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 あぁ。ユーウツ。育休があと1か月になっちゃった。4月からは、職場復帰だよ。かわいいメイと離れ離れになるのかと思うと、本当にいや~。「身が引きちぎられる思い」とかいうけど、こういうことをいうんだね。経験者のみなさん、どうでしたか~?
from メイママ 
3月10日午後11時24分

 私は今日も、リビングの一角に置かれたパソコンの前にいる。1歳3か月になる娘を寝かしつけてから、ブログを更新するのが、日課だ。「メイメイ育児日記」はママブログの中のアクセスランキングでは、結構上位にいる。順位を上げる秘訣は、こまめに他人のブログにコメントすること。そうすれば、自分のブログにアクセスしてくれる人が多くなる。そして、自分の文章は疑問形で終えると、コメントされやすい。育休中に覚えたこのささやかな楽しみも、職場復帰すれば、更新するのも難しくなるだろう。
 仕事は私立高校の事務職員。地元ではそれなりの進学校で、経営状況も悪くないのか、ゆっくり休ませてもらった。高校時代の同級生の夫は、市役所の職員で、それなりに安定した生活を送っている。27歳で結婚し、すぐにメイが生まれた。その2年後に、この家を建てた。小さな3階建て。将来、子どもたちが部屋に閉じこもってパソコンをしないように、2階のリビングにパソコンが置けるデスクを備えつけた。今はもっぱら、私の指定席だ。
 はまっているブログがある。不妊治療をしている30代女性のブログだ。

 きょうは病院に行って~、子宮のチェックしてもらったよ~。あたしの体には異常はないのに、なかなか妊娠できなくて~。ダーリンわぁ、検査を拒否ってて~。なのに、姑からは「そろそろがんばらなきゃね~」なんていわれるんだよね~。これって、どうよ?
from ANNA 
3月1日午後7時10分

 同情する。出産に関してそんな悩みはなかったし、夫の実家も県外なので、あまりかかわりがない。正直、かわいそうだなと思って、コメントした。

 大変だと思うけど、がんばって。ANNAさんなら、乗り切れるよ。
from メイママ 
3月1日午後10時28分

そのブログに興味を持ってしまうのは、不妊治療に関してというよりも、その女性のプライベートが、赤裸々に書かれているからだ。

 きょうは~、ダーリンがぁ~、酔っぱらって帰ってきて~、いきなりリビングでぎゅうっとされて~、そのまま変なことになっちゃったよ~。
from ANNA 
3月3日午後9時13分

 あたしびっくりしたよ~。昨日ダーリンがドンキでセーラー服買ってきたの~。コスプレさせられたよ~。まぁ、きらいじゃないんだけどね~。
from ANNA 
3月6日午前11時32分

 しょうもない話題だけど、刺激のない日々だから、どうしてもアクセスしてしまう。何しろ、夫とは出産以来、ほとんど体に触れあうことがなくなっているからだ。しょうもないと思いながらも、にやりとしてしまう自分がいて、少し恥ずかしくなった。
 そのブログに異変を感じたのは、数日後だ。

 昨日行ったイタリアンのランチ、超おいしかったよ~。1200円。パスタ、ピザ、サラダ、飲み物がついて1200円はお得~。カルボナーラのクリーミーさに感激~。
from ANNA 
3月11日午後7時34分

 昨日のランチは中華~。オーダーバイキングで温かい飲茶をテーブルまで持って来てくれるよ~。1480円は納得だね~。
from ANNA 
3月14日午後8時39分

 あれ?私も少し前、イタリアン、中華に行っている。しかも、同じ金額。メニューも同じだ。薄気味悪い感覚を覚える。さらに、続く。

 あんまりこんなこと書いたらダメだと思うけど、書くね~。となりの家の、Mちゃんて超わがまま~。自分の気に入らないことがあると、「ギャー」って泣くの~。赤ちゃんっぽくない大きな声でね~。見ていてつらいよ~。その家のママも放任主義。というより、ありゃ育児放棄だね~。だんなちゃんは公務員らしくて、よく平日でも家にいるよ~。やっぱり公務員でひまなんだね~。
from ANNA 
3月15日午後4時4分

