影たちの溜まり場

影たちの溜まり場

それは、誰だって嬉しいことだろうよ。
勿論、俺だって、お前みたいにそんなことがあったら、落ち着いてなんていられないさ。
即行電話して会う約束をするよな、まあそれが普通だよ。
でもな、俺はさ、お前の友達だしさ、そうしなさいとは言えないよ。
だってお前のかみさんを知っている訳だし、お前の立場もあるからな
危ない橋は渡らないほうがいいって、言うしかないだろう。
せっかくお前が掴んだ、幸福って奴を失う可能性があることを
俺が薦める訳にはいかないだろう。
それはな、上手くやるんだよ、ばれないように、証拠が残らないように、何かあっても訴えられないように
抜かりなくやれよ、とは言えてもな、バレるときはバレるんだよ。
何もかも失って、みじめに生きている奴をお前も知ってるだろう。
お前はそんなバカじゃないだろうし、お前はお前なりの考えがあるだろうし
少なくとも俺よりお前のほうが十分まともだしさ、俺がとやかく言う筋合いじゃんないけどな
それでも知ってしまった以上、俺だって何かお前に言わないわけにはいかないだろう。
やめとけよ、今の生活に満足しろよ、超ワルな女かもしれないだろう、騙されないって保証なんてないだろう
一体どれほどその女を知っているんだよ、ろくに話も満足にしたこともないんだろう、それにプライベートなことも一切しらないだんろう
どこの馬の骨かもわならいような女を信じられるのかよ、お前は。
忘れることだな、わすれちまえよ、簡単なことだよ、何もないうちにわすれるんだ。
休暇でもとって、家族で旅行にでも行けよ。この際ひと月くらい。
きれいさっぱり忘れられるさ。考えないことだな。
金で買える女で満足しろよ。
ボスには俺からも言っておくから、休暇を取るんだ。
俺が旅行のアレンジもしておくよ。
ちょっと一息つくんだよ。
かみさんも喜ぶぜ。
よく考えるんだ、いいな。

吉岡はGの肩を叩くと自己満足をして席を離れた。
残されたGはグラスに残っていたウィスキーの水割りを一気に飲み干すと、
窓ガラスに映る自分を見て呟いた。
「吉岡の言うことは完全に正しいけれど、完全に間違っている」と。
そして白くぼんやりと夜空に浮かんでいる満月を眺めた。
月は唯一のものだった。
自分も唯一の存在で、あの人の代わりもいない。
自分はここでこの唯一の満月を見ている。
あの人もどこかで、この同じ夜空の下で、あの丸い月を眺めているかもしれない。
自分もあの人もこの同じ空の下で、この同じ時刻に同じ月を見ていたとしたら・・・
そんなことをGは考えていた。
Gは一人ではないと思えた。
あの人も一人ではないと思った。
Gはテーブルに飲み代とチップを置いて、席を立った。
毎度と、店の男が言う。
Gは店のドアを開けると、鬱蒼とした新緑の匂いを嗅いだ。
夜は深く、木々は黒々とした葉を盛んに付けていた。
夜露がひんやりとGの体を湿らす。
月の光を浴びて、Gの影が付きまとう。
自分はどこへ行くのだろう。
どこへ向かうのか・・・。
向かうべきなのか・・・。
答えは決まっていた。
右に行けよと言われたら、左に行くものだ。
左に行くことは決まっていたけれど・・・。
なあ、お前も着いてくるだろう、と影に聞いてみる。

影たちの溜まり場

影たちの溜まり場

  • 小説
  • 掌編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-05-04

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