ひまつ部
この作品はまぜまぜのべる(http://www.mazenove.com)というサイトにてオリジナルキャラの企画より生まれた物を使用しています。
とはいえ、内容は特にあるわけではなくどこから読んでもなんとなく読める。どこでも切り上げられるスタイルを目指しております。
キャラクターが分かればいつでも読めるスタイルでしょうか。
ドタバタコメディを味わっていただけたら幸いでございます。
1. プロローグ
「――アンタ、今日からうちの部に入りなさい!」
放課後の教室。
艶やかな金碧の髪が窓から入る風にそっと揺られる。
翡翠の輝くような色をしたその瞳に吸い込まれそうになりながらも、華奢な身体をしたその少女は俺に言い放った。
紛れも無く目の前にいる少女はとんでもないほどの美少女なのは間違いないのだが、なんとも言っていることがおかしい。
このセリフさえなければ誰しも羨む絶好のシーンではないだろうか。
いやいやそんなことよりも、なぜこのようになったのかを解説せねばなるまい。
時は本日の朝にさかのぼる。
まだ春になりきれていない4月。
入学式やら始業式という春のメインイベントから1週間が経とうとしていたある日のこと。
俺と言えばいつもの平穏な日々を迎える支度をしていた。
いや、ただ朝が来ただけなのだが。
「お兄ぃちゃんっ! 朝だよ! 早く起きないとぉ…」
「うぅ… あと5分…」
意識がもうろうとする中、今ある欲求に身をまかせようとする。
「そんなこと言ってると、抱きついちゃうぞぉ! きゃぁっ?!」
言い終わるかどうかという時点で布団を剥がれ、俺の身体に思いっきりハグを仕掛けてくるコイツは妹の陽向。
ピンク色の少しうねりが入った髪の毛。中等部2年の割にはもう少し背丈もあってもいいのではないか、と思う小柄で華奢な身体。
「もう既に抱きついてるじゃねぇかぁ!」
抱きつく、というよりかは華奢な身体のどこにこれほどの力があるのかと思わせるほど見事な締め技。ベアハッグに近い何かを感じたがとりあえず命あってのものだ。
早々に起きることにし、平穏な日々を送るという俺の使命はなんとか護られた。
いや、自宅でこれってどうなんだ。
「なんだぁ、つまんないなー。朝ごはん起きてるから早く降りてきてね、お兄ちゃんっ」
ベッドがらスルりと抜け、満面の笑みで陽向は部屋を出ていく。
朝からテンション高けぇな。
とりあえず制服に着替えるべく寝巻きのボタンを外し始めた時に奇妙な視線を感じた。
「…陽向。覗くな」
「えへへ?、バレちゃあ仕方ないっ!」
「いやいや、だから入ってきてもダメだから」
テヘっと無邪気に笑いながら部屋の中に侵入してくる陽向。
何事も無かったかのように部屋へ入ろうとする陽向を追い出し、俺は制服へ着替えた。
「ごちそうさまでした」
「お粗末さまでした♪」
現在、俺は妹の陽向と2人暮らしをしている。
幼いころに両親が離婚して母親へ引き取られたのだが、その母親も陽向が小さい頃に他界した。
それ以降何だかんだで今に至る。
陽向がまだ小さい頃は俺が家事全般をやっていたのだけれど、最近は専ら陽向がこなしてくれている。
「よし、行くか」
朝のまったりとした時間を終え、俺たちは学校へ向かった。
俺達が通う学園はとてつもなくデカい。
幼稚園から高等部まで一貫しているという点、現在の教育基準を見直すべく独自に開発されたシステム。
完全寮完備、それなりなショッピングモールまで入っているという優れもの。
学園生活に集中できるように様々な配慮がされている。
とはいえ、俺達みたいに自宅通学のやつも多いみたいだけれど。
学園の敷地は寮エリア、学園エリア、購買部エリアの大きく3つに分かれている。
敷地内に入ってからでもそこそこ歩かなければ学園エリアにたどり着かないというくらい広いのだ。
それだけ人数が多いってのもあるんだろうけど。
「おはよう蒼空、陽向」
学園エリアへ向かう途中に子連れの女性と出会う。
いや、全員うちの学生だが。
ガーネットカラーに肩まで伸びたウェーブヘア。綺麗におでこの真ん中で分けられた前髪。
身長も高く引締った身体はいかにもスポーツ万能なイメージがある。
彼女は阿部 茄奈(あべ かな)。俺と同じ高等部2年である。
「2人ともおはよう! 今日も良い天気じゃな!」
ピンク色髪にツインテールな如何にも可愛い女の子、といったこの子はロリ・ベリング。
ロリは欧州生まれらしい。詳しくは良く知らないが、この学園の革新的な教育システムを体験すべく日本に住んでいる、と以前聞いたことがある。
話し方にジジィ言葉が混ざっているのが少々気になる初等部3年。
「おはようございます」
やや明るい茶色が混ざったようなショートヘアのこの子は桜井 春樹(さくらい はるき)。
名前だけ見れば男の子のようだがれっきとした女の子である。
後ろ髪を良く見れば、短いながらに小さく造られたポニーテールがなんだか可愛らしい初等部5年。
彼女達3人は学園の寮住まいである。
「みんなおはよう?」
「おはよう?」
俺達はいつものように挨拶を済ませ学園エリアに向かって歩いた。
「じゃあ今日も一日頑張ってこいよ」
高等部の校舎は学園エリアでも一番入り口側にあるので、最初に分かれる形となる。
「うん、がんばる♪」
そう言って陽向は俺の腕を離そうとはしない。
「お前の校舎は向こうだ。こっちは高等部だろ。毎日同じことをしなくてもいいだろうが」
「やぁだ! わたしお兄ちゃんと一緒に勉強する!」
「ロリ、はるたちは行こうか」
「そうだな、じゃぁみんな行ってらっしゃいだ!」
陽向がわけのわからない駄々をこね始め、一番遠い初等部の2人は早々に校舎へ向かって行った。
「陽向。別に一生の別れとかじゃないんだからさ」
「もし… もしだよ! 1限目に隕石降ってきて校舎が吹っ飛んだら!」
「ねーよンなもん」
「科学の実験で有毒ガス発生してみんなバタバタ倒れてしまったら! 教室入って椅子に座った瞬間に椅子が空へ飛んで行ったら! 魔王を復活しようとしてる悪の呪術者に捕らわれて! あぁっ、これが最後になるかもしれな――」
ペシッ
「あうっ」
陽向のおでこに軽くデコピンを一撃。
コイツの被害妄想は一体どこからやってくるのだろうか。
「飛躍しすぎた"かもしれない予測"はやめてくれ。そんなことが容易に怒られては安心して日常が過ごせないだろうが」
「全く蒼空の言う通りだぞ陽向。それに何かあれば私が蒼空を助けてやるから安心しろ」
陽向の頭にそっと手を添えなだめるように声をかける茄奈。
キーンコーン…
「っと、予鈴が鳴ったぜ、早くいかねぇと遅刻だ! じゃぁな陽向ー」
「あ、お兄ちゃん! もう… 行ってらっしゃいっ」
半ば強引に切り上げ俺と茄奈は自分の教室へ駆け出した。
教室へ到着し、毎日変わり映えのない生活。
授業を受け、休み時間は適当に過ごす。そんな変わり映えのない生活だけど俺は十分心地良かった。
呆気なく過ぎ去る時間。気がつけば6限目の授業が終わり放課後となっていた。
ホームルームを終え、各々の自由な時間が始まる。
それまで死んだような顔をしていた奴も、180度ひっくり返り命が吹き込まれたように輝きながら教室を去って行く。
はたまた、これから部活動に励む者も多い。
俺と言えば特に所属することなく、平穏な帰宅部を決め込んでいた。
特にやりたいものがなかった、というのが大きな理由だろうか。
「さて… と。陽向を迎えに行くか」
陽向は料理研究部に所属しているのだが、部活は週に2回。
部活がない時は一緒に帰宅するようにしている。
過去に一度だけ置いて帰ったら物凄く泣かれ、怒られたことはまだ記憶に新しい。
俺は放課後の教室から見える空を見ることが何気に好きだったりする。
特に夕陽を眺めていると時間を忘れてしまいそうになる。
夕暮れまでぼーっとしていたい気持ちを押し込め、俺は鞄を手に取り教室を出た。
廊下を歩き始めてすぐに俺はある異変に気がついた。
いや、気が付くべきではなかったのだが。
校舎1階の多目的ルームで一人の少女が何かをしているのを見つけてしまった。
その姿はあまりにも滑稽だったため、俺は不覚にも足を止めてしまった。
その少女は制服の上から黒いマントを羽織り、よくわからない棒を振り回し床にはチョークで丸い円をした模様を書いている。
「さぁ、魔王ゴルベリオスよ! アタシの魔力を喰らい世界に混沌と破壊を!」
耳を塞ぎたくなるようなセリフを叫んだかと思うと、もう目をつむりたい世界へ突入した。
彼女は自らの口でしゅばばばば! だの、ゴゴゴゴゴだの擬音をわめき散らし何かの儀式を行っているようだ。
その姿はあまりにも痛々しかった。
「くっ… 何が足りない! アタシの魔力だけでは不服だというのか!」
物凄くツッコミたい気持ちを抑え、俺はその場から立ち去ろうとした瞬間――
彼女と視線が合ってしまった。
「…!」
あ! という表情をするとともに、満面の笑みで俺の元へ駆け寄る彼女。
と思いきや、腕を強引に掴まれ俺は多目的ルームへ引きづり込まれた。
「な、何すんだよいきなり!」
「ウフフ… アンタ見たわね… この魔王復活の儀式を見たわね!」
「見る見ない関係なく、校舎入り口傍のこの部屋で窓全開でやってれば嫌でも目に付くだろーが!」
「――!」
一瞬物凄く衝撃が走ったような表情をする彼女。
なんだよ、気がついてなかったのかよ。
「ア、アタシとしたことが何たる不覚… しかし、今はもうどうでも良いことだ。なんせ生贄が手に入ったのだから」
「は?」
まずい、この女完全にイカれてる。まさか陽向の言ってたわけわからんことが現実に…
って、そんなバカな。
「さぁ、名もなき無様な男よ。その身体を持って魔王ゴルベリオスの血肉となるがいい!」
妖艶に光る彼女の瞳に妖しくつり上がった口元。そしてゆっくりと俺の元へ近づいてくる。
「いや、ちょっと待て」
だが俺も黙っちゃいられない。そもそもなんだよ魔王復活って。コイツ本気で頭ヤバイんじゃないだろうか。
「なぁ、そもそもお前は何をしてるんだよ。目的は何だ?」
とりあえず彼女の行動を少しでも制止しないと面倒なことに巻き込まれそうだ。
「何って、はぁ? アンタ見てわかんないの? さっきも言った通り魔王復活の儀式よ。面白そうでしょ?」
「じゃぁ逆に問うぜ。魔王ってなんだよ。存在すんのかよ」
鳩が豆鉄砲喰らったかのようにキョトンとする彼女。かと思えばすぐに表情は戻り
「ククク… 何を言うか。アタシが昨日プレイしたフォイナルフォントジィによるとクリスタルの力が弱まり封印されていた魔王が復活する、とあったわ。これはチャンスなのよ!」
「…」
あぁ、頭痛い。そして、俺をこの場から解放してくれ。
コイツの頭の中はどうなっている。とてもじゃないが理解できん。
「あのなぁ、それはゲームの話だろ!」
「んん?」
本日2回目の鳩が豆鉄砲(以下略
ようやく会話が通じるようになったというか、俺と彼女の間にあった大きな隔たりが氷のように溶けて言った。
何とか説明できる部分まで話ができたので説明しよう。
彼女はティア・シード。残念ながら俺と同じ高等部2年。
最近退屈だったので、流行っていると噂を聞いて購入したフォイナルフォントジィというRPGゲームに衝撃を受けたそうだ。
始めのオープニングムービーで魔王が復活することを知った彼女は、その魔王をなんとか手懐けようと考え復活の儀式を考えたそうだ。
ちなみに復活の儀式はインターネットの某巨大掲示板3チャンネルからの情報らしい。
とりあえずその話は全てガセであること、ゲームはゲームであることを伝えた俺。
しかし、返ってきた言葉はなんとも卑劣なものだった。
「はぁ? 現実と空想の境目がわからないわけないでしょう? アンタバカじゃないの? 魔王なんているわけないじゃない、そんなの分かってるわよ。アタシはただ暇つぶしをしていただけ。暇なのよ最近。アンタ見てると余計暇に思えてくるわ」
「だから最初から言ってるだろうが! 暇ならなんか部活でもやりゃぁいいじゃねーか」
いつの間にか俺が痛い子呼ばわりされているのだ。
そして暇を俺の所為にし始めるという。コイツ、一体何なんだ。
「部活なんて面白く… 部活…」
険しかった表情が一変して何かを思いついたかのように変貌する。満面の笑みへ。
「そうよ! 部活よ! アタシ、どうして思いつかなかったのかしら!」
羽織っていた黒マントを脱ぎすて、ティアは窓辺から夕陽を眺める。
そして振り向き様に彼女は俺に向かって
「――アンタ、今日からうちの部に入りなさい!」
これが冒頭で語った今日の経緯である。
2. 部員勧誘
「お兄ちゃん! 今日放課後どこ行ってたの!」
いつもより2時間ほど遅く帰宅いた俺に待ちうけていたのは爆発した陽向だった。
「わ、悪い。急きょ予定ができちゃってさ。連絡できずじまいになっちゃって」
「わたしをほったらかすほどの大事な用事なんてこの世に無いはずなのに!」
陽向がわんわんとわめき散らす。
あぁ、こうなるともう手が付けられないんだよな。
「あー、悪かったから! 兄ちゃんが悪かったから! 1つなんでも言うこと聞いてやるからさ! なっ? 機嫌直してくれよ」
「なん… でも…?」
「あぁ、なんでも聞いてやるから、な?」
ぶぅっとした表情から見る見るうちににこやかになって行くと思いきや、くるりと俺に背を向け不敵な笑い声が聞こえ出した。
「お、おい陽向…?」
そっと顔を覗き込もうとした俺は陽向の不敵な笑顔を直視できなかった。
こいつは一体何を考えてんだか。
晩飯を済ませ、ゆっくりと風呂に浸かる。
何だかんだで今日は疲れたわ。
「…部活、か」
俺は放課後ティアに言われたことを思い出していた。
「――アンタ、今日からうちの部に入りなさい!」
「って、なんだよ急に! それに部活ってなんだよ!」
明らかに思いついたような発言に俺はツッコミを入れざる終えなかった。
「何って、部活よ。暇つぶしをするための。そうね、暇つぶし部だから… ひまつ部ってのはどう? ちょっと可愛いじゃない」
「可愛いとかそういう問題じゃなくて! 明らかにまだ部として設立してねぇし、俺はそんなものに入るつもりはない」
こいつの思考は一体どうなっているんだ。俺の話を全く聞いちゃいないな。
「部の設立ね! その辺は任せておいて! また明日の放課後この部屋に来ること! 良いわね! 来なかったら、放課後人気のない部屋でアンタがアタシを襲おうとしたって言いふらすからね!」
「おぃ、全部デタラメじゃねぇか! そんなデタラメに誰が信じるってんだ!」
「じゃぁ試してみる…?」
胸元のリボンを緩め、スカートのチャックを降ろし始めるティア。
表情を潤わせ、ほほを少し染める。上目使いに腰を降ろし始める。
「お、おい… 一体何を」
「ふふ、この乱れた服装の状態でアタシが叫べばどうなるかしら」
「だから、それは! ――っ」
ニヤリと黒い笑顔を造るティア。
いくらでっち上げとはいえ、放課後の誰もいない部屋、乱れた服装の女の子。
これじゃぁ確かに俺の方が圧倒的に不利である。
っつーか、これ完全に脅しじゃねーか!
