宙の彼方~ソラノカナタ~

宙の彼方~ソラノカナタ~ 2012.9


(※猟奇表現あり)

アルバンダ 軍の男
デラス アルバンダの相棒
ミア アルバンダの妻

スベラダ 城の女王
セセ 女王の家臣・親衛隊長
シャシャ セセの部下


 どれ程の時が経過しただろうか?
時空が歪んだあの時
彼等はその闇に吸い込まれて行った

 満天の星空を見上げていた森に囲まれた平野。
天体望遠鏡さえも要らない程に圧巻させられた星の煌きは、どこか放浪の風を見守る態で。
虫の鳴き声が静かに草原を包み、草におりる露は寝転んだ視野に、まるで夜のクリスタルの如く光っていた。僅かな月の存在で。
だから、涼しい中を目を綴じて過ごしていた。
だが、驚く様な声を上げたのは相方だった。
一陣の風が体をさえぎって行くと静かに目を開き、そして視線が天に釘付けになった。
それまでは星座の名前を空に言葉として綴っていた相方は既に声を発したと共に立ち上がっていた。
「おい見ろ。なんて大きな影だ」
相方は夜空の星の煌きを一部失わせた黒い影を見上げていた。彼も見上げている。
そして、ゆっくりと立ち上がった。
草原から離れて森を抜けた丘の上には、彼等が乗って来たセスナが夜の中静かに影を落として闇に染まっており、ここからは走っても逃げられないだろう。
一瞬でその手の恐怖が心を縛った。
危機を感じたのだ。言いしれぬものを。
一気に草陰にいた昆虫たちが羽根を持つ者は一気に舞い上がり渦を巻いて風と共に去って行く。森の奥へ行くのだろう。
雲などでは無い。いきなり現れたのだろうか?
そして星の光を吸い取って思える闇が、徐々に空から近づいてくる。
逃げていく昆虫達の羽音を聞きながら、風が辻を作る中首に巻いた白いスカーフがはためき、咄嗟に横に放ってあったパイロット帽を手に取った。
かぶってゴーグルを下げ風が目に入る事を防いだ。
相方はタバコをウィスキーのスキットルにねじ込んで天体望遠鏡を掴んで構え闇を凝視した。
「どうだ」
「闇だけだ。がらんどうさえ無い」
途端に、草原を見渡した。ファー着き軍ジャケットを翻し上体を撫でる風が草原を弧を描く様にうねり、そしてとたんに相方の体が浮いた。
「おい」
相方のブーツの足首を咄嗟に掴み、ブーツベルトに指が掛かったが自分さえも体が浮いた。
相方が叫び、腕をばたつかせて長めの黒髪を翻させ自分を見て来る。
「離せ!」
「駄目だ。放っていけるか」
どんどんと相方は彼の細造りの頬を蹴りつけるが彼は離さずに、そしてジャケットから何かを出した。
指輪をそれにしまいこみ、歯で栓を抜き、空中で思い切りそれを投げつけた。
大きな風にあおられそれが彼の手を離れて行った瞬間、真っ白い煙が噴出してくるくる回転して遠くへ飛んで行く。とたんに派手な色の小振りなパラソルが噴出して向こうの暗がりへ見えなくなって行った。
一瞬視野に向こうに置かれたセスナと、その向こうの崖先の海が見えた。
細波ではない風音が激しく鳴り相方の声を聴こえなくする。
上空からスカイダイブする事の半分の速度で、闇が近付いていた。
相方は震え指だしグローブの手を顔に当て丸まり、彼はその肩に腕を伸ばしぐんっと上に来てゴーグルの先の闇を睨らみ見た。
一瞬、彼等を闇ではなく星屑が包んだ。どこまでも無限に思える星屑が。
そして、派手な色のパラソルが向こうの地面に降りたと当時に、彼等二人の体も空の闇に吸い込まれてしまった。


