practice(85)



八十五




 簀の子はカタカタといわない,当時の僕たちの体重はそこまでなかったから,ただ遊びに夢中になって外からそのまま勢い込んで,駆け抜けて室内に入った合図なのだった。
 丁度日陰になるところ。夕方になるとオレンジ色の光がそこを避けて部屋の出入り口だけに入ってくると寂しくもなったから,そこで読んでいた絵本とかを片付けて,外に通じた廊下として敷かれていた簀の子の上を鳴らさないように足早に歩いた。逆光は眩しかった。手をかざすか,目を細めれば,決まって皆で育てていた植物の蔓が隠れた。朝顔の花は萎んでいたか,まだ咲いていなかったかのどちらかだった。それが靴箱まで並ぶ。チューリップの植木鉢は礼拝堂の近くにお引越しをした後だった。そのまま運動場にでちゃえば,そのことはよく分かる。それは持って帰ってもいいよと言われていた。どうするかは決めかねていて,その日そのときに思い出した。持って帰る荷物が少ない日は,少ない。その日が『その日』なのは分かっていたから,一番端っこの教室の引き戸を開けて,開かない側に置いてあった肩掛けカバンを肩に掛けた。引き戸を閉めて,表に立つクラスの靴箱の下から二段目の,左から二番目の靴を取って上履きを入れてから,それで運動場を横切って。と,思ったのだけれど先生がそこに居るかは分からなかった。だからと思い直し,また戻ることにしたのはそういう理由だった。並ぶ蔓と通り抜けて,簀の子の上の戻り道は眩しい思いはしなくて済んだけれど,夕日はやっぱり部屋を避けていて,開けた引き戸をぽっかりとあけた口みたいに明るくしていた。奥は,絵本を立てて収める低い本棚をぼんやりと置いて,手が届かないところに貼られた世界地図は角っこだけが少し見えた。飛び出したそうな蔓にカバンと肘が一緒に触れて,押されるようにして中に入った。日陰の真っ只中。壁はあって,鳥かごの上から,九官鳥の九ちゃんはいつも通りの自己紹介をした。
 ブランコは静かにきいっと漕がれた。
 大きくて頑丈そうな扉は今は閉まって,明日の朝に開くのは知っていた。早起きをする日。廊下に並んで,クラスごとに,順番に入るから一番端の教室からだと最後になる。九ちゃんと遊べる時間も多い。口真似上手,覚えるのも早かった。トントントン,と止まり木を跳んで,右と左を交互に見る,それから首を傾げてまずは自己紹介。次に挨拶,あなたは誰?皆が通る遊びにその日が始まった。教室に戻るときには何も言わない。簀の子の音と,九ちゃんは一緒にいたように思う。
 洗濯ばさみが入っている,小さなカゴと折り畳まれた布巾は置かれて,スリッパの音が小さく,電話の音は聞こえた。そこにたった一つしかなかった角を曲がればカーテンが開かれて,物干し台,というとあとから知ったそこでもう一枚の雑巾が白く干されていた。吹いても風に揺れたりしなさそうなぐらい,重そうだったからもう一回眩しい夕日をみて,よく伸びた窓枠を踏んで,間に合うのかなって顔は見つけられて,電話を持たない方の手で言われたとおりに待っていた。手をついて上り,下に覗けば咲いている色と,色とを見つけながら,一度下りて,見上げる天井と,そこから向こうの高い空。丁度出かけたような気持ちには,待たせたねとかける声があったから,そんなに待っていませんと伝えるために,首は横に振ったように覚えている。それから見上げて言葉にした。言いたいことと,聞きたいこと。
 両手で抱えた。持って帰った。




 
 



 

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  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-04-23

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