アクアリウム

 一つ一つ丹念に磨き上げられた、白く小さな楕円の石。貝殻を粉々にしたかのような、ラメ色に光る砂。
 砂浜に迷い込んだサファイアを思わせる青色の澄んだガラス玉には、周りの風景がどこか遠くに映し出されていて、それはさながら小さな宝石箱のようにも見える。
 ぎっしりと敷き詰められたそれらの隙間には、水草が根元から埋め込まれている。鮮やかな緑色が、水流に合わせてゆらゆらと揺れた。
 その上を悠々と泳ぐ魚は色や形、大小など実に様々だ。浮世離れしたその姿はどれも確かに物珍しくはあるけれど、それ以上に際立つその美しさは、私たち人間の視線を捉えて離さない。彼らはこの中で唯一魂を持つ存在のはずなのに、まるで無機質な飾りの一つのようにも見えた。
 水槽の上から人工の光を注いでやれば、反射した中身がキラキラと光る。この光には何色かレパートリーがあるのだけれど、どの色もそれぞれが持つ味わいがあって好きだ。ちなみに、今日はオーソドックスに白い光を当てている。淡くぼんやりと浮かぶ姿は、まるで月明かりに照らされているようで……ここだけの話、この白い光が私の一番のお気に入りだったりする。
 海を模した、あらゆる美しいモノたちを閉じ込めた透明な水槽を、指でそっと撫でる。中でもひときわ目立つ、漆黒の熱帯魚が目に映った。
 ヒレを靡かせながら優雅に泳ぐその姿を眺めていると、心臓をわしづかみにされたような気持ちになる。
 そっと瞳を閉じれば、瞼の裏で『彼』が笑っていた。
 指通りの良さそうな黒髪をさらりと揺らし、澄んだ黒い瞳を細めて柔らかく微笑む彼。薄い唇の動きに合わせて脳内で再生される声は、低くしっかりしていて、芯の強さを思わせる。
 彼の存在は、これまで私が愛でてきた何物をもたちまちくすませてしまう。それほどまでに美しく、魅力的だった。
 もう一度目を開き、水槽を見る。黒い熱帯魚は、もうそこには見えなかった。大方、水草の裏にでも隠れてしまっているのだろう。
 そのことに安堵すると同時に、ほんの少しだけがっかりした。
 ――彼のイメージは、黒。完膚なきまでの、漆黒。
 だからこそ私は、私の水槽の中で一匹だけより際立っているあの黒い熱帯魚に、その姿を重ねていた。
 表向きは純粋で美しい笑みを見せる、好青年。けれどその中身は底なし沼のようで、何も見えない。ほんの少し中身を覗き見るために、光を当てようとすることすら許されない。
 漆黒の闇のようなその心の内に、少しでも入り込みたいと思う。少しでも、彼のことを知りたいと考える。少しでも、彼に近づきたいと願う。
 けれど、何よりも私は――彼を、手に入れたいと希う。彼を捕らえ、自分のものとして一生閉じ込めてしまいたいと。
 私が美しいと思い、気に入ったモノの全てを閉じ込めたこの水槽アクアリウムという世界には、実は一つだけ入れられていないモノがあった。それが、彼という存在だ。
 欲しいモノは、いつだって美しく魅力的なモノ。美しいモノをそのままの姿で愛でることで、私はこれまで快楽を得ていたはずだった。
 けれど、何かが足りない。完璧だったはずのこの水槽は、実は完璧ではない。そう思ってしまう最近の私は、どこかおかしいのだ。
 彼の意志を無視すれば、捕らえることも閉じ込めることも簡単だった。そのための当てはあるし、やろうと思えば今すぐにでも実行に移せる。
 けれどそれでは、駄目だった。その方法は、彼を『動かなくすること』が前提だから。
 動かない彼では、駄目なのだ。死んでピクリとも動かない熱帯魚が単なる屍にすぎないのと同じで、それでは意味がない。
 美しい彼を、生きたまま手に入れるにはどうしたらいいのだろう。動き、意志を持つ彼を、どうしたら私だけのモノにできるのか……。
 解決策は、まだ見つからない。
 だから私は今日も、こうして満たされない心を慰めるしかないのだ。
 いまだ完璧ではない、この美しい水槽を眺めながら。

アクアリウム

アクアリウム

欲しいモノは、いつだって美しく魅力的なモノ。 私はそのすべてを手に入れ、この水槽(アクアリウム)に閉じ込めた――はず、だった。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-04-21

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