人差し指は頭上を旅する

⒈高い高い

「高い高ーい」
「きゃははははははははははははははは」
その青年は、真っ白な地面に立っていた。青年の腕の先には、小さな、4、5歳の子供がいる。青年は子供をかかえ、腕を伸ばしてたり引っ込めたりしながら、高い高いをしていたのだった。
「ほーら、高い高ーい。高い高ーい」
「わーい、きゃははははははははは、きゃははははははは」
子供は、青年が高い高いをする度に笑い声を上げた。とても、楽しいようだ。
「もっと、高い高いしてあげよう。そうすれば君だって、立派な天使になれるはずだ」
「うん」
子供は力強く頷いてみせた。青年は腕に力を込める。
「そーら、いくぞー。高い高ーい。高い高ーい。高い」
そこで、青年は言葉を区切った。そして次の瞬間、腕に込めた力を思いっきり、放った。
「高ぁーい!」
「きゃははははははははははは」
子供はもの凄い勢いで、空に飛び上がっていく。
青年は、眩しい太陽の光に目を細めながら、空を見上げる。子供が笑いながら飛んでいった。
「わーい、きゃはははははははははははは」
子供が笑っていると、その背中から二つの白い羽が生えてきた。鳥の羽に似ていた。
「よくやったね。君は天使になれたのさ」
「わーい、ありがとう。お兄ちゃん」
「はは、頑張れよー」
子供天使は手を振って、やがて空の彼方へと消えていった。
青年は、それを見届けると、白い地面を歩き出した。
青年が白い地面を歩いていると、前方からこれまた、4、5歳くらいの男の子が走ってきた。男の子は青年の前まで来ると、言った。
「ぼくも天使にして」
「ああ、いいとも」
青年は子供を抱きかかえ、高い高いをする。
「そーれ、高い高ーい。高い高ーい。高い」
そこでまた言葉を区切り、さっきと同じ要領で子供を飛ばす。
「高ぁーい!」
しかし、子供は笑わなかった。怪獣の鳴き声のような声を上げて、泣いた。
「うわあー、怖いよー」
子供の背中から羽は生えず、ある高さまで上がると、落下してきた。
「うわあー、何で落ちるんだよー」
そんな声を上げながら落下してきた子供に、青年は笑顔で手を振り、言うのだった。
「あははは、残念だったねー」
子供は、やがて白い地面を突き抜けた。そこで、耳を裂くような長い雄叫びを上げた。
青年はその長い長い雄叫びが止むと、白い地面の下に向かって、こう叫んだのだ。
「君は悪魔になったのさ。あ、でも僕を恨まないでくれよ。それは、君が悪いんだ」


⒉パチン

夜の道を歩いていた男は、かなり泥酔していて、ふらつく足で、よろよろと道を歩いていた。
そんな男を見かねてか、闇の中から二本の腕がにゅっと伸びてきて、歩いている男をパチンと、叩き潰した。


⒊あらすじよりも短い話

あらすじよりも短い話を書いてみようと思い、原稿用紙に向かって、筆を走らせた。
まず、あらすじを書いて、その横に本編を書く。三十分くらい書いて、やっと完成した。
話には、男と女が出てくる。そして、その二人が恋をしてやがて結婚するという話だった。たったこれだけ。あらすじよりも本編の方が短く仕上がった。僕は、出来上がった原稿を見て、上出来だ、と思った。
だがすぐに、そんな感動も消えてしまった。あらすじよりも短いことに、本編の方が怒って、自分があらすじになってしまったのだ。
そして、あらすじの方はというと、彼は彼で、本編になれて嬉しいようだった。


⒋目玉

腕立て伏せをしていると、右の目玉が取れてしまった。目玉は、ころころと床を転がっていく。私は、一時腕立て伏せを中断し、目玉を拾った。
目玉は、何だかヌメヌメとしていて、汗臭かった。
私は目玉を洗濯機の中に投げ入れると、腕立て伏せを再開した。


⒌籠の中

少年の持っている鳥籠の中には、鳥ではなく、別のものが入れられていた。それは、ビー玉や、独楽や、靴下や、ガスマスク等で、何故こんなものが鳥籠の中に入っているかといえば、理由は分からない。ただ、少年は、この鳥籠をとても大切にしていた。ずっと、大切にしていた。だから、大人になっても決して捨てたりはせず、大切に保管していたのだった。
やがて、少年は老人になった。もう死期が近く、妻も子供もいなかった。それでも、あの鳥籠は、変わらずに老人のそばにあった。老人は布団の傍らに置いてある鳥籠を、まるで自分の子供であるかのように、見つめた。
すると鳥籠の中に、一羽の九官鳥が生まれた。老人はそれを見ると安心した表情を作り、この世を去った。
老人の鳥籠の中では、九官鳥が、ただ溜息をもらしただけだった。


