インステップ
この物語は全てフィクションです。
No. 1 想い
カーン!カーン!カーン!
ガッガッガッ!
ウィーン!ウィーン!
市内のビルの建築現場に、機械や工具の音が鳴り響く。
「おーい!そろそろ飯やぞ!」
年配の男が声をあげる。
「ウィーッス!」
ほぼ同時に、現場にいたほとんどの作業員が返事を返した。
「ヒャー!暑ちー!飯!飯!」
「腹へったー!」
「お茶くれ!お茶!」
ドカドカと足音を立てながら、現場作業員たちが隣の仮設プレハブに入っていく。
少し遅れて、さっきの年配の男が入ってプレハブを見渡す。
「おい!朝陽は?」
「まだ現場ですよ、親方!」
「親方ちゃう!監督や!何べんも言わせんな!」
年配の男は、このビルの現場監督で、名前を高橋明人(たかはし・あきひと)という。
ここで働く職人達の、会社の社長でもある。
高橋「まだやってんのか?」
「はい!今やってんのが終わったら行くって…、」
高橋「言ったんか?」
「いえ…、そういう顔してました。」
高橋「アホか!はよ連れてこんかい!お前らも少しは見習え!」
高橋は一番近くにいた作業員のお尻を叩いて、朝陽という人物を呼びに行かせた。
「あの仕事バカめ!なんで俺がケツ叩かれなあかんねん。」
作業員はブツブツ言いながらも、朝陽という人物を呼びに向かった。
「おーい!朝陽!腹へったやろ?飯やぞ!」
ズドーン!ズドーン!
呼び止められた人物は、両肩に担いでいた建築資材を地面に降ろして、コクリとうなずいた。
「そういや、親…監督、朝陽もだいぶ慣れてきましたね。」
高橋「そうやな。」
「あいつが来てもうすぐ三年ですもんね。」
高橋「あいつには手を焼いたわ。」
「ホンマですよ!無愛想だし、頑固だし、事情を知ってたから良かったものの。」
高橋「ようやく最低限ってとこやな。」
「もう病院には連れていかないんですか?」
高橋「多分連れてっても無駄や…、医者も様子を見たほうがええって言ってたわ。」
「失声症でしたっけ?」
高橋「そやな…、難しいことは分からんが、とにかくお前らにも話した昔の事故が原因であることは間違いないわな。」
高橋は、窓から遠くを見ていた…。
「親、監督!朝陽連れてきましたよ。」
高橋「おぅ!悪ぃな、水口、飯や飯!朝陽も早よ食えよ。」
「ウィース!頂きます、朝陽!一緒に食べよまい!」
朝陽という人物はコクリとうなずいて、椅子に座る。
高橋に頼まれて朝陽という人物を連れてきた男の名前は、水口毅(みずぐち・つよし)高橋建設の若手作業員だ。
「ハァー食った!食った!」
「眠てー!」
「終わったら、飲みにいくべ。」
昼休み、にぎやかに語らう作業員たち。
「水口、お前もう何年たった?」
水口「俺っすか?今年で7年ぐらいッスかね。」
「そろそろダニーに挑戦してみっか?」
「ウォーーーッ!」
作業員たちが一斉に声をあげる。
水口「待ってましたよこの時を!」
「よっしゃ!ダニー、ええか?」
「OKデスヨ。」
ワイワイと騒ぎながら作業員たちは、机と椅子をプレハブの隅へ移動させ、部屋の真ん中に机を一つ置いて、それを囲むように集まる。
水口「あれから3年やなダニー、今度は負けへんで!
」
「オテヤワラカニ。」
水口「親、監督!見てて下さい、俺の生きざまを!」
高橋「ハハッ、アホ!また、手首折れた~~!ってのたうち回るなよ。」
水口「あの時とは違いますよ!
