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【カレンダー・花・嫉妬】

 天気予報は外れた。今朝の予報では曇りのち雨で、午後から降り出す雨は次第に強くなると言っていた。しかし、居間で昼食を食べ終えた頃には分厚い雲は割れて、青空が覗いていた。
 私は時計を見て、玄関で真新しいピンクのメリージェーンを履いた。鏡に全身を映してくるりと回ってみる。雑誌に載っていたチェックのワンピース。すごくかわいくてお母さんにお願いして、お菓子もジュースも我慢して、お手伝いもして、やっと買ってもらえたワンピース。袖と裾にはラメの入ったレースがあしらわれているワンピース。買ってもらってから今日まで何度も着てみて鏡の前で回ってみたり、口角だけを上げて女優さんみたいに笑ってみたりして、そのあとは汚れたり、皺になったりしないようにハンガーにかけて大切にしていた。でも、雑誌で見た時の方がずっとかわいく見えていた。それが雑誌の中の、顔が小さくて手足が驚くほど細長くて目が大きいモデルさんと、どこにでもいる平均的な体つき、顔つきの私の違いだと気付いてからは、嫉妬なんてするはずもなく、ただ考えるのをやめた。
 玄関の下駄箱の上に張られたカレンダーの今日の日付には、大きな二重丸が付いている。今日は大切な日なのだ。今日は、ヨウ兄が帰ってくる日。
 ヨウ兄はいとこで、私が10才くらいの時から一緒に暮らしていた。高校卒業と同時に就職のために地元を離れていたヨウ兄が、今日この街に、この家に帰ってくる。お母さんにその話を聞いてしばらくは浮かれて上の空だった。そのあと、ヨウ兄のために物置にしていた客間の片づけを手伝い始めると、だんだんと実感が湧いてきて、今日が待ち遠しくてたまらなくなった。
 鏡の前で何度も前髪を直して玄関の扉を開けると、柴犬のマロさんが尻尾を振って私を見上げた。
「ごめんね、散歩じゃないよ。」
 私が言うと、マロさんは尻尾を止めてその場に伏せた。マロさんの耳がピクリと動いて、車のエンジン音が近づいてくる。私はドキドキしながらもう一度前髪を直して、ワンピースの裾を伸ばした。
 家の前に濃い青の車が止まって、運転席から降りてきたのは、間違いなくヨウ兄だった。高鳴る心臓に手を当てて、浅い呼吸を繰り返す私の目は、確かにヨウ兄を見ていた。
 ヨウ兄と、並んで歩く、見知らぬ女を、見ていた。
「大きくなったなミノリ。」
 私に気付いたヨウ兄が笑って、隣の女に何か声をかけている。私の事を紹介しているのだろうか。女は馴れ馴れしい笑顔を見せながら「こんにちは」だか、「はじめまして」だか、何か言ったみたいだった。こめかみがズキズキと痛んで、女の言葉を掻き消していく。女が、不自然に膨らんだお腹に手を当てるのを見て、体の中が熱くなった。内臓のどれかを直接焼かれているみたいに、熱くて痛い。目の奥がチカチカして細めた視界に、黄色い花の飾りが付いたパンプスが近づいてくるのが見えた。
 何か話しながら玄関に入っていくヨウ兄と女の後ろ姿を見送り、思い出したように息を吐く。いつの間にか握りしめていた両手から力が抜けて、ワンピースに皺だけを残した。

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  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-04-17

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