「わぁーったよ! 明日も来るから服戻せよ!」
「それでよぉし! 女の子には優しくしなきゃね☆」
ニコっと微笑みながら立ち上がるティア。
ぽすっ
チャックが降りたまま立ち上がった彼女。見事にスカートだけがずり落ちた。
「――え?」
「ぎゃああああああああああああっ」
気がつくと俺は宙を舞っていた。へぇ、人間も空飛べるんだな…
そんなくだらないことを考えながら俺は彼女に殴り飛ばされた。
「まったく、油断も隙もありゃしない!」
「っー… って全部お前の不注意だろうが!」
「うるさい! 理由はどうあれ乙女のスカートをずり下ろすなんて!」
「いや、もう訳わかんねーし! お前が勝手にスカート降ろしたんだろうが!」
「アタシの身体が目的だったのね! なんて卑劣な!」
何これ、もう反論する気も無くなるよ。
「とりあえず、明日の放課後にまたきなさいよ! このスケベ!」
彼女の破天荒ぶりに振り回されつつ、俺は翌日もここへ来る約束を取り付けられてしまった。
俺の平穏な日々よ、カムバック…
「…」
なんか思い出すだけで腹が立つな。
俺はティアに殴られた脇腹を押えながら、黄色い縞模様を思い起こした。
いや、違う。決して見たかったわけじゃない。見えたものは仕方ないんだ。
これは不可抗力なんだ。
くだらない自分自身への言い訳を考えながら夜は更けて行った。
翌日の放課後。
ホームルームを終えた俺は、約束通り多目的ルームへ向かう準備をしていた。
今日ものんびりと夕陽を見れそうにもないな。
机の中の教科書類を適当に鞄へ詰め込み、俺は席を立とうとしたその時――
目の前にはティアがいた。
「さぁ、いくわよ!」
「ちょっ おま、急になんだよ!」
彼女は俺の腕を引っ張りながら教室を後にした。
「蒼空! アタシ達に足りないものは何!」
「何を唐突に…」
急にやってきたかと思えば、無理やり多目的ルームへ引っ張りこんだと思えば、俺達に足りないものとか言ってくる始末。
しかしがっちりと掴んだ俺の両腕は離してくれそうにもない。
「とりあえず落ち着け。ンで何があったんだ」
「落ち着いてるわよ、バカ! アタシはいつだって冷静沈着。そう、それは真実はいつもひとつのように!」
ごめん、もう訳がわからん。質問した俺がバカだった。
余計なことは言わずにコイツの赴くままにさせてやろう。遠回りなようだが、これが近道な気もする。
激しく残念ではあるが。
「足りないものって、部活の事だろ? 正直足りないものだらけじゃねーか。部室もねーし、部活の目的も危うい。それに顧問やら他の部員だっていない。そのあたりは考えあっての行動じゃなかったのかよ?」
「ぐっ…」
ややたじろぐティア。てか、その辺考えてなかったなコイツ。
コイツに任せておいていいのだろうか。何事もそうだが、俺は中途半端なことだけは嫌いだからな。
やるからにはしっかりとやらせてもらう。
「も、もちろんそのあたりは考えてあるから大丈夫よ! それよりも、まずは部員を勧誘しないことには始まらないじゃない!」
「要は部員募集の話だな。それだったら勧誘ポスターがあるだろう。各校舎の入り口すぐに大きな掲示板があるからそこへ貼りつけておけばいいんじゃないか?」
この時期は新規部員募集が目立つからな。
早いこと動かないと部員が有名どころに持って行かれる恐れがある。
「なるほど、ポスターね! 任せておきなさい! 明日までに作ってくるから。そのほかのことも任せておいて! じゃあ今日はこれにて解散よ。忙しくなるわよー!」
言い終わるかどうか、という時点で多目的ルームから出ていくティア。
もはや彼女のやりたい放題である。
「まぁ、自分でまかせとけっていうくらいだしな。明日、結果がわかるだろう」
気を取り直して俺は帰路へ付いた。
今日は陽向は部活動だったな。こういう迎えに行けるときに限って、都合が合わなかったりするもんだよな。
そんな割とどうでもいいことに思考を巡らせつつ俺は学校を後にした。
翌日放課後。
案の定、溢れすぎて困りますと言わんばかりの笑顔が目の前にあった。
「ティア、ホームルームはどうした?」
「そんなのどうでもいいわ! さぁ行くわよ!」
俺のクラスのホームルームも始まっていないというのに、ティアは俺を多目的ルームへ連れ去ろうとする。
「だから待てって! ホームルームの10分くらい待てよ!」
「そんなこと言ってると一昨日のことここで叫ぶわよ…」
おいおい、完全に俺弱み握られてんのかよ。無茶苦茶だなコイツ…
ティアの暴走加減に一握りの不安を覚えつつも、彼女の目的は分かっていた。
仕方なく俺は彼女に従った。
ホームルームの10分くらい急いだところでどうなるってんだよ。
「蒼空、これを見て!」
「お、おぉう」
ティアがテーブルの上にどん、と一枚のポスターを広げる。
「ひもう部… んと、読めねぇ。 って、なんだこれは!」
そこには幼稚園児が書いたようなイラストと恐ろしく汚い文字が書かれてあった。
これをティアが書いたとでもいうのだろうか。どうでもいいはずなのに、なぜか同情の気持ちが大きく芽を咲かせる。
「何って、部員募集のポスターよ! 我ながら力作だと思うのだけれどどうかしら?」
えらく自信満々に広げるティアであったが、どうもこうもない酷過ぎる。
どこからこの自信が生まれるのだろうか。
「ティア… 悪いがこれじゃぁ逆効果な気がするぜ」
「何がよ! 暇を持て余し青春を無駄にしている生徒への熱いメッセージが込められているのよ! アンタにはその熱い想いが伝わってこないわけ!?」
はぁぁ、と失望したと言わんばかりの大きなため息。
いや、むしろこっちがお前の画力と字の汚さにがっかりだよ。
「とりあえずこれじゃ無理だって。まず、なんのポスターかわからん。せめて文字だけでも読めるようにしようぜ」
「ちょっと! まるで字が汚すぎて読めないみたいな言い方はよしてよ!」
…だからそう言ってるんだってば。
「そんなにこの神の力作に文句つけるなら、アンタが作ればいいじゃない! 明日までに作ってきてよ! アタシ、他にやることあるからもう帰る!」
笑ったり怒ったり忙しい奴だな。
捨てゼリフ的なものを吐き捨て、ティアは多目的ルームから姿を消した。
「っつーか、俺が作んのかよ…」
この日も陽向との約束を忘れポスター作りで帰宅が遅くなてしまった。
帰宅した俺を待ち受けていた陽向については敢えて説明しなくてもよいだろう。
翌日の放課後。
俺は仕上げたポスターを持ち多目的ルームへやってきた。
自分で言うのもなんだが、結構良くできていると思う。
「へぇ、なかなかやるじゃない。蒼空はこういう雑用に向いているわね! 採用!」
「終始上から目線はやめてくれよ。結構大変だったんだぜ、これ作るの」
「よし! 早速貼りに行くわよ!」
なんとか俺の苦労を分かってもらおうと説明をしようとするもあっさりと受け流される。
かくして、俺達2人は部員募集のために各校舎の掲示板へポスターを貼り出した。
さて、これで部員がやってくるのだろうか。
俺の努力が無駄にならないことを祈るばかりである。
そんなポスターを貼りだした翌日放課後。
入部希望者がやってくるかもしれない、ということで俺とティアは2人して多目的ルームへ籠っていた。
「蒼空! どういうことなの! ちゃんとポスターは貼ったの! なんで誰も来ないのよ!」
「いや、ポスターを貼ったのはティアだろうが。俺はポスターを運んだだけだろうに」
放課後に入ってから30分が過ぎようとしているが、一向に誰も来る気配はない。
イライラが溜まってきたのか、さっきから執拗に大テーブルの脚をけり続けているティア。
頼むから大人しくしてくれよ。
いい加減、コイツとの2人きりに耐えがたくなってきたそんな時。
「ティア! ロリがきてやったぞ! もう安心だ! ついでにはるも持ってきたぞ!」
初等部3年のロリが溢れんばかりの笑顔で多目的ルームの入り口を開け放つ。
入部希望者の登場にティアの表情もほころび、そして満開の花が咲く。
「でかしたロリ! さすがはロリだ!」
「ティア! もっとロリを褒めてくれ!」
ぎゅっと抱き合う2人を横目に一緒に連れてこられた春樹は涼しい顔で傍にあった椅子へ腰掛ける。
「はるも大変だな」
「いえ、蒼空先輩ほどではありませんよ。今朝、登校したら掲示板にティア設立の部員募集の貼り紙を見つけてしまってから、今日一日大変でしたけれども」
「ははは…」
春樹も結構大変なポジションにいるな、と感じつつ俺と似た何かを感じ親近感が沸いていた。
「あぁっ ティア! ここではちょっと! あぁっ」
「ロリ… 可愛い子ね。おねーちゃんがゆっくり愛撫してあげるから力を抜くのよ…」
「って、こらぁ! お前ら何をやってる! つーか、なんでそうなる!」
春樹に親近感がわき、ポスターの効力もあり少し落ち着いていたところで次はこれか。
ティアとロリの暴走が留まることなくそのまま進行しようとしていた。
とてもじゃないが健全な学園生活を送ろうとしている俺の目の前で行われてはいけない行為だということは目に見えている。
「「…ちっ」」
金髪と桃髪の2人は俺を一瞬見てから大きな舌打ちをする。
いや、聞こえてますからねお2人さん。
「ところで――」
春樹が何か言おうとした瞬間、けたたましい足音と主に多目的ルームの入り口が開かれた。
「お… おにぃ… ハァハァ、お兄ちゃんのぶっ… ぶ、部活なら、ハァハァ、わたしも… 入る!」
そこには息も絶え絶えに目が血走った陽向の姿があった。
陽向のその表情は俺の知らないおぞましいものだった。
3. ひまつ部設立の道
「あぁ、今日も無事一日が終わったな」
「そーーーらーーーーぁぁぁ!」
ホームルームが終わり、今日も無事学園生活が終わりをつげのんびりしようとしていた矢先のこと。
この平穏で心地よい雰囲気をいとも簡単に破壊する騒がしい声。
そう、ひまつ部部長ティアである。
「なんだよティア。俺の平穏な放課後に付け入るとは――」
「ちょっと来て、一大事よ! 多目的ルームが使えないの!」
ティアに引きづられやってきたいつもの多目的ルーム前。
部屋の入り口にはしっかりと施錠されていたのである。
「ねぇ、これどういうことよ! 何者かの陰謀ね! アタシが活躍することで何か不都合でもあるのかしら…」
「いや、むしろ特別教室は施錠されてるだろ。いつも開いてる方がおかしい」
「な、なんだって!」
初耳です、寝耳に水です! ザ・青天の霹靂! と言わんばかりの激しい「なんだって」を聞いたのはこれが初めてかもしれない。
それよりか、そんなことも知らないティアの方が残念で仕方ない。
「じゃぁ、アタシ達はどこで部活をすればいいわけよ!」
「いや、お前部の申請したんだろ? 部室棟に部屋がもらえてるんじゃないのかよ」
なんか嫌な予感がするが、部長であるこいつにまかせっきりな俺も悪い気がして、とりあえず質問から始めてみる。
そう、頭ごなしにモノを言うのは良くないのだ。
「部の申請? それなら校門傍の植木を伐ってるおっちゃんに部活やるよ! って伝えたけど。他に何かすることあるのかしら?」
平然とそう言い放つティアに俺はこの先の行く末が本気で心配になった。
お前、本当に何も知らねぇのか。大丈夫か? っていうかそれ先生じゃねぇから。
「あ、お疲れさまでーす。って、部室に入らないんですか?」
いろんな意味で心配になっていた矢先、問題の火種ロリと何かと頼りになる春樹がやってきた。春樹が疑問を投げかけるも、当然鍵の掛かっている多目的ルームへ立ち入ることはできない。
「あ?、実はな…」
俺は簡潔に現在置かれている状況を説明した。
春樹はあ?… と言わんばかりにジト目でティアを見つめる。
対象的にロリと言えば
「確かに、部の申請のやり方など知る由もないな! ティアは全力で頑張ってくれたんだ、誰も責めるようなことはしないぞ!」
「ロリ… ありがとう!」
とまたもやぎゅぅ?と抱き合う始末。
もはやなんでもいいから抱き合う口実が欲しいだけだろうお前ら。
とりあえず部の申請が完了してないとなると話しは大きく変わってくる。
「とりあえず、部活の申請をしなきゃな。どうせ顧問の確保もできてないだろ」
「顧問ってなによ!」
半ば逆切れ気味に返される。俺、何か間違ってるか? なぁ、間違ってるか?
「このままだと部活できないだろう? 部の申請して顧問見つけて部室もらわないことにはどうしようもないだろうに」
「じゃぁ、アンタやってよ。ひまつ部雑用! 腕の見せ所ね!」
おいおい、結局俺がやるのか。
なんとなく予想はしていたとはいえ、実際にやるのは面倒でもある。
だが、しかし! これを断るとあとあと更に余計なことになるのは間違いない。
俺に選択権など存在しなかった。
「あ、津村井先生だ」
廊下の先に一人の男性教師がこちらへ歩いてくる。
春樹が情報によるとこの先生は津村井 仁(つむらい ひとし)。特定担当科目は数学らしいが、基本なんでも行けるという万能先生。
そして、特筆すべき点としてはスラリと細身ではあるものの、スポーツマンさながらのしなやかな肉体美。つまり引き締まっている、ということ。更には面倒見もよく性格が非常に温厚で優しくて頼りがいがあるという。そして何よりもイケメンという、3拍子揃ったオールマイティな教師らしい。
当然ここまで完璧だと女子生徒のみならず、他の女教師や生徒の親からも絶大な人気があるという。
男からすればちょっと嫌な気もするが、特に関わりのなかった先生なので俺は初見だった。モテる男か…
「津村井せんせ。津村井せんせ」
「あ、君は初等部の桜井さんだね。どうかしたのかい?」
春樹がたたたっと津村井先生に駆け寄る。
笑顔で春樹と目線の高さを合わせるその仕草はなんとも自然だった。
「せんせー、うちの部活の顧問してくれませんか?」
「ごめんねぇ、僕は今顧問を掛け持ちしているからこれ以上はちょっと厳しいかなぁ」
「そうですか… 忙しいところすいません。ありがとうございました」
残念、という表情の春樹。申し訳なさそうに立ち去る津村井先生。
いともあっさり断ってしまうものなのか。大抵、あのケースだと引き受けてくれそうな気もするが。完全と呼ばれるイケメン先生も、蓋を開けてしまえばそれほど完璧ではないんだろう。
…って、俺は何を考えてんだ。
「へぇ、人気がある先生ねぇ… みんな、ちょっと待ってて!」
「ティアどうしたのだ?」
「あの先生を顧問に引き込めば、うちの部活の注目度は間違いなく上昇するわ! 面白くなりそうだから、アタシが直談判してくるわ、任せておいて!」
ロリの疑問にニヤリと笑みを浮かべ津村井先生の後を追うティア。
俺は言い知れぬ不安が胸をよぎったのでこっそり付いていくことにした。
職員室に入ったティアはすぐ目の前で足をとめた。
どうやら津村井先生のデスクは入り口から近い場所にあったようだ。
これなら廊下にいても会話が聞こえるな。なんか盗み聞きみたいで嫌だけれど。
「ねぇ、津村井せんせ?」
「君は高等部2年のティアさんだね、どうしたんだい?」
どこから声出しているのか分からないような甘ったるい声のティア。
普段の声からはあまり想像がつかないほどのブリっ娘ぶりに驚いた。
「アタシね、今新しく部活動を立ち上げまして… 顧問を探しているんですけれど、なかなか見合う方が見つからなくて… 津村井先生お願いできませんか?」
「ティ、ティアさん。さっきも桜井さんに断ったように僕はちょっと無理だよ。これ以上増やしても、顧問が務まりはしないよ」
「…せんせぃっ アタシ、この部活に残りの学園生活をかけているのです! 何が足りないのでしょうか!」
「いや、足りないとかではなくてね」
なんとなくだが、どんな感じでお願いしているのかが想像できるところが悲しいところか。
「わ、わかりました… そこまでおっしゃるのでしたら、せんせーが満足するまでアタシ… その…」
「ちょ、ちょっとティアさん! 何を!」
「うおっほん! 津村井先生! これはどういうことですか!」
おや? 何やら職員室が騒がしくなってきたな。ちょっと覗いてみるか…
ってぅぇ! うぉい! アイツ何やってんだ! なんで上着脱ごうとしてんだよ!
「ティアさんも何をしているんだ! 教師をからかうのもいい加減にしなさい!」
「…はぁ?い」
津村井先生とは別の先生に叱られるティア。当然と言えば当然の結果である。
つーか、職員室て色仕掛けとか何考えてんだ。
「せんせェ…」
恨めしそうな声を吐きながら職員室を出るティア。
少し頬をピンク色に染め、潤んだ瞳をしている彼女ではあるがその表情は物凄く不機嫌である。
こういう表情ってなんて表現したらいいんだろうな。
「お前はバカか!」
「ったいなぁ! 何すんのよ!」
コツン、と頭を小突く。今後こういうことが無いように釘をさしておかなきゃいけないな。
全く、俺の平穏な学園生活を返せよ。
「職員室で教師に色仕掛けをするやつがあるか! お前もう少し考えろよ!」
「アタシなりに考えた結果よ! じゃぁ顧問どうすんのよ!」
「お前、自分に任せとけって言ってただろうが…」
もはや責任転嫁、自己中、逆切れなんでもありなのだろうか。
無駄に床を踏みこむティアを横目に、俺はロリと春樹がいる多目的ルーム前まで戻ることにした。
多目的ルーム前に戻ると、ロリと春樹以外に見慣れない女性が立っていた。
歳は30代半ばといったところか。もう少し幼く見える気もするが、栗色の真っ直ぐに伸びた髪にスーツ姿。いかにも仕事ができますといった眼鏡。あれ、この人…
「ティア! たまちゃんが顧問してくれることになったぞ!」
「ロ、ロリ! 田牧理事長でしょ! すいません、すいません」
「なぁに良いって! 他ならぬロリちゃんの頼みとあればぁ、この田牧亜実(たまき つぐみ)全身全霊を込めてお相手致す!」
「な、なに! ロリ、でかしたわああああ!」
な、なんなんだこの展開は。つーか、この人が理事長って… やばい、この学園かなり危険な気がする。
「つまりだな、多目的ルームの前で困り果てていた時にたまちゃんが通りかかったというわけだ!」
「いや、全然意味わからんから! 田牧理事長、詳細を教えていただけますか?」
ロリの説明は何というか大事な部分が飛び過ぎていて説明の"せ"の文字すら遥か宇宙に感じるほどの残念な語りだった。
いや、この子に説明させた俺が悪いんだ。そうに違いない…
「そおだねぇ?、簡単に言えばロリちゃんはうちの学園にとっても非常に重要な子なの! 彼女の母国は小さいながらに文化を非常に重んじる国でね、日本の文化を学ぶためにうちへ来ているのさー! あはっはっはっは」
目を覆いたくなるような説明だった。
理事長までもがまさかここまで残念だとは思いもしなかった。
「えっと… はるが説明するね。ロリは母国の産業文化を発展させるために日本文化を学びに来ているんだ。向こうでは室内娯楽が主に発展していて、その娯楽に目を付けたのが日本のアニメやゲームといったもの。これらの技術は日本がトップクラスだからね。その技術を学ぶべく日本へ滞在しているのだけれど、まだまだ学習もしなくてはいけない年齢なので、どうせなら日本の教育システムにも触れておこうって話しらしいよ」
あぁ、春樹ありがとう。今日ほど君を頼もしく思えたことはない。
そしてロリという人物も少しわかった気がするよ。
「で、そのロリを任されているのがこの学園。つまりこの学園の理事長はロリの機嫌を損なうわけにはいかないってことだよね。結局はお国絡みの問題さ…」
「おぉう…」
なんかだんだんブラックな表情になって来てた気がするのは見なかったことにしよう。
「別にロリの機嫌を取ったからどうだとかはないぞ! たまちゃんとは熱く語り合った同志なのだからな!」
「やっだぁロリちゃんてばっ」
関わりたくない、この人たちに関わりたくない俺の平穏な日々を返してくれ…
俺のささやかな願いは当然聞き入れてもらえるはずもないが。
「いいとこのお嬢様ってのは聞いてたけどまさかそこまでだったとはね! ロリ、やるじゃない」
「ティア! もっと褒めてくれ! ロリは褒められて伸びる子だ!」
「仕方ないわロリ… アナタのそのロリロリなボディを隅々ま――」
ぱちこんっ
「ったぁーい! 何すんのよ!」
「いいからそういうのは見えないところでやってくれ」
この2人を野放しにしておくことの方がよほど恐いわ。
暴走を始めようとしていたティアのフラグを根本からへし折るため、後頭部にチョップを入れ事なきを得た。
「ですが田牧理事長よろしいのですか? 理事長が顧問だなんて…」
「もー、たまちゃんでいいよっ! それに顧問になるって言っても一時的によ。ちゃんと替わりの先生を探してくるからそれまでの間ということで。部として設立してないなんてちょっと可愛そうじゃない」
い、意外によく考えているというか… 良い人だな理事長。
「とりあえず手続きに必要なものは揃えて渡すから今日は大人しく退くのよ! オズファルトの遠征軍が来る前に! あぁっ オズファルト! まさか君が私達を裏切るなんて! でも私は決して諦めは――」
まぁ何だかんだで部活として設立できそうなのでよし、とするか。
あの後延々とオズファルトだのシルヴァラードだのエルウイルスだの謎の単語を連呼しつつ田牧り… たまちゃんとティア、ロリの3人は痛々しい会話に花を咲かせていた。
特にやることも無いと感じた春樹は早々に寮へと戻っていた。
結局、ティアは部活の設立に関して全く役に立たなかったな。
俺、振り回されただけじゃねーか… あぁ、もう疲れた。今日はさっさと寝よう。
ひまつ部設立への壮大な物語が今ここに完結した。
4. 部活動
「さぁみんな! 部室を有意義に使うにはどうすべきか考えるわよ!」
ティアの威勢良い声が部室に響き渡る。
俺達ひまつ部の部室は約10畳とそこそこ広い。
少し縦長の長方形の形をしているが、妙な出っ張りも無く使いやすそうな感じである。
俺達5人は空っぽの部室を舐めまわすように見つめる。
いや、訂正しておこう。舐めまわすように見つめているのはティアとロリの2人だ。
「ティア! この部室には何もないぞ! これではくつろげない!」
部室なのにくつろぐのかよ。部活はしないのかよ。
「そうね、とりあえずはテーブルなんかは欲しいところだけれど。暇つぶしをするための部屋と考えれば…」
「おいティア! 部室なのに暇つぶしをする部屋ってどういうことだよ?」
「アンタバカぁ? 暇つぶしをする部活なんだから、部室は暇つぶしをするためのものが揃ってなくちゃ意味ないじゃない」
なぁ、それでいいのか? 本当にそんな部活でいいのか学園!