なぁ、みんな!」
「………。」
水口「次は、お前らやで…。」
彼らが始めようとしているのは、腕相撲。
ダニーという人物の名は、ダニエル・クワノ、出稼ぎに来ている心優しいポルトガル人だ。
高橋「クワノ!手加減せんでええらな。」
ダニー「オヤ…、カントク、ダイジョウブデスヨ、アシタハニチヨウビ、ユックリネテイラレマスネ。」
水口「言ってくれるやん、伊藤さん!レフェリーお願いします!」
「準備はええか、ほないくで!」
中央の机の上で、ガッシリ手を組んで目を合わせる二人…。
「レディー…、ゴウッ!」
水口「ふぬぬ!ぬ!ぬ!」
ダニー「……。」
水口「ふぬぬぬぬぬぬー!」
「オオオォー!これは!いけるで水口!」
高橋「クワノ!」
ダニー「OK !フンッ!」
グキッ!
水口「あっ!」
パタ。
水口「いで~~~!いででで!手首折れた~~!」
作業員たちは腹を抱えて笑いだす。
「勝者ダニー!」
ダニー「ミズグチサン、ダイジョウブ?」
水口「いつつつ!お前の腕は鉄アレイか!」
「ハァーハハッ、腹いてぇ、水口ご苦労!」
水口「笑い過ぎッスよ!伊藤さん!」
「ゴメン、ゴメン!もう笑わんから。」
必死に笑いをこらえる男の名前は、伊藤孝之(いとう・たかゆき)、作業員をまとめる高橋の部下だ。
伊藤「他にチャンピオンに挑戦したいやつはおらんか?」
「………。」
「……。」
「…。」
伊藤「じゃあ、今日は…、」
ダニー「イトウサン、マダネ。」
伊藤の後ろには、少しうつむき加減の、朝陽という人物がポツンと立っていた。
伊藤「オオウ!朝陽!やるんか?」
「マジか!」
「大丈夫かいな!」
水口「腕へし折られるぞ!」
伊藤「朝陽、ええんやな。」
朝陽という人物はコクリとうなずいた。
水口「親、監督!いいんすか!」
高橋「まぁ、ええがな、やらしてみ。」
水口「分かりました。」
伊藤「朝陽!分かってると思うけど、特別扱いはせえへんから。後悔すんなよ。」
朝陽という人物は、コクリとうなずく。
ダニーはなぜか上着を脱ぎ捨て、ウォーミングアップをし始め、朝陽という人物を見て、ニヤリと笑う。
「オィ!ダニー、マジモードやで!」
「ゴツい腕やし、朝陽大丈夫か。」
朝陽という人物は、静かに机に肘を付く。
するとダニーもゆっくりと肘を乗せた。
伊藤「ええか、いくで。」
室内は一瞬で静まりかえる。
伊藤「レディー!ゴーッ!」
ダニー「フンッ!…ナッ?」
ズダーーーーン!
朝陽という人物は、ダニーの右腕を一瞬で机に叩き付けた。
伊藤「勝者、朝陽!」
「スゲーー!」
「瞬殺やで!」
「マジかよ!」
水口「ウソやろ…。」
ダニー「イタタ!アサヒ、マイッタヨ!」
水口「ダニー、本気出したか?」
ダニー「モチロン!デモジツハ、テヲニギッタトキ、スコシマケルキガシタ。」
高橋は、少し微笑みながら、みんなに声をかける
高橋「さあ!もうええやろ!仕事いくで!」
「ウィーッス!」
作業員たちは、急いで机と椅子を元の場所へ戻す。
作業員たちは、朝陽という人物の頭を撫でたり、からかったり、肩を叩いたりしながら現場へ戻って行っく。
水口「朝陽!次は俺が相手や!」
伊藤「ハハッ!なかなか面白いギャグやな。」
ダニー「イトウサン、アサヒノキンニク、ハンパナイヨ。」
伊藤「そうやな、あいつは不器用なぶん、下積みが長かったからな…、よう頑張ったで、ホンマに…。」
朝陽という人物は、工具を入れた腰ベルトを腹に巻いて、静かにビルの工事現場へと入って行く。
高橋は、その後ろ姿をどこか嬉しそうにずっと見ていた。
高橋が見つめていた人物の名前は
日野朝陽(ひの・あさひ)
そう、この物語の主人公である。
No. 2 信用