 <1>

 彼女は報せを受け、朝食作りも中断して家のドアを出た。
この島は20人ほどが自給自足する緑と自然豊かな場所で、周りに多くの島が点在する。
大きな島になると自衛軍の基地があり、彼女の旦那はそこにいた。
週末はいつも仲間と共に小さな島へセスナを飛ばす。
南風が朝を心地良く吹き、彼女の自転車のスピードを上げさせた。
興信所に来ると、連絡を継いだ。
「アルバンダが失踪したと連絡を」
「ええ」
軍の人間が返答をした。
「緊急連絡パラソルと無人セスナが無人島で発見されました。そのパラソルに、旦那さんの結婚指輪が。あの島は周りが岩礁ですから、小舟も近づけない。森を捜索するつもりです」
彼女は気を失い、興信所のおじさんが咄嗟に背を支えた。
「奥さん? それと、デラスも共にいたと思われます。彼のネームが刻印されたスキットルが平野に転がっていました」
興信所の人間が応答した。
「気絶しちまった。捜索は軍の人間が? わし等も若いもんに手伝わせようか」
「いいや。危険かもしれないので、こちらに任せて。では」


 軍の人間達は五機のセスナから降り立ち、島の中を捜索に入る。
いつでも朝、一機のセスナが諸島の周辺を上空から走らせているので、その時に見つけたパラソルは森を越えた場所にぽつんとあり、銀の指輪が朝陽に煌いていたのだ。
森は平野を囲い広がっていて、そしてその周りは海が囲っている。
アルバンダとデラスはいつでも冷静な質の先輩と、なにかと騒がしく落ち着き無い後輩関係で教育上の師弟関係なので将来はあのデラスもアルバンダ同様に使える軍人になる様願っていたものを。
軍とはいえ、自衛軍なので災害時の救急要素が強い。島は海に囲まれているので自然災害と付き合わなければならない。その時に毎回借り出された。
森の中を進む男達は、奇妙なほど人の気配が無いので次第に無言になっていった。
軍の人間は誰もが医療に明るく軍医としても役立つスキルがあるので、もし各人が変わり果てた姿を見つけようとも、怪我を負って気絶した所を見つけ様にも即効に処置が取れる。
だが、どこにもいない。
陽が完全にのぼり、一度彼等は草原に集まった。
「デラスのスキットルがあった辺りにセスナの鍵が落ちていた。それにアルバンダのジッポーも」
「セスナの中には非常食が全て揃ってたから今頃腹すかせて出てくればいいものを」
誰もが風が吹く明るい草原を見渡し、そして、まるで彼等を吸い込んで行ったのだろうか、青空を仰ぎ見た。



 <2>

 相方が唸り、顔を歪めて黒髪をどけた。
咄嗟に起き上がり、周りを見渡す。
向こうにアルバンダがいて石柱に囲まれた向こうを見てはタバコをくゆらせている。
石の欄干に自分のライターがあり、陽で光っていた。
「ここは何処だ?」
「分からない」
相方をアルバンダは身を返し見ては腰を欄干に寄りかからせた。
「見てみろ」
相方は立ち上がり、首をしゃくられた方を見る為にホールを歩いて行く。
短く整った金髪のアルバンダは指でその即頭部を押さえ、頭痛を和らげさせると親指で指し示した。
森が続いていて、そしてその向こうに見たことも無い城が聳え立っている。
崖の上に立つ城であり、その崖からは滝が落ちているのだ。
自然をめぐらせると、大きな河が森をぐるりと囲っていた。そして、その先は、空だけ。
良く見ると、一つの方角の城に向かって対角線上のこの建物、そして森の左右に同じ塔が建っている。きっと、この建物も同じ塔ではないだろうか。
「城の監視塔か。あの城は俺等を気に入ったかな」
「異空間なのかもしれないな」


