SS11 GDP倍増計画
私の提案は他のメンバーとひと味違う。
通産省、合同庁舎Bの第十会議室。
そこに着席したスーツ姿は皆一様に配られた進行表に目を走らせてから、持参したノートパソコンの電源を入れた。
中国に抜かれて久しいGDPは、今やインドと競り合っている最中で、これ以上順位を落とさないよう、経済規模を縮小させないよう対策を話し合うのが会議の目的だ。
「今日の議題はもちろん分かっていると思うが、もはや事態は看過出来ない状況にある。何より即効性に重きを置いた試案を出し合って、大いに議論を高めてもらいたい」
珍しいことに、議長は佐々木部長自らが務めるらしい。
彼は某国立大学出身のお偉いさん。そして早速席を立った一番手、田上は部長の大のお気に入り。つまり仲良しクラブのお仲間だ。
そんな彼の発言内容はしかし、多分他のメンバーと大差ない。
人口の減少は著しく、円安に振れても国内から逃げ出す生産部門を止めるのが精一杯。補助金を積んでも、融資枠を作っても、ベンチャーは一向に育たない。
ならばいっそ外へ出た企業に元気になってもらう方がいいのでは? そう考えるのが自然かもしれない。
しかし私の考えはひと味違う。
「私の提案は、簡単に言いますと、”主婦”という存在を失くすものです」
その瞬間、狭い会議室にどよめきが走った。
「御存じの通り、主婦が行う、家事や子育てはお金になりません。彼女らもこれまでずっとそんな境遇に不満を持っていたはずです。
そこで、これを全て有料にすることでお金の流れを作ります。
今でも国内消費がGDPの六割を占めますから、こちらを拡大する方が手っ取り早い」
私はスクリーンにパソコンの画面を拡大する。
「主旨はこうです。
一。基本的に主婦は自宅で家事を行ってはならない。
二。代わりに他の家庭で家事を行うよう推奨、また義務付ける。つまり全国一律総家政婦化とする。
三。ひとり暮らしの会社員など、他の生産活動に携わっている者は除外する。その他、除外範囲は要検討」
大型モニタに映し出された文字をなぞった私は聴衆者に向き直る。
「他人の家庭で家事を行えば”サービス”になります。そして自宅の家事を他人にしてもらうことでもサービスになる」私は表情を変えずに心の中でニヤリと笑う。「現在の世帯数は御存じですよね? これなら桁違いの数字が期待できます」
「しかし懐に入った分だけ出ていくわけだろう? 可処分所得はまったく増えない。そんなのは|まやかし《。。。。》じゃないか!」さっそく飛んだ野次は想定済み。
「そうでしょうか? これも立派な生産活動には違いない」
説明を終えて、質問を待った私に声を掛けてきたのは、なんと佐々木部長。それも満面の笑みを浮かべての挙手だった。
「突拍子もないアイデアだが、なかなか面白い。
ただ、いきなり全国に広げては反発や戸惑いも多かろう。まずはどこかでテストして、反応を確かめつつ問題点を洗い出してはどうかな?」
あの部長が褒めるなんて、一体どういう風の吹し回しだ?
しかし部長の隣に控えている直属の諜報部員、渡辺”参謀”がほくそ笑んでいる顔が目に入り、背筋を冷たいものが這い上がる。
「そうだな、手始めに君の自宅周辺なんかどうだろう?」
「何もそんな身近で始める必要はないと思いますが?」私はやんわりと断りを入れる。
「君の提案なんだ。構わないじゃないか?」
「それは、しかし……」佐々木部長は私の渋面に十分満足したようだった。
「まあ、いい。それはまた今度考えるとしよう」
私は言われるままに席に着いた。つまり事実上の不採用決定だった。
***
派閥とは恐ろしいもの。
ウチの大学出は数が少ない上におよそ結束力がない。その癖、彼らにも靡かないもんだから、いつもこうして潰されてしまう。
しかも渡辺参謀の懐にはつまらない情報が満載らしい。
人前では夫を立てる妻の”演技”に、隙はなかったはずなのに……。
恐妻家と呼ばれるのは恥ずかしいが、我が家はまさに恐妻家。小遣いの値上げひとつ取っても命懸けの交渉が必要だ。
そして何を隠そう、炊事洗濯掃除ゴミ出し等々、すべての家事を熟しているのはこの私。
「そんな君に、一番足元の妻を説得出来るのかい?」彼らはそう迫ったわけだ。
私は溜息をつきながら、パソコンから作成した試案のファイルを削除した。
いいアイデアだと思ったんだが、これは義務化されないと意味がない。”お試し”なんて以ての外だ。
おいおい、それじゃただの私案じゃないか。家事から解放されたいが為に企てた私案じゃないか、という人がいるかもしれない。
しかしそれは大きな誤解。もちろん私は国民の為に、国益を慮って提案した。
ただ、私も皆さんと同じ国民のひとり。
少しくらい恩恵を受けてもバチは当たらないでしょう?
SS11 GDP倍増計画