田んぼのアライグマ
今ではおたまじゃくしも見かけないコンクリートの用水路、昔の小川を思い出して書いてみました
初夏の頃…
照り返す水面に、少し背伸びした緑の稲が青々と輝いていました
水田や小川には色んな生き物がいます
ドジョウにフナ、タナゴにカラス貝、スッポンやカメもいました
時々、一尺五寸以上の鯉も見かけました
鯉は元から居たのではなく、人間の手により放流されたのです
放流の目的は、その大きな口で雑草や害虫を
“カプッ”
と飲み込む鯉の習性を人間が利用したのです
晩秋の頃、水田から小川へ水を抜いたとき逃げ出した鯉が繁殖したのでしょうね
繁殖と言えば、この時期ベビーブームなのがカルガモです
親鳥の後を十匹近くの雛達が、ヨチヨチ歩きだけど行儀よく散歩する光景は皆さんご存知ですね
そこにひょっこり現れたアライグマ
爪の長~いアライグマくんは、みんなと仲良しになれるでしょうか‥
「カメさんコンニチワ」
スイスイ泳いでいたタナゴがカメに話し掛けます
『やぁタナゴくん
コンニチワ…』
カメは眠たそうにお返事します
「ねぇねぇカメさん
こんなにいい天気なのに、どうして昼間から眠ってばかりいるの?」
タナゴは不思議そうな顔をしてカメの周りをクルクル泳ぎ回ります
『タナゴくん…
眠っているんじゃなくて甲羅を干しているんだよ…』
やっぱりカメは眠たそう
「なーんだ、甲羅を干していたのか
でも、眠っているのとおんなじだね!」
『まぁねー』
「じゃぁのんびりしてなよ、ボクはみんなと遊んでくるから
カメさんまたねー」
タナゴはそう言い残すと、スイスイと泳いでいきました
春から夏にかけて田んぼの周りは恋の季節です
結婚相手を見つけたタナゴは、カラス貝の中に卵を産みます
「ねぇねぇカラス貝さん
今年もお願いね」
タナゴはカラス貝の殻に付いた苔をついばみながらお願いします
『任せときなよタナゴくん』
苔を取ってもらったカラス貝
よほど気持ちよかったのか上機嫌
貝を開いてタナゴの卵を受け取るとピタリと貝を閉じ、大事に大事に温めてあげました
「じゃぁお願いね」
タナゴが立ち去ろうとすると、ドジョウやフナたちがこちらへ向かって大急ぎで泳いできます
『大変だぁー!
クマが出たぞー!』
みんなは口々に叫びながら逃げて行きます
「クマ?」
タナゴは、カラス貝と顔を見合わせると逃げる準備を始めました
『タナゴくん
ボクは小川の底に潜るから大丈夫だよ
卵はちゃんと守るから安心して!』
そう言うか言い終わらないうちにカラス貝はピュッと泥に潜りました
「よーし、ボクも逃げなきゃ!」
泳ぎ始めようとしたタナゴくん
ふっと上を見上げると、カルガモ母さんと子ガモたちの水掻きが見えました
「大変だ!
カルガモ母さんにも教えてあげなきゃ」
タナゴは、カルガモ母さんの所へ行こうとしました
でも…
タナゴは迷いました
「もう、すぐそばまで恐いクマが来ているかもしれない…
ボク、食べられちゃうかもしれない…」
タナゴはそのまま逃げようとしました
が、水面の可愛い水掻きを見たら何だか自分が恥ずかしくなり、勇気を振り絞ってカルガモ母さんの所へと急いで泳いで行きました
タナゴはピョコッと顔を出すと辺りを見回します
「良かったー!」
クマはまだ、近くには来ていませんでした
『あら、タナゴさんどおしたの?』
カルガモ母さんは水掻きを止めるとタナゴに話し掛けました
カルガモ母さんと子ガモたちは、慌てた声のタナゴを真ん中にして、輪になりました
「大変だよ!
クマが出たんだよ!」
タナゴは、カルガモ母さんと子ガモたちの輪の中をクルクル泳ぎ回りながら話します
『大変だわ!
私は空を飛べるけど子ガモたちはまだ飛べないわ…
さあみんな
お母さんの後を付いてらっしゃい!
