蝶よ!さらば・・・(まぼろしシリーズ)
蝶よ!さらば・・・
ここハリウッドのセレブたちが住むビバリー・ヒルズは、ロスのスラムで生まれた俺にゃあ、生涯縁の無い場所だと思っていた。
だが、今日の俺にゃあ、宝の山に見えてしょうがない。
俺は、相棒のレイに目配せして車から降りた。ポケッドの中に忍ばせた、コルト45=ガバメントを握り締めて…
目の前には、ハリウッドの人気俳優「トニー・クーパー」の豪勢な屋敷があった。
あれは一週間前の事だった。
スラムで生まれ、飲んだくれの親父に、ヤク中のお袋を持ったニガーの俺は、ガキの頃から自然と札付きのワルに育った。
食うために、スリ、車上狙い、窃盗、喝上げ、ヤクの売人、有りとあらゆる犯罪に手を染めて来た。
そんなんだから、前科は数え切れねぇほどある。
だが、まだ強盗だけはやった事が無かった。
それが、たまたま海兵隊上がりの爺さんの家に忍び込んで、偶然お宝をめっけちまった。
コルト45=ガバメント…牛殺しと言われる軍用拳銃だ。こいつは他のハジキとは全然威力が違う。
どうやら、俺にも運が巡って来たらしいと思ったもんだ。
最初は、相棒のレイと一緒に、銀行をやろうと思った。
だが調べてみると、銀行は思ったよりガードが堅くって、仕方なく個人の屋敷を狙う事にした。
どうせ狙うなら、豪邸を構えているセレブの屋敷がいい。
そこで目を付けたのが、ビバリー・ヒルズに住むハリウッド一の人気俳優「トニー・クーパー」の屋敷だったってぇ訳だ。
個人の屋敷のセキュリティをすり抜けるなんざぁ、俺にとっちゃあ赤子の手を捻るようなもんだ。
俺は、楽々とクーパーの屋敷のセキュリティを突破して、相棒のレイと玄関の近くまで忍び込んだ。
窓からのぞき込むと、ちょうど晩飯が終った頃合らしく、広間にはクーパーと、執事と、四、五人のセレブ共がいた。
奴ら完全にくつろいで油断してやがる。今がチャンスだ!
ガ~ン!と玄関のドアを蹴破って、俺はレイと一緒に屋敷の中に押し入った。
「動くなっ!ちょっとでも動いたら脳ミソが吹っ飛ぶぞ!」
俺は、ガバメントを構えて、呆気に取られたまま突っ立っているセレブ共に言った。
「まっ、待て!金はやるから撃たないでくれ」と、あわてたクーパーが言った。
「金庫はどこだ!金庫を開けろ!」俺はクーパーに言った。
「金庫はここじゃあない。二階にある」
「じゃあ、二階まで案内しろ。ただし変なマネはするんじゃねぇぞ!」
「あぁ、分かった。何もしないから、命だけは助けてくれ」
「おぃ、レイ。俺は二階まで行ってお宝を掻っさらって来る。それまでこいつらを見張っとけ!」
「あいよ、相棒。待ってるぜ」と、セレブ共にハジキを突き付けながら、レイはそう返事をした。
二階に上がると、クーパーはガタガタ震えながら、鍵を取り出して金庫の扉を開けた。
こいつ完全にブルってやがる。映画じゃあカッコいいヒーローを演じてるくせによ…俺は笑いが込み上げて来た。
見ると、金庫の中にはサラピンのドル札が山と積まれてあった。他に宝石なんかもどっさりある。
俺は持って来たナップザックをクーパーに渡して、金庫のお宝をその中に詰め込まさせた。