「はるはたくさん本を読みたい。だから本棚が欲しいな」
ぼそりと呟く春樹。どうやら俺と考えていることは同じものの、部室を目の前に自分の欲求には勝てないようだ。
「ロリはゲームがしたいぞ! だからテレビとゲームを持ってくる! あ、快適にプレイするには絨毯やソファーなんかも必要だな!」
「そうね、あとはお茶菓子を用意できるようにしておかないとね。不意の来客にも対応できるように!」
おい、絶対違うだろ。ゲームしながらお菓子食べるつもりだろ!
「お茶菓子用意できるようにするんだったら、簡易的なキッチンが欲しいなぁ。ほら、お湯沸かすのに必要でしょ? あとお腹すいた時にちょっと炊事できると便利かも!」
お、おい陽向までなんという…
「よぉし、必要なものはなんとなく出揃いそうね。ロリ、お願できるかしら?」
「ティア! ロリにお願いするのか! ロリが任されてもいいんだな! ロリ頑張るぞ!」
「うふふ、いい子ねロリ… 全部ちゃんとこなす事ができたらおねーちゃんが――」
ぺしっ
「あだっ」
「だから見えないところでやれと言ってるだろう!」
もはや恒例行事となりつつあるティアとロリの暴走フラグをへし折る。
そして、2人の物凄く不満な視線を全身に浴びながらリストを作成する俺。
「お兄ちゃん何してるの?」
「用意するものがある程度決まったんなら、リストに書き出しておく方がいいだろ? 買いもれが無いようにしたり、買いすぎたりしないようにだな」
小さい頃から何かと自分達で生活しなくてはいけなかったためか、こういったことに関しては同い年のやつらよりしっかりしているつもりではある。
無駄遣いはできないしな。無駄遣い… 待てよ、この部の予算は…
「なぁ! この部活の予算とかどうなってんだ? みんな好き勝手に欲しい物言ってるけどさ」
「なぁに、気にするな。ロリが全て用意する! ティアに任されたのだ! 蒼空は黙って買い物リストを作り上げればいいのだ!」
こ… コイツ… あぁ、いかん。これでも一刻の王女様なわけだ。下手な行動は慎んでおこう。いつ足元すくわれるかわからんからな。
とりあえず、部の予算とは関係なく個人的に持ち込むのであれば別にいいだろう。もう、知らねえよ俺。
「ロリ。とりあえずリストを渡しておくな。まだ足りないものとかあれば随時入れて行けばいいだろうし」
「よし! じゃぁ早速準備してくるぞ! ティア、一緒に行こう!」
「そうね、部長たるアタシがいなくてはどうにも始まらないからね。じゃぁ雑用、後は頼んだ!」
「へいへい」
2人はきゃっきゃ黄色い声を上げながら部室を出て行く。
ふぅ、ようやく静かになったか。もう雑用呼ばわれでもあまり気にならなくなったな俺…
「どんな部室になるんだろ、ちょっと楽しみだなぁ」
陽向が瞳を輝かせながらくるくる回っている。
「今日のところはこんなもんだな。活動もまだできないし帰るか」
俺達の部室一日目は難なく終えた。
翌日の放課後、ひまつ部にて。
俺は目を疑った。昨日まで何もなかった部室とは思えない変貌ぶりなのである。
床に敷かれた絨毯、どう見ても座り心地の良さそうな高級ソファー。壁一面が画面なのか、と思わせるほどデカいTVモニター。傍には大きな棚が並びティーセットやらゲーム機やらが整頓されていた。
小さいながらに給湯室も設置され、その傍には大きなテーブルがある。この大きさなら部員全員が座っても余裕の大きさである。
「なんじゃこりゃぁ…」
「蒼空、何を突っ立っておる。中に入れんではないか」
ロリが平然とやってくる。部室の変貌についてロリから聞いていたのかわからないが、春樹も部室の中をしきりに覗こうとしている。
「わ、わりぃ」
とりあえず部室に入り、身近にあったイスへ腰掛ける。
ふかふかのソファーにぴょんと飛びこむとロリはゴロゴロし始めた。
「どうだ蒼空! なかなか快適な部室になったであろう! ちょっと部屋が狭くて置ける家具が限られてしまったが、まぁこればかりは仕方ないな!」
「ロリ、やればできる子… ナイスっ」
春樹といえば窓際の椅子に腰かけ、女性向けの雑誌をペラペラとめくっている。
「へぇ、なかなかいい部室じゃない!」
部室のドアがガラリと開ける前から声が聞こえた気がする。
騒々しい部長さんのお出ましだ。
「これなら今後の活動も精が出そうね!」
「ティア! さっそくゲームをしよう! もう準備はできているぞ!」
「よっしゃぁ! 始めるわよー! あ、雑用? お茶」
なんかここ数日でティアが俺に対しての扱いが酷くなっている気がするのは気のせいだろうか。
いや、絶対気のせいじゃない。
俺は全員のお茶を入れるとソファー前のミニテーブルにお茶を置いた。
巨大なTVモニターにはゲーム会社と思われるロゴが表示され、ゲームのタイトル画面が映し出される。
「あー、このゲームって今超流行ってるやつじゃない! 良く手に入れられたわね!」
「ふふん?、ロリの手にかかればこんなものチョロいものだ!」
「なんだ、このゲーム流行ってるのか? どんなゲームなんだ?」
俺はあまり家庭用のゲームってのを見たことが無い。
どちらかと言えばゲーセンでUFOキャッチャーやコインゲームの方が好きだからな。
「蒼空、このゲームを知らないのか? ホントにダメな男だな」
「そうね、アンタみたいなやつこそがこのゲームをプレイすべきなのかもしれないわね。とりあえず一緒に見てなさい!」
俺はこの2人が行っている意味がさっぱりわからなかった。
画面に映し出されたタイトルはプラスラブと書かれていた。
ティアは始めから、という項目を選択し次の画面へ移る。
どうやら主人公の名前を入力するらしい。
「そうね、ここはアンタの名前を入れておくわ。ざつよ…」
「おい、ちょっと待て! なんでそこまで雑用なんだよ、せめて名前で入れろよ」
「仕方ないわね…」
心底残念な表情を見せながら蒼空の文字が入力される。
一体なんなんだこのゲーム。
『俺の名前は蒼空。この春から**高校に通うことになった。10年ぶりくらいにこの街へ戻ってきた俺はここで新生活をスタートさせる。』
「なぁ、これって…」
「はぁ? アンタほんっとうに何も知らないの? これはアドベンチャーゲームよ。ゲームの主人公になったつもりで物語を進めていくのよ」
「説明書を読む限りでは、登場する美少女キャラと恋愛をするゲームみたいだね」
いつの間にか春樹までゲームに参加していた。
つーか、ゲームの中で恋愛ってどうなんだ…
「まぁ、良いから見てなさいって!」
ティアは問答無用でプラスラブを進めていく。
『あ、蒼空くんおはようっ 今日も天気がいいねっ』
鼻に付くような甘ったるい声で音声が流れる。
ただし、蒼空の部分は再生されなかったが。
画面には可愛いイラストで描かれた女の子が映し出される。
学校へ登校した主人公へ挨拶をしているようだ。
『あぁ、吉崎さんおはよう。今日も笑顔が素敵だね』
「はあああああああっ!? なんじゃこの蒼空! 声かけた女に片っ端から口説いていくのかよ!」
「うわぁぁ、ロリだったら完全にドン引きじゃな」
「蒼空酷いな」
「お前らー!」
なぜかプレイヤーのリアル女子には大不評なゲーム中の俺。
あぁ、俺がんばれ…
『そ、そうだ蒼空くん… 』
少し照れながら上目使いで見つめる吉崎さん。
つーか、キャラクターが良くしゃべるし動くんだな。なんかすげぇ。
『週末なんだけれど良かったら一緒に映画でも… あのっ 都合が合えばでいいからっ』
画面の中央に選択肢が3つ表示された。
A.「いいよ! 俺も吉崎さんを誘おうと思ってたんだ!」
B.「ごめん、その日は用事があるから」
C.俺は何も言わずに立ち去った。
「あんだこれはああああっ アタシの吉崎を蒼空なんぞに奪われてたまるかああああ!」
「ティア! Cだ! これで吉崎は蒼空から離れる! 終わりだ蒼空ァ!」
もはや何のゲームなのかわからないが、吉崎さんがゲームの俺に好意を持つことが許せないらしい。
何なんだよお前ら。ゲームの主人公なんだから、嫌われたらダメなんじゃないのか? と思ったが俺は敢えて黙っていた。
「2人とも落ち着いて。たとえ蒼空に取られることが許せなくても、この選択肢で吉崎に嫌われると、今後吉崎と仲良くしにくくなるかもしれない」
「「な、なんだってー!」」
俺はこのゲーム見てるよりお前ら見てる方がよほど楽しいよ。
2,3日ぶりくらいにそんなバカな的な表情をしたティアとロリ。
つーか、ゲームなんだからそのくらい予想付くだろうが。
「くっ… 仕方あるまい。ここは、吉崎に免じて蒼空の好感度を上げてやることにしよう」
「蒼空ェ…」
2人の鋭い形相が俺をにらむ。おいおい、俺を睨むなって。
俺は窓際に視線を移して移り行く雲の流れを見つめていた。
「うはははははは! この腐れビッチがぁ! 尻振るしか脳のない貴様に遥はやらんわぁ!」
「どーせ、こいつもリア充だろぉが! うはははははっ!」
非常に下品なセリフと笑い声で目が覚める俺。
いつの間にか寝てたのか。声の方へ視線を移すと3人はまだプラスラブをプレイしていた。
『酷い… 酷いよぉ! 蒼空くんこんなことする人だなんて思ってなかったのに!』
ツインテールの可愛らしい美少女が涙目で俺に叫んでいる。
うわ、なんか俺じゃないのに胸に刺さるなこれ。
『蒼空くん… 私、蒼空くんがそんな酷い人だなんて思ってなかった』
吉崎さんまでもが冷たい目で俺を見ている。
ちょっと、どういうことだ? 俺は一体!?