タナゴさん、教えてくれてありがとう』
カルガモ母さんは、すぐ後ろの子ガモに尾羽をくわえさせると、他の子ガモたちにも前の子ガモの尾羽をくわえるように教え、一列になって進みます
カルガモ母さんと子ガモたちは
《右・左・右・左…》
《イチ・ニ・イチ・ニ…》
カルガモ母さんのかけ声に合わせて水掻きを動かします
みんな力を合わせて水掻きするから、スゴいスピードで進みます
「ボクも逃げなきゃ!」
タナゴもカルガモ母さんに追いつこうと尾びれを動かしました
その時です
ビューン!
大きな影がタナゴを包み込みました
「たすけて~!」
タナゴは大きな影をクマの影だと思ったのです
『タナゴくーん
ボクだよ』
タナゴは恐る恐る目を開けました
『ねぇ、タナゴくん
田んぼにも小川にも誰も居ないんだよ
みんなどこに行ったか知らないかい?』
「鯉くん!
あーびっくりした」
『脅かしてゴメンねタナゴくん
ボク、大きくなりすぎたかなぁ』
「キミのお父さんはもっともっと大きかったよ
鯉くん、それどころじゃないよ、クマが出たんだよ!」
『ええ?クマ?
クマは山に居るんじゃないの?』
「鯉くんはのんきだねぇ
ぼやぼやしてたらクマに食べられちゃうよ!」
『う~ん、ボクは大きいから美味しくないと思うよ、多分…』
「何、のんきなこと言ってるんだよ!
相手はクマだよ!
お腹いっぱいになりさえすればいいんだから、味なんか関係ないよ、きっと…」
タナゴは早く逃げたいのに鯉がのんきなので少し困りました
『そうかなぁ…
ボク、確かめてくるよ』
「何言ってるの!食べられたら死んじゃうんだよ!」
タナゴはますます困りました
『違うよ
クマが居るか見てくるんだよ』
「危ないからよしなよぉ…
一緒に逃げようよぉ…」
タナゴは、のんきな鯉のことが心配です
『タナゴくん、先に逃げててよ
ボク、ちょっと見てくるね』
鯉はタナゴの言う事も聞かずに行ってしまいました
タナゴくんは、みんなの居るところに無事に着きました
『あれ?鯉くんは?』
カメさんが聞きました
それが…
ボクは止めたんだよ!
なのに鯉くん、クマを確かめるんだって行っちゃった…」
みんなは鯉の事が心配です
でも、クマが恐くて何もすることが出来ません
「みんなゴメンナサイ…」
タナゴくんは鯉を引き止められなかったと、泣きだしてしまいました
『タナゴくんは悪くないよ
泣かないで』
カルガモ母さんはタナゴくんに優しく話し掛けます
『タナゴくんは、クマが居るかもしれないのに、私たちのところまで危険を知らせに来てくれたじゃないの
ありがとうタナゴくん』
カルガモ母さんや子ガモたち、みんなは輪になってタナゴを励ましました
『みんな聞いて』
カルガモ母さんが話し始めます
『私は空から鯉くんを探してみるわ
私が帰るまで子ガモたちをお願いね』
そう言い残しカルガモ母さんは飛び立って行きました
空から鯉を探していたカルガモ母さん
ほどなく鯉を見つけました
『居たわ!』
鯉は目を閉じ口を半開きにしています
そして鯉の胸ヒレには、クマの爪が今にも突き刺さりそうです
『鯉くん危ない!』
カルガモ母さんは急降下
クマの背中に爪を立てました
“ボョ~ン”
カルガモ母さんの足は水掻きするためのもの
鷲や鷹のように鋭い爪を持ちません
クマの背中でボョ~ンと弾き返されてしまいました
『イタタタ…でも鯉くんを助けなきゃ!』
カルガモ母さんは再び空に舞い上がると、狙いを定め急降下しようとしました
「待って、カルガモ母さん!」
のんびり屋の鯉くんが、カルガモ母さんを止めました
『?』
カルガモ母さんは空を旋回して様子を伺います
「カルガモ母さーん!
大丈夫だから降りておいでよー」
鯉は胸ヒレをパタパタさせて、カルガモ母さんを呼んでいるようです
少しずつ舞い降りてきたカルガモ母さんは、クマのいる川岸を避け、水面に降り立ちました
驚いた事に、鯉の周りを魚たちが泳いでいるのです
「やぁカルガモ母さん
心配かけてごめんね」
『鯉くん…ここにいるみんなは?』
「うん
さっき友だちになったんだ
彼はブルーギルくん
その隣がブラックバスくん
それから、そこのおっきいのがジャンボタニシくんだよ」
『聞かない名だねぇ…』
「あの川岸にいるのはアライグマくんだよ
さっきね、胸ヒレの裏側に付いたヒルを取ってもらってたんだ」
『アライグマ?
