桜並木。

すっかりと暖かくなった陽気はふんわりとそよ風を温めて、僕の身体を撫でながら桜並木を吹き抜けてゆく。
ざぁと静かに木々はざわめいて、七分咲きの桃色の花びらは揺れるだけ。
僕は眠気の限界で、ゆっくりと散歩を楽しむように、一歩一歩を慎重に踏みならす。
それでも身体の芯から深い眠りを求められて、そろそろ限界だと脳みそが訴えてくる。
いつものように、お気に入りのベンチに座り込む。
桜がとても綺麗に見えるベンチで、桜の合間を縫って降り注ぐ陽射しがとても心地良いベンチだ。
昼寝にはうってつけ。
腕時計は九時半を指している。
それを眺めながら、いつの間にか眠りに落ちていた。



目が覚めた。
僕は「ふぅ!!」と全身に空気を送り込むように、深呼吸をして、伸びをする。
すっかりと深く眠ってしまったようだ。
座ったまま眠ってしまったものだからあちこちが凝り固まって、ほぐすというよりも折って畳んで回して馴染ませるように、関節を動かす。
すると隣から「ひぇえええ」と情けない声があがった。
「ん?」
僕は不思議な気持ちで隣を見た。首がまだ固い。
「私、そのぼきぼきーって音苦手なんです。痛そうで…………」
食べかけのたい焼きを持ったお姉さんがいた。
誰だ?
「えっと、ごめんなさい」
謝ることにした。
まだ覚醒しきっていない頭は、寝ぼけてしまっている。頭が回転しない。
「いやいや、こちらこそごめんなさい。いきなり不躾ですよね!」
慌てて手を振る。たい焼きも振られる。お腹すいた。
「良く眠ってらっしゃいましたね。ここ気持ちいですもんね。桜が綺麗ですし、あったかいですし」
眠くなっちゃいますよね、と話しかけてくる。
「そうですよね。ついうとうとしちゃって。眠りこけちゃいました」
うとうとなんてもんじゃない。熟睡だ。
僕は鞄を開ける。飲みかけの烏龍茶と、開けていない緑茶をどっちを飲もうかと逡巡した。
お姉さんはたい焼きの袋を抱えたまま、手に持ったたい焼きを頬張り、幸せそうにもぐもぐと食べている。桜を見上げ、風を感じ、陽射しを浴びて。
春を全身で感じている。
一瞬は長く、そして短い。
僕は自然と惹き込まれて、見惚れてしまった。
風がそよいで彼女の髪を揺らす。
僕の視線に気付いて「うん?」と首を揺らす。
「見たところお姉さん、飲み物ないですよね」
忘れちゃったんですよ、とにこにこ。
「口を開けていない緑茶があるんです。一個交換してくれませんか」
お腹ペコペコなんですと、彼女に差し出した。
「いいですねー、物々交換」
彼女は緑茶を受け取って、ほかほかのたい焼きを手渡してくれる。
あったかい。
「こしあんです」
美味しそうですね、僕は匂いを嗅いで微笑む。
「「頂きます」」
二人してそう言って、一口頬張り、一口飲む。
不思議な充足感。
こんなこと、あるんだって。
胸の奥に染み込む。

「「ご馳走様でした」」

ほんの短い間で食べ終わってしまった。
睡眠不足で弱っていた胃腸は、少しの仮眠ですっかり調子を取り戻してしまった。むしろ物足りない。
糖分で頭は覚醒して、ようやくものを考えられるようになった。
「たい焼き、ご馳走様でした」
お姉さん方を向いて、自然と微笑む。
「いえいえ、こちらこそお茶、ありがとうございます。やっぱり緑茶が一番合いますよね、あんこに」
そう言ってお姉さんも笑顔。
「よくここでお昼寝されてますよね」
お茶を煽る。
「ええ、ここ通勤で通ってて」
僕もつられて煽る。
お姉さんは首を傾げて「うん?」って顔をしている。
「夜勤があるんですよ。それで今が帰りで、限界でお昼寝です」
自然とにこって、笑みが出てくる。気持ちが良い。
「なるほどー」ってすごいすっきりした様だ。
会話がとても楽しい人だ。きっと友人にも好かれるんだろうな。
「私はここで出てる屋台のたい焼きが好きで、よくお昼休憩で抜け出してくるんです。それで、あなたのことをいつも見かけてね」
幸せそうにお昼寝をしているなって。そう、ころころ笑う。
「ついつい今日は、隣に座っちゃいました」
不意に、とても恥ずかしくなる。
寝顔、見られていたのかーーーーー。
まぁ、いいやと烏龍茶を飲み干す。
急に熱くなってしまった。
「ごめんなさいね、寝顔勝手に見ちゃって。今日は桜が綺麗で、暖かかったから」
外で食べたくなってしまったんです、たい焼き。そう言って、お姉さんもお茶を飲み干す。
「一人で食べるのも美味しくないですしね」
たい焼きをもう一つ、差し出してくる。
「付き合ってくれたお礼です。冷めちゃったけれど、どうぞ」
綺麗な笑顔で、僕は見惚れてしまった。
冷めたたい焼きを受けとって、僕はありがとうと返す。
「もうこんな時間だ、行かなきゃ」
お姉さんは腕時計を見て、伸びをした。
僕もつられて伸びをする。
顔を見合わせて、えへへと二人して笑ってしまう。
「また、会えますか」
僕は聞く。
「ここでお昼寝をして待っててくれたら」
にこって、笑ってくれる。
「お茶を買って、寝ていますね」
僕もにこって微笑み返す。
「次は満開の桜、見れますかね」
彼女は満開の笑みで、笑ってくれた。

桜並木。

桜並木。

  • 小説
  • 掌編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-04-21

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