涙の奥、刻は流れり
いつも通りの君?
「由孝さん。」
俺を呼ぶその声は、何か抑え込んでいるように聞こえて。
―――…
「…あ、おはよう。」
「おはようございます由孝さん。」
気持ち良い日曜日の朝だった。 朝日が部屋に入り込み、俺と、彼の髪が輝く。
「朝ご飯、テーブル置いてるんで食べてください。…あっ、もう時間だ」
「今日も練習?」
「はい。あ…でも今日は午前中までですから、1時には帰ります。」
「そっか…頑張れよ。」
俺は彼の頬に小さく触れるだけのキスをした。
「ちょ、由孝さん、朝からやめてくださいよ////…でも、頑張れそうかな。
ありがとう由孝さん。行ってきます!」
「行ってらっしゃい俊くん!」
彼の背中を見送り、そっとドアを閉めた。
朝ご飯はアサリのスープ。
俺は、森山 由孝。さっきの彼は伊月 俊。
俊は俺の一つ年下で、誠凛高校2年バスケ部ポイントガード(PG)だ。
俺は海上高校のバスケ部。…あれ?何故敵同士の高校生2人が一緒にいるかって?
おかしいよね。でもそれは……
―それは、俺と俊は恋人同士だから。
こうなったきっかけ?それは教えられないな。
去年から実はすでにお付き合いを初めていて、今はこうして時々俊は俺の家に泊まりに来る。
俊と一緒にいると安心するし、ひとつひとつの仕草があまりにも可愛すぎて
ホントはずっとずーっと一緒にいたいって思うんだけど、そういうわけにもいかないんだ。
今日は日曜日で俺は練習はないんだけど、誠凛はあるみたいで。
誠凛はウインターカップに勝ち進んで、練習もだいぶ多くなってきた。
体を壊したりしないかが一番の心配ごとだが、俊はきっと大丈夫だろう。
……と、思っていたはずだった。
まさかこうなるとは…。
適当に家事を済ませ、ゆっくりソファでくつろいでケータイをいじっていた。
11時を少しすぎたくらいの頃、
ヴーッ…ヴーッ…ヴーッ…
手元でケータイがバイブ音を響かせ震える。
「誰からだろう…?笠松かな?」
画面に映った着信の相手は…何故だろう、誠凛高校バスケ部 主将の日向だった。
不思議に思い俺はケータイを持ち直して着信に答えた。
「もしもし?」
「あっ、森山さんっすか?日向ですけど」
「どうした?練習中じゃないのか?」
「今すぐこっちに来れませんか?」
「…え?」
「いいから早く!!伊月が…!」
その名前を耳にした瞬間、俺は反射的に家を飛び出していた。
おちゅちゅけ俺、落ちつけ俺
「俊くん……!!」
俺は真っ先に体育館へ向かった。走りまくって、足はもうふらふらだった。
「森山さん!」
体育館には、監督の相田リコさんがいた。
ほかの部員もちらほらいるが、俊や電話をくれた日向は見渡す限りどこにもいない。
「俊くんは…どこに?」
「伊月くんは保健室にいます。…降旗君!!森山さんと一緒に保健室に行ってくれない?」
「あっ…は、はい!森山さん、こっちです!」
「あぁ、ありがとう」
俺は降旗と共に保健室に向かった。
ドアに手をかけ、ゆっくりと開けて中に入った。
その眼の奥で。
「森山さん!」
「日向…火神も」
「うす。あ、伊月先輩はこっちだ…です。」
火神が指差した先に会ったベッド、薄ピンク色のカーテンをそっと開けた。
「俊くん…!」
そこで俊は静かに眠っていた。両目はひんやりと濡れたタオルで覆われていた。
「実は、今日は秀徳との練習試合だったんです。」
日向はひとつひとつ事情を話し始めた。
俊は、小さなころは結構体が弱く、バスケを始めたばかりの時はよく倒れていたという。
中学、高校につれ、体力は少しずつ上がっていった。
ある日、イーグルアイの能力に目覚めた俊は、練習量を増やし、能力を早く
コントロールするために大きな力を使った。 …ギリギリまで、限界まで。
俺はそんな俊に「無理しなくていい。」って言うんだ。だけど俊は強がって、
「それじゃあダメなんだ」と言い切った。
今日は珍しく、イーグルアイを使いすぎたせいで倒れてしまったようだ。
壊さないように
「じゃあ…俺らちょっと着替えに行ってきます」
「ついでに伊月先輩の荷物も運んでくっからよ…ます。」
「あぁ、ありがとう」