って、ゲームの話だよなこれ。
「ロ、ロリ! どういうこと! 吉崎が! 吉崎があああ!」
「ティア! 吉崎が! なぜじゃ! どういうことじゃ!」
「2人とも吉崎以外の女の子に酷いことしすぎだよ。一応他の子からの情報も共有してるみたいだから、1人だけに良くしてもダメだよ。噂は広がっちゃうみたいだね」
『私、蒼空くんを見損ないました。サヨウナラ』
「「あああああっ 吉崎いいいいいいいい!!」」
2人の絶叫する声が部室に響き渡る。
「蒼空! アンタ、吉崎を!」
「蒼空! 吉崎に謝れ!」
俺は蛇に睨まれた蛙の気持ちが少しわかった気がする。
もう、わけわかんねぇよ、好きにしてくれ… 的な何かが。
「お兄ちゃんっ 私部活終わったよぉ♪ 一緒に帰ろっ」
不意に部室のドアが開いたと思ったら既に俺の腕を掴む陽向。
陽向も今日は部活だったのだ。
「もう、そんな時間か。じゃぁ帰りましょ。吉崎の恨み忘れないからな!」
ティアの一言に全員が頷きいそいそと帰り支度を始める。
そしてその捨てゼリフは何なんだよ。俺関係無いだろうが。
「陽向、お前この部室を見て驚かないんだな…」
「いやぁ、最初は驚いたよ! でもお兄ちゃんがいたから視線がすぐにお兄ちゃんに行っちゃったっ♪」
なんだろう。俺の周りにはいろんな意味で問題あるやつが多い気がしてきた。
いつの間にか暗くなっている空に視線を移しながら今後の部活動が思いらやれた。
翌日の放課後。
「吉崎ィィィィィ! あなたはどうしてそれほどまでに可愛らしい子なの! 決めたわ! アタシも吉崎みたいな恋をするわ!」
「そんな! 吉崎みたいな恋をしてしまったらロリはどうなるのだ! ロリは!」
「うふふ、バカねぇ。ロリを1人ぼっちにするわけないじゃない… さぁ、いらっしゃい…」
何だかんだでゲームを自宅へ持ち帰ってひたすらプレイしたティア。
どうやら彼女は吉崎みたいな恋をしたいらしい。
なのにいつも通りロリに毒牙を向いているが、もう俺は気にしない。ソファーの見えないところでやってくれ。
「お兄ちゃん、はいどうぞ♪」
「お、さんきゅ」
陽向が差し出す紅茶をすすりながら、俺は今日も部室から見える空を眺めた。
この部活、何する部活だよ…
5. 双子
放課後のひまつ部にて。
今日も暇を持て余している俺達。
相変わらず大画面でゲームに夢中なティアとロリ。
今度は女の子じゃなくて男の子がたくさん画面に映し出されていた。
また別のゲームだろうか。
春樹は窓際に読書。何を読んでいるのかと思えば『この世の男を振り向かせる本。これで今日から男どもはアナタにメロンメロン♪』
どうやら女性関連のハウツー本だろう。春樹も女の子なんだな、としみじみ感じた。
これがもしいやらしい本だとしたら、どう見ても少年がエロ本を読んでいるようにしか見えないのがまた面白いのだが。
そんな春樹を想像しながら俺は含み笑いをする。
「はい、お兄ちゃんっ♪」
「お、さんきゅ」
陽向が紅茶を入れてくれる。しかし他の部員はただの水。おいおい、みんなにも紅茶を入れてやれよ、とツッコミを入れようとしたのだが、陽向の姿を見た瞬間紅茶を吹き出してしまった。
「お、お兄ちゃん! どうしたの!?」
「どうしたもこうしたもあるか! なんでお前メイド姿なんだよ!」
そう、理由はわからないが陽向の格好はメイド服に包まれていた。
つーか、どこから入手してきたんだその服…
「えへへ、どうお兄ちゃん♪ かわいい?」
くるりと廻る陽向にフリフリのスカートが一緒にくるくる回る。
自分の妹ながら確かに良く似合っていると思ってしまった。ダメだ俺は妹に甘いな。
「蒼空ー、陽向どうよー? いつもお茶入れてくれるからメイドの格好させてみたのよ! なかなか可愛いでしょ」
ゲームに夢中かと思えば、プレイしながら会話へ割り込んでくるティア。
「他にも衣装はあるぞ! 看護婦さんやうさぎさん、ぞうさんやきりんさんもあるぞ!」
「ロリ、なんか後半おかしくない? 衣裳っていうより着ぐるみだよね」
ロリが他にもあるよアピールをするとともに容赦なく春樹のツッコミが入る。
確かに後半は気ぐるみだな。
「そもそもなんで衣装を変える必要があるんだよ。別に制服のままでいいじゃないか」
「お、お兄ちゃんは制服フェチだったのね! わたしすぐ着替えるね!」
「ははぁ、蒼空はそっちだったか」
慌てふためく陽向と、意味深.な言葉で俺を責めるティア。
いや、そうじゃなくてさ。
「よーし! みんなでコスプレするわよ!」
「うむ、ロリが着るのはもう決めてあるのだ!」
「はるは、はるはOLさんがいいっ」
「わ、わたしも他の格好する!」
ひまつ部女性部員はみんなきゃっきゃと着替える衣装の話を始めた。
俺と言えば完全に蚊帳の外である。
女って服とか好きだよな… 制服だったら着る者考えなくて楽なのによ。
「アンタいつまでそこにいるつもり? 女の子が着替えるんだから外へ出て行ってよ! このスケベ!」
「私はお兄ちゃんがいても全然平気だよっ♪」
「へいへい」
ティアの突き刺さるような視線と言葉に後押しされるように俺は部室を出て行く。
妹の言葉は聞かなかったことにしよう。いろいろと問題発言な気がしてならない。
部室を出た俺は廊下の窓からグラウンドを眺めた。
野球部やサッカー部、陸上部など運動部がしきりなしに動き回っている。
よくもまぁあれだけ動けるものだな、と関心しながら特に興味ない絵柄に俺の視線は浮遊していた。
「蒼空、もういいわよ」
部室の中から入室許可の言葉をいただいたので俺は反動で失礼します、と言って入った。
目の前にはいつもと違う服装に身をまとった4人が立っていた。
「「じゃーん! どうよ、これ!」」
左から陽向。看護婦さんの格好をしているがその手に持っている巨大な注射器が全てを台無しにしている気がするが、正直似あっていた。自分の妹ながら可愛いと思ってしまう俺はダメな兄なんだと、本日2回目の自己嫌悪に陥った。
続いてロリ。何かのキャラクターなのだろうか。黒い服ではあるが結構肌の露出が多い。背中には黒い羽根が生えており、なんとなくコウモリを想像した。そういや昔悪党ゲームでバンパイア×バンパイアというものがあったな。その主人公はたしかコウモリだった気が。しかし、これまた恐ろしく似あっている。ただ肌の露出が多い割に色気を垣間見ることができないのはまだまだ子供なんだろうということにしておく。
その右はティア。これはシスターの格好なのだろうか。見た目だけは物凄くいいので黙っていればかなり絵になる。恐ろしいほどの美少女がニコニコと笑顔を振りまいている。が、本人の性格を知っているせいか、俺の第一感想は似合わねぇ、の一言だった。見てくれだけはいいのにな。
最後に春樹。4人の中で一番酷かった。まだその格好は早すぎるんじゃないか、という。
本人はOLの格好をしてお姉さんをアピールしたかったのだと思うが、どう見てもママの衣装をこっそり借りて来てみた女の子の休日といった件だった。
「お、お兄ちゃん… どうかな?」
「あぁ、良く似合ってるぞ。ただ、その注射器は要らないと思うが」
「バッカねぇ、この巨大な注射器があるから看護婦の姿が引き立つんじゃないの。嗚呼、この頭の悪いバカな男に幸あれラーメン」
照れながらもしっかりとポーズを決めつつ意見を求めてくる陽向と、それに謎の補足を入れるティア。
ただ一つだけ言えることはお前にバカ呼ばわりだけはされたくない。何が、ラーメンだ。アーメンだろうが。
「ロリはどうなのだ! このエロエロな服は興奮するだろう! 見るだけだぞ! 見るだけなら100000歩譲って特別に許してやろうぞ!」
「そういうことを軽々しく言うんじゃない」
俺はロリの頭を軽く小突く。どうしてそういう発想しかできないのかね、コイツは。
「お、お障りは禁止じゃ!」
「はいはい。でも、良く似合ってるぜ」
「――!」
俺が素直な感想を言ってやるとロリは黙って下を向いてしまった。
「ほぅ、付き離しておいてさり気なく持ち上げる。まさしくツンデレってやつね」
ティアが意味のわからないことを呟く。
「はるはお姉さんになれたかな!」
「…あ、あぁいいともうぜ。いつものはるとはちょっと違う雰囲気だな」
瞳を輝かせて俺に問いかける春樹に、とてもじゃないが正直な感想を伝えることはできなかった。
ただ、少しだけ言葉は濁しておいたが。
「で、誰が一番可愛い?」
「はいいいい!?」
ティアが唐突にそんなことをいうものだから心底コイツの頭を疑った。
そんなおもいきりややこしくなるタイミングに希望という名の助け船がやってきた。
「ロリ! ロリはいるかー!」
部室のドアがガチャリと開けられ、中へ一人の少年が入ってきた。
見るからにまだ幼い少年。栗色の髪がさらさらとしているが、自己主張の強そうな瞳はどこかの部長のようだった。別に誰とは言わないがな。
「よくもサッカーボールをぶつけてくれたなこんにゃろー! 決闘だ! 勝負だ! 戦争だ!」
入ってくるなりぎゃぁぎゃぁとわめき散らす少年。
この部室に来るやつにまともなやつはいないのか。
「ちょっと、うちのロリに何か用? それに急に入ってきて決闘だのなんだの… 面白そうね」
「ティアぁぁぁぁ! せっかくまともなことを言うのかと思って黙っていたのに、全然できてねぇじゃねーか!」
少しでも期待した俺がバカだったんだ。そう、俺が悪いんだ。そう思わないとやっていけねぇよ。
「キミ、いきなり入ってきて物騒なこと言うのは不良がやることだよ? 用事があるならちゃんと伝えなきゃだよ」
「そうよ。それにロリはサッカーボールじゃないわよ!」
「だぁぁ! ティアはもう黙ってろ! お前全然話し聞いてねーな!」
久々にまともな陽向を見た気がする。そして言うことはごもっともである。
そして一向に話聞こうとしないティア。コイツが部長で本当にいいのか? この部活大丈夫なのか?
「うるさい! 今日の昼休みにロリがサッカーボールをぶつけてきたんだ! おかげで保険室に運ばれて、鼻血でて散々だったんだからな! 俺はゆるさねぇぞ!」
何やら訳ありのようだな。ただし、話をしっかりと聞き出す必要がありそうだが。
「陽向、麦茶を用意してくれ。あと適当に菓子も頼む」
「あいさぁッ☆」
身をひるがえし棚からお菓子をいくつか籠へ盛る。合わせてふりふりと動くメイド服が何とも微笑ましい。
「とりあえずさ、ここ座って。兄ちゃんが話聞いてやるからちゃんとどういうことか教えてくれ」
「お、おぅ」
大きなテーブルに冷たい麦茶と茶菓子が並べられる。
意外なもてなしだったのか威勢の良かった少年は少し落ち着いたようだ。
「とりあえず君の名前を教えてくれないかな? 俺は御影蒼空だ」
「一之葉(いちのは)このた だ!」
屈託のない笑顔で答えるこのた。なんか元気あふれる少年、といった感じだ。
「で、ロリと何があったんだ?」
「だから! 昼休みにみんなでサッカーして遊んでたんだよ。そしたらアイツがボールを蹴って、思い切り顔面にぶつかってだな! 鼻血がどばーって出て保険室で寝てたんだぞ!」
必至に説明するこのただが、その両手には麦茶と茶菓子が握られている。文句を言いに来たのかが怪しく思える光景だ。
「ロリ、本当なのか?」
「うっ… でも、ロリは転がってきたボールを蹴り返してくれと言われたから蹴り返したまでだ! その後のことは知らんぞ!」
ロリも茶菓子と俺を交互に見つめながら必至に訴えてくる。うむ、伝わったぞお前の気持ち。
でも茶菓子はやらん。話が終わってからだ。
「なぁこのた。ロリはこう言ってるんだがどうだ?」
くっ と言わんばかりにロリを見つめるこのた。と、思いきやすぐに視線を逸らしてしまう。
俺は気がつくのが遅かった。こいつら全員コスプレしていることを。
「ロ、ロリ。このたが目のやり場に困っている。とりあえずなんでもいいから上に何か羽織れ」
「ふはははははっ 蒼空もようやくロリの美貌とエロスに気がついたか! さぁ、見るだけなら許してやろう! 今日だけじゃ!」
全く会話の通じないロリにどこかの誰かと姿が重なった。終わりの見えそうにない脱力感に恐怖すら覚えそうだ。
「ロリ、今は蒼空が正しいよ」
言葉少なくロリの制服を羽織らせる春樹。ナイスだ!
若干言葉に引っ掛かるものを感じたが、そこは目をつむっておこう。
俺は寛大な心を持った大人になるんだ。
「と、とりあえず今日のところはおやつをごちそうになったしこれで勘弁してやる! でもいつか決着をつけるからな!」
そう吐き捨てるように部室を駆けだしていくこのた。
「…あいつは何をしに来たんだよ」
このたが去った部室は何とも言えない空気に包みこまれた。
それから程なくして再び部室のドアが開かれる。
そこにはこのたが立っていた。先程とは微妙に雰囲気が違っている。鼻には絆創膏を貼り頬が少し晴れていた。
「あ、あの… ロリちゃん。お昼休みのサッカーボールのことは気にしなくていいからね」
先程とは間逆の発言に俺達は困惑した。
「ど、どういうことだ? さっきは絶対に許さんとか言っていたお前が? どういうことじゃ?」
「え? 僕は初めてここに来たんだよ。それまでずっと保険室にいたし…」
なぜかもじもじしながら心細そうに口を開くこのた。
「なぁ、この短時間で怪我でもしたのか? さっき絆創膏してなかっただろ?」
「ふぇ?」
目をぱちくりとするこのた。全く何のことかわからない、といった表情だ。
そしてけたたましい音と共に部室のドアが乱暴に開けられる。
「ななたー! お前寝てなきゃダメだろ!」
「「このたが2人いるー!」」
そこにはもう一人このたがいた。
「へぇ、アタシ双子なんて初めて見たわー。ほんとそっくりね」
「や、やめろよっ」
ティアは2人の頭をわしゃわしゃさわりながら何度も顔を眺めている。
抵抗するのは弟このた。抵抗せずにぼーっとしているのが兄ななた。
弟の方がやんちゃで元気な男の子といった感じだ。若干目もつり目である。
それに対し兄ななたはたれ目のおっとりさん、といったところか。
「つまりはロリが蹴ったサッカーボールは兄のななたにぶつかったってわけか。んで弟のこのたは昼飯食い過ぎてトイレにこもってたから詳しい状況がわからなかったと。だから、ボールのぶつかったことしかしゃべって無かったわけか」
「おぅ! 兄ちゃん頭いいな!」
「ご迷惑おかけしてすいません」
なんとも対象的な兄弟である。まぁ、この年代の男の子は元気がないとな。
「はい、ななたくん」
「あ、いいな! 俺も俺も!」
陽向がお茶菓子をななたに渡す。
その茶菓子を見てこのたが頻りにうらやましがる。
「このたくんはさっき持って行ったでしょう? ななたくんはまだ食べてないからね。一人だけもらうのはずるいでしょ?」
「…そ、そうだな。俺、超イケメンだから我慢するぜ!」
イケメンの意味を訂正しておくべきだろうが、なんだか陽向がいい感じなので水を刺さないことにした。
「ばっかねぇ、イケメンの意味ちがうでしょ」
俺のささやかな配慮を土足で踏みにじる女、ティア。お前は一体何なんだ。
「陽向お姉ちゃん、ありがとう!」
笑顔で茶菓子を受け取るななた。なんか陽向は保母さんに向いてそうだな。
そんな妹の将来を気にかけてしまうちょっとした一日だった。
6. 会議
放課後、ひまつ部部室にて。
いつも通り何をするかも良くわからない部室へ俺はやってきた。
しかし部室がやけに静かである。ドアを開け中に入ったのだが、そこにはソファーの上にちょこんと座った春樹の姿があった。
「おつかれーはる。他の2人は?」
「2人は新作のゲームを買いに行くだって。今日は来ないらしいよ」
静かにそう言うと、目線を持っていた雑誌へ戻す春樹。
今日は『乙女に変身するための超絶12テクニック。これだけは覚えておきなさい!』というものだった。
…はる。お前はどこを目指しているんだ?
「あいつら… 陽向も今日は料理研究部で来れないみたいだし、俺達2人だけになっちまうな」
「うん…」
俺は大テーブル側の席に座り、大きく屈伸をする。
たまには静かな部室もいいもんだな。
「蒼空。今日は何をする?」
読んでいる本から視線を外すことなく、静かに質問する春樹。
春樹も何かしたいみたいだけれど、2人だけじゃなぁ。
手持無沙汰な俺は何をするか考えるものの、思いつく当てもなく思考が宙を舞っていた。
「やることねぇし、今日は帰るか」
「…そうだね」
少し声のトーンが下がる春樹。みんながいないと物凄く静かな子なんだな。
新たな春樹を発見できた小さな喜びを感じていたところ、不意に部室のドアをノックする音が響く。
「失礼するよ。ここがひまつ部の部室でよかったよな?」
中へ入ってきたのは茄奈だった。意外な来客に俺と春樹は顔を見合わせた。
「茄奈? どうしたんだ急に? 何かあったか?」
「いや、ひまつ部のことをロリと春樹から聞いてたからな。どんなものか見に来たんだ。今日はバイト遅番だから時間も少しあるしな」
茄奈は部室の中を見回しながら、へーだのはぁ、だの感嘆の声をあげていた。
「蒼空、この部は一体何をする部活だ?」
「そ、それは…」
痛いところを突かれた。正直ティア意外この部活が何をするものなのか分かっていない。もしかするとティア自信もわかっていない可能性がある。かといって良くわからない、と答えるのもいい気分はしないな。ここは、うまく言葉を濁しておこう。
「実はまだ正確には決まってないんだ。部員もある程度揃ってきたところで、これから活動方針を考えて行くところだからな。現状は暇つぶしな部活になってはいるが…」
濁すつもりがありのままをしゃべってしまった。ダメだな、こういうのはあまり得意じゃない。
「まぁティアが作りだした部活だからな。そんなもんだろう」
あっはっは、と笑いながら茄奈は大テーブル側の席へ腰掛ける。丁度俺と向かい合わせになる形で。
「でもみんな揃って楽しそうだよな。私も部活に参加していいかな? バイトまでの空き時間って結構暇だしさ」
「な、なんだって!」
これは願っても無い申し出だった。むしろこちらからお願いしたい程である。ティアを始めロリや陽向の扱いに慣れている茄奈がいてくれれば物凄く助かる。常識ある人がこれほど頼もしく見えるこの環境が悲しい限りだが。
「本当か! バイトに影響でない程度で構わないのでよろしく頼むよ、茄奈」
「おぉ、茄奈も来てくれるのか。正直はるだけではティアとロリをなだめるのは大変だったところだ」
春樹も似たようなことを考えていたようだ。若干俺の存在が飛ばされているような発言が気になるところだが。
「ははっ 確かに面白いメンツばかりが集まっているもんな。面白い部活になりそうだな!」
茄奈はヘヘっと含み笑いをする。みんなで騒ぐの好きだったもんな。
心強い新たな部員を迎えた俺達は部室でのんびりと過ごすのであった。
が、その時!
再び部室のドアが豪快に開けられる。今日は来客が多い日だな。
部室へ入ってきたのは先日ややこしい騒動を起こした一之葉兄弟の弟このた。その後ろに兄ななた。
「陽向姉ちゃん、お菓子食いに来たぞ!」
「このたぁ、違うでしょ」
相変わらず元気いっぱいのこのた。そしてここへやってきた目的が包み隠さず知れ渡る。
だが安心しろ。陽向は欠席だ。
「お兄ちゃん、あのね。僕達2人もひまつ部に入れてほしいなと思って来たの。…ダメかな?」
ななたの独特なおっとりとした語り口調と少し潤んだ瞳を上目使いにお兄ちゃんと呼ぶその姿。
俺はこんな可愛い弟が欲しかった、と錯覚してしまうほどの存在だった。弟もいいよな。
「俺、この間もらったお菓子が忘れられなくて!」
「このたぁ」
「あ、そうじゃなくて! 俺も皆と一緒に部活やりてぇな、と思って! でもサッカー部だから時々しか来れないけどさ、ななたもやりたいっていってるしさ!」
あぁ、語尾に!マーク付いてるのが気になるな。非常に元気が良いのはいいことだが。
「僕もお兄ちゃんみたいに頼られるカッコイイ男になりたくて! お兄ちゃんお願い」
必至に俺に入部をお願いするななた。その健気な姿を見て誰が断れようものか。
だが勘違いしないでほしい。決して俺がカッコイイ男と呼ばれて喜んでいるわけではないことを。そこは断固主張するぞ。
「あっはっは、蒼空が頼れるお兄さん! まぁ、確かにお願いなんかはしやすいけどなぁ?」
「蒼空が頼れるカッコイイ… ふふっ」
大笑いする茄奈とさり気なく失笑する春樹。本で隠しててもバレバレだっつーの!
「あぁ、みんなで部活を盛り上げようぜ。メンバーがある程度増えたし、やっぱ方針もしっかり決めないとな」
「確かに部活動の方針は決めておかないと、終始ダラダラになってしまうかもしれないな。私は蒼空の意見に賛成だ」
「はるも異議なしです。むしろ今日のうちにある程度決めておいた方がスムーズかもしれないね」
茄奈の賛同を得て心強く、そして春樹の意味あり気なセリフは早く決めた方がいい、という単純な理由だと解釈したい。
そうだよな春樹。ややこしいのがいないうちにとか思っていないよな。
「おぉ! 今後の部活を考える作戦会議だな! 俺もいっぱい案出すぜ!」
「このた、サッカー部の練習始まっちゃうよ」
瞳を輝かせ大テーブルに乗りかかるこのたを横目にななたはこのたのタイムリミットを告げる。
サッカー部なんて基本毎日練習してるだろ。このた、なかなかこっちには来れそうにないのでは、と少し不憫に思う俺。
「ななたぁ! 俺、作戦会議してぇよ!」
「だめだよ、サッカー部のみんな待ってるから行かないと。早くいかないと顧問の先生がまた怒るよ?」
顧問と聞いた瞬間、このたはサッカー部のみんなが待っている! と叫び出し部室を出て行く。
そんなに顧問は恐いのだろうか。
「じゃぁ、俺達だけである程度部活の方針を考えるか。たぶんティアは何も考えてないと思うからな」
「「確かに」」
俺達3人の意見は満場一致という形で会議は始まった。
ななたは本当にいいのかなぁ、と少し不安な表情をしていた。
「とりあえず、この部活について俺が知っていることを伝えておくな。概ね想像は付いていると思うが――」
俺はひまつ部設立までに起きた経緯を皆に伝えた。
最初はティアが1人で儀式と称して魔王復活を試みていたこと。部活としてやればもっと大々的に活動ができること。部室がもらえることなどごく当たり前のことばかりだが、なんとなく俺自身の苦労話を愚痴っている感覚に陥りそうだった。
「蒼空、大変だったな…」
3人の視線がなんだか切ない。やめてくれ、俺をそんな目で見ないでくれ!
