友情と殺意にまつわる若干の問題
幼馴染みのミリは社長令嬢だ。
そのうえ、男好きする体で男好き。
男性はFカップを揺らしながら駆け寄ってくるミリの姿に、感動を覚えるらしい。少し間が抜けていて、ちょっとバカっぽくみえてしまうところも男性のフィルターを通すと「かわいい」にかわる。もちろん「かわいい」で収まる程度のバカっぽさに抑えている。
需要と供給が噛み合って、いつもミリの彼氏は二、三人いる。わたしの知る限り、同時に五人の間をいったりきたりしてたのが最高記録かな。ついでに、誰かの彼氏であっても遠慮しない節操の持ち主だ。
お嬢さま大学に通い、事実、地元企業の社長令嬢という看板も、気取ったところのないミリには強力な武器になる。
しかし、その武器も諸刃の剣で、社長は令嬢のことを過保護なまでに大事にしている。残念なことに、この点では需要と供給は噛み合わず、娘は父の愛ではなく世の男性の愛に応えたがっていた。社長は娘を箱に入れて掌中の珠のごとくかわいがりたいのだが、箱に入りきらない箱入り娘は窮屈な家を飛び出して、自由に彼氏たちの間を飛び回りたいのだ。今日だって、駅前のロータリーでミリが知らない車に乗り込むのを見かけた。
すると、どうなるか。
幼馴染みのわたしがアリバイ工作に駆り出されるわけ。
「ですから、いつものようにウチでお泊りですよ。今お風呂に入っているので電話をかわれませんが」
五回に一回くらいは本当。
「ええ、だからこそ、仲直りのお泊り会です。大丈夫ですよ。おじさんのもとに帰ってきますって」
きっと。
長い電話から解放されたわたしは、自分のベッドに倒れ込んだ。天井を見上げて溜息を吐く。準備していた言葉を並べただけでも、一仕事終えたあとの安堵感と疲労感があった。
いつものこととはいえ、ミリのおじさんを説得するのは骨が折れる。本当にミリが泊まっているときでも、なかなか信用してくれない。ミリとケンカしたばっかりなのでなおのこと。彼氏をとられたこともあるしイヤになることもあるけれど、長い付き合いの友達のためだ。おじさんを説得するくらいは、やぶさかではない。それで変更される計画もある。
握ったままのスマホをいじって、メール画面をよび出す。彼氏からのメールが何件かと迷惑メールが何件かあるきりで、ミリからの連絡はなかった。
まあムリもないかな。
ミリとわたしは先日ケンカしたばかりで、内容はミリの男性関係に端を発して連日のアリバイ工作にまで至った。大小さまざまな部屋中の物が飛び交い、いい年して双方の親まで出てきたケンカも、お互いに絶交を宣言することで収束した。
ミリも親御さんも、そろそろ大人にならないと。ミリだっていつまでも友達にアリバイ工作を頼んでないで、堂々と彼氏とデートできるように親と話し合うべきだし、親御さんもミリはいつまでも義務教育の少女ではないことに納得して、異性との交遊を認めるべきなのだ。まあ、ミリが彼氏を一人に絞って、親御さんは貞操の夢を手放すことができれば、の話だけど。
わたしと大ゲンカしたあとでも、今日見かけたみたいにミリは男性関係を自粛する様子はないし、ほとぼりが冷めた頃、またお泊り会とアリバイ工作で表される友情を再開させるつもりだったのだろう。長年そうしてきたように、時間がわたしの怒りを押し流してくれると信じているのだ。わたしの彼氏を盗っても同じように考えるだけ、度胸のある子だから。
ベッドから上体を起こして窓の外を見ると、西の空に薄らとオレンジ色を残して辺りは夕闇に沈んでいた。その暗がりを切り裂いて、シルバーのワンボックスカーが家の前の坂を下っていった。ナンバープレートはフツウの普通車のものだったけれど、ナンバーが特徴的だった。確か特殊車両にあてられるナンバーだったはず。例えば警察車両みたいな。
ワンボックスカーがきたほうに目を向ける。住宅街の道を照らす街灯と、家々から漏れる灯りがあるばかりだ。坂の上にはミリの家がある。
スマホの着信音で目が覚めた。どうやらそのまま眠ってしまったらしい。化粧も落とさずに寝てしまったのは痛手だな。一回やっただけで、三か月分老けるんだっけ。
どうでもいいことを考えている間にも着信音は鳴りやまなかった。画面を見るとやっぱりミリの家からだった。また心配性のおじさんからだろうな。もう心配してもどうすることもできないのに。
受話器のマークを押して、わたしが殺意を抱いて果たさなかった子の親に応じた。
「なにがあっても大丈夫ですよ。ミリがワゴン車にのせられるところも、ワゴン車のナンバーも写メしましたから。最近のスマホはカメラの画質も、ズーム機能も精度がいいですからね。警察の腕なら犯人を捕まえてくれますよ。え?ミリの安否?そんなのわたしが知るわけないじゃないですか。だって身代金は拒否したんでしょう。うまくいけば、明日会えるんじゃないですかね。二度と口はきけないかもしれませんが」
友情と殺意にまつわる若干の問題