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八十
苺が外れないショートケーキだった。予め分けられたピースの側面にマジックテープが丸く小さく設けられていて,任意の順番でくっ付ければ,付属品のナイフでまた切るまで大きく丸いワンホールに出来る,簡単なもの。何歳になったか,なんてことはこちらが決める仕様で,装飾は施されていない小さく丈夫なお皿は無くしやすいフォークと重ねて限られた人数分だけ並べられる。いつもオレンジジュースが容れられたコップも何個か,大人が飲むコーヒーはブラックでソーサーといつも一緒のおまけ付きが,欲しがった一番の理由。テーブル付きとか,敷くためのクロスとか,買ってもらった後で当時の私が羨んだグレードアップは,もう来ないと思う次の機会にその姿を留めているか,飽きっぽい性格と移り変わった興味の端っこから記憶とともに,すっと隠れたのだろう。こうして手に取れるのは,いまも変わらない組み合わせだから。
工夫は,紙の四隅からぎこちなく切った長方形のバースデーカード。最後に『う』を付けることを忘れなかったお祝いの言葉と,渡す前のプレゼントを,特に持っていた髪ゴムは選ばれることが多くて,あとで新しいのをお揃いで贈ってもらうことも少