と、言いたいところだが、実際そんな目で見られても仕方のない内容でもあるな。
最近の俺の生活は求めている平穏なものとは程遠い気がする。しかも、それに若干慣れてきていたことに自分自身驚きだ。
「と、まぁこんな感じで基本ティアの思いつきが始まりだ。多分アイツは暇つぶしをするための部活としか考えていない。これじゃぁ部活として存在していてもいいのか危ういところだ。多分ロリがいる間は部として残ることができると思うが、本当にそれでいいのか? と、俺は思うんだ!」
「蒼空が珍しく熱いなぁ。暑苦しい…」
「さすがですお兄ちゃん! 僕も一生懸命お手伝いするよ!」
春樹のトゲある言葉が突き刺さった気がするが、黄色い声援だと思って頑張ろう。
その辛い視線を抱擁するかのように、もっと高貴な視線を注ぐななた。
お前は本当にいい子だ。そのまま変わりなく成長するんだぞ。
「確かに暇つぶしを行う部活です、なんて外部には公表できないものな。名目だけでもしっかりしたものを用意しておくのが良いんじゃないか?」
「しっかりしたもの、か」
茄奈の提案に一同考え込む。確かにそうだ。部活紹介なんかで我がひまつ部は暇つぶしを全力でサポートします! なんて言えないよな。約2名を除いて。
「こんなのどうかな」
ハイ、と手を挙げる春樹。なんともその仕草が年相応に見えて微笑ましい。
いや、むしろ年相応に見えたのが久々な気がする。
「やるやらないは別として、ボランティア活動を通して地域住民のお手伝いや各種イベントに協力するってのはどうかな。非営利団体みたいな感じだけれど、印象は悪くないと思うよ」
「はる。相変わらずませているなぁ。でもいい考えだと思うぞ。蒼空はどうだ?」
「あぁ、俺もそれはいい考えだと思う。仮にその活動を通じて地域に貢献できればなおいいかもな。部活としての資質も上がるだろうし。ただ…」
春樹の大人びた考えに最年長である俺と茄奈はうんうんと頷く。そんな俺を眺めていたななたは同じく首を縦に振っている。
しかし、もう少し小学生らしい考えを持っていてくれてもいいのだが。なんとなく春樹の成長した姿に不安も感じる気がする。
ここまで考えてなんだが、大きな問題もある。
「さて、俺達の意見はだいたい似たりよったりでまとまりそうなんだが…」
「あぁ、問題はティアだろう。アイツが自分のためにならないようなボランティアという行為にどう反応するか、だな」
全員抱えている不安は同じなようだ。つーか、部長が一番部活の不安要素になっているってどうなんだよ…
「で、本題に入ろうか」
茄奈が神妙な表情でテーブルに両肘を突く。
一同がゴクリと固唾を飲む。
「で、この部活は何をするんだ?」
結局はふりだしから前に進んではいないのだ。あくまでも名目を考えただけで、実際に活動する内容というのは相変わらず不明瞭なまま。俺も春樹もそれをしっかりと説明できないでいる。
「そこですよね…」
春樹がう?ん、と頭を抱え込む。
こればかりは俺達が考えても仕方ないような気もするが。
「まぁ、この問題はティアがいるときにでももう一度話しあうとしよう。そろそろバイトの時間だから私はこれで」
「もうそんな時間か。じゃぁ、今日は終わるとするか」
いつの間にか時計の針は5と12をさしている。日も暮れ始めた春の夕暮れ。活動方針会議は翌日へと持ちこされる形で本日は終了となった。
来る決戦の日。いや、ただの翌日だが。
今後の活動方針を考えるべく、そして部長としてしっかり務めてもらうべくティアにはなんとか部長らしい振る舞いをしてほしいと願った、そんな放課後。
「いやあああああ! 何これ超可愛い!」
「だろう! ロリもびっくりしたぞ! はやくティアに見せたくてのう!」
部室の入り口に立つ俺。中へ入る前から既に和気あいあいとした声が聞こえてくる。
『あっ あああああああっ お兄ちゃんらめえええっ もうお兄ちゃんのばかぁっ さとみのぉ、さとみのぉぉぉ **以下自主規制**』
部室に入ると同時に幼女と思わしき声で卑猥なセリフが大音量で流れる。
大画面に映し出される可愛らしい女の子は圧倒的な肌面積を誇っており、どう考えてもこの部室ではプレイ条件を満たしている者はいるとは思えない。
「てぇ! お前らなにやっとんのじゃー!」
ティアとロリは昨日買いに行った新作のゲームを大画面でプレイしていたのだ。
ピンク色の髪の毛をした幼女が制服半分肌半分の姿が描かれたパッケージ。
『わたしだけのお兄ちゃん☆?いけないとわかっても…?』と書かれていた。
しっかりと18歳未満禁止のステッカーも貼られている。
その画面に映っている幼女が陽向に似ているような気がしたのは多分偶然だ。
気の所為だと思いたい。俺、ちょっと疲れてるのかもな…
結局、ひまつ部の活動方針会議などできるはずもなく、今日も相変わらずな部活動となった。
7. 足りないもの
現在ひまつ部は危機的状況にさらされていると言っても過言ではない。
ふわりとした金碧の髪の毛に強すぎる意思を主張したどこまでも深い緑色の瞳。
なぜかはわからないが、その瞳が俺をがっちりと捕えている。
「蒼空ァ!」
放課後のひまつ部部室内にティアの荒ぶった声が響く。
冒頭の文章を訂正しなくてはいけない。ひまつ部が危機的状況なのではなく、俺がその状況に置かれているということだ。
理由は全くわからないが。
何をイライラしているのかはわからないが、さっきからしきりに足を床に打ち込んでいる。
テーブルの揺れる音が耳障りだ。
「蒼空ァー!!」
「なんだよ、聞こえてるって」
キッと睨みつけるティアを横目に俺は給湯室でお茶を入れる。
現在部室には俺とティアの2人だけ。この状況を大人しく座っていられるほど俺は精神が鍛えられていない。
背中に威嚇されるような鋭い視線を受けながら、俺は小さくため息をこぼす。
「ティア。大福あるぞ、食べるか?」
「喰う!」
小皿に大福を盛り、温かい番茶を差し出す。まるで献上品のようだな。
彼女のとって食事はもはや喰らうことなんだろう、と伺える元気の良い返事。
やはりあらゆる角度から見ても将来への不安要素盛り沢山である。
「いただきまぁーっ」
言い終わるかどうか、というタイミングでティアの口の中は大福で一杯になる。
コイツ、何か食べているときが一番笑顔なんじゃないだろうか。
そんなことを感じさせる活き活きとした表情だった。
「あぁ! ティア! 何を食べておるのじゃ! ロリにも分けてくれ!」
「お疲れさまでーす」
ロリと春樹が部室にやってくる。
入ってくるなりティアの食している大福に目が行くとは、どんだけ食欲旺盛なんだ。
程なくして他の部員もぞろぞろとやってきた。
大テーブル側に俺、陽向、ななた、茄奈。ソファー側にティア、ロリ、春樹。
この部屋に7人ともなるとやや狭さを感じるな。そして部員勢ぞろいか。このたと顧問がいないけど。
「一応今いるメンバーがほとんどなのか?」
茄奈が周囲を見渡してから俺に質問を投げかける。
部長であるティアに問わないところがやはり常識ある人なんだと感心してしまう。
「まぁ、そうだな。あとはこのたと顧問の田牧理事長がいるけれど正式な顧問じゃないからな」
「理事長が顧問って。なんかすごいな…」
関心する茄奈もそうだが、さり気なく全員にお茶を用意している陽向。そしてそのお手伝いをするななた。
2人とも関心関心。
それに引き換えソファーの2人組と言えばどうだろうか。
ひたすら大福を奪い合うようにむさぼるティアとロリ。
何か汚い物を見つめるような春樹の組み合わせは痛々しいものがある。
「丁度いい機会だわ! みんな、話しがあるの!」
大福を食べていたかと思えば、突然立ち上がり部長の威厳をちらつかせる。
いや、ただの思いつきによる行動だと推測するのは容易なことである。
「我々ひまつ部も部員がある程度揃ったわ。でもね… でも決定的に足りないものがあるのよ!」
大福を食べていた指をペロリと舐め、理由不明の熱狂的な素振りを見せつける。
と、思いきや俺を指差しそれは何! と質問してくる始末。
そんなことわかりきっている。部長のおつむの中身だと。だが、大人な俺はそんなことを決して口にするわけもなく――
「足りないものと言えば、活動方針とかそんなんだろう」
先日ティアとロリを抜いた状態で考えた活動方針について意見を述べた。
自分から意見を言うよりも自然な流れである。願ってもないチャンスに俺は迷わず攻め込んだ。
「はぁ? 何言ってんの? 活動方針は決まってるから大丈夫。そこは心配するところじゃないわ」
「「「「えええええええええー」」」」
俺、茄奈、ななた、春樹の前回活動方針会議をしたメンバーのみが不満の声を漏らす。
あの会議は一体何だったというのか。そして、ティアに常識が通じないことの辛さを再度確認する羽目になろうとは。
もはや話を聞かないことだけではなく、話も空気も読めないのか。
「あんたたち! 周りを見てみなさい! 決定的に足りないものがあるのよ! わからないの!」
足を床にドンドン打ちつけながら子犬が餌を待ちかねているようなじれったい声を張り上げる。
当然のことながら全員ティアの言っている言葉どころか、意味がわからない。
俺にはコイツの存在意義すら危うく感じるところではあるが。
何も意見が出ない状況にまたティアはイライラを募らせる。
「もーーーーーーーーーーーーーーーー!!!! これだけ言ってもわからないの! じゃあ教えてあげる!」
そう言ってティアは陽向を指差す。
「えぇっ!?」
不意に指差された陽向も驚きを隠せない。
いや、そもそも陽向に何の問題があるというのか。思い当たる節はあるものの、部活動としてはさほど関係ない要素だと思われる。
「陽向にはない!」
ティアの意味不明な発言。そしてその指は次のメンバーに移る。
「茄奈も… ちょっと足りない! 春樹もない! ロリもない! ななたと蒼空にはあるわけもない! アンタ達にはないんじゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁー!」
俺はティアの指差した順番を目で追っていく。男である俺達は後回しにされ女子部員ばかりを先に指差す。って、指…
俺は自分の導き出した答えに一種の悲しみさえ覚えたような感覚に落ちた。いや、できれば違っていてほしいのだが。
「この部活には…」
皆が固唾を飲む。
「この部活にはおっぱいが足りない!」
必死に訴えるその眼差しは真剣そのものだった。ただ、この凍りついた空気どうしてくれる。
「た、確かに… ギャルゲーでは登場する女の子達はバリエーション豊かじゃからな。プレイ側もほくほくできるというものじゃ」
「そう。ロリの言う通りよ。しかし、現実はそんなに甘くないのよ! そうやすやすと揺らすことなんて!」
「確かに大きい人の方が男に人気があるとこの本にも書いてある」
ロリの発言からティアの痛い発言。挙句の果てには『女の最大の武器を活かすには! 男なんてちょろいものよ』という本を見せつけるように春樹がたたみかける。
いや、その偏った知識を何とかしようぜ。
「お、お兄ちゃんは… その… 大きい方が好きなの…?」
陽向が自分の胸のあたりを手で押さえながらそっと伺ってくる。
やめろ、実の妹が兄に質問するような内容じゃないから。
「とはいえ、はるはまだ初等部だから発育してなくてもまだ大丈夫だ。これから育つのだから!」
珍しく春樹が力強く意見を言う。
語尾にかけて言葉が強調されている気がするが、やはり女の子は気になるものなのだろうか。
「ロリはまだ小さいがあと10年もすればボンッ キュッ ボン! のエロエロなおねーさんになるのだ! そして世の男どもをたぶらかすのじゃ! うはははははははっ」
「わ、私はこれくらいでちょうどいいんだ… 大きすぎても動きにくいからな」
ロリの痛々しい発言は右から左へ聞きながし、茄奈もそうは言うものの自分の胸に手を当てている。
なんか妙な雰囲気になってきた。
そして俺はティアへ視線を戻した。いや別に意味はなかったのだが全員を一通り眺めた後、問題を起こした張本人へ視線が戻ったというだけのことなのだが…
「な、なによ! ア、アタシだってこれからなのよ! つーか、そんなエロい目で見んな!」
急に視界が狭まる。ティアの傍にあったティッシュ箱が俺の顔面をきっちりと捕える。いや、飛んできたのか…
「っー… 何すんだよ! 別にそんな目で見てねぇし! 言いだしたのお前だろうに」
とはいえ、年齢からして1,2番にあるべきティアの胸はスラリとまっすぐなボディラインだった。
翌日のひまつ部。
放課後の掃除に手間取ってしまい、部室へ行くのが遅くなってしまった。
「わりぃ、掃除に手間どっ――」
部室に入った瞬間に襲ってくる強烈な違和感。その答えはすぐに理解できたのだが、触れていい部分なのか非常に困る。
思いっきり突っ込みたいところではあるが、彼女達の行動を考えると少なからずともコンプレックスは抱いているのかもしれない。
そんな部分に異性の俺がつっこむのは問題ある、と判断した俺は必至に平常を装った。
その強烈な違和感の正体とは、見事に皆の胸が異常に膨らんでいるのだ。
何だ、何を詰めた。野球のソフトボールか? ハンドボールか? 風船か?
マジマジ見るのも失礼だと思い窓際へ座り空を眺める。
「蒼空! もっとアタシたちを見なさい! 何かあるでしょう!」
そんな俺の小さな思いやりは恒例行事と言わんばかりにぶち破られた。
例のごとくティアによって。見るなと言ったり見ろと言ったりどっちなんだよ。
「なぁ、虚しくないのか?」
俺は言葉を選んだ挙句、率直にかつ廻りくどくなくストレートに気持ちをぶつけた。
若干の嫌味成分も含めて、だが。
「うっさい、バカァ!!!!」
見事なティアのステップキックが俺の後頭部を捉える。
やっぱ人って飛べるよな。今年で2回目だ。
空を飛べたことの優越感に浸る暇もなく強烈な痛みが後頭部から伝えられる。
そして迫り来る物理的な痛みに耐え忍ぶ覚悟を決める。
「っつー… 感想を求めてきたのはお前だろうが。なんで蹴られにゃならんのだ!」
「乙女の純情を踏みにじるからよ! シルエットだけでもどうなるかなーとか思うでしょ!」
つまりは大きくなったらどんな感じになるのか見てみたかったというわけか。
もう俺のいないところでやれよ…
「お・に・い・ちゃ・んっ♪」
上目使いで俺を覗き込んでくる陽向。
こいつも例外ではなく胸元が大きく膨らんでいる。
俺はこの溢れだしそうなやりきれない気持ちを抑えることで精一杯だった。
「やはりこの問題は切実ね。みんな! 今日の活動内容を発表するわ!」
今まで発表なんてあったか、というツッコミも間に合わずティアは言葉を続ける。
「本日の活動は、巨乳を探す! さぁ、行くわよー!」
卑猥なその発言だったはずが、ティア、ロリ、陽向、春樹はノリノリである。
こういう日に限って茄奈がいないことに大きな寂しさを感じた。
そういや、ななたもいない。俺も帰っていいかな…
なんだかんだいいつつ、ティアの暇つぶしという名目の活動に付き合わざる得ないのがこのひまつ部であった。
俺達は、その… なんだ。巨乳を探すべく学校の敷地内をウロウロしている。
しかしこの集団、傍から見ると物凄く怪しい。見かける女子生徒の胸ばかりを凝視し、オッケーだのアウトだの言いながら歩き回っているのだから。あぁ、確実に変な噂が立つぞこれ。絶対、間違いない。
それだけならまだしも、目にとまった女子を見つけたら俺が声をかけるという事態に。
なぜ、わざわざややこしい方向にもっていくのか。
「…はい、何でしょうか…?」
明らかに不審な眼差しを向ける豊かな胸の女子。
まさかあなたの胸に惚れて勧誘してます、なんて言えるわけもなく。
言葉を濁すものの妥当な言葉が見つからず返って不審者扱いに拍車をかけるという悪循環。
「あの、私これから部活がありますので失礼します」
そう言って胸の豊かな女子は小走りに去って行った。
なんだよこれ… 俺の平穏な学園生活が懐かしい。
「ちょっと! アンタもっと真面目にやんなさいよ! 部活やる気あんの!」
「蒼空… もう少しデキる男だと思っていたのは過大評価だったようじゃな」
容赦ないティアとロリの言葉。まさか俺、部活で苛められてるんじゃないか。
「ティアさん、さすがにこれをお兄ちゃんにさせるのは逆効果だよ。いきなり男子が女子に胸の話してきたら普通変な目でみるでしょ?」
陽向! お前は本当にいい子だな! 心の優しい子に育ってくれて俺は本当にうれしいぞ!
「確かに陽向の言う通りだね。さすがにこの役に蒼空を使うのはちょっと問題がある。まぁ、その問題をも超えると思ってはいたのだが、その程度の期待すら超えられない蒼空なんだ。仕方ないんじゃないかな」
春樹さん、なんでしょうかその助けるような言葉かと思えば実はトドメを刺すように突き刺さる言葉。
言葉の暴力です! この人たち言葉の暴力を振るってきます!
「ん… まぁ、そうね。確かに男子がいきなりキミのおっぱいに惚れたよ、なんて言ってきたら間違いなくぶっ飛ばしてるわ。悪かったわね蒼空。変なことやらせて」
ティアが素直に誹を認めた…? まさかそんなことが起きようとは!
