SS10 使い捨てサムタイム
リサイクルの時代は終わりを告げた。
「ねぇ、謙二さん。もう太陽電池がダメみたいなの。昨日から急に使用制限が掛っちゃって」
「そっか。じゃあ、もうじき死んじゃうかもしれないな」
掌でパタパタと風を送りながら、二人は質素な夕食に箸を伸ばす。
家庭菜園で採れた野菜はシャキシャキして美味しいけれど、他はレトルトか、缶詰を調理したものばかり。どちらも料理は苦手なので、料理本を参考にアレンジを繰り返す毎日だった。
「新しい家って遠いんだっけ?」
「いや、二百メートルくらい先だから、すぐそこだよ。ただ夏の引越しはつらいよなぁ」
「まぁね。でも荷物は置いてっちゃうわけだし、大変なのはお掃除くらいでしょ」
「ま、しょうがないか」
まだ八月も半ばで、しばらく暑さも続くだろうし、食べ終わったらさっそく様子を見に行くことにする。
この家は使い勝手がよくて気に入ってたけど、残念ながらポイするしかなさそうだ。
もはやリサイクルの時代は終わりを告げた。どんなものでも壊れてしまえばさようなら。もちろん住宅も例外じゃない。
彼が後片付けしている間にゴミを捨ててしまおうと、美帆は大きな袋を背負い上げた。生ごみはディスポーザーで下水に流せるので、臭うものは入っていない。
隣の空き地に堆く積まれたゴミの山は生活の歴史そのもの。美帆はその裾に当たる場所に袋を置くと、とっとと家に引き返した。
***
新しい家は快適だった。
ソーラーパネルの電力に余裕があるので冷房をフル稼働。引越し作業も捗ったので、美帆が希望する模様替えの諸々を調達しようとホームセンターに出掛けることになった。
少し気温が下がる夕方を待って小型のEVに乗り込むと、静かな街を静かに走って十分弱で到着だ。
ただ、夏場の買い物は時間の制約がある。ちゃっちゃと済ませないと、途中で倒れることになり兼ねない。
美帆は一直線に売り場に向かい、明るい色のカーテンを見繕う。他のエリアで新しい髭剃りなんかを手に入れた謙二と合流したら、荷物を台車に積んで脱出だ。
さらにそのまま併設されたスーパーへ。
ガランとした店内を買い物カート三台並べて疾走し、まずは必要なものを、そして次にちょっと目新しいものを、手当たり次第にカゴの中へ放り込む。
そうして車に戻った時には、二人とも汗だくになっていた。
「はい、ジュース」
「ありがと」渡されるままに、喉を鳴らして水分補給。冷えてないのが残念だけど、渇いた身体に染み渡る。
「謙二さんのはデザインお揃いのクリーム色にしちゃった」
「俺の部屋はそのままでもよかったのに」
「まあまあ、やっぱり新しい方がいいじゃない」美帆は部屋をいじくり回すのが大好きで、せめて小さなお城くらいは飾り立てたいと思うわけ。
「さて、戻ろうか」
しかし災難は突然訪れる。
「げげ、ドアが開かないよ」荷物を載せようと思ったら、うんともすんとも言いやしない。
「ちょっと待ってて。新しいヤツを取って来るからさ」
どこからか調達してきた自転車に跨がった彼の背中は、あっという間に小さくなった。
「もうちょっと頑張ってくれればいいのにねぇ」かわいそうだけど、こいつもここに置き去りだ。
ぽんぽんと車体を叩いた美帆はしかし、急に悲しくなって佇んだ。
そして日射しを浴びて熱くなった表面を、労わるように何度も何度も優しく撫でた。
***
「ねぇ、やっぱり子供つくらない?」美帆は謙二のベッドに潜り込む。
「それは散々話し合ったじゃないか。かわいそうだからやめようって」
「だけどさ、あなたは私よりひと回りも上だし。この先ひとりで残されちゃったら、私生きていけそうもないなって思ったの」
「だからって……」
「分かってる。言いたいことは分かってる。でもさ、それでもさ……」美帆は彼の胸元に顔を埋めた。
「出産もそうだし、妊娠中に何かあったり、産まれた子供が病気になっても助けてあげられないからなぁ」
そして謙二はこう言った。「俺が医者だったら、少しは考えるんだけどさ」と。
今日もアマチュア無線の機械が自動スキャンで電波が飛んでこないか探っている。けれど寝室を満たすホワイトノイズは無言の証し。誰からの応答がないということだ。
水道は井戸。家はオール電化、充電池付の最先端。もちろん本当の家主など知らない。
運命の出会いを遂げたふたりは、仲間を求めて半年ほど彷徨ってから、この街に落ち着くことに決めた。
私たちはいつまでこんな生活を続けられるだろう?
壊れたら、捨てて取り換える。何もかもそうやって暮らしてるけど、残されたものも少しずつ、でも確実に劣化している。そして新しいものを生み出す余力はない。
多分、世界にふたりきり。
唯一隣に寄り添う彼だけが、決して交換のきかない宝物だった。
SS10 使い捨てサムタイム