クマじゃないの?』
「そうだよアライグマくんだよ」
カルガモ母さんは、初めて見る生き物たちを眺めながら鯉と話しを続けます
「カルガモ母さん
ブルーギルくんもブラックバスくんもジャンボタニシくんも…
噛みつきカメさんだって、みんなみんな人間に連れてこられたんだよ
アライグマくんもそう…
人間が勝手に連れてきて、邪魔になったから山里に捨てられたんだって…
人間てヒドいことするよね」
『…』
カルガモ母さんは何も言えず、黙ったままみんなを見ていました
「カルガモ母さん、みんなと仲良くできるよね
この田んぼも小川も僕たちだけのモノじゃないんだもん
みんなで仲良く暮らせるよね」
黙って聞いていたカルガモ母さん
思いたったように話し始めました
『私たちは渡り鳥
この田んぼや小川は子育ての場
子供が大きくなったら飛び立ち、よその国に行くの
いろんな国の水辺にお邪魔しているけど
私たち渡り鳥を迎え入れてくれない水辺なんてないわ
みんな同じ水辺の生き物だもの仲良く暮らせるわ
アライグマさん、さっきは体当たりしてゴメンナサイね』
カルガモ母さんは勘違いしてアライグマに急降下したことを謝りました
「いいんだよ
仲間を守るためだって分かるから
ボク、鯉くんがうらやましいよ
一緒に泣いたり笑ったり…
命がけで助けに来てくれる仲間がいるんだもん…』
そう言うとアライグマは水に飛び込みました
『アライグマさん!』
カルガモ母さんはアライグマが泳げないと思い慌てて水掻きを動かしました
“ピョコリ”
水面からアライグマの顔が現れました
これにはカルガモ母さんもびっくり
「慌てん坊だなぁカルガモ母さんは…」
鯉くんもピョコリと水面に顔をだしニコニコして言いました
ブルーギルもブラックバスも噛みつきカメも水面からピョコリ
おや?
ドジョウにフナもピョコリ顔をだしてニコニコ
あれあれ?
嬉しそうに水面をピョンピョン飛び跳ねているのはタナゴです
子ガモたちも一列になって水掻きバシャバシャ
これを読んでいる皆さんは、もう気付きましたよね
みんなは鯉やカルガモ母さんが心配で、こっそりついて来たのです
それに、みんなの田んぼや小川だからみんなで守ろうと思ったのです
でも…
何でアライグマは水に飛び込んだのでしょう?
「ねぇねぇアライグマくん
何でお話しの途中なのに水に飛び込んだの?」
タナゴくんは不思議そうな顔をして、アライグマくんの周りをクルクル泳ぎ回ります
カルガモ母さんも不思議そうにアライグマくんの顔を覗き込みます
『やめろよぉ!』
アライグマくんは再び水に潜ると、みんなとは少し離れた水面に“ピョコリ”と顔を出しました
アライグマくんは泣いていたのです
捨てられた悲しみや、仲間がいる羨ましさや…
みんなが仲間として迎え入れてくれた嬉しさが、涙となって溢れだしたのです
アライグマくんは泣き顔を見られたくなくて水に飛び込んだのです
“かぷっ”
鯉くんがアライグマくんのお尻にチューをしました
『くすぐったい』
もうアライグマくんの顔に涙はありません
水辺の生き物たちは打ち解けあい楽しそう
「みんなー
何かあったの?」
水の底からヤゴの声がしました
《何でもないよー》
みんなは声を揃え言いました
田んぼの稲穂が垂れる頃
夕焼け色した秋あかねが空を舞います
みんなは、夕陽に溶ける秋あかねの紅が大好きです
だからヤゴでいる間はそっと見守ると決めていたのです
ヤゴはつまらなさそうに水の底をゴニョゴニョ歩いて行きました
みんなはクスッと笑いました
忘れられ去られた自然と飽きて捨てられた生き物たち
それでも彼らは生きる事を忘れません
外来種も固有種も活き活きと輝いています
『どうして生態系を乱しちゃったの人間くん?』
タナゴは不思議そうな顔をして、地球をクルクル泳ぎ回ります
おしまい
田んぼのアライグマ
生態系の乱れをあと一つ二つ書いてみます、が、壊された自然は元にはもどりません。