俺は感無量のあまり涙がこぼれそうになったのもほんの一瞬。
「やはり、ゲームと現実は違うものじゃな、ティア」
「そうね。ゲームだと結構いい感じにできたのにね」
ロリとのやり取りに答えるティア。
最初からこうなることは予想済みだったのか! 何か俺に恨みでもあるのかよ!
がっくりとうな垂れる俺ににっこりとほほ笑みかける陽向。
「わたしなら全然おっけーだよっ☆」
俺は陽向の言っている意味がわからなかった。
いや、わかりたくも無かった、そんなつらい一日だ。
結局何の収穫も無いまま、部活は終わりを告げるのであった。
8. 日曜日
入学式、始業式も終えすっかりと春の季節を満喫できる日々。そんな出会いの4月も終わりにさしかかったある日曜日のこと。
基本、ひまつ部は暇つぶしを行う部活なので暇があれば部活に来るように、となっている。
それは休日でも変わりはなかった。
うちの学校は全寮制を採用しているため、寮に住んでいるやつは休日でも違和感なく部室へ足を運んでいた。
俺も陽向も暇なときは部室に行っていたが。
だが、今日は部室に行かず別の用事をこなすこととなっている。
その理由を説明するならば、ひまつ部設立のために動いていたある日の晩まで遡ることになる。
帰宅が遅くなったある日、陽向の駄々が捏ねに捏ねられ「なんでも1つ言うことを聞いてやる」という約束をしてしまったのだ。
その約束を今日実行することとなる。
そのお願いというのが「お兄ちゃんと休日にデートする♪」というのだから困りものだ。
まぁ、デートと言っても陽向のウィンドウショッピングに付き合い、軽く昼飯してゲーセンでUFOキャッチャーやコインゲームで楽しんだ後は、晩飯の材料買い出しってだけだ。至って普通の休日ということ。
そんな俺は駅前の広場で陽向を待っている。
一緒に出発すればいいのにデートらしくないから待ち合わせする、と言うことを聞いてくれなかった。
デートもくそも血のつながった兄妹だというのに。
妹の将来がやけに心配になるが、そんな不安を綺麗に吹き飛ばしてくれそうなほどの晴天。
雲がなかなか見えない青空から、ちょっとした雲を探すのも1つの楽しみだな、なんて青空鑑賞をしていると陽向がやってきた。
「おにいちゃん、遅くなってごめんね」
息も絶え絶えに駆け寄ってくる陽向。別にそこまで急がなくてもいいのに。
約束の時間まであと5分はある。
「そこまで急がなくてもよかったのに」
そういう俺に、待ち合わせ場所に近づくと俺が見えたから走ってきた、とのこと。
なんとも健気と言うか、真面目なやつだと思えてくる。
そんな陽向は白いワンピース姿を身にまとい、麦網の小さな帽子が何とも可愛らしい。
ちょっと大人っぽく見える陽向に俺は微笑んだ。
「これ、似合ってるかな…?」
「あぁ、ばっちりだ。いつもとはまた違った雰囲気で良いと思うぜ」
「お兄ちゃん、だあーい好きっ」
駅前の広場で堂々と抱きついてこようとする陽向の頭を押さる俺。
目の前では両手をブンブン振り回し、頻りに「お兄ちゃんェ…」と呟く陽向の将来が不安になった。
なんか最近人の将来を不安がってばかりな気がするな。
道行く人の視線が何か気になるので、俺は早々に場所を移動することにした。
もちろん陽向も一緒に。
「ところで陽向。今日の予定はどうなってるんだ?」
「もうお兄ちゃんてば! デートなんだからお兄ちゃんがエスコートしてくれないと!」
一応考えてはいたものの、陽向の意見も聞こうと伺ってみたらこの通りだ。
これ以上追及しても俺が求めているような返答はもらえそうにないので、待ち合わせ時間で考えていたいつものお決まりプランで行くことにした。
「昼飯までまだ時間あるから、モールの中でもぶらつくか。服でも見てみようぜ」
「うん♪」
軽快な返事と共に、左腕が締めつけられる。
いや、締めつけられているのではなく陽向が腕を組んでしがみついてきているだけである。
「陽向、ちょっと痛い。今日は別に逃げも隠れもしないから普通にしてくれ。これじゃ血が止まるよ」
「ご、ごめんお兄ちゃんっ」
しがみつく力は弱まったものの、相変わらずぎゅっとくっついている状態に変わりはない。
まぁ、今日くらい良しとするか…
俺は歩きにくさをこれ以上ないほどに感じながら、駅前のショッピングモールへ歩み始めた。
ここのショッピングモールはめちゃくちゃデカい、と言うわけではないがファッション街、レストラン街、ショッピング街、アミューズメント街としっかり分かれているので比較的回りやすい仕組みになっている。
時間をうまく外せば混んでいる部分も回避できるため、何かとお世話になっている場所だ。
案の定陽向はファッション街に入った途端、様々な服を手に取り見て回っている。
ちょっと子供っぽい服だったり、背伸びをした格好をしてみたり。
兄の俺が言うのもなんだが、正直陽向は可愛い方だと思う。
センスの良さも相まってか、試着するものはどれも似合っていた。ここぞとばかりに購入を進めてくる店員がかなり面倒だったが。
そんな中、俺はある一着に目をとめた。
母さんが生前よく着ていたような服だ。陽向が偶然試着した時に、母さんの面影を思い出しなんとなくその服だけはチェックしていた。
俺は陽向に気付かれないようにその服を買った。
普段の生活仕事は陽向に任せきりなので、せめてものお礼を込めてだ。
「お兄ちゃん! これ着てみてよ!」
自分の服を見ていたのかと思いきや、いつの間にか陽向は俺の服を探していたようだ。
正直俺は服なんて着れたらそれでいいと思っている。外見を着飾ったところで、中身は変わらないしな。
とはいえ、日頃から服のセンスがいまいちと学園の友人にも言われていたのでいい加減気をつけないといけないのか、なんて思ってはいたのだが。
「こんな感じのお兄ちゃん似合うと思うんだけどなぁ」
陽向が手に取ったのは真黒なYシャツのようなもの。でも襟元を良く見ると裏地にチェックの入っておりなんとなくオシャレに感じた。
袖の先もめくり上げる使えるようにボタンが付いており、長袖や6分袖といったバリエーションができるようだ。
「お兄ちゃんいつもTシャツなんだもん。もっとカッコイイ格好した方がいいよ!」
「あ、あぁ…」
俺は値札をちらりとみて服を元に戻す。
陽向の服ならまだしも俺自身の服にはそこまで金をかけるつもりも無かった。
そのあたりは働くようになってからでいいと俺は考えていたから。
ただ、服のデザインは目に焼き付けておこう。安くて似たようなデザインならありだな。
「えー、買わないのー? 着るだけでも着てみようよぉ」
抗議の目をごうごうと浴びせる陽向の頭を撫でてやり、顔がほころんだところで俺は店を出た。
困った時は頭をなでてやると、なんとかなる。
この法則がなんとなく成立しそうなそんな気がした。
「そろそろ昼飯にしようぜ。今入っておけばまだ混んでないだろうし、ゆっくり食べられそうだ」
「さすがお兄ちゃん♪ じゃぁさすが次いでに私が今食べたいものはな?んだっ」
えへへ、とはにかむ陽向。陽向が好きなものと言えば…
「パスタ系とかか?」
「ぶっぶー! 正解は…」
頬を赤らめながらゆっくり近づいてくる陽向。
すぐ隣まで来て、耳を近づけてと言わんばかりに手招きする。
俺は少ししゃがみ耳を陽向の顔元へ近付けた瞬間――
かぷっ☆
「うわあああああああっ ちょっ ちょまっ 陽向! お前何をっ!」
「私が食べたいのはお兄ちゃん、だよっ♪」
あろうことか陽向は俺の耳たぶをあまがみしてきたのだ。
まさかそんなことをするとは思っていなかっただけに完全にガードが外れていた。
「へへ?。で、本当はお兄ちゃんの言う通りパスタだよっ♪」
留まることを知らない陽向の行動に俺は冷や汗を流しつつ、パスタ専門店へと向かった。
しかし、陽向のやつどこでああいうことを覚えてくるんだろうか…
いつか妹の情報源を探ろうと、脳内に無駄なメモ書きを残しておいた。役に立たないことを祈るばかりだ。
店内は小洒落た雰囲気の作りになっている。イタリアをイメージしているのだろうか。
壁や天井に描かれた絵が面白い。本当は額縁に入れて絵を飾るのだろうけれど、それを壁に描いてしまうことで全体そのものをデザインとして考えているようだ。壁なのに窓が描かれ、その窓越しに草原が見えているところなんかおかしく感じた。
昼食にしては若干早い時間なので、まだ店内も客がまばらである。ピーク時にはどうなるのだろうか。
案外混まなかったりしてな。
「いらっしゃいませ?。2名様… って蒼空?」
「おぉ、茄奈じゃないか。ここでバイトしてたのか?」
案内するために登場した店員がまさかの茄奈とはな。休みの日もバイトご苦労様です、なんて労いの言葉を浮かせつつ。
「今日はデートか? 連れは… って陽向じゃないか」
「茄奈さんこんにちわ?♪」
陽向は年齢にしては少し小さい方で、俺は180cm近く身体がある。俺が陽向の前に立つと完全に隠れてしまう形になる。
ひょっこりと顔を出した陽向が茄奈と挨拶を交わす。どうにも茄奈の口ぶりが気になるところではあるが。
「2名様ご案内しまーす!」
茄奈らしい覇気のある声が店内を貫いていく。
よく通る声だなといつも思うが、バイトで声出しに慣れているせいもあるのだろう。
俺達は窓側の禁煙席に案内された。
「今日はシェフの気まぐれランチってのがいいかもね。本当にシェフの気まぐれで登場するんだけど、何よりも価格が素敵だ」
「じゃぁ俺そのランチで」
「わたしもお兄ちゃんと一緒ので♪」
そう言って差し出されたメニュー表とは別のメニューに視線を向ける。確かに、パスタ、パン2つにサラダ、スープ、デザート1品がついてこれは破格だろう。
何の迷いも無く俺は選んだ。量もあって値段も安ければそれに越したことはないからな。俺が決めたのと同時に陽向も同じものを注文する。
まぁこの辺りは読めてたけどな。とはいえ、2人で1000円は家計に優しい。
「ご注文を繰り返しま?す。シェフの気まぐれランチをお2つですね。ではごゆっくりどうぞ?」
終始笑顔の茄奈が店の奥へと消える。そうか、あれが営業スマイルというやつか。
5分後にはすっかり忘れてしまいそうなくだらないことを考えつつ、自分の腹の虫が声を上げようとしているのを抑えていた。
「ありがとうございました?」
茄奈とは別の店員に見送られ俺達は店を後にする。
何だかんだで居心地がよく、1時間以上ものんびりさせてもらったがピーク時ともなると客が大波のように押し寄せとてものんびりする雰囲気じゃなかった、というのも大きな理由ではある。
「さっきのパスタ美味しかったな。デザートもなかなかのものだったし」
「お兄ちゃんはミートソース系の方が好み?」
先程のランチメニューについてたらたらと会話が続く。ミートソースパスタではないものの、カットトマトをベースにひき肉と茄子と玉ねぎを和えた仕上がりになっていた。パスタと言えば普通のミートソースのイメージが強い俺は複数の具材を味わえることに感心した。そういう料理もあるんだな、と。
さて、お次は予定通りゲーセンへ。ひまつ部では据え置き型のゲームが人気だが俺としてはゲーセンの雰囲気を味わいながらする方がどちらかと言えば好みだ。UFOキャッチャーやコインゲームなんかは、その場でなければ味わえない緊張感というものがあってだな。
一瞬のミスが勝負につぎ込んだお金を羽ばたかせる結果になるという、いわば崖っぷちの勝負だ。そんな緊張感と勝負強さを兼ね備えたゲームはやはりゲーセンでなければ味わうことができない。
「陽向、何か気になるものあれば言えよ。取ってやるから」
「うん、わかったお兄ちゃん☆」
そう微笑んで俺の腕にぎゅっとしがみつく陽向。
ゲーセンについてあーだこーだ語ったが、実際のところはガキん時に陽向を喜ばせるために始めたのがUFOキャッチャーだった、というただそれだけなんだ。今でもこうして遊びに来ては陽向の欲しがりそうなモノなんかを取ってやっている。
しかし、今日の陽向は一向に探しに動かない。どうしたものか。
「なぁ陽向? 今日は探しに行かないのか?」
「だって、気になるものっていったじゃない。だからここにいるの」
「ひーなーた」
「あう」
くっついている陽向の頭をギュッと押し出し、取るものを探してこさせた。
何もないなら取ってやらないぞ、と付け加えることによってようやく動き出してくれたけどな。
「お兄ちゃん、わたしアレがいいな?」
ぐるぐると探しまわっていた陽向が指示したのは、小さなキーホルダーだった。
何かのキャラという感じではないが、中の良さそうな二人が手を握っている。そのシルエットが微妙にハートのような形に見えないこともない。
「なんかお兄ちゃんとわたしみたい」
俺は台に近づきどういった仕組みになっているのかを探る。基本はUFOキャッチャーと変わらないが、キーホルダーを吊るしてある紐を上手く切れば落っこちてゲットできる、といったもの。
この手のは回数重ねないと取れないんだよな、と出費を覚悟するかもっと見定めるかを迷っていたところ――
「あれ、また蒼空じゃないか」
「茄奈さん、こんにちわ?。良く会うね♪」
またまた茄奈の登場である。次は、このゲーセンの制服を着ているところからすると…
「今はここでバイト中なんだ。蒼空、その台のモノがお目当てなのか?」
「まぁそうなんだが、さっきのバイトはどうしたんだ?」
「あそこはランチタイムのみだ。あの時間だけやたらと混むからな。暇になれば次のところさ。ここはバイトがたくさんあるからがっつりと行けるよ」
茄奈の働きぶりには脱帽だ。もはや敬意を示さなければ。このゲーセンの他にもバイトしてるのだろうか。
「その台のは多分難しいよ。こっちの方がまだチャンスかな。さっき何人かやってたみたいだからさ」
今見ていた台の裏側にももう一台あった。丁度隣の大きなクレーンゲームの死角になって気が付いていなかった。俺としたことがこんなミスを。
こちらの台にもお目当てのキーホルダーがつらさげられている。幸運なことに若干だが切れ目が入っていた。
「陽向、これならあっさり落とせそうだ。待ってろ」
「ホント!? さすがお兄ちゃん♪」
兄弟二人してクレーンゲームのウインドウ越しに顔を近づける。いや、まだお金入れてないけれど。
「2人は本当に仲が良いな。見てるこっちまで微笑ましいよ。じゃぁ、何かあったら言ってくれ?。私はその辺にいると思うから」
相変わらず笑顔な茄奈。そしてその元気さに完敗だよ。
結局キーホルダーを取るのに3回プレイするという大失態。いや、これは大失態ではない。なんせ失敗した2回ともタイミング良く陽向が抱きついてくるもんだから手元が狂ってしまうのだ。ゲーセンに集中している俺は陽向からすれば無防備なんだそうだ。
目の前の獲物を集中しているのだから当り前だろう、という話なんだが。
――帰り道。
あの後、ショッピングゾーンにて晩飯の買い出し、そして帰宅という流れだ。
特にこれと言って大きなことはなかったのだが、予想通りと言うかなんというか。
スーパーのレジに茄奈がいたことは気にしないでおく。
「おにいちゃん、今日はありがとう♪」
「たまにはこうしてのんびり過ごすのも悪くないな」
新学期を迎えてからというもの、事あることにひまつ部に駆りだされた俺。主に雑用。
いつも何だかんだで賑やかで騒がしい部活だが、なんとなく居心地はいいものだ。
そんな荒波のような生活から今までの平穏な一日に戻ると、酷くタイムスリップした気分になる。
家族水入らずで過ごす休日も部活で過ごす慌ただしい日々もありだな、と思ってしまった。
あぁ、なんか俺も変な方向に進んでいると思われるのだろうか。
そこだけが心配である。
ひまつ部はありだと思うが、平穏を捨てたわけではないことをここに固く誓っておく。
「おにいちゃん、どうしたの? しぶ?い顔になってるよっ」
「あぁ、ゴメン。なんでもないんだ」
「ひまつ部のこと… 考えてたでしょ? 何だかんだでおにいちゃんもあの部好きなんだね?」
へへへ、と悪戯っぽく笑い陽向は駆け出して行った。つーか俺があの部活を…?
居心地は悪くないが、別に好きだとかそんなことは思っていないんだがな。
駆けだす陽向を追いかけるように、俺達は御影家に戻って行った。
9. 仮想世界
今日はいつもの200%増しと言ったところか。視線を合わせずともいとも簡単に貫けるほど鋭く、そしていっそう熱い視線を浴びている俺。
別に紫外線浴が趣味だとかそんなことを言うつもりは全くない。部室に来るタイミングが悪かったとしか言いようのないこの状況。
ひまつ部の長であるティアと二人きりな初夏の放課後。降り注ぐ紫外線も一層強まり、時折夏を感じることができるほどの暑さも感じられる。
だが、俺が浴びているのはそういった自然の摂理とは大きくかけ離れた人害要素を多分に含んでいる。
「…しら。 何か… こと… ないかしら」
一見ソファー側でくつろいでいるように見えるのだが、足は床を何度も踏みつけその部分だけ剥げてしまうのではないか、と心配してしまう。
何かの儀式のように延々と繰り返される謎の言葉。小さくて聞きとれないものの、予想からして「何か面白いことないかしら」とでも言っているのだろう。暇な時間が続くと決まってこの症状が起きるのだ。こんな時はそっとしておくことが一番の有効手段。触らぬ神もなんとやら。
だが、しかし。だがしかしである!
