SS09 道連れのキルマイセルフ
屋上の柵を乗り越えた僕を説得する彼らは必死だった。
「何も死ぬことはないじゃないか」
「そうよ、まだ若いんだからいくらでもやり直しがきくわ」
「お願いだから早まった真似しないでっ!」
昭男、しのぶ、玲子。いつもは反目し合っている三人が手を変え品を変え僕の説得を試みる。
死なれちゃ困るから必死なはずだけど、刺激しないように敢えて感情を抑えているようだった。
そんな彼らを無視した僕は、首を伸ばして”下”がどうなっているか確かめた。
十階建てのビルの二辺は舗装された細い道路に接しているが、今なら関係ない人を巻き込まずに済みそうだ。
ボロビルの屋上に出るのは容易いこと。お腹の高さしかないチャチな手摺を乗り越えて縁に立てば、あとは足を一歩踏み出すだけでいい。
正直、あんまり高いところは得意じゃないけれど、血を見るのが怖くて刃物は苦手。塩素なんか発生させて近所に迷惑を掛けるやり方も今一つ気が乗らない。結局これが一番簡単だと思って決めた。
強いビル風で身体がふらつく度に声にならない悲鳴が上がるのを、心地よく感じてくすりと笑う。僕にはそれだけの余裕があった。
「ね、止めましょ。何が不満なの? 言いたいことがあるなら話してちょうだい」しのぶの低い声は明らかに震えていた。
「そうだ、話し合おうじゃないか」
話し合う? 僕はもう溜息すら出なかった。
こいつらは何も分かっていない。一体誰に原因があると思ってるんだ。
いつもいつも僕の邪魔ばかりして、挙句何か|やらかし《。。。。 》ちゃ、姿を消すか、一致団結しての大合唱。
好き勝手された後始末に奔走する僕がこれまでどれほど迷惑したか、知ろうともしない癖に話し合いなんてチャンチャラおかしい。
これ以上こいつらに付き纏われるのはうんざりだ。
「あんたさ、死にたいんなら一人で死になさいよ」ついに玲子がブチ切れた。「私たちを巻き込まないでほしいんだけどな」
思わず僕は大爆笑。これがこの女の本性なのだ。
悲しいかな、こんな緊迫した場面であっても堪え性のなさが顔を出してしまったらしい。
残った二人が慌てて玲子を抑え込んだがもう遅い。一度口を突いた言葉は取り消せない。
僕の反応を窺うように息を潜める三人は何を思っているだろう?
何をしようと一蓮托生。僕らは決して離れられない運命にある。
今さらそんな分かり切った説明が必要とも思えなかった。
僕は首を振った。
「悪いけど、皆も一緒に道連れだ。これでやっと解放される」
今度こそ僕は躊躇うことなく前のめりの姿勢になった。
「……!!」
「いやあっ!」
「助けてくれぇ!」
空を切った僕らの身体。それは瞬きの暇さえ与えずに固いアスファルトに突っ込んだ。
瞬間、消えた四つの人格。
そして唯一”僕”だけが究極の安寧を手に入れた。
SS09 道連れのキルマイセルフ