 他人のことをブログに書くことって、デリカシーに欠けると思う。でも、そういう問題じゃない。うちの娘はブログ上では「メイ」で、本名は「芽依」。だんなも公務員。しかも、平日に有給休暇を取って、育児を助けてくれることもある。まさか、近所のだれかに見られているのか。

 ブログを見るのが、こわくなった。見るのをやめようと、思ったが、やめられなかった。衝撃が走ったのは、翌日のブログだった。

 昨日はびっくりしたぁ~。となりの家の公務員のだんなちゃん、かわい~女の子を車に乗せて、ドライブしてるの、見ちゃった~。あちゃ~。やっぱりひまなんだろうね~。奥さんともうまくいってないみたいだし~。だんなちゃんの気持ちもわかる~。同情するよ~。
from ANNA 
3月16日午前9時54分

 背筋が寒くなるのを感じた。確かに、夫はいつも電車通勤なのに、昨日は珍しく車を使っていた。いやな予感がして、いてもたってもいられなくなった。とっさに車に向かって、助手席のドアを開けた。そこには大きなイヤリングが足下に落ちていた。視界が急に狭まるような感覚におちいった。なんで?なんでなの?

 その夜。夫が帰ってきて、2階のリビングに上がってきた途端、イヤリングを見せつけてやった。「何よ、これ?」夫はとぼけた顔をして、「何これ?」という。「何これじゃないでしょ?」。私は、家の外まで響くほど、声を荒げてしまった。「車にあったのよ。助手席にぃ。だれを乗せたのよ?だれを?言いなさいよ」。私は夫の胸ぐらをつかんで体をゆする。「落ちつけよ、身に覚えがないんだってば」。悔しい。しらを切るつもりだ。私はもうどうでも良くなり、棚にあった食器を、次々に思いっきり壁に投げつけた。音は耳に入って来ない。気づけば、床中にガラスが散らばっていた。足の裏からは、血が流れていた。我に返ったのは、芽依の泣き声が聞こえてから。部屋のすみで寝ていたが、さすがに起きたのだろう。
 その日はまったく眠れなかった。翌朝、パソコンに向かった。これを最後にしようと、思った。

 いろいろ事情があって~、きょうでブログやめま~す。応援してくれたみなさん、ありがと~。元気な赤ちゃんに出会えるように、がんばるね~。最後に~、わたしの写真、アップしちゃいま~す。ブサイクでごめんね~。
from ANNA 
3月17日午前6時5分

 目を疑った。にやついている横顔。びっくりしている横顔。鬼のような形相で怒っている横顔。そこに載せられた3枚の写真は・・・私だった。角度から見れば、明らかに西隣の家から撮られている。一体なんで?階段を駆けおり、素足のまま、となりの家の玄関の前に立った。玄関をとにかくたたいた。何度もたたいた。
「ねぇ、一体私が何をしたってゆうのよ。ねぇ、ねぇ、ねぇ!!!」

