VOID

VOID

僕は神様を見た

神様はコンテンポラリー・アート展覧会の一隅にあった

その展覧会は6月から9月までの三ヶ月間
名駅から徒歩5分のところにある多目的7F建てビルディングの地上1F
イベントスペースで開催されているようだった
駅の掲示板の隅に申し訳なさそうなサイズで貼られていたポスターにそう書かれていた

大学も夏休みに入り特に親しい友人もおらず
ひとりぼっちの下宿先で時間を持て余していた僕は
よく美術館に通うようになっていた
だから名駅をうろついているときにたまたま目にした
コンテンポラリー・アート展覧会のポスターを見て
よし、行こう
と覚悟を決めるのにもそう時間はかからなかった

そのビルディングは年季が感じられるクリーム色の外壁で
横幅は大人二人が両腕をいっぱいに広げた分くらいしかなかった
縦に細長く奥行のあるタイプのビルディングだ
入口の外側にある案内板の半分はテナント募集中だった
少し寂れていて人気のない通りに面していたことから
入るのに少し躊躇ってしまう
一度横目で周囲を確認したあと
勢いで入口の自動ドアをくぐる
すると左手に階段が
右手に展覧会の入口を矢印で示す看板が立て掛けられていた
展覧会入口の敷居をまたぐと
30代のキャビンアテンダントみたいな服装をした女性が
無言でパンフレットを手渡してくれた
入口の脇に立ち止まり
パンフレットの裏のMAPを見て展覧会の大体の感じを掴む

展覧会は二部屋構成になっていた
まず僕が足を踏み入れたのが第一展示室で
その入口から反時計周りに回って鑑賞してゆくと
第二展示室へと続くようになっていた
パンフレットの見開きのページを開くと
作品の写真と製作者のコメントが均等に割り振られてずらっと並んでいた
だいたいの感じだと30作品はあるようだ
どうやら美大生の作品展らしい
詳しいことはあとで読めば十分なので
とりあえずパンフレットは
肩にかけてきた小ぶりな黒一色のバッグのサブにしまい
展覧会全体を見渡そうとした
けれど
仕切りが中央にあって全貌がつかめない
どうやら反時計回りに回ってひとつずつ順番に見てゆくしかなさそうだ
幸いなことに前にも後にも観客はいないようなので
じっくりと鑑賞することができそうだ

作品は主に絵画・彫刻で
あまり現代アートな感じはなく少し拍子抜けした
コンテンポラリーと聞くと
無意識に
砂浜に打ちあげられた一匹の生足の生えたマグロを思い出す
きっと過去に見たことのある作品なのだろう
しかしそれほどの強烈なインパクトのあるものは少なく
僕が現代アートの意味を間違えて捉えているか
それとも学生が現代アートの意味を間違えて捉えているか
もしくはそのどちらでもないかのどれかであることは間違いがなかった
いずれにせよ第一展示室はあまりひっかかるものがなく退屈だった
それでも僕はせっかく来たのだからと事細かくひとつずつ鑑賞していった

神様を見たのは第二展示室の6作品目だった

それは、他の絵画・彫刻のような作品とは異なって
小型液晶に映るコンピューター・グラフィックスだった
まずそのことで他の作品よりも頭ひとつぶん浮いている
そしてそこに映るグラフィックスが
色彩豊かで思わず感動してしまう

虹色に光る無数の粒が
不規則に渦巻き凝集し
全体として均整のとれた球体を形づくっている

小型液晶の左下に
タッチパネル式
と書かれていた

試しに画面上の球体にそっと指を触れてみると
画面が急に拡大され
僕がまるでその球体の中に入っていくような没入感がある
拡大された球体では
より詳しくその虹色に光る粒の一粒を見ることができた
そこで驚いたのは
その一粒の中でもまた
虹色に光る無数の粒が
不規則に渦巻き凝集し
全体として均整のとれた一粒の粒を形成しているのだ

もう一度画面に触れると
また同じことが繰り返された
どうやら何回タッチしても同じことが繰り返されるそうだ

純粋に感心したけれど
コンピューター・グラフィックスを用いたにしては
少々シンプル過ぎるような気もした
どうせ用いるなら
もっとアニメーションのある
動きのあるものも作れるのではないか
しかしそこをあえてシンプルな球体にしたというのが
現代アートらしいところなのだろう

