太陽の不在

太陽の不在


新宿の高層ビル群は強い太陽の陽を全身に浴びて、幾筋もの白い光の束を遠くまで放っていた。
それはまるで最後の審判の日に神が地上に降りてくる前触れの、宗教画の様であった。

また私は高層ビル群を見るにつけ、中世に建てられた塔を思う。
ヨーロッパの中世では王様や貴族が高い塔を競い合って建てたと言う。
金と力の象徴として。

まだ夏になりきらない初夏の時期は徒歩で西新宿まで通勤する日もあった。
私は光輝けるビル群に惹かれて歩き続けた。

夜散策に出る日は、点滅するビル群の赤いライトが美しい。
日によってライトの数も違う。
まるで私に合図するように点滅している日もあった。
そんな日、私は何かに憑かれたように、そのビル群に向かって歩み始める。
そこにはあの人がいる。
あの人は夜遅くまで仕事を続けている。
私はあの人が愛おしくて、仕方なくて、あの人がいるビル群に向かうのだ。

私はいつも18時ぴったりに仕事が終わる。
あの人はちょうど18時頃に煙草を吸いに地下1階に降りる。
あの人は16階からエレベータに乗って来て、私は15階から乗る。
あの人はエレベーターのいつも向かって左側に立っている。
そして、大体はうつむいている。
私は軽くその人に会釈をするけれどその人の視線は足元を向いている。
私は右側の壁よりに立つ。
そしてエレベーターは1階で止まる。
私はまた軽く会釈をして、小声で
「失礼します」と呟くけれど、その人はただ黙っている。

それは儀式のように18時過ぎごろに行われた。
毎日ではないけれど、あの人が18時頃に何の仕事の約束のないときには。
しかしエレベーターは2台あったので、必ずしもいつもというわけではなかった。

いつか夏のとても蒸し暑い日、18時頃エレベータに乗った時、あの人と会えなかった。
運が悪くひと月以上もあの人とエレベーターで出会っていなかった。
私はちょっと離れたビルの地下のカフェに立ち寄った。
まっすぐ帰る気持ちになれなかった。
アイスコーヒーを飲みながら、ガラス越しに、喫煙場所で煙草を吸う男性たちを見ていたら
無性にあの人に会いたくなってしまった。
そして、私はきっとオフィスに戻ったら、きっとエレベーターであの人に会える、という強い望みを抱いて
オフィスのあるビルに戻った。
冷たいものを飲んで少しは汗が引いていたというのにもうすっかり汗ばんでいた。
途中のヒルトンホテルの部屋の明かりがパッチワークみたいで美しかった。
なぜか私はきっと会えるという強い信念のもとで行動していた。
会えなかったら・・・という考えは浮かばなかった。
ちょっとの時間でずれてしまう運命だってあるのに、どうして絶対会えると確信できたのか・・と思うけれど
実際、1階でエレベーターを待っていたら、地下1階から上がってきたエレベーターの奥の左側にあの人は乗っていた。
時刻は18時45分ごろだった。
私はそれを当然のことと思った。やはり乗っていたあの人はと、予感したことの事実を確認していた。
そして、不思議そうにこちらを見ているあの人を私は眺めながら会釈をした。
数人他に男性が乗っていた。
私はあの人の前に立っていた。そして15階で降りるとき、振り向いて、「失礼します」と言った。

やはりあの人は足元を見つめたまま立っていた。

そして今はもうあの人も私もそこにはいない。
ただあのころの影だけが、そこに居続けているのだろう。
それは私たちの思惑だけが残されているとも言えるだのだろう。

太陽の不在

太陽の不在

  • 小説
  • 掌編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-05-04

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