⒍花束

ネラという少女はその日、友達の家に遊びに行きました。彼女は、赤い靴を新しくお母さんに買ってもらったので、それを見せてあげようと思ったのでした。
友達の家に行く途中、お花畑がありました。ネラはそれを見て、そうだ、ここのお花を摘んでいこう、と思い、少し時間がかかりましたが、摘んだお花で、小さな花束を作りました。色とりどりの綺麗な花束です。
彼女は、お花畑を出ました。そして、お友達の家に着くと、コンコンとドアをノックしました。しかし、誰も出てきません。ネラは、留守なんだわ、と思い、お友達が帰ってくるのを待っていました。
しかし、いくら待ってもお友達は帰ってはきませんでした。ネラはもう諦めました。彼女は、途中のお花畑で作った花束を、ドアの前に置くと、トボトボと自分の家へ帰っていきました。


⒎役

僕は、気付いていた。
この世界にいる人は、僕以外全員、自分に与えられた役を演じているだけなのだ、と。
僕の両親も、クラスで威張っている奴も、近所のおばさんも、おじさんも、交番のお巡りさんも、病院の先生も、その患者も、女子校生も、イアホンを耳に突っ込んでいる奴も、蟻を殺している連中も、みんな演技をしているに過ぎないのだ。そう思っていた。
そして彼らは、僕がこの事実に気付いているということに、気付いていない。
だからいつものように、朝起きたときに挨拶して、ジョギングして、学校に行って、威張って、蟻を殺しているんだ。もう僕は、とっくに、気付いているというのに。
僕の日常は、そんな彼らと、いつも読書で埋め尽くされていた。それは、僕が読書好きだからというわけではない。
ある日、僕はこう思ったんだ。
僕以外の奴らが、全員演技をしているのだったら、僕もそうしてやりたい、と。つまり、僕はもともと読書が好きではないが、周りにはそういう風を装ってやろう、と。何故読書なのだ、と聞かれてもそれは答えようがない。僕の直感がそう告げたのだ。
僕は、そのために様々な本を買い、読んでいった。そしてまた買い、読んでいく。毎日続けた。おかげで、僕は読書が好きではないが、周りには読書好きという印象を持たせることに成功したようだ。こうして今本を読んでいるときも、クラスの奴らが僕について話している。

あいつって、本読んでるし、暗いよな。
ずっと本読んでるし、きっとすっごい本好きなんだね。
でもあれは異常だわ。
話掛けたくない。
近くに寄んな。
根暗な奴。

それは、大半は悪口だったが、それも台本に書かれていることなんだろう。演技なんだろう。そう思っていると、そんなことを言われても、ちっとも悲しくなんかなかった。もし、今この場でクラスの奴ら全員に、死ね消えろと言われたって、僕は悲しくなんかない。むしろ、それも台本通りなのか、と思うとちょっとした優越感すら覚える。まあ僕に、面と向かってそんなこと言う奴はいないだろうけど。台本にもそんなことは書かれていないはずだ。
チャイムが鳴った。下校時間だ。僕は本を閉じる。担任の教師がさよならと言って、一斉に児童たちが下校していく。僕もランドセルを背負って、教室を出た。今日も特に楽しくもなく、つまらなくもない一日だった。
ずっと、本を読んでいた。腰が少し痛い。
僕は校舎を出て、校庭に立つと、うーっと言いながら背伸びをした。そしたら、目から何やら液体が出てきて、僕の頬を伝った。僕は溜息混じりに、空を見上げる。
空は、夕日の色に染まっていた。でも今は、それすらも本当のことではないように思えた。


⒏蛍光灯

蛍光灯が、ぶるぶると震えていた。
きっとこの寒さが原因だろう。確か今日の最高気温は、相当低かったはずだ。
僕は、押し入れの中から毛布を一枚取り出し、蛍光灯に巻いてやった。
途端に、部屋が暗くなるが、僕は気にならない。
暗い部屋の中で、僕は全く寒さを感じなかった。

人差し指は頭上を旅する

人差し指は頭上を旅する

掌編集第二弾。結局は、自己表現です。 それでも楽しんで頂ければ、幸いです。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-04-27

Copyrighted
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