ところが、ようやく金庫を空に仕掛かった頃、ジリリ~ン!と階下で通報ベルの鳴る音が聞こえた。
「ちくしょう!レイのやつ、ドジを踏みやがったな」俺はクーパーの頭にハジキを突きつけた。
「まっ、待て!俺がやったんじゃない」
クーパーはそう弁解しようとしたが、俺がやつの脳天をぶち抜く方が早かった。
クーパーを殺った俺は、急いでお宝が詰まったナップザックを担いで、一階の広間に下りた。
そこには、通報ベルを鳴らした執事をバラしたレイが、呆然と突っ立っていた。
「何してやがる!レイ。早いコトズラからねぇとヤバイぞ!」
「あぁ、相棒か。こいつ通報ベルを鳴らしやがって…バラしちまったよ」
「構うもんか。どうせ面を見られたんだ。ついでにこいつらも殺っちまえ!」
俺は、隅っこの方でガタガタ震えてやがるセレブ共を指差して、レイにそう言った。
だが、レイのやつが怖気づいちまったんで、仕方なく、俺がガバメントをぶっ放して、セレブ共を片付ける羽目になった。
全員をぶっ殺すと、俺はナップザックを担いで、停めておいた車に向かって駆け出した。
車に乗り込んでエンジンを掛けると、もうパトカーのサイレンの音が、すぐそこまで迫って来ていた。
「ぐずぐずするな!早く乗れ、レイ」俺は、後から追っ掛けて来ていたレイに言った。
その途端に、レイがもんどり打って、道路に転がりやがった。
「ポリ公に足を撃たれたっ!助けてくれ~!」レイはそう叫んだ。
「やかましいっ!」
俺は、相棒のレイの脳天目掛けて、ガバメントをぶっ放した。
ポリ公にとっ捕まって、洗いざらい喋られた日にゃあ、足が着いちまうからだ。
レイを殺った俺は、猛スピードで車を走らせたが、追っ掛けて来たパトカーのポリ公が、ガンガンぶっ放して来やがった。
お陰で、右に左に弾を避けようとした俺は、ハンドルを切り損ねて、車をガードレールにぶち当てちまった。
「くそったれ~!ついてねぇ!」
俺は、泣く泣くお宝をあきらめて、車を捨てて走り出した。
銃声とサイレンの音を聞きつけて、他の屋敷の連中が、玄関まで出て来て外の様子を見ていた。
無我夢中で走って逃げていた俺が、ふと見ると、どこぞの屋敷の玄関から手招きしている若い白人女が居やがった。
この俺を手招きするなんざ、妙な女が居るもんだ…?とは思ったが、この際、そんな理由を考えてる余裕なんぞ無かった。
俺は、とっさにその白人女の家に跳び込んだ。
俺が女の家に入ると、その白人女はすぐさま玄関のドアを閉めて、鍵を掛けた。
そうして、油断無くハジキを構えている俺の方を振り向いて、こう言いやがった。
「やっと会えましたわね」
はぁ?この女は何を言ってやがるんだ…?ニガーのこの俺に、白人女の知り合いなんぞ居ねぇ…
俺がきょとんとしていると、白人女はハジキを構えている俺を、恐れもせずに近寄って来て言った。
「私を覚えていらっしゃらないのですか?」
そう言われりゃあ見覚えのある顔だ…あぁ、そうだ!そうだ!思い出した。
確か「バタフライ」と言う映画で、アカデミー賞を取った「フェアリー・シュミット」とか言う清純派女優だ。でも何で…?
