あおとみどり
私の弟は・・・殺されちゃったんだよ。
プロローグ
天気の悪い日曜の朝・・・
みどりの一番嫌いな朝だった。
虹もでてないじゃん・・・
日課の朝RUNに出ようかどうしようか迷っていた。
雨降るかな~
気だるい表情で空を見上げる。
ここ最近のみどりは、
鏡に映る自分の顔を見る度に
ため息がでる。
白髪が目立ってきたな・・・
加えて、ここ何日か
原因不明の吹き出物がぷつぷつと頬にあるのだ。
最近は、便秘でもないし・・・
でも、なんか胃のあたりがむかついている。
なんだろう・・・
みどりは、まだ気づいていない。
逢いたい人がいる・・・ということに。
1.一心同体
ねぇ~あお?
聞いてる?
ねぇ~ってば~
なに?
うるさいよ、みどり!
『お・は・よ・う』
こんな会話から一日がはじまる。
どこに行くのも一緒
なにをするのも一緒
一心同体ってこういう2人のことをいうのだろう。
恋人?
姉弟?
親子?
いや・・・
2人は、ただの友達。
永遠になにがあっても
お互いを守り合う。
いつも味方だよと・・・
あおの口癖だ。
みどりは、どちらかというと
姉御肌タイプ。
年上のあおをバカにする。
それでも、どこかで頼りにしてるのだ。
安心。
みどりのあおに対する気持ち。
あたしのこと分かってくれるのは、あおだけだよ・・・
みどりの口癖だ。
2.約束
話は、50年も前に遡る。
あおとみどりの出会いは・・・
生まれ変わり。
再生。
その機会を待ち望んでいる。
そんな人の集まりの中での出来事だった。
今で言う、婚活と就活とか
言えば、そういう類の集まりなのだろう。
そろそろ、人間として、
地球のどこかに生まれ落ちる・・・
そういう心の準備が整った人の集まりだ。
地球に降り立った時に
自分は、どの親で
どういう位置づけをされるかを
自分で選ぶことができる。
そして、ここで知り合った人とある約束を交わすこともできるのだ。
その約束とは・・・
同じ親のもとに生まれ落ちる。
姉弟として・・・
これは、みどりとあおの中で
暗黙の了解のような約束ごとだった。
3.別れ
それは、つかの間の別れのはずだった。
ねぇ、あお。
待ってるからね。
おう。
ちょっとだけ、離ればなれだけど・・・
みどり、がんばれよ。
ねえちゃんになるんだろ?
うん・・・
みどりは知っていた。
地球に、人間として、生まれ落ちた瞬間、
自分があおのことを忘れてしまうことを・・・
記憶の奥底にしまわれてしまうのだ。
大丈夫だよ。
すぐ、追っかけるからさ。
だよね。 またね。
みどりは、微笑んだ。
ちゃんと、おまえのことを見守ってるからな。
うん。
そして
みどりは、ある夫婦の長女として、
この世界に生まれ落ちた。
やすこと名づけられて。
4.宿命
やすこは、難産のため仮死状態で生まれた。
病院の先生方のおかげで、
なんとかこの世に命をつなげることができた。
昔は今と違って出産って死を覚悟するようなものだったに違いない。
やすこ(康子)と名づけた父の気持ちには計りしれないものがあったのだろう。
しかし、
やすこの背負う運命のスタートはこれだけではなかった。
右股関節が成長しきれてない状態だったため
右足が脱臼した状態だった。
骨が成長するのを待つしかなかった。
腰から足にかけてコルセットがはめられ、
1年という年月が治療に当てられていった。
毎日のマッサージ
週に一度のレントゲン撮影・・・
これがやすこの背負う宿命となるのだった。
1年後、
やすこは普通の子たちとなにも変わらない、
日常の生活が送れるようになっていた。
親の愛情を一心に集めすぎた・・・
5.妹
4年後、 やすこは、おねえちゃんになった。
妹が生まれたのだ。
なぜか・・・
やすこには、うれしくない
それ以上に、憎しみさえ覚える・・・
妹を好きになることができなかった。
やすこ自身もどうすることもできなかった。
妹の存在自体を受け入れられなかったのだ。
でも両親は、なにも不思議には思わなかったようだ。
どこの家庭にでもある。
一番上の子は、可愛がりすぎて、
下の子を妬むものだと・・・
やすこも妹も30年以上も経ってから、
その理由を知ることになる。
そのまた4年後に、双子の妹が生まれ、
やすこは、4人姉妹の長女となった。
6.家族との離別
なにかが空回りする・・・
そんな家族との時間だった。
毎日、楽しくない。
家族ってなに?