 彼等は誰もいない事を確認しながら建物を降りていく。
石の階段を降りていき、出口からは明るい緑が揺れていた。森だ。
下に降りると、動物達の声が出口から反響して石に響き聴こえている。
「綺麗だな」
「ああ」
慎重に進んで行くが、やはり問題は無い。森を進んでいき、建物を遠巻きに見上げるとやはり同じ塔だった。体を戻し歩いて行く。
森をつっきっていくとある事に気付いた。
この円形の島か何かを囲っている河は、四方向から中心に水路が集まり、そして森の中央に湖があることだ。
河の流れが四方向から響いていて、辿って行くと湖に出た。塔からは見え無い程木々の背が高くたくさんの樹木が生い茂っている。
野生動物達が水場にいて喉を潤したり、手を使える者は木の実を洗ったり、それや魚を捕まえられる動物は水辺を叩いて銀魚を飛ばし狩っていた。
「そういえば腹が減ったな」
「木の実が向こうに成ってた。一度戻ろう」
水面に何羽もの鳥が姿を映し飛んで行く湖を背に戻って行った。


 塔から捕虜が消えていたので、居眠りをしていたシャシャはセセに蹴りおこされた。
「よく見ろ。今の状況を」
シャシャはセセ親衛隊長を見てか自分達しかいない辺りを見回した。
「探しに行くぞ。逃げられはし無いが、城へ入られたら困る」
「はい」
シャシャも背を伸ばしてセセについて行った。
向こうではキャンバス地の五つの風船を膨らましている男達がいて、籠を設置している。「急げ」とセセに急かされ彼等は必死に膨らませると籠が浮んだ。
「これを奪っておきました」
「なんだ。武器か」
「わかりません」
天体望遠鏡だ。セセは見回し、そして目を当てた。世界が小さく小さく見え、首を傾げて目を離すとまた見る。自分は小さくなっていないが、これを手にすると皆が小さくなった。
「へんな武器だ」
セセはシャシャにそれを投げ返し、進んで行った。籠に二人が乗り込み、五人の男達は巨大な二つの団扇を其々に仰いで風を送った。
搭の上から風船につられた籠が飛んで行く。
上空から森を見渡す。城は変化は無かった。騒がしさも無い。
「見つけ次第、スベラダ様に献上する準備に取り掛かる」


 果実で腹は満たされたので、さっそく城へ進む事になった。
水路横を歩いて行く。彼等二人の姿が揺れ映っていた。
二百メートル毎に水路は石造りの架橋に遮られていた。彫刻はなにやら見慣れない文化であって、アルバンダは興味深く見ていたが相方はどんどん先に行く。
明るい森の中を進んで行った。動物達は彼等を見ては顔を戻し、彼等は動物達を見るとまた歩いて行く。
「? 何か声がする」
アルバンダが耳を澄ませると、上空を見た。影が降り、そして風船に吊られた籠が降りて来た。
相棒は自分の天体望遠鏡を持った二十五位の青年を見て、横の白髪混じりの整った髭をはやす初老男を見た。
何かを言っているのだが、何を言っているのか全く分からない。アルバンダは言語が通じないと分かると面倒な事になったと思って敵意は無い事を示すためにジャケットをまくり、武器など持っていない事を示した。最も、既に調べられたあとだろう。
若い男が望遠鏡を逆に構えて鋭い目つきでこちらを見たので、相方は肩を震わせ噴出しかけて唇を噛んだ。
アルバンダは首を振って望遠鏡を手にし、逆側から見させた。人差し指で遥か遠くの遠くを指さして見させる。
青年が驚いた声を出し、父親か上司かにそれを見せるとその男も確認し、頷いてから静かなままの目で二人を見た。
何かを言うが、やはり分からない。森に首をしゃくるので、背を向けた彼等について行った。