「喉が渇いていらっしゃるんでしょ…お飲み物をお出ししますわ」
白人女はそう言うと、怪訝な顔をしている俺を、キッチン・カウンターの椅子に座らせた。
そう言やぁ緊張ずくめの連続で、俺は喉がカラッカラに渇いていた。
白人女は暖かいミルクを出して、美味そうなパイまで焼いてくれた。
何だってこの白人女は俺みたいな人殺しのニガーに親切にしやがるんだ…?と思ったが、まずは飲んで食って落ち着く事が先決だった。
そうして俺がガツガツとパイを食っていると、フェアリー・シュミットとか言う白人女は、親しげに俺の隣に座りやがった。
何とも言えない女の甘い香りが鼻を突いて来て、もよおしちまった俺は、そのまんま白人女を床に押し倒した。
声を上げられてはマズい!と思った俺は、白人女の口を手で塞いだが、不思議な事に、女はまったく抵抗しなかった。
それどころか、俺のズボンを自分で下ろして、尺八サービスまでして来やがった。
ははぁ~、こいつは清純派女優だとか何とか言いながら、実は男に飢えてやがったんだな…と俺は思った。
そうして、俺が女にサービスされて気持ち良くなって来た頃、突然、玄関のドアを叩く音がした。
「シュミットさん。シュミットさん。警察の者ですが、ドアを開けて下さい」
しまった!ポリ公の野郎、もう嗅ぎ付けて来やがった!…俺はそう思った。
白人女は行為を止めて立ち上がると、なぜか俺にカウンターの後ろに隠れるように言った。
まさか俺をポリ公に売るんじゃあるまいな…?まぁいい、いざとなりゃ、ハジキをぶっ放して逃げるだけだ。
俺が急いでカウンターの後ろに隠れると、女は鍵を外して、玄関のドアを開けた。
「凶悪犯が逃げ込んだと言う通報があって見に来ましたが、誰か怪しい者を見掛けませんでしたか?」
「いいぇ、誰も来ていません」
女はそう答えたが、ポリ公の野郎は、どうやら女の衣服が乱れている事に感づいちまったらしい。
「もしや、誰かに脅されてるんじゃ無いですか?シュミットさん」
「いいぇ、そんな事は…」
白人女は衣服の乱れを直しながら、あわてて取り繕ったが、ポリ公はカウンターの方を向いて怒鳴りやがった。
「おいっ!そこに隠れてるのは分かってるんだ。出て来い!」
目っかっちまった!くそぉ~!こうなりゃ破れかぶれだ!
俺はカウンターから顔を出すと、二人のポリ公目掛けてガバメントをぶっ放した。
一人のポリ公が、俺の鉛弾を喰らって、もんどり打ってひっくり返りやがった。
その隙に、俺はカウンターから跳び出して逃げようとした。
ところがもう一人のやつが、逃げ出そうとした俺を目掛けて銃を発射した。
俺は、やられたっ!と思った…だが次の瞬間、まるで蝶のような人影がヒラリ!と俺の前に跳んで来た。
そうして、俺の目の前には、胸に真っ赤な血のバラを咲かせた、あの白人女が倒れていた。
俺は、思わず逃げるのも忘れて、親切に俺を匿ってくれた女を抱き上げた。
「ありがとう。貴方のお陰で今日まで生きて来られました」
白人女はうっすら目を開けて、俺の顔を見て微笑むと、そのまんま事切れちまった。
死んだ女を床に寝かせると、俺の手には血では無く、鱗粉がべったりと着いていた。
そうして、俺は遠い昔の出来事を思い出した。
ガキの頃、水溜りに落ちてもがき苦しんでいた蝶を助けてやった事があったのを…
俺は柄にも無く声を上げて泣いた。涙があふれ出て来て止まらなかった。
駆け付けたポリ公共が、俺の上にのし掛かって来て、俺は後ろ手にガチャリ!と手錠をはめられた。
それが、すべての一巻の終わりだった。
俺を警察署に連行するパトカーの中で、ポリ公の野郎共が話をしていた
「なぁ、ボビー。何であの女は、ヤツみたいな薄汚いニガーをかばったんだろうな?」
「さぁな、女は気まぐれって言うからな…俺にゃあ分からんよ」
だけど俺は本当の事を知っていた。
俺はこのまんま電気椅子に乗っかって、地獄行きになるだろう。
だけど神様…こんな人殺しのニガーの願いを聞いてもらえるのなら…
どうかあの女…いや、蝶の魂だけは天国に迎えてやって下さい。
俺は生まれて初めて、本気で神様に祈った。
今は亡き 金城哲夫先生を偲んで…
第五話 (完) 第六話 (執筆中) へと続く
あとがき 「二人の偉大な先生への思い」
<魔法少女まどか☆マギカの作者「虚淵玄氏」もくぐった異世界への門>