「お疲れー!」
「お疲れさーん!」
「お疲れ様でした!」
今日も1日の仕事を終えて、作業員たちはぞろぞろとプレハブを後にする。
水口「伊藤さん、飲み行きますよね!」
伊藤「おう、他にも行く奴は俺の車乗れよ!」
「ウィーッス!」
明日は日曜日、伊藤たちは近所の居酒屋に飲みに行くようだ。
水口「朝陽!たまには飲みに行かへんか?」
朝陽は首を横に振り、帰りの荷造りをする。
水口「つまらんのー!カワイイ女の子もおんのにな~!」
伊藤「チャンピオンは忙しいねん!朝陽!また今度な!」
朝陽はコクリとうなずいた。
水口「しかし朝陽!お前どこにそんなパワーがあんねん!」
朝陽「……。」
水口は後ろから静かに朝陽に忍び寄る。
水口「どこや!ここか!」
水口は朝陽の脇腹を激しくくすぐりだした。
水口「みんな!押さえろ!」
「アハハッ!あかん!力強すぎや!」
「スゲェパワーや!化けもんや!」
朝陽は、水口の攻撃をスルリとすり抜ける。
伊藤「もうええやろ!行くで!」
水口「たまには付き合えよ、朝陽!お疲れ!」
朝陽は、コクリと頭を下げて帰っていった。
水口「そういえば、親方は?」
伊藤「今日は、町内の寄り合いで先に帰ったで。」
水口「鬼のいぬまに、帰りましょ!」
伊藤たちは夜の街に繰り出した。
高橋「こんばんは、邪魔するで。」
「おぉ!あきやん!みんなもう来てるで。」
高橋「みっちゃん、お待たせ!」
「まずは、駆けつけ一杯や、ほれ!」
高橋「みっちゃん、ありがとう。」
「ほな、皆さんそろったところで、8月の盆踊り大会はお疲れ様でした、秋の行事も頑張りましょう!乾杯!」
「カンパーイ!」
乾杯の音頭をとるのは、高橋の古き友人でもあり、町の外れにあるお寺の住職をしている小林満三(こばやし・みちぞう)という男だ。
高橋は定期的に行われている、町内の寄り合いに顔を出していた。
最近は忙しさを理由に、あまり顔を出していなかった高橋だが、今回は小林が話があるという事で呼び出されていた。
高橋「みっちゃんから話があるっていうから、なんやドキドキしながら来たわ!」
小林「ハハッ!すまん、すまん!」
高橋「ほんで、話ってなんや!」
小林「朝陽ちゃん、うまくやってるか?」
高橋「当たり前やがな!誰が面倒見てると思ってんねん!」
小林「そやな、思いきってあきやんに預けて良かったわ!」
高橋「心配無用やわ、みっちゃん!朝陽ももう、二十歳やで!」
小林「そうか…、もう二十歳か…、あれから十五年も経つんやな…。」
高橋「友子ちゃんが生きてた事が唯一の救いやったな…、どんな形であれ生きてた事が、あいつの支えになってたな。」
小林「ホンマ、あきやんのお陰やわ…、ホンマに…、ありがとな!」
高橋「おいおい!泣かんでもええがな!ほれっ!ティッシュ。」
小林「おおきに、年取るとアカンわ。」
高橋「ほんで、話っていうのはなんや?」
小林「せやったな、大した事やないんやけどな、朝陽ちゃんて…。」
小林「やっぱりやめとこかな。」
高橋「なんやいな!水くさい!わしとみっちゃんの仲やないかいな!」
小林「そやな、ほな聞くわ!」
高橋「なんや?」
小林「朝陽ちゃん、サッカーやってへんか?」
高橋の顔が一気に曇る…。
高橋「みっちゃん、がっかりやで。」
小林「ゴメン!あきやん!今のは忘れてくれ!そんな訳ないのは分かってんねんけど、もしかしてと思って聞いてみただけや!」
高橋「もしかしてはありえへん、サッカーはあいつから…、朝陽から全てを奪ったんやからな!」
No. 3 夜行
小林「実はな
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