 セセは捕虜を十字の水路があるちょうどL字の中心の森に舘があり、そこへ招く。
一人は利口で精悍な顔立ちの男で品がある風だ。もう一人は見た目は冷静に見えて落ち着き無く動作が大きい。
スベラダ様がどちらを食卓に上げたがるかは分からないが、二人とも上等な事は分かる。
シャシャは一通り衣服をそろえてから水を浴びる場所へ捕虜を連れて行った。緑と赤い小さな実がなる浴場へ来させると木々が枝垂れる中へ二人の背を蹴りこんで他の仕度へ向かった。
シャシャはしばらくして何かを言いながらやってくる黒髪の青年を見た。
向こうでは与えられた衣裳を着ている金髪の男がいる。黒髪はあの遠くが見える武器を指さして自分を示しているから、返せと言っているのだろうが嫌だった。あちらの金髪は何も言わずに黒髪を放っておいていた。
シャシャは仕度を終えた二人を手招きしてから石の椅子に其々座らせた。
これから目隠しをして手首を後ろで拘束し、城へ連れて行くのだ。
だが二人はそれをさせなかった。シャシャは思ってもいなく金髪に凄い力で跳ね飛ばされ、そのまま気絶した。
仕度も終った頃と丁度入って来たセセは、二人の男が駆け出した所を咄嗟に壁に飾られたアーチェリーで遮り、彼等がザッとこちらを見ると金髪がズンズン鋭い目で進んできて矢も避けセセの手首を掴んだ。黒髪がシャシャの手からあの不思議な武器を取り返し、背を伸ばしてこちらを見た。
「ここで何かをしても逃げられはしまい」
普通の状態では、彼等のいた草原上空と繋がった湖の底には泳ぎ着くなど不可能だ。
スベラダ様が城の欄干から湖を見下ろし、水の鏡面に映し出された者を力で浚うのだから。
セセは信号を送り、舘に控えていた者達が一気になだれこんだ。


 アルバンダが目を覚ますとそこは薄暗く石に囲まれた牢だった。
滝の音が反響している狭い中、切り出された石は水が染みてひんやりし、黒い鉄格子先は暗い水路向こうに階段がある。ひと気は無い。
上を見るとどこまでも天井は高く、遥か上に明り取りがあって蒼い光が差していた。夜の気配がする。滝の音は城の内部を思わせた。きっと当っている筈で、太刀打ちできない場所なので諦めて壁に背を戻した。
相方は眠っていて、こめかみに痣があった。鉄の棒によるものだ。あの時自分達よりも背が高い臥体の男達が入って来て反抗したが結局気絶させられた。
相方の腕を揺らすと水につかった黒髪ごと飛沫を舞わせて起き上がった。
「あれ……。まだ牢の中か。三日もここで過ぎた事は分かってるんだが」
「俺の記憶では倒れたのは先ほどの事だが」
「珍しい。俺が眠りこけてる間に十日分は起きてると思ってたが」
アルバンダは肩を竦め立ち上がり、階段奥に耳を済ませる。
「人はいる。食事持ってきたりな。時々上で会話してるのも聞こえるが、夜は眠ってるんだろう」
アルバンダは相槌を打ち、横目で相方を見た。
「あんたの妻は心配してるだろうな。俺は身よりも女もいないからいいものを」
「指輪をパラソルに仕込ませた。生きていることは伝わっているはずだ」


 シャシャが牢を覗くと、すぐに戻って行った。
「どうだった」
シャシャは望遠鏡を抱えたまま首を横に振った。
「その武器がある限り、捕虜は下手をしないだろう。一時間後には連れて行く」
「はい。しかし、先ほど恐ろしく怖い目で睨み付けられました。あの金髪の男に。黒髪の方は隙があるが、あの落ち着いた金髪は怒らせると凶暴かもしれない」
確かに金髪の男はある意味真に迫るきつさを攻撃時に覗かせた。
セセは瓶を持って歩いていき、階段を降りていった。
踊り場で瓶を空けると、それを置いて階段をあがっていき、鎧戸を閉めた。睡眠薬が入っているので、一時間後には気化した薬品で二人は眠る。
しばらくして眠った事を確認すると、男達に肉を運ばせる。
「どう?」
セセは咄嗟に静かに身を返した。
「スベラダ様」
「ええ」
セセは体を退け、ヴェール向こうを見せた。
二人の男が運ばれていく。その先には食卓があり、奥には捕虜を捌くための台と刃物、調理器具が揃っていた。
台に二人の捕虜が横たわると、彼女は微笑し頷いて食卓の背長椅子に腰を下ろした。
「どちらも美味しいでしょうね」
「ええ」
だが、斧を持った男が体を寸断しようと振りかぶった時だった。
金髪の目が鋭く開き、斧を持った男の腕を掴み腹を蹴散らした。
黒髪は熟睡していると言うのに。
セセは女王の前に腕をかざし隠し、だが金髪は黒髪も蹴りおこして飛び起きた黒髪は叫んだ。
斧を下げる危険な目の金髪を見て、一気に彼女は彼を気に入った。
「私の物にします」