決まって俺はそういった状況のティアと2人きりで遭遇することが多い。何だろうな、運命の糸で結ばれてるのか。まるで笑えない冗談に自分自身ブロークンハートに陥りそうになるのを必死にこらえつつ俺はただひたすら祈り続ける。
早く誰か来てくれ、と。
世の中、そうそう旨く行くもんじゃない。こんな時は決まって誰も来ないのだ。この状況を俺一人でなんとか打開してみろ、という運命からの挑戦状なのだろうか。だが断る。誰がそんな挑戦状を頼んだのだ。俺は景品に応募もしなければ、挑戦状なんて済む世界が違いすぎる。それなのにこの残酷な状況をいとも容易く傍に置いてしまう辺り、俺のちょっとした特殊能力なのかもしれないな、なんてくだらんことを考えていたら――
「ティア! 遅くなってすまない! クラスのバカ共がホームルームを伸ばしおってな!」
「お疲れさまでーす、遅くなりました」
ロリと春樹の2人がやってくる。とりあえずこの状況が大きく変動する可能性は現状維持に比べ何と幸せな世界なことか。
死んだじいちゃんやばぁちゃんが見えないことを確認し、俺は安堵する。大丈夫、まだ生きている。
「ロ゛ォォォォリィ゛ィ゛ィ゛ィ゛ィ゛ィ゛…」
普段からは想像もつかないほど拉げた声を発するティア。どこから声が出ているのか全く分からない。ひまつ部七不思議のひとつに命名しておこう。合わせて七つで収まればいいと願う俺がいる。
ロリがティアの隣にちょこん、と座る。と、思いきや
「隙ありじゃぁ!」
ロリはティアの胸目がけハイジャンプ&ダイブ。まさにガバァッっと襲いかかる感じで抱きついている。あぁ、また始まった。今回は何の前触れもなく。
「やぁっ、ちょっとロリっ あぁんっ、急にそんなっ」
先程までのドスの聞いた… なんだデスボイスっていうのか? そんな悪霊に取り憑かれたような声色が一転し、なんとも可愛らしく甘酸っぱい音色へと変化する。表現してる俺まで恥ずかしくなってくるんだが。
「ティア?、相変わらずいい香りじゃ! ロリはこの香りが堪らなく好きじゃ!」
今一瞬羽と尻尾が見えた気がするが気のせいだろう。先日のコスプレの印象がどうも強すぎたみたいだ。
俺は目のやり場に困り春樹の方へ視線を送る。主に何とかしてくれ、の意味を込めて。
「…ポッ」
そんな春樹もなぜか俺と視線が合うと頬を少し赤らめ、逃げるように視線を外す。なんでだよ。
「さて、冗談はさておき。ロリ?、今日はお知らせがあったんでしょ? それを伝えないと」
頬を染めていたかと思えばいつも通りの春樹に戻り、ロリに本日の目的を伝える。
「うむ、そうじゃな! ティア、実はだな…」
「隙あり!」
「な、何をっ」
ロリからが上に乗りかかっていたはずの姿勢がいつの間にかティアが上になっている。
一瞬の隙をついてぐるりと立場が入れ替わった。
「さぁ、子猫ちゃん… 先程のおいたのお返しよ… ウフフ」
目を若干細ばめ、唇をペロリと一舐めする。
「いい加減にしろ」
「あたっ」
後ろのガードが隙だらけだったので、ティアの後頭部へチョップを一撃。
誰か止めないと話が進まないのか。こんな時の常識人加奈は今日もバイトだろうか。
「何すんのよー! いいじゃないちょっとくらい!」
「いいところだったのに、余計なことをしおって!」
ティアとロリの猛烈な抗議が槍の如く飛ばされてくる。そんな屁理屈で固められた槍など大した殺傷能力はないのだが。
そして"ちょっと"という単語に多いに引っ掛かるが、いちいち気にしていては一日48時間あっても足りないことだろう。つまり、俺は華麗にスルーを決め込む。
「ロリ。今日はネタがあるんだろ? それを伝えてから後でじっくりやれ。見えないところでな」
「バカモノ! 見えなければ読者は萌えを味わえんだろうに! 全くお前は何を言っておるのじゃ!」
ゴメン、ロリの言っていること一字一句わかんねぇよ…
えらく機嫌を損ねてしまったロリだが、ティアはその状況を特に引きずることなく言葉を続けた。
「ロリ、ネタって何か面白いことでも?」
よし、ネタという文字列に食い付いた! とりあえずこれで物語は前に向かって進むはずだ。
全く、進行しない物語に身を投じるのも大変だぜ。
「うむ。なかなかに面白い情報を手に入れてな。是非ともひまつ部の皆で参加しようと思ったのじゃ」
えっへん、と自慢げに胸を張るロリが年相応に見えて俺は安堵した。そんなことはどうでもいい。
「遅くなってごめんなさい、お兄ちゃんっ」
「うわー遅刻だぁぁっ」
不意に部室のドアが開けられたと思えば、陽向とななたが流れ込んできた。
部室に向かう途中に蝶々を見つけて追いかけていたら神社の方まで行っていたそうだ。2人して。
詳しいことはもうどうでもいいので割愛させてもらう。
「では気を取り直して本題に入るぞ!」
コホンと咳をし、ロリはいつになく真剣な眼差しで周囲を見渡す。
誰しもが固唾を飲み、次の一声を待っていた。
「はる、説明してくれ!」
ズゴガッシャーン! とどこからか聞こえてきそうなほどズッコけてしまいそうになるのを抑える俺達。
何だよ、説明できないなら最初から任せておけよ。
「じゃぁはるから説明するね。ロリの国の傘下にある企業が日本と提携してある体験型ゲームを制作しているそうで。そのゲームのテスターを今回依頼されたみたいなんだよ。開発中のゲームに触れるとても貴重なものだよ」
「な、なんだってー!」
目を輝かせて絶叫染みた声を上げるティア。特別とか貴重とかそういった単語に反応しているんだろうきっと。
「それはどういったゲームなんだ?」
「えっと、それはね…」
「は?い、はいはいはい! それはたまちゃんから説明しようっ!」
肝心のゲーム内容についてサッパリなので、春樹に疑問を届けた瞬間のこと。
たまちゃんこと田牧理事長がひまつ部部室へやってきた。
「おぉ、たまちゃん! 今回のことはもう知っておるのだな!」
「ロリちゃぁん、あたりまえよぉ。わたしを誰だと思ってるの! 3度の飯よりゲーム好き! 3度のトイレよりアニメ好き! こなしたオンラインゲームの数知れず! チート反対! ダメ、絶対! コレクションしたフィギュアやDVD限定版BOXはわたしの宝物よ!」
もう俺には突っ込むことができなかった。強大な力の前ではちっぽけな存在などミジンコと同じようなものなんだろう。いや、それよりもこの人ヤバイ気がする。なんて言うか人間的に。
「へぇ、たまちゃんすごいわね! 食券乱用って感じ!」
ティア、食券ではなくて職権でしょう。例え漢字が合っていても意味不明だがな。
今日の俺はツッコミが冴えてるぜ! もはや自分自身にすらツッコミを入れたくなってきたこの状況がつらい。
「まぁ、今回の件についてはたまちゃん頑張っちゃったからね! 何と言ってもこのゲームの凄いところは完全体験型なのよ。エクステンションシミュレートと呼ばれ、ゲームがプレイヤーの五感を完全に制御する仕組みなのよ。つまり、本当にそのゲームの世界に入り込んだ形でプレイできるわけ。どう! すごいでしょ! 発売まで待ち切れなくて! もう――」
話出したたまちゃんは止まることを知らないマシンガンの様に言葉を乱射する。リロードなんてものは存在していない。
『ぴんぽんぱんぽーん』
不意に構内アナウンスの放送が流れ始める。
『校内どこかにいる田牧理事長! さっさと理事長室に戻ってこんかぁぁぁ! さもなくばテメェの大事にしてる***とか*****をぶっ飛ばすぞゴラァァァァァァァァ!!!』
どうやら生徒の呼び出しではなく理事長の呼び出しのようだ。
しかし、この放送誰がしゃべってるのだろうか… そして酷い内容である。
「ひ、ヒィィィィィィィッ」
先程まで明るく無邪気にはしゃいでた田牧理事長の姿はなく、ただこの世の絶望に怯えるだけといった表情がそこにあった。
っていうか早く行けよ。
「み、みんな… た、たまちゃんちょっと用事があるから… ごめんね… お、お仕事とか大変… うわあああんっ」
何が何でもここに居たいと言わんばかりの田牧理事長。しかし、そうも言ってられない状況だということだけなんとなく察しがついた。
「たまちゃん! こっちはロリたちに任せるのじゃ! たまちゃんはたまちゃんにしかできないことがあろう! 救ってやるのじゃ、たまちゃんのコレクションたちを!」
「そ、そうね! あの子たちを守れるのはわたししかいないのよ! 待っててアルフォンス! リゲルヴァィン! トンポーロー!」
アニメのキャラクターなのかわからないが、なんとなく想像はできた。多分フィギュアとかその類だろう。早く戻らないと、そのコレクションが処分されてしまうってことだな。うちの学校こんなんで大丈夫かよ…
「たまちゃんの犠牲を無駄にしないためにもアタシたちはアタシたちにできることを精一杯やるのよ!」
「「「おぉーーー!!!」」」
ティアの熱弁に俺以外の部員は手を高々と上げ賛同する。陽向、お前までもこのノリについていけるようになったのか。
何やら熱苦しい言葉を並べ、皆はそれぞれ「たまちゃん」を連呼する。なぁ、これ何のノリなんだ教えてくれよ。
完全に乗り遅れた俺は疎外感100%でちょっと寂しかったりもする。いや、ほら。一緒にいるのに一人だけ仲間外れみたいで嫌じゃないか。
「じゃぁみんな! 次の土曜朝9時に駅前集合ね! 遅れたやつは凄いことになるから!」
具体的にどうなると言わないところがティアらしいのか。それとも何も考えていないのか。
まぁ、田牧理事長の言うゲーム内容が本当だとすれば結構興味はあるな、というのが正直なところ。
コントローラー握ってプレイするゲームよりも、体験型の方が性に合っているというかなんというか。
ちょっと土曜日が楽しみになってしまった自分が気恥ずかしくもあり、この空気に馴染んでいる事実が辛かった。
待ちに待った土曜日。
楽しみにしてる遠足前夜の気分で寝れなかった、とかそういうわけではないが朝から気分が高揚しているのは間違いではない。
それは俺だけじゃなく妹の陽向も同様だった。
「おにいちゃん、楽しみだねっ どんなゲームなのかな?」
「今までにないタイプの体験型ゲームなんだろ? 気になるよな」
俺達2人は集合時間に余裕を見て駅前へ向かっていた。学校の寮組に比べたら駅はかなり近いのでかなり時間としては余裕があったのだが…
「おっそーーーーーい! 今何時だと思ってんのよ!」
集合場所には既に全員の姿があった。何だよ、集合時間まで30分あるだろうに…
「遅刻よ遅刻! アンタ凄いことになるからね!」
「ティアさんごめんなさいぃ?」
陽向が困ったように謝る。
「陽向はいいのよ。女の子なんだから。問題は蒼空! ダメダメね」
あまりにも理不尽な理由から俺は凄いことを体験する羽目になった。さて、凄いことってどんなことなんだろうか。
若干面倒になって突っ込みを入れていないのは気のせいということにしていただきたい。
「あれ、茄奈とこのたがいないな?」
俺は集合しているメンバーを見て2人足りないことに気がついた。
「茄奈はバイトだって。このたはサッカー部よ。まぁ仕方ないわ」
貴重な体験を逃してしまっている2人の分もじっくり味わうことを決意した俺だった。
任せておけ、体験型ならバッチリプレイするさ。
目的地は当然開発しているゲーム会社となる。
道中、恐ろしいほど改めて伝えることが無かったためスッパリと割愛させていただく。
いや、いつも通りだよ。ティアとロリが車内でいかがわしいことを始めようとしたり、陽向が俺のトイレを覗こうとしたり、春樹が事あるごとに人生挫けそうになるほどの突っ込みをさらりと入れてみたり。
ななたが一番大人しくて助かった。ただ気が弱いのか、あまり意見を言うことはなかったが。
この辺は同じ男として立派に教育してやろう。ひまつ部の輝かしい未来はななたにかかっているような気がした。
たどり着いたゲーム会社はそれほど大きいわけではなく、今回のゲームに将来を賭けているといっても過言ではない状況だそうだ。
つまりは崖っぷちということか。俺達が知らないところでみんな必死なんだな、とちょっと将来を見つめたくなくなるそんな俺。
「こちらが今回テストしていただくマシンとなります」
沖田さんと呼ばれている、20代半ばの男性が物腰柔らかに説明を始めた。
当然数名は話を聞いちゃいないが。
「そんな面倒な話はいいわ! さっそく始めるわよ!」
ティアとロリはマシンの中に入り込む。
マシン自体は卵の形をした球体になっており、中には座り心地良さそうなソファーと多すぎるほどの配線。
この辺はテスト段階だからまだごちゃごちゃしているらしい。
そのソファーに腰かけ、身体のいたるところに配線を取り付けていく。何かドラマなんかでたまに見る医療機械の凄いやつ、としか表現できそうにもない。
「では、始めますね」
沖田さんの言葉と共に俺達の意識はゲームに制御された。
って言えばいいのだろうか。一瞬、意識がすぅっと薄れたと思った矢先。
「うっわー! 何これ! 本当にゲームなの!?」
目の前にはひまつ部のメンバーがいる。しかし、洋風の建物が周りにあり先程いたゲーム会社の風景とは大きく異なる。
沖田さんの解説によれば、直接脳へ五感信号を送りつけているので本当に体験している状態と変わらないらしい。
人間の身体ってつぐづく不思議なものだな。
『みなさんのキャラクターは自動作成とさせてもらっていますので、外見は実際となんら変わりないかと思います。あとは、コンピューターが勝手に適正の職業を設定していると思いますので、各自ステータス画面にて確認しておいてください』
まさに天の声、と言わんばかりに世界に響く音声。どうやら、沖田さんが外側から話しかけているらしい。
職業とかってなんだろうか・・・ 俺は今からやるべきことに困惑していると
「おにいちゃん♪ 見て見て?! これ可愛くなあい?」
白衣のナース服のような、でもちょっとイメージが違うのだが胸元についている十字架の模様が何だか印象的なコスチューム。
「わたし職業ビショップだって! ビショップってなんだろう?」
「僧侶だよ。主にパーティーの回復を担うみたいだね。陽向お姉ちゃんとても重要な職業だよ」
陽向の質問に対し、そばにいたななたが答える。
そんなななたは虎耳としっぽが生えた良くわからないコスチュームになっている。
「僕、職業トラネコらしいです…」
役にたつのか全く不明な職業に任命されたななたはどこか寂しげである。
しかし、よく似合っている。マスコットの印象が見てとれた。
「はるはソーサラーというものらしい。なんだろう?」
全身をバスローブのようなものに身を包んだ春樹。
なんとなく頭のフードに耳がついている気がしなくもないが、そこは見なかったことにする。
「召喚師だね。何かを召喚して操ることで能力を発揮するタイプだよ。一般的には召喚獣と呼ばれる生物を扱うみたいだけれど、このゲームではどうなんだろうね」
またしてもななたが解説を入れてくれる。もしかしてこういうゲームに慣れているのか?
「きゃぁあああっ ロリ! 可愛すぎ!」
「ティアも十分かわゆいぞ!」
ピンク色を通り越して何とも表現し難い声できゃあきゃあ盛り上がっているティアとロリ。
ティアはよく日曜日の朝に放送している魔法少女みたいな格好をしている。これまた思いっきり似合っているのがなんとなく腹ただしい。
ロリに関してはもはや想像通りというかなんというか。以前見たコスプレそのままのような気もする。
コウモリのような格好で羽としっぽが生えている。どうしてこうも似合うのだろうか、その部分が大きな謎となりそうだ。
これも七不思議のひとつに入れておこう。
「アタシはウィザードだって?。なんか名前かっこよくない!?」
「ロリはヴァンパイアだ!」
「ティアさんは攻撃系の魔法を操る魔法使いですね。ロリちゃんは… なんだろう?」
何だかんだでみんなそれなりな職業についている。俺と言えば…
「蒼空お兄ちゃんはナイトだね! 前線で活躍する重要な職業だよ!」
ななたが笑顔で俺に解説をしてくれる。こういうゲーム好きなんだろうか。
それにしてもナイトとはまた大変そうな職業だな。
『みなさんの職業が確認できたようなので、ギルドへ行ってクエストを受けてきてください。何事もそこからですよ?。ではではテストよろしくお願いしますね!』
沖田さんの最後ともとれるアドバイスが響き渡る。
しかし、本当にゲームの中なのか、と疑ってしまうほど現実世界と区別がつかない。
脳を直接制御するとこうも違うものなのか。なんか、未来にタイムスリップした気分だ。
こうして、ひまつ部の仮想世界体験という新作ゲームテストが開始された。
10. 仮想より現実
「さぁ!」
目の前で大きな瞳を一段と輝かせどこまでも晴々とした笑顔を振りまくティア。魔法少女の格好がえらく気に行ったのか、ロリのヴァンパイアな格好に奮起したのかはさておきこの上ない美少女として君臨していることにいささか戸惑いを隠せない俺。黙っていれば事なきことを得るのにな、なんて思考を巡らせるものの、学校のプールに砂糖を一握り入れるようなものだ。プールの水は甘くならないし、砂糖なんて一瞬で溶けて消えてしまう。俺がどのような思考を巡らせようともティアにとっては全く無意味なものであることくらいこの数ヶ月の付き合いで良くわかっている。
「みんな! さっさとそのなんたらって怪物をぶっ飛ばしに行くわよ!」
「楽しみじゃ! どんなカスいのが出てくるのかロリは楽しみじゃ!」
ギルドへ向かい、ギルドマスターからクエストのという物語のイベントを聞かされた。なんでも、側にある神聖な森に怪物が住み着いたらしい、とのこと。奥に湧き出る泉はこの街の重要な資源らしいのだが、モンスターが発生してから近付くことができないという。そのモンスター退治の依頼だった。
「ティアお姉ちゃん、今のままじゃちょっと厳しいよ。まずはLvをあげなくちゃぁ」
ななたが積極的に話をする。やはりこういったゲームは慣れているのだろう。俺は口を挟む余地が無いので今回は傍観者でも気取らせてもらうか。
「どうして? アタシがそんなの一瞬で吹き飛ばしてあげるわ」
「みんなLv1だからスキル使えないし、敵も固いんだよぅ」
ななたの発する単語の中に聞き慣れないものが混ざっていることに一同困惑気味である。
「ななた、もっとよくわかるように説明してほしい。みんなこういうゲームは初心者だ」
春樹のごもっともな意見。仮想世界でも春樹は春樹だった。
「えぇと、みんなそれぞれ職業に見合った特別な力があるんだ。それをスキルっていうんだけれど、例えばティアお姉ちゃんだったら攻撃魔法だね。今は全然使えないんだけどLvを上げることでいろいろ覚えていくんだよ。そういったスキルはとても破壊力があるから、強いモンスターと戦う場合には絶対に必要なんだ」
ななたの説明にクエスチョンマークの抜けないティアとロリ。春樹は熱心に話を聞きながらふんふん、と首を縦に振っている。俺もなんとなくだがわかる。陽向に関しては傍にある花壇を眺めているが。
「要するにいきなり攻め込むと大変だからじっくり進めなさいね、ってことね!」
ティアの解釈は単純かつストレートだった。間違いではないのだが、正解でもないのが辛いところ。
「とりあえずさぁ、その森に行ってみようよ♪ お花いっぱいあるといいなぁ」
陽向の言葉が最後の後押しになったのかはわからないが、俺達は目的地である神聖の森へ向かった。
しかし、これがゲームの世界なんて未だに違和感がある。なんせ、実際の世界と感覚が変わらないのだから。空は綺麗に晴れ渡り雲が流れている。木々は生い茂り、色取り取りの花が俺達を出迎える。静かに聞こえる川のせせらぎは約2名の話声により寸断される。ゲームをやっている意識を抜けば、部員のみんなでピクニックに来た気分になる。まぁ、みんなの服装というかコスチュームが現実離れしているのでその心配はないが。
「いい天気だね、おにぃちゃん♪」
柔らかな笑顔で俺の隣に並ぶ陽向。白いシスターっぽい服が何とも可愛らしい。その隣はしっぽをゆらゆらと軽快に歩くななたの姿。もうコイツはマスコットでいいんじゃないだろうか。どう考えても戦闘向きじゃないのは目に見えている。
「ギシャァァァーッ!」
突然腹の底を抉るような気味の悪い泣き声が聞こえた。目の前には数体の化け物が立っていた。これがモンスターってやつか。なんともおどろおどろしいな。ここまでリアルにする必要はないと思うのだが。中肉中背の大人くらいの大きさではあるが、どう見ても友好的ではない眼差しを俺たちに注ぐ。全身を緑色に染めたような人間に近い体つき。筋肉質ではあるが、なぜか腹だけはぽっこりとしていた。
「ビィィィエェェェッ!」
怪物の群れの中の一匹が陽向目がけて飛びかかってきた。おい、問答無用なのかよ!