このときはまだ
神様を見た
という感覚はなかった

下宿先のアパートへと向かう帰りの地下鉄
僕は一番端の席に座り
鑑賞した分の疲労から
脇の壁に
広告があるにもかかわらずもたれかかって
ぼおっとしていた

乗車口の上にある東山線の黄色い直線の路線図
それを見遣ると
目的の駅まではあと5駅ある
過ぎた駅も5駅
ちょうど半分、といったところで
今日一番印象に残った作品はどれだろう
と思い返してみた
VOIDという
あのコンピューター・グラフィックスの作品のことを思い返したけれど
それは
その作品が優れているからというよりは
その作品が他と違ってコンピューター・グラフィックスを用いていたという点だけで
印象が強かったように思える

それでも一応パンフレットを取り出して
VOIDのところの解説を読んでみた

「人工生命体BOIDsを応用して作り出した作品」

他の作品の解説は
もっと製作者の熱意や意図が込められていて
ちゃんとした長い文章になっていたのだが
VOIDの欄のところだけは一文で終わっていた
その点でもこの作品は浮いていた

人工生命体BOIDs

聞いたことがある
たしか以前たまたまコンビニで買った
WIREDという雑誌に載っていた
群れの科学という記事の文章を思い出そうとしたけれど
うまく思い出せない


アパートについてから
床に散らばった本の中からWIREDを探し出し
群れの科学という記事の文章を読む

記事はこんな内容だった

 コンピューター・アニメーターのクレイグ・レイノルズは、
 アニメ化された大きな集団の動きを
 コンピューター・グラフィックスで自律的に動かす方法に着手する
 そのような効果的なアルゴリズムがあれば
 アニメの制作時間や予算を大幅に削減できるだろう
 「BOIDs」と名付けられたこのソフトウェアは、
 鳥の群れを模倣するような仮想エージェントを生み出した
 BOIDsの鳥たちは障害物を避けながら本当に飛んでいるような動きを見せるが
 このソフトウェアの核となるのは
 「隣り合う鳥たちよりも前に出る」
 「隣り合う鳥たちと一定の距離を取る」
 「ほかの鳥たちが目指す平均的な方向に整列する」
 (整列の度合いは
  ある鳥の飛ぶ方向が
  ほかの鳥たちの方向と
  どれほど一致しているかの尺度となる)
 という単純な3点の規則だ

僕はさして興味がなかったけれど一応この部分だけ見つけ出して読んだ
VOIDというのはBOIDsを文字ったのか
というくらいしか思わなかった

一応VOIDという言葉の意味を電子辞書で調べてみる

 VOID
 (名)
 ①(地球を取り巻く)空間、宇宙空間、虚空、真空(状態)
 ②空虚感、虚しさ、喪失感
 ③(あるべきものの)欠落、欠如
 ④(一般に)空所、(地表などの)割れ目、すき間
  (壁・建物などの)開口部、空漠とした場所
 (形)
 ①(契約などが)無効の
 など・・・

このときはまだよく意味がわからなかった
ただ名詞の①の意味、宇宙空間、というのが神秘的な響きだったので
きっと製作者はそれを意図して名付けたんだろうな
というぐらいだった

その日の夜、VOIDをもう一度鑑賞する夢を見た


虹色に光る無数の粒が
不規則に渦巻き凝集し
全体として均整のとれた球体を形づくっている

小型液晶の左下に
タッチパネル式
と書かれている

試しに画面上の球体にそっと指で触れてみると
画面が急に拡大され
僕がまるでその球体の中に入っていくような没入感がある
拡大された球体では
より詳しくその虹色に光る粒の一粒を見ることができる
そこで驚いたのは
その一粒の中でもまた
虹色に光る無数の粒が
不規則に渦巻き凝集し
全体として均整のとれた一粒の粒を形成しているから

もう一度画面に触れると
また同じことが繰り返される
どうやら何回タッチしても同じことが繰り返されるようだ

BOIDs
鳥の群れ
群れが球体
単純な3点の規則
規則下での挙動
VOID
宇宙空間、虚空
高次な群れ

僕の頭の中でつぎつぎと情報が連結されてゆく
その中で新しい着想も浮かんでくる

第4のアルゴリズム
高次な群れ・・・

そこで僕はある特定の特殊な理解を得た

あの
VOIDという作品は
ただ虹色に光っている綺麗な球体というだけじゃない
もっと暗示的な形而上的な意味も含まれている

そういった意味も含めて
VOID


翌朝、目を覚まして
近所のコンビニで買った菓子パンを頬張りながら
なんとなくだけれど
VOIDを作った人
VOIDを思いついた人
その人と話して見たいと思った

そして自分の得たイメージが
正しいのかどうか
確かめてみたくなった

菓子パンを食べ終えたあと
僕はもう一度パンフレットを開く・・・

VOID

VOID

  • 小説
  • 短編
  • 成人向け
  • 強い言語・思想的表現
更新日
登録日
2014-04-28

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