ハル
先日
一人の女子高生と
交わりました
彼女と知り合ったのは
朝の通学電車の中です
彼女は
毎朝
二人の男子と
立ったまま談笑していました
きっと同校出身の地元仲間でしょう
彼女には品性があった
しかしそれと同時にふしだらな雰囲気もあった
僕は毎朝
彼女を横目で
じっと観察していました
少しやさぐれていて
斜に構えたスタンス
色は群青がよく似合う
黒くて長い髪はさらさらで
肌の白さが眩しい
手首には金色の細い糸で編み込まれたミサンガ
化粧はしていないけれど素の美しさがある
たぶん友達は少ない
清純系で孤独な雰囲気を醸し出している
読書好き
この前帰りの電車で見かけたとき
文庫本を読んでいた
あの細い指先でページを繰っていくのが
半ば官能的な仕草に見えた
彼女は言葉の端々に鋭い針を忍ばせる
現実と冷徹の針
それはときに人をハッとさせ
ときに人は憤る
だからたぶん友達が少ない
リアリスト
彼女の親か
彼女の彼氏は
手を出す人らしい
ずっと前に
目を腫らして乗車してきたのを
見たことがある
彼女にはある種の暴力を引き寄せる
そんな雰囲気がある
彼女は
どこか守りたくなるような
繊細な一面も併せ持っている
刺で武装しているけれど
中身のやわさは隠しきれていない
その刺が鋭敏であればあるほど
それは彼女の心の中のやわい部分に近いのだ
話したことは一度もない
ある日僕が帰りの電車のボックス席に座っていると
例の彼女が斜め前に腰掛けた
いつも私のこと見てるでしょ
目が合ったと思ったら彼女の方から話しかけてきた
私が求めるものは
束の間の幸せでも喜びでも快楽でもない
私が求めているのは
リアリティよ
もっとひりひりとした
乾燥した砂のようなリアリティ
私はそれを求めて
もう何人もの男と寝てきた
でも誰も
私が求めているものをくれなかった
彼女の発言自体が
もうリアリティに欠けているように思えた
セックスの先に
そのリアリティはあるのかい
ええ
セックスは
私たちの世界から隠された
秘密の世界
私が求めるものがあるとしたら
それはきっと
そういう隠されたところにあるの
僕は君にリアリティを提供することはできない
でも
君と一緒にそれに憧れることはできる
なぜなら
僕もリアリティを欲しているからだ
まさに君が今さっき描写した
ひりひりと身に迫る
乾燥した砂のようなリアリティをね
思うに
束の間の幸せや喜びや快楽は
しょせん誤魔化しに過ぎない
僕は
リアリティを
実在だとか実存と呼ぶけど
常に実在は
そういう誤魔化しの皮を被っているんだ
もっとあるがままに
世界を認識できたらいいのにね
こんなに私の話に乗ってくれたのは
あなたがはじめてよ
ねえ
私たち
きっと向こう側まで行けるはずよ
そのときはまだ知らなかった
僕らの求めるものが
どれほど残酷なものなのか
僕らはまだ若い
それゆえにリアリティにロマンの幻影を見てしまう
でも実際は
そんなにたいしたことはない
僕らの抱いたロマンが
それを大きく見せているだけ
僕らは
駅前のホテルで
一夜を共にした
ぬるま湯をかけ合うような
セックスだった
そこに愛はなくとも
それだけで僕らは
満たされた
彼女は
僕の胸の上に頭を乗せて
僕を見つめる
彼女の吐息が
僕の胸毛を
そよがせる
ねえ
虚しい
虚しいのは
きっと
脈々と受け継がれてきた系譜の中の
ほんの一部だからだよ
この僕らの営みが
ねえ
小説を書いてよ
私たちのような
行き場を失った男女が
逢瀬を重ねる
官能的な小説を
僕は
答える代わりに
再び彼女の唇を奪う
もっと重ねないと
お互いの体を
お互いの記憶を
お互いの思いを
お互いの遺伝子を
そっとぎゅっと抱きしめるように
それから僕らは
毎朝、電車で顔を合わせても
知らないフリをした
それでも
週に一度の
駅前のホテルでの秘密の交わりは
欠かさなかった
僕らは互いをすり減らしていった
摩耗してゆく二つの体
僕らのセックスは
快楽を貪り合うというよりは
複雑に絡まりあった糸の塊をほぐしてゆくような
難解な哲学書をじっくりと読み解いてゆくような
隠蔽された暗号をひとつずつ解読してゆくような
そんな作業に近かった
お互いの体のどこが敏感なのか
指と舌で探り合ってゆく
ああ、そこ
ここ?
違う、そこじゃない
もっと、こう
そうそう、そこ
ああ、いい
僕らの共通了解事項は
言葉では表現できない理解を、だ
五感をすべて使って
この果てしない系譜の中のほんの一粒の営みに
すべてを見いだせるように、と
ときにセックスは
どんな書物よりも
どんな雄弁家よりも
多くを物語った
僕らはそれで満たされるのだ
ハル