「陽向っ」
俺は陽向の手を取り駆けだす。こんなのとどうやって戦えって言うんだよ! 戦いに関してもリアル過ぎてどうしていいかわからない。
「でったわね、このバケモンが! ロリ! 行くわよ!」
「あんな気色悪い奴等は全て抹殺じゃ!」
あ、あれ… 一般的な常識人の反応として俺の取った行動は間違いではなかったと思うのだが。ティアとロリは臆することなく怪物に向かって走り出す。
「ティアお姉ちゃんは下がって! 魔法使いは前衛じゃないんだよっ ロリちゃんは普通に殴る感じでいけるから! 羽も攻撃に使えるよ!」
ななたがまたもや解説を始める。っていうか、この化け物どもにたじろぐそぶりは一切ない。どうなってるんだ一体。
「もー! なんでアタシは接近できないのよ! こんな奴らこの杖でボコボコにしてやるのに!」
「ティアお姉ちゃんは物理攻撃じゃないからダメだよ」
その間にロリは怪物どもに急接近する。怪物が振り上げた両手が振り下ろされる前にロリは懐へ潜りこみ背中の翼で怪物を切り刻んで行く。どこであんな戦い方を覚えたのだろうか。動きが俊敏過ぎて現実世界じゃないみたいだ。あ、ここは仮想世界だっけ。
「うはははははっ ザコはどこにいてもザコじゃのう! ロリの羽で切り刻まれることを幸せに思うがいい!」
「ロリー! 超可愛いわぁあぁー! きゃぁきゃぁっ!」
一体、また一体と怪物をなぎ払っていくロリ。その戦う姿に一段と大きな声援を送るティア。
「これでラストじゃっ!」
10数体いた怪物はあっさりと倒された。その瞬間、みんなの身体がキラリと光った。
「やったぁ、レベルアップですよ! 僕たち今パーティ組んでいるから経験値が自動的に入るんです!」
「レベル上がったから何か変わるわけ?」
ティアの素朴な疑問に全員がななたを見つめる。
「みんな、ステータス画面を見てみるといいよ。多分スキルが追加されていると思うよ」
「わたし、回復魔法覚えたよ!」
陽向がVサインをしながらきゃっきゃと飛び跳ねる。
「はるも何か覚えたぞ。わんこを召喚できるみたいだ」
春樹が微妙な召喚獣を手に入れたらしい。果たして役にたつのだろうか。
「ロリは何も変わってないな。まぁ今のままでも十分強いので問題ない!」
「っしゃああああああ! アタシも何か覚えたわよ!」
広げた翼をパタパタしながら自慢げに答えるロリ。そして異常に黒いオーラを身にまとったティアが俺を見ている気がしてならなかった。
「ふぁいあああああぼーーーる!」
ティアの大きな掛け声とともに火の玉が俺を目がけて飛んでくる。って、おいおいおいおいおい!
「うわっちゃあああああああっ っちぃ! あっちぃ!」
「お、おにいちゃん! ヒールかけてあげる!」
何がどうなった! 今何が起きた!
「ふん、運のいい奴め! さぁ、もっと奥まで進むわよ!」
「おいティア! いきなり何するんだよ!」
新しいスキルを俺で実験したとしか思えないその行動。ここはしっかりと正しておかねばならない。
「なによ、あんたナイトなんでしょ。それくらい防ぎなさいよ! アタシが前にプレイしたフォイナルフォントジィのナイトは超強かったわよ!」
他社のゲームと比べてはいけません。とはいえ、一応仲間だろうに!
こうして俺達は順調に狩りと呼ばれる行為を楽しんだ。何か表現していて気分のいいものではないが。
「疲れたぁぁぁ…」
「ロリはもうハラペコじゃ! うまいご飯が食べたい!」
何だかんだでずっと森の中でモンスターを狩り続けていたので、全員程よくレベルが上がっている。これなら泉の凶暴なモンスターも行けるだろう、ということで俺達は街に戻ることにした。
街の宿屋にて。
「で、今日僕達が進んだのはこの辺りまで何だけれど」
テーブルの上に地図を広げ、ななたが今日の進んだ内容を振り返る。大雑把な地図ではあるが、泉の場所がしっかりと書かれているため全体のイメージを捉えるには十分だった。
「泉がここってことは、あっさりたどり着きそうね。あの辺もモンスターはもうザコだし」
レベルが上がるにつれてティアとロリの強さが凶暴になってきていた。後半はほとんど2人で一掃していたくらいで、残りのメンツは溢れたモンスターをたまに倒す程度だった。
もはやどちらが怪物かわかったもんじゃないな。って、これは心の奥底にしまっておこう。
「泉の番人と呼ばれるそのモンスターは、最初のボスだね。多分一撃がすごく重いから2人とも気をつけてね」
「大丈夫よ。攻撃を受けなければいいのだから!」
ななたの説明に、大きく胸を張るティア。ロリはもう疲れたのかウトウトとしている。
ゲームの世界で寝たら、実際の方も寝たことになるのだろうか。いくつか疑問が浮かび上がってくるが、この際どちらでもいいか。俺達は明日のボス戦に向け部屋へ戻って行った。
ベッドに横になり、窓から見える月を眺める。本当に不思議な世界だ。ゲームをプレイしているはずなのだが、実際に生活しているのと差異を感じないところが技術の革命といったものだろうか。脳に直接信号を送りつけることで、こうもリアルになるものなのだろうか。考えても答えが出るわけない疑問にぶつかりながら意識が薄れていくのを感じた。
――ギィ
不意に俺の部屋のドアが開く。こんな時間に誰だ?失いかけていた意識を必至に戻そうとするが、疲労している身体を動かすまでには至らなかった。
「ウフフ… ここは現実世界じゃないんだもんね。だったら今がチャンス… だよね」
何かボソボソとしゃべる声が聞こえるが、意識を失いかけている俺にはどうすることもできなかった。
「おにいちゃぁぁぁんっ」
俺の身体の上に重力がのしかかる。いや、陽向か!
「お、おぃ陽向! こんな時間になんだ!」
「おにぃ… ちゃん…」
頬を赤く染め上げ、少し潤んだ潤んだ瞳で俺を見つめる陽向。月明かりが部屋に差し込んでこないのでその表情はハッキリとは見えない。が、なんとなくそんな印象を受けるしゃべり方だった。
「ここは現実世界じゃないから… 今こそおにいちゃんと!」
「って、ひな―ッ」
押さえつけているのは陽向なので、簡単に這い上がろうとする俺だが今日は簡単には行かなかった。全身が金縛りにあっている感覚で手足を動かすことがままならない。
「ウフフ… こういう時のマインドブラストなのよね…」
マインドブラスト! 今日の狩りで陽向が習得したスキルのひとつである。対象の動きを封じ込めるという効果だったか。まさか、こんなことに使われるとはさすがに予想してないぞ!
「おにいちゃん… 今だけはわたしのものだからね…」
「ンーーー! ンーーーーーーー!!!」
もはや言葉もしゃべれない俺に、どうすることもできはしないが最後まで抵抗する。現実世界とか関係なしに兄妹だから! このままじゃ一般向けにできねぇから!
「おにいちゃ?ん… だぁいす… きゃぁっ」
「だからやめろって陽向ぁ!」
抵抗を続けていた身体が急に動き出した。と、思いきや逆に陽向に覆いかぶさるような体制になってしまった。
「お… おにいちゃん… おにいちゃんから来てくれるの…?」
「ちがっ お前なぁ、誤解を招くような発言は…っ」
―パチン
その瞬間、俺の部屋がランプの光に包まれた。
「もー、さっきからドッタンバッタンうっさいわねー! 何してん… の、よ…」
視線先には俺達兄妹を除くひまつ部のメンバーが勢ぞろいしていた。
「そ、蒼空おにいちゃん…」
「やはり蒼空はそういう趣味があったか。現実世界で無くなれば何をしてもいいというのだろうか」
ななたのさげすむような目と春樹の傷口を抉るような鋭利な言葉が身に突き刺さる。
「いや、違う! そうじゃないんだ!」
「おにいちゃん… やさしく、してね…」
俺の腕の中で頬を染めた陽向は火に油を注ぐようなことを平気で呟く。
「お前は何をしとんじゃーーーーー!!!」
ティアの言葉を聞き終える前にスリッパの様な者が俺の顔面を打ち抜いた。
俺はただ眠りたかっただけなのによ…
「ティア、どうしたのじゃ急に? あんなの放っておけばよいじゃろう?」
「べ、別になんでもないわ。ただ、なんとなくムカついただけよ。さぁ、ロリ一緒に寝ましょう」
ティアはロリの手を引いてそそくさと部屋を出て行ってしまった。
「じゃぁ、はるも寝る?。次は静かにね」
「蒼空おにいちゃん…」
春樹とななたも部屋を後にする。ななたの呼ぶ声がいつまでも耳から離れない、そんな気がした。
「じゃぁわたしも寝るねっ おやすみ、おにいちゃん♪」
そう言い残して陽向も部屋を出て行った。つーか、アイツ何しに来たんだよ…
どこまで俺のアイデンティティを崩壊させれば気が済むのだろうか。もはや名誉を挽回するチャンスがあるのか疑問な今後の生活に枕を濡らすことしかできなかった。
現実世界でもゲームの世界でもさほど変化が無いのは、俺自身もっとこう努力するべきなのか。人生の大きな課題を垣間見た気がしてならなかった。
翌日。俺が食堂へ降りた時には全員揃っていた。
「おはよう、おにいちゃん♪」
満面の笑みを隠しきれません、とばかりに笑顔溢れる陽向とその他メンツ。ティアに限って言えば非常に機嫌が悪そうに見えなくもないが。俺と言えば、昨晩の出来事で熟睡することができず意識がふわふわした状態であるが。
空いていた席に腰かけ、朝食をいただくことにする。
って、今思い出したんだが普通にゲームの世界で生活してるぞこれ… 現実を忘れてしまうと危険な感じがするのは気のせいじゃないだろう。
「なぁ、ちょっと思ったことがあるんだけどさ」
俺は今感じた疑問というか不安をみんなに問いかけてみることにした。どう考えるだろうか。
「今こうして目覚めてから朝食してるけどさ、ゲームの中の話だろこれ。一瞬現実を忘れかけてた気がするんだが、みんなはどうだ?」
「「「――あっ!」」」
ハッとした表情で見つめ合う部員達。やっぱそうだよな。あまりにリアルすぎてゲームをしていることを忘れてるよな。
「ロ、ロリは最初から気がついておったぞ!」
「はるも同意見だ。現実とゲームの区別くらいできっ… できるよ」
明らかにゲームに今気がつきましたと言わんばかりのロリ。そしてめずらしく噛む春樹。お前も忘れてたんだな。
「わたしはおにいちゃんといられるならなんでもおっけーだよっ♪」
「僕もアニキの武勇伝がみられるなら!」
陽向の問題発言は軽く受け流し、俺はお皿に盛られたサラダにフォークを伸ばす。
「ってぇ、うぉぉぉぉいっ!」
「「「ええええええええっ」」」
悶絶しそうな悲鳴とも似た叫び声が食堂を一瞬で満たす。
「な、ななた… くん?」
陽向がわなわなと肩を震わせながらお皿のウインナーを突きさす。何度も何度も。
「ななた、どうしたの急に! 何か悪いものでも食べたの!」
ティアが珍しく他人を心配する。ほほぅ、コイツも他人の心配ができるんだな。
「別に何でもないですよ。ただ、僕もアニキみたいに男らしく振舞いたいと思ったわけです! 一人前の男になりたいですっ」
「ななっ」
瞳をキラキラと輝かせながら俺の右腕をギュッとつかんでくるななた。一体何がどうなってんだ。
「蒼空ェ…」
鬼の形相とはまさにこのことか。今まで見たこともないこともない様な険しい表情のティアが真っ直ぐこっちを見つめる。どう考えても俺は不可抗力だろう、と言い逃れしたいところだがなかなかそうもいかない雰囲気である。
「な、なぁティア。ここはちょっと冷静になろうぜ。俺に怒りを向けたところで何も変わらない。そう、憎しみは何も生まないんだよ!」
よっしゃぁ、決まった! といわんばかりの決めセリフなつもりだったが、もちろんティアに通用するはずもなく俺は彼女の攻撃スキルをたっぷりと堪能することとなった。
例えゲーム内でも結構痛みもあるんだぜ。もうちょい手加減してくれよ、という俺のささやかな願いは伝わることはなかった。
放課後、ひまつ部にて。
「ねぇ、何か面白いことないの!」
今日も相変わらずネタを求めイライラしているティア。そのイライラの餌食になるのは基本俺ということを是非とも皆に伝えておこう。
結局あのゲーム体験はすぐに中止となった。朝食中にティアが宿屋ごと攻撃スキルで吹き飛ばしてしまいクエストどころではなくなってしまった、というのが大きな点。
もうひとつはゲームはやはりリアルすぎるよりコントローラーで手軽に遊びたい、というものだった。
あと、移動が面倒だとかモンスターが気持ち悪いとか。開発のコンセプトを真っ向から否定する感想を残し俺たちは帰宅したというわけだ。
あの出来事で大きく何かが変わるわけではなかった。
俺に対するななたの反応が僅かに変化した、という程度のものだろうか。蒼空おにいちゃんからアニキと呼ばれるようになったのは悦ぶべきことなのだろうか。どの部分を見て俺をアニキと慕うようになったのか。これまたひまつ部七不思議のひとつに登録できそうなものが登場した気分だった。
「蒼空ー! ちょっとはアンタも面白いこと考えなさいよ! アタシを楽しませろ!」
「へいへい」
今日のティアは不満を爆発させているように見えて機嫌がいい。瞳を丸くさせニコニコと愛想を振りまく彼女は残念なことに見事な美少女だった。笑顔で楽しませろ! と叫ぶ時は大抵機嫌がいいのである。
兎にも角にも、早く誰か来てくれ。部室でティアと二人きりは疲れるわ。
ひまつ部
どうもこんにちは、天宮 環です。
ようやく形にできた作品、というわけで初体験の連続でした。
この物語の基本となっているものはまぜまぜのべる様より創楽学園という舞台です。
登録ユーザーさんがオリジナルのキャラクターを作り、その学園に入学させそれぞれ物語を作っていく、というもの。
今回、その創楽学園より何名か抜粋しスピンオフという形で物語を書かせていただきました。
僕が作ったキャラクターはひまつ部部長であるティア。他のキャラクターは全てお借りしております。
個性的というか自由なキャラクターが多い中、どういう風に話を作って行こうと少しは悩んだものです。
ほぼ勢いで書き進めたのが本音ですが。
お恥ずかしながら表紙も自分で描いてみたという残念極まりないことになっていますが、新しいことを覚える良い刺激になり有意義な時間を過ごす事が出来ました。
ですが絵師なんて語るにも語れないお恥ずかしいものゆえ、イラストを提供していただける方をお探ししているのが本音だったり。
物語と一緒にイラストを描いていただける方おられましたら是非とも一緒に創作しましょう、とちょっと宣伝しておきましょうか。
何はともあれ完全自己満足作品な今作。
機会がありましたらひまつ部?でお会いしましょう、さよなら、さよなら。
二〇一〇年十一月吉日