春ひ舞う夜月の光
設定が分かりづらいと思います。
これからもどんどんと設定が増えていきますが、読みやすくはしています。
舞台は幕末。
主人公は新選組隊士、男装主人公です。
登場人物設定は、あとがきに
ただ待っていた。
もう一度僕に振り向いてもらえる日を。
だけど……彼は違う人を選んだ。
彼女は紅(アカ)の世界を知らない穢れ無き人。
人に優しく、誰にでも好かれる女性。
僕は女であることを隠して刀を振るう紅に染まる、大人でもない……まだ子供。
違いなんて数えたらありすぎる。
曲がった世界を今さら戻す事なんて出来ないから。
「さようなら……土方さん」
目の前に立ちふさがるは、敵。
彼らが持つ銃身が全て僕へと向いている。
僕は自嘲気味に笑うと、刀を構えなおした。
カタッと手が震えたのは気のせいだと信じたい。
何を恐れることがあるのだろうか?
否、恐れることなどありはしない。
だって……大切な人のもとに逝けるんだから。
心残りなど、無い。
目に浮かぶのは銀色の髪をしたあの人ではなくて、真っ黒な髪をした土方さんだった。
最後に見た彼は、僕をちらりと見たまま何も言わなかった。
……心残りは、それだけかもね。
小さく笑うと、重たい心を隠すように飛び出した。
瞼が重たい。
体も重たい。
もう起き上がる気力すら躊躇われるほどだ。
だけど僅かに残された力を振り絞って瞼を押し上げた。
視界いっぱいに広がるは、桜の花びら。
今の季節は肌寒い冬だから、幻覚なのかもしれない。
そして桜の花びらの中で立つのは、彼の姿。
体の痛みと心の痛みは広がるばかりで、残像に向かって手を伸ばしたいのにもう腕すら上がらない。
誰かが僕の名前を呼んだ気がした。
……ついに幻聴まで聴こえ始めたか。
もう誰も僕の名を呼ばないことぐらい、分かっているさ。
分かっているから、僕は目を閉じよう。
もう何も感じないぐらいに疲れ切ってしまった。
広がる夢ぐらいは少しだけ心地よいことを願いながら、僕は誘われる眠りに吸い込まれていった。
涙が、零れた。
鬼の副長と呼ばれている筈の自分が、だ。
目の前で一瞬だけ目を開けた雲母は悲しげに微笑みを浮かべたまま、また目を閉じた。
安らかな笑顔を浮かべて。
俺は分かった。
雲母はもう二度と目を開かない。
どうして、どうしてこいつは全て自分で抱え込むんだ。
そして自分だけ先へ先へと向かっていく。
この小さな背中に、この小さな手に、一体どれほどのものを抱え込んできたのだろう……?
もう眠りについた少女からは何も聞くことが出来ない。
「すまねえ……」
冷たくなってきた手を己の両手で強く握り締める。
凛が傍に居ることは分かっていたが、俺は気にせず声を押し殺して泣く。
“自分が一番大切なものが分からないなら、気が付いた時に後悔するぜ土方さん”
原田と永倉が離隊するときに言われた一言。
あの時は気が付かなかったが、今なら痛いほどに分かる。
俺が本当に守りたいものは、すぐ傍に合ったのに……。
あまりにもすぐ傍にありすぎて、気が付かなかった。
失ってから気が付いては遅かったのに……!!!
「すまねえ……すまねえ、雲母……!」
もう起きない少女の体を起こして抱きしめると、彼女の服を己の涙で濡らしていった。
愛してる。
お前の傍で言うことが出来なくてすまなかった。
もっと早く言えば、未来は変わっていたのだろうか。
凛の隣で無表情に戦場へ送り出した俺を、お前はどんな風に見ていた?
後悔の念ばかりが押し寄せるが、俺は立ち止まれない。
まだやり残していることがある。
だけど……。
雲母の白い頬にこびり付く赤い液体を親指で拭ってやり、漆黒の髪をのけてやる。
この戦いで命を散らせたら、俺は真っ先に会いに行こう。
そしてお前に伝えよう。
「……愛してる」
これからも、永遠に。
だから先に休んでおいてくれ。
もう一度だけ彼女の体を力強く抱き締めた。
シリーズ「ピーターパン症候群」短編
春ひ舞う夜月の光
紅雲母(くれないきらら)……主人公。年齢:十五歳。新選組隊士。
土方歳三(ひじかたとしぞう)……新選組副長。元主人公の恋人。25歳以上35歳未満
河野凛(こうのりん)……土方歳三の恋人。主人公を嫌っている。成人している。
原田左之助(はらださのすけ)……新選組十番隊隊長。新選組離隊
永倉新八(ながくらしんぱち)……新選組二番隊隊長。新選組離隊