桜、花橘、藤、向日葵、朝顔、コスモス、薔薇…。その度に花言葉を教えてくれた。ああ、一つだけ、貰えなかった菊の花。私があげる日が来るなんて、どうしたらいいかわかんないよ。
思考が停止する前に、アクセルを踏み込んで、目の前の現実から逃げだした。あなたが見てたらきっと苦笑いしながら、おいでっていうよね。
今でも、魔法を信じてる。だから、私を一人にしないでください。祈るような気持ちで、明日が、やってくる。

明日は急にやってきた。世界の果てのような場所にたっているコンビニの向こうに海がある。私は海の中にいた。波の音が聞こえてくる。どうなってもいいという気持ちでとびこんだ、その先に何があるかなんてわからない。海の底の底をともぐっていくうちに、マカロンみたいな、色彩に囲まれていた。不思議だけど怖くない。珊瑚?新種のクラゲ?フワフワだけど形がしっかりしてて、甘そう。コタツのなかでアイスを食べるみたいな贅沢な時間。そんな気持ちでさらに奥に沈んでいく。光りが届かない世界のはずなのに、どうしてこんなにあかるいのかな?今度は、牧草地の様な平原が見えてきた。ここはどこなのだろう?タンポポみたいな可愛い花。羊みたいなモコモコの生き物。昨日の焦りが嘘みたい。さらに大きなカーテンみたいなドレープが美しい物体に、小鳥のさえずり。私は安心して眠りについた様だった。

眠りから覚めたときも、美しいブルーにかこまれていた。花々のベットは芳醇な香りと、美しい音色を奏でていた。ハープのような、音色と波の音が混じり合い、水草の気泡が清純な気持ちを呼び起こしてくれる。こんなに爽やかな朝?は何年振りだろう。それにしてもここはどこなんだろう。『ブルーの最下層に人がいる?』声が聞こえた瞬間に、全身が透き通った、人のようなものが、丸い泡のような物体にのって、表れた。『あなたは誰ですか?私は死んだの?ここは天国?』疑問が噴き出たように、その物体に尋ねていた。『ええっと、まず、死んでもいないし、ここもリアルな現実ですよ。』『そして私は、あなたのガイドをするためにここにいます。』『ごめんね。あんまり口が上手い方じゃなくて…。』『徐々に慣れていくといいよ。』『なんで息ができるの?』『あなたの疑問にどれだけ答えられるかな?息はそんなに難しくないんだ。自然としてしまっているんだと思うよ。これを見て』奏でるように、ジャスミンの香りが噴き出てくる。『見えないけれど、とても良い匂い』『視覚より嗅覚のひとなんだね』『わたしが?』『君たちは、そうか、神経で物事の処理をするんだったね。ここでも、そんなひとはいるから、大丈夫だよ。』大丈夫、ずっとずっと、地上にいる頃から、その言葉が聞きたかった。

『だけど、少し不便かも。声は、聞こえる?』優しい言葉にほっとしながら、奇妙な感じ。違和感。次の瞬間その正体に気付き愕然とした。『あっ、口を使わずに話したり、目を使わずに物を見ているみたい…。』『大丈夫。もとに戻りたいなら、すぐに帰れるけど、君はそこまで望んでないみたい』さっきよりずっと強い大丈夫という言葉と、心地よい雰囲気にここにいたいと願う気持ちの方が強かった。
『案内するよ、それから、説明していくよ!』嬉しそうに弾む声に安心する。
『ここはブルーの最下層と呼ばれる場所だ。色彩感はどの位あるかな?虹を思い出したり、夕日や暁月の空を思い出したりしていくといいよ。』赤、だいだい、黄色、緑、青、藍色 、紫、カラフルなパフェを思い浮かべながら、だんだん期待感が高まってくる。『どんな場所に行けるの?』『どんな場所にだって行けるよ。』『じゃあ、春みたいな場所で、もこもこの動物と、ゆるやかな丘のあるところに行きたい!』『いいね!行こう!』

春は暖かい日差しが好き。真綿のような羊毛と、まぶしい光がわたしを包み込む。
花々が咲き乱れて、その後に星が降ってくる光あふれるせかい。花々のにおいにむせる

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  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 冒険
  • ミステリー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-05-04

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