火神と日向は保健室を出た。
部屋は俺と、眠っている俊の2人きり。
「俊くん…」
俺は俊に近づいた。
相変わらず静かで、わずかにすぅ、すぅと寝息が聞こえるだけだった。
透き通るような白い肌にそっと手を添えた。
触れてしまえば音も立てずに壊れてしまいそうなその繊細な肌を
そっと慈しむように撫でた。
「…んっ、」
ピクッ、と俊の体が動いた。
「あ…れ?ここ…は?」
「気がついたか?」
「俊くん」
「由孝…さん?」
泣かないで、泣いてもいいよ。
俊の眼の上にかぶせてあったタオルをそっとはずしてあげた。
俊はゆるゆると体を起こした。
「何で由孝さんがここに…?」
「あぁ、日向から俊くんが練習試合中に倒れたって電話が来たんだよ。」
「えっ…!?あ、俺、また倒れて…」
「最近はこういうの少なくなったから、珍しいよね。そんなに眼、使ったの?」
俊に問いかけると、俯いたまま小さく頷いた。
「無理しちゃダメだよ?」
「ごめんなさい。でも…俺っ……」
俊の黒水晶のような瞳から、大粒の涙がこぼれた。
声をあげずに俊は、静かに、抑え込んで泣いた。
俺はそんな俊をやさしく抱きしめてあげた。 俊は俺のシャツを涙で濡らした。
抑えないで。
「俺…」
「ん?」
しゃくりあげる俊の背中をさすりながら、俺は俊に耳を傾ける。
「仲間、チームのみんなを引っ張って…コートに立って、勝つために
頑張ろうって…でも、そうやって頑張ろうとするたびに俺の体は、
言うこと全然聞いてくれなくて…でも、そこで倒れちゃったりしたらまた皆に迷惑かけちゃうし…」
なるほど、俊は色々心配して、それを一人で全部抱え込んじゃっていたわけか。
「俊くん、無理しないでもっと仲間を頼って、俺のこといっぱい頼ってよ。俊くんがボロボロになって、
大事な試合に出られなくなったとしたら…?俺もそう、きっとみんなもそれは嫌だと思うよ。」
「由孝さん…」
「俊くんは、たくさんの仲間に支えられているんだから、1人で悩まないで。
俺だって俊くんにもっと相談とか、して欲しいよ。」
「迷惑じゃ…ない、ですか?」
「全然!…俺のわがままでいいから、抑え込んでいた分、声あげて泣いてもいいんだよ?」
俺は優しくそう言うと、俊は、今まで抑え込んでいた全部を涙と声にして吐き出した。
もう大丈夫だよ。
声をあげて泣き続けたせいか、俊の目元は赤く染まり、疲れたのかぐっすりと
再び眠りについた。
―…俊は強がって、なかなか俺の前でもこんな風に泣いてはくれない。
声を抑えて泣いている俊の姿を見てるのは、何よりも辛いこと。
だから、せめて俺のわがままで、押さえつけていた悲しみを
すべて吐き出して欲しかったんだ。
「…失礼します。」
「日向、火神」
制服姿の火神と日向が、俊の分の荷物を持って入ってきた。
「伊月はどうですか?」
「んー…泣き疲れて眠っちゃったみたい。」
「先輩、泣いてたのかよ…っすか?」
「伊月は昔っからああやって無理して…人一倍気ぃ遣うたちだからな。
負けず嫌いで。」
俺はな、俊のそういうところがたまらなく大好きなんだ。
さぁ、笑おうよ。
「あ、先輩起きた。」
「ん…あ、何だ、日向と火神もいたのか」
「具合はどうだ?」
「もう大丈夫。ごめんな、心配掛けて。」
俊は制服に着替え、日向と火神は家に帰った。
「これからは、もっと由孝さんにわがままするから!」
笑顔を向けられ、俺は火が出るくらい顔を真っ赤にした。
可愛いんだから伊月は…。
でも、よかった。ちゃんと俊は笑ってくれてる。
「ねぇ、由孝さん…手、繋いでください」
「もう!俊くん可愛い!!由孝幸せ!!可愛い!!俊くん大好き!!」
「大声で言わないでくださいよっ!!////」
今日は、そんな俊に
「よし!じゃあコーヒーゼリーでも買ってやるか。」
「…!!由孝さん、大好きっ♪」
―END―
涙の奥、刻は流れり
最後まで読んでくださって、ありがとうございました!
突然ですが、5/5は森月の日!!です!!(`・ω・´)
伊月くんが大本命な私、最高の記念日です! 森月万歳!
こんな風に、CP記念日には、そのCPの小説を書かせていただきます♪