 拘束されていた。
石の椅子に座らされ、背後の角柱に腕を脚が拘束されて猿轡をかまされていた。
相方は女王らしき女が自分の小さな娘の遊び相手にさせて向こうであそばせているが、手足に重い鉄球がつけられ鉄の首輪は壁に鎖で繋がれている。
目の前で悲鳴が上がった。そちらを見る。
斧を奪われた大男が他の大男に斧で寸断されたのだ。女王はそれを微笑み見ていた。
驚いた相方は円形に窪んだ場所から少女のおもちゃに囲まれた中、そちらを見て一気に顔を険しくした。少女は慣れた事なのか気にもとめずにお人形や縫い包みで遊んでいる。
色とりどりの揺れる風船や柱向こうの相方を見て、相方はアルバンダに視線を送った。
人食いの犠牲になるのは勘弁願いたいが、目の前ではどんどん筋肉の大男が寸断されていく。
足付け根、腕付け根、そして胴、最後に首。
血がドンドン台から流れ出し、下のくぼみに流れて行った。水で流され、腹を縦に裂かれて内臓が全て出され、腿肉、臀部の肉、腕の肉、胸肉、背肉が切り分けられていき、そして横に運ばれ調理され始めた。
肉の焼けるにおいがする。
果物以外に食べた記憶が無いアルバンダは喉を鳴らし、視線を落とし肉から気をそらした。
女王は何かを言っている。初老の男が返答し、こちらまで来るとアルバンダは男を見上げた。
男の向こうでは女王が既に調理されたできたての人料理をきれいに切り分けている所だった。
猿轡を外され、あの若い青年がテーブルを運び、料理を並べて行った。
アルバンダは空腹に耐え切れず息を呑んだ。拘束はそのままで、ずっと肉を見つづけている。
女王が食べ終わりやって来ると、フォークに肉を挿して石椅子のアームに座りアルバンダの前に持って来た。
彼は首を振り、女王は目を細めて見おろし、踵を返して娘のいる方へ行くとヴェールを手の甲で払い段を降りていき、娘は彼女を見上げた。
お行儀良く娘は肉を食べ、ギョッとした顔の相棒は口を歪めた。
向こうを見ると、他の男達も皆食卓で肉を食べている。
少女は遊び相手に顔を上げ、笑顔で微笑んだ。


 <3>

 アルバンダは手首を拘束されたまま、女王と森を歩いていた。
やはり美しい森だ。
相棒は女王の娘と監視される中でずっと遊んでやっている。空腹に耐え切れずに二日目には相方は肉料理を食べていた。だがアルバンダは食べなかった。
彼女は木の実が成る所まで来ると、微笑んで夫にそれを差し出した。
目を光らせたアルバンダはそれにかじりつき、歩いていって首を伸ばし頬で葉を避けて他の木の実も食べつづけた。頬も胴も果汁で赤くなって行き、女王は微笑んでそれを見ていた。
セセが来ると女王に耳打ちした。
昨夜、女王が湖から様子を見ると彼等が捜索を打ち切った所を見ていた。男の妻はまだ諦めていないようで失踪した夫を探して欲しいと訴えている様だった。
アルバンダは一応腹を満たすと息を着き、女王を肩越しに見た。
「ここは何処だ」
「初めて話したのね」
「言葉は通じないが、帰る方法だけは教えてもらう」
互いに何を言っているのは分からないが、女王は放っておいた。
「空腹も充たされたなら散策をしましょう。美しい森でしょう」
城の兵隊達は誰もが女王が彼等の赤子時代に浚い、そして兵士に育てさせている。食料も同様に気に入った者を浚って調理させて皆で食べた。
娘に思える少女は女を食べようと思って浚ったら妊婦で、拘束しているうちに生まれてしまったのでそのまま育てる事にしたのだ。
女王は不死の体を持っている。若いままに体と美貌は保たれつづけていた。食べたい時に人を浚って食べればいい。


