宇宙人と打ち上げ花火

【夏祭り・金魚・透明】

 僕は宇宙人を知っている。そいつは僕の幼馴染のフリをして毎日僕の名前を呼び、笑ったり頬を膨らませたり、まるで地球人のように馴れ馴れしく接してくる。そいつが、いつ地球に来たのかはわからない。だけど、そいつがいつ僕の幼馴染の皮を被ったのかはわかっている。あれは、先月の夏祭りの夜。
 僕は祭りに行きたいと駄々をこねる妹の面倒をお母さんに言いつけられ、仕方なくピンク色の甚平を着た妹の手を引いて神社の参道を歩いていた。妹はまだ祭りの会場に着く前から道を挟んで並ぶ賑やかな屋台に目を輝かせ、綿菓子やヨーヨー釣りやをせがんでいる。
 僕は手を引っ張りながら適当にあしらっていたが、面倒になってふと顔を上げた。そのとき、確かに見たんだ。祭りの本会場になっている神社の裏山の方で淡い光が降り注いだのを。祭りの明かりとは違って、薄暗くなり始めた空の方から、地上に向かって光っていた。僕はうるさい妹にリンゴ飴を買い与えて、神社の方へ急ぎ足に向かった。
 祭りは神様のためのものだと聞いたことがある。だから、きっとあの光は神様が降りてきた合図だと思った。神社の境内につくと一層賑わう本会場の横を通って裏山に向かった。
「ケイくん?」
 リンゴ飴を食べながら歩いていた妹がぐずりはじめて、歩くスピードを落とした僕の正面から聞き慣れた声がした。そこにいたのは、僕の知らない、幼馴染のミキだった。
 正確には、僕が見たことのない格好をした、幼馴染のミキ。ミキは白地に紫の菖蒲が描かれた浴衣を着て、いつもお下げにしている髪をアップにし、いつもつけている眼鏡もしていなかった。
「ケイくん祭り来ないって言ってたのに、いるからびっくりしたよ。」
 僕はミキが歩いてきた裏山の方を窺ったが、光は消えていた。
「裏山の方、なんか光ってなかった?参道から光ってるの見えて、それで、あ、今日はお母さんがマユ連れて行けっていうから仕方なく。」
 僕は見慣れないミキの姿にドギマギしながら答えた。
「光?何にも見なかったよ?祭りの光じゃないの?」
「いや、違う、と思う。上から光ってたんだよ。神様が降りてくるときみたいな光が。」
 ミキは口に手を当てて、僕の知らない顔で笑った。
 ドキドキする。もしかして、さっきの光はミキの変化と関係があるのかもしれない。ミキに神様が乗り移っているとか。しかし、それよりも僕の頭を遮ったのは灰色の肌に黒い大きな目のグレイと呼ばれる宇宙人の姿だった。
「ミキ、体、変なところない?痛い所とか。」
「うーん、お腹の辺りが苦しくて、足も痛いかな。」
 キャトルミューティレーションだ!
 正確にはそれがどういうものか知らないが、僕は直感的に思ったのだ。きっとミキは宇宙船の透明な光に吸い込まれて、キャトルミューティレーションされて、さっき宇宙船から降りてきたのだ。僕が見たのはきっとそのときの光だったのだ。
 そのまま三人で参道や会場を歩き回り、打ち上げ花火を見た。赤や黄色や緑の花火の光に照らされるミキの横顔を何度も盗み見たが、切られたり縫われたりした跡は見当たらなかった。衣紋から覗く白いうなじが目に焼き付いてうまく息ができないみたいに苦しい。すくわれた屋台の金魚はビニール袋の中でこんな気持ちなのかもしれない。
 その日からミキは眼鏡をしなくなった。新学期が始まってからも毎日一緒に歩く通学路で、まるで別人のように少し低くなったミキの肩の上をポニーテールの毛先が揺れる。ミキが僕の名前を呼ぶたびに、心臓がおかしな音を立てて、ミキの声が教室でも街中でも、いつも一番最初に耳に届く。 僕も気付かないうちに、ミキの皮を被った宇宙人にキャトルミューティレーションされてしまったのかもしれない。僕は心臓に手を当てた。薄いTシャツ越しに、掌の熱が伝わってきた。

宇宙人と打ち上げ花火

宇宙人と打ち上げ花火

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-04-21

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