楽しい思い出が浮かんでこない。
喧嘩、妬み、嫌悪
そんな空気が淀んでいる感じだった。
歪んだ愛情・・・
やすこは愛に飢えていたのだろう。
守ってもらってるっていう実感がないのだ。
だれも私のことなんか守ってくれない・・・
もうここに居たくない。
自分ひとりで生きていこう。
やすこは、高校卒業と同時に家を出た。
自由になりたい。
どこか遠くへ
遠くへ・・・
7. 一期一会
みどりは、やすこと言うカラダを借りて、
旅に出た。
どこかに私を待ってる人がいる・・・
そんな気がしてならないのだ。
期待と不安を胸に、
やすこの心の旅が始まった。
行く先々でいろんな人に出会った。
小さい頃は、父親の転勤のために
日本中を転々とし、
幼なじみと言える友達すらできず、
転校先では、いじめられ、
ハタチになってもまだ親友と呼べる友すらいなかった。
旅に出たやすこの気持ちは、外の世界を自由に飛んでいる。
そんな状態だった。
しかし、
そんなフワフワした気持ちを世間はほっては置かなかった。
信じていた人に裏切られ、
身ぐるみ剥がされ、
身も心もボロボロになって、
4年後、やすこは、祖母のもとに戻ってきた。
祖母はなにも聞かず、ただやすこを置いてくれた。
生き場所をなくしたやすこの唯一の光だった。
その後、やすこは、結婚し、出産し、
人並みの人生を歩けるのかと思っていたが、
DVを受け、癌を患い、
たったひとりで手術を受け、
人間不信という奈落の底へ落ちていく。
そして、離婚。
唯一のやすこの救いは、
この体で無事に生まれてくれた、2人の息子達だった。
この子たちだけは、そばにいてほしい。
それだけが、やすこの生きる糧だったのだ。
すべてが、一期一会。
出会い、そして別れる。
流れる川の水のように・・・
流れて、流れて、
止まったら、そこで終わり。
やすこの人生はそうやって、流れていくのだった。
本当に逢いたい人・・・を探し求めるように。
8.永遠の別れ
やすこがここまで生きてこれたのはなぜだろう?
やすこ自身、だれからも愛されているという実感のないまま・・・
しかし、それが勘違いであったことも
やすこには分かっていた。
いつも、だれかが・・・
私を守ってくれていることを・・・
そうでなければ、やすこがここまで生きてこれたことが不思議なくらいだ。
神様は、越えられる試練しか課さないという。
本当だろうか?
逢いたくても逢えない。
それが分かっていて、前に進むことを神様は課すのだろうか?
みどりはここで旅を終わりにしたいと思っていた。
すでに、あおは、この世に生をつなぐことはできなかったのだから・・・
やすこが生まれ、
妹が生まれる。
その間に、ひとつの生の灯火が消されていたのだから・・・
弟は殺されちゃったんだよ・・・
あおにはもう逢えないんだよ・・・
その時、やすこの心の中で一本の糸が切れたのだ。
みどりに戻りたいの・・・
いい?
9.感謝
ずっと、誰かを恨みすぎて・・・
ずっと、自分を責めすぎて・・・
おかしくなりそうだった。
どこにいっても、何か違う。
ここじゃない・・・
そうじゃないのよ・・・
そんな葛藤の繰り返しだった。
すべて私が悪いんだ。
変わらなきゃ。変わらなきゃ。
そんな時期に、やすこは、16年ぶりに祖母に逢いに行くことにした。
既に痴呆が始まりかけており、入院していた祖母に・・・
「おばあちゃん。」
「だれですか?」
帰路で涙が止まらなかった・・・
わたしってだれ?
この時がやすこの人生の本当の意味での転機だったんだと思う。
やっと、やすこがみどりになれたのだ。
あおのことも思い出した。
逢いたい・・・
でも、もう逢えないんだね・・・
その4年後に祖母は亡くなった。
”心からありがとう
ただただありがとう”
祖母の言葉だった・・・
「やっちゃん、体に気をつけるんだよ。元気でね。」
おばあちゃん・・・
ありがとう。
「あお、気をつけてね。 もう、私、大丈夫だから。」
エピローグ
今朝、目覚めたみどりの心は、
ある決断をしていた。
そして、空には、
今年初めての大きな虹が架かっていた。
ようやく、みどりとしての人生が始まったのだ。
完
あおとみどり
運命を受け入れる。
ありのままに・・・