 アルバンダの妻は旦那のジッポーを手にその日も祈りを捧げていた。
彼が見つかるように。
居ても立ってもいられずに、彼女は外に飛び出して行った。
夜、風が吹く中を突き進んでいく。静かな夜は海の音が届く。心を寂しくさせた。
「何処に行ったのよ」
彼女は顔を覆って崩れ、ふと、顔を上げた。
空を見る。
夜空がぽっかり黒くなり、首を傾げた彼女は茫然とただただ見ていた。
「きゃ!」
体が浮遊して空に浮んでいく。
「ちょっと、何なの?」
慌てふためく内に、既に明りも灯らない村は遠ざかっていく。
「ちょっと」
手足をばたつかせ、目を綴じて顔を覆った。
瞬間、地面に下ろされて瞬きして顔を上げた。
美しい女がいる。ふわりとした淡い金髪は額に銀の大きな星を飾り、裾の広がった淡いピンク色のドレスも綺麗だ。水色の目は繊細で、唇は微笑んでいる。
その場所は城の中だった。
「あなた……」
その次に彼女は驚いてあちらを見た。
デラスが生きたままの大男の肉を食べているのだ。刃物で肉を切り生のまま口に放っている。
デラスの腕と胴には包帯が巻かれていて、横顔は至って普通だ。
「デラス!」
旦那の相棒は顔を上げ、ミアを見ると普通に笑った。


 アルバンダは妻が石格子の向こうで震えているのを見て轡を噛んだ。
身動きも取れない。ホールの上部にいて、その横には愉しげに頬杖をつく少女が下方の彼等を見ている。少女はアルバンダの横に戻り、遊び相手が食事中だから放っておいた。
アルバンダは目を綴じた。妻がデラスを避難している声が聴こえる。男達からリラ・スベラダと呼ばれた女の声もしている。妻はリラ・スベラダの事も避難し、そして旦那である自分の行方を問うていた。
どんなに動こうにも動けずにアルバンダは目を開け、横に立つ若者を見上げる。シャシャは男の視線を無視していた。
妻の声が遠くなって行き、そして響き始めた。続けて男達の声がする。
二階回廊を妻がずんずん進んできていて、アルバンダは顔をそちらへ向けた。
「あなた!」
その瞬間、妻がばったりと倒れた。
女王が微笑み、セセが進んで抱き上げ連れて行く。アルバンダが暴れ、シャシャが大人しくさせる為にうなじを望遠鏡で打ったたいた。見事に武器の役目を初めて果たし、男はがっくりうな垂れた。
女王は大男にアーチェリーを投げ返し、微笑んでそこまで行った。
「調理をおし」
大男は料理に取り掛かった。
久し振りの女の肉はやわらかい事を知っている。この柔らかさなら夫も喜んで食べるだろう。
調理も済ませると、夫をおこしに行かせたが娘が彼が気絶している事を言ったので、そうさせたシャシャを白い目で見て夫を起こさせた。
目を開いた夫の轡を外し、肉を前に置いた。
どうやら頭を打って一瞬記憶が無いらしい。妻の記憶も無いのだろう。
女王は微笑んだ。