 「ドンドン」「ドンドン」

 もう、うるさい。醜い。それなりに整った顔立ちも、台なしよ。
「私が何をしたってゆうのよ」って、はぁ?あなたは忘れているかもしれないけど、私は一生忘れない。あの無神経女。
 あなたをこらしめようと、いろいろ考えていたとき。偶然だった。あなたのブログを見つけた。匿名でやってたつもりかもしれないけど、あなたの娘の写真の背景には、私の家がうつってるの。あの時の写真には、小さいけど、私の顔まで入っているわ。あなたは気づいてないでしょうけど。
 あの時。生理が予定日より1か月遅れて、やっとデキたかも、と期待を込めて病院に行った。夫は仕事だったから、1人で行った。でも、ダメだった。その帰り、下を向いて玄関に向かうところが、うつってるの。写真を見るたびに、私の気持ちはふさがってしまう。恨んでいるのはそれだけじゃないけど。
 私はあなたをこらしめたかった。地獄に突き落としたかった。ラッキーだったわ。あなたのパソコンが置いてあるところが、ちょうどうちの3階からのぞき込めるのが、わかった。夫はカメラが趣味で、いくつも持っていたので、1つ借りて、3階に三脚をセットした。3階は子ども部屋のためにつくったけど、まだ空っぽ。それにしても、望遠レンズってすごい。あなたの表情が手に取るようにわかったわ。
 最初は、ファインダーをのぞいているだけで、楽しかった。でも、すぐに飽きた。そこで、いたずらを思いついた。あなたのいろんな表情を撮影したくなったってわけ。

 まずは、あなたのブログに何度もアクセスした。そして、コメントをたくさん残した。「ANNA」というハンドルネームを使って、「わかるわかる~」って。それだけで、あなたは私のブログにやって来た。気安くコメント書いたわね。「ANNAさんなら、乗り切れるよ」だなんて。あなた、正真正銘の無神経女ね。
私は、あなたが喜びそうなことを書いてみた。
 夫が酔っぱらって帰って来て、そのまま・・・なんてうそ。セーラー服、そんなもの買ってくるわけないじゃない。そのブログを読んでるあなたの顔、汚らしい顔だったわ。それが1枚目の写真よ。

 あなたが食べたランチメニューがわかったのは、簡単よ。あなた、こまめにゴミ出しするでしょ。家の前にあるゴミ箱の中身を少しだけ、確認させてもらっただけ。レシートもきちんと持ち帰って捨てるなんて、そんなとこだけは、こまめなのね。メニューがどんぴしゃだったブログを見て、驚いた顔が2枚目の写真よ。

 私のいたずらはエスカレートしちゃった。あなたの困った顔が見たくなったの。あなたの家の前を通ったら、たまたま助手席の窓が1センチだけ開いてた。不用心ねぇ。その時、ピンとひらめいちゃった。使ってもないダサいイヤリングを、タンスの奥のほうから取り出して、窓のすき間から入れた。ブログを見たときの、あなたの顔は困った顔じゃなかったのが、少し残念。まぁ、怒るのも仕方ないか。その写真が3枚目。

 その夜の、夫婦げんかは楽しく見せてもらった。ご主人のとぼけた顔は角度的に見えなかったけど、相当困ってたでしょうね。だって、彼には根も葉もないんだから。困った顔は、あなたじゃなくて、ご主人の顔を撮れば良かったんでしょうけど、撮りそこなっちゃった。娘がかわいそうね。あんな場面に出くわして。トラウマになるでしょうね。 
これで、かんべんしてやろうかと思ったけど、ここまで来たら、自分自身を止められなくなっちゃった。人間って、究極の場面にどんな表情を見せるか、実験してみようと思って、あなたの写真をブログにアップさせてもらった。まぁ、なんともいえない表情だった。人間は追い詰められると、表情ってなくなるのね。その写真は、今、カメラのモニター画面でチェックしてる。この写真も、後日、ポストに入れてあげる。



 なぜ、私がそこまであなたを恨んでいるのか、知りたい?じゃあ教えてあげる。あなた、初対面のあいさつの時、私になんていったか、覚えてないでしょ。私は今でも耳に残っているの。一生忘れないわよ。
「お子さんは?」
「まだ、です」
「まぁ、いいわね。うちなんか『デキ婚』で、夫婦だけの時間がなかったから、うらやましいわ。変わってほしいぐらい。どう?」


ドンドンドンドン、まだうるさいわねぇ。さて、次はどんないたずらをしてみようかしら。

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昨年、3階建てのおうちを建てました。せまい敷地にギュウギュウに詰まるおうちたち。となりの方の視線が気にならないわけではありません。

  • 小説
  • 短編
  • サスペンス
  • ホラー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2011-11-28

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