昭和の時代「円谷プロダクション」に在籍していた私は、企画室で行われている討議が気になって仕方なかった。
それで仕事の合間を縫っては、自分で考えた「作品のプロット」などを携えて、しばしば企画室を訪ねる様になった。
当時の企画室は「金城哲夫先生」「上原正三先生」を始め「佐々木守先生」「市川森一先生」などのそうそうたる脚本家の方々が顔を連ねていた(Wikipediaで検索すれば、どれほど凄い人達だったか分かります)
そんな方々は、恐いもの知らずの若造の話を「君の発想は斬新だね~」「そのネタもらった」などと面白がって聞いて下さった。
今でも忘れはしないその日の事を…私は金城先生の所へ、自分で作ったプロットをお見せしに行った。それはこんな話だった。
<古代の地球には、別の種族が住んでいて平和に暮していた。今の人類はその種族に侵略戦争を仕掛け、強引に地球を奪ってしまった…以下は長くなるので省略>
そんなプロットだったが、金城先生の目が急にキラキラ輝き出だしたのを、今でもはっきりと覚えている。
私は「人間の醜い欲望」を描いたつもりだったが、先生は、幼い頃体験された「日米に蹂躙された沖縄の悲劇」に重ねられた様だった。
私のプロットは、先生の手によって「ウルトラセブン」の「ノンマルトの使者」として脚本化され、シリーズの中でも、高い評価を受けた事は嬉しかった(他にも色々あった様な気はするが、はっきり記憶に残っているのはこの作品)
「人類の側を悪役にした物語」は、当時は無かったらしく、どうやら私が最初の発案者だったようだ。
金城先生の故郷「沖縄」は古来より、度々日本人(ヤマトンチュー)の侵略を受け、太平洋戦争では本土の盾にされ、悲惨な目に遭った(今現在も、なお本土のツケ(米軍基地)を払わされている)
先生の母上は、戦争の戦火に巻き込まれて足を失われ、不自由な体で先生を育てられ、東京へ送り出された偉大な母君であられた。
後に金城先生は、その天才的な発想で「円谷プロダクション」の名を一躍世に高らしめた「ウルトラシリーズ」の原作者となられた。
そして、政府主催の「沖縄海洋博覧会」の企画委員に選ばれ、沖縄と本土の架け橋となるべく活動の最中に、若くして事故死されてしまわれた事が残念でたまらない。
一方の上原先生は、鬼才とでも呼べる様な方だった。正義感が強く、舌鋒鋭く、秀でた才能で理不尽な不正や悪を糾弾された。
胸を患っておられる中で執筆されながら、それでも、ヤマトンチューの子である私の拙い駄文に目を通して下さった。
後に「仮面ライダー」や「ゲッターロボ」など、たくさんのヒーロー物の脚本を書かれ、多くの少年・少女達に正義を教えられた。
余談だが、私の在籍中に先生は「円谷プロのマドンナ」とも言われた大変美しく可愛い女性(お名前は伏せる)と結婚された。
ご自身も日本人離れしたイケメンで、お似合いの美男・美女のカップルだった。
今にして思えば、東京の砧にある「円谷プロダクション」は「異世界への門」が開かれている様な雰囲気のする不思議な空間だった。
当時から脚本家や監督さん達を始め、スタッフの方々には、どこか浮世離れしたコアな人々が多かったのを覚えている。
一世を風靡した「魔法少女まどか☆マギカ」や「Fate/Zero」の作者「虚淵玄氏」も、若き頃「円谷プロ」に居たそうである。
「ははぁ~、貴方もあの「異世界への門」をくぐってしまった一人か」と思った。道理で妙に同族の匂いがするはずだ(笑)
待てよ?そうなると虚淵さんは、言わば円谷プロの後輩…と言う事になる (こんなだらしのない先輩が言うのも申し訳ないが)
「ならば、毒を喰らわば皿まで…一人でも多くのファンを「異世界」に引き込み、我々の同族をたくさん増やしていただきたい」(笑)
虚淵玄先生の「金城哲夫」「上原正三」両先生を超える今後のご活躍を、心からお祈りさせていただきます。
沖縄で生まれ、幼い頃に悲惨な戦争を体験された両先生ではあったが、その後の姿勢は、まったく違っていた。
権力や戦争の悪を徹底的に糾弾していく上原先生と、それでもなお、それを許し更生させようとする金城先生。
悪は斬るべきか?斬らざるべきか?許すべきか?許さざるべきか?私はいつも両先生の心の狭間で揺れ動いている。
ファンタジーあり、SFあり、ホラーあり、様々な要素を含みますが、作中にある両先生の心を汲んでいただければ幸いです (作者)
蝶よ!さらば・・・(まぼろしシリーズ)