 彼は目の前に出された肉を見ると、空腹のままにそれを食べ始めた。
「アルバンダ! それはミアだ」
アルバンダは食べ進めていたが、相方の言葉で口を止めて下方にいる彼を見た。
下の階の食卓では皆がいつもの様に肉を食べている。相方だけが離れた所で小さくなり震えていた。
彼は一気に顔を強張らせ、アームに座る女王を見上げた。
「リラ・スベラダ……」
「なあに? 愛するあなた」
彼女は柔和に微笑み、彼を見た。
「俺の事も食べろ」
掠れた声に相方は驚いた。
「アルバンダ! 正気を保て」
「食べろ」
女王は夫が何を言っているのか分からないので放って置き、立ち上がった。
アルバンダは目を綴じうな垂れた。
またいつもの寝室に捕虜として入れられるとアルバンダは全く話さなくなった。
武器は望遠鏡も認められていなかったので手首は背後で拘束され、鉄の首輪で壁から拘束されたままいつもの様に二人はその状態で固い地べたに眠らなければならない。
アルバンダは顔を上げ、相方を見た。
長い脚を振り上げ、突然無言で蹴りつけた。
相方は驚きアルバンダを見て、しばらくして気を失った。
朝方、シャシャが拘束と解きに来たと同時にアルバンダは相方に飛びついて肉を食い荒らし始めた。シャシャから刃物を奪って、あえなく牢は赤くなった。
シャシャは危険を感じ逃げようとしたが、首根っこを掴まれ引き戻され叫んだ。


 セセから報せを受け、スベラダはため息を付いた。
夫が真っ赤な中で転がって泣いているというのだ。
彼女は立ち上がると牢まで来た。
淡いピンク色の美しい裾を赤く濡らしながら歩いていき、金髪を撫でると夫が顔を上げた。
「食べてさしあげたいけれど、あなたを気に入っているのよ。これから、共に私たちで人をさらって食べましょう」
そう優しく微笑み女王は言い、アルバンダは言葉は通じなくても既にある一定の心が破錠し、無言で頷いた。
うな垂れる夫を見て彼女は目元まで微笑し、立ち上がり彼を連れて行った。
拘束を解いてももう彼は逃げ出すことはなくなり、彼女は彼を城のテラスへ連れて行った。
三つの搭からは見え無いが、城の此処からは湖が、そして森を十字に横切る水路が、そして円形の森を囲い流れる河が見渡せた。
森はこうやって見ると恐ろしく広大で、三つの搭は遠くにかすんで見え無いほどだった。
女王が片手を出すと、青空を映していた湖が鏡になった。
そして森から動物達が浮びあがった。
それが何頭か、鏡になった湖の中に入って行った。そしてそれが一気に走って行った。
鏡の中の風景が変わると、他の動物が吸い寄せられてきて、鏡から現れて向こうの森へ入って行った。
そして各場所の森から幼木達が空に浮んで、そして鏡の中へ入って行き、各場所に植えられて行った。
「動物達が繁殖して上手に増える様にしているのよ。神はいるのかもしれないわ。私にこの能力を与えて、この場を用意したわ。もう何年のときが経ったかしら。人間は減る。私は人間を食べる事しか出来ないけれど、人を食べつづければ生き続けられる。私はその事に感謝しているわ。あなたも、その為にこれから共に人間を食べましょう」
美しい森はどこまでも続き、風が優しく撫でていた。
男は女王の横顔を見て、その腰を引き寄せ抱き締めて目を閉じた。
人間を食べる女王がとても尊く思えたからだ。
油断させて戻る手立てを探ったつもりが、一生彼女の横で共に人間を食べつづけたくなった。
どんなに時が経過しても。

宙の彼方~ソラノカナタ~

宙の彼方~ソラノカナタ~

  • 小説
  • 短編
  • 冒険
  • アクション
  • SF
  • 成人向け
  • 強い暴力的表現
  • 強い反社会的表現
  • 強い言語・思想的表現
更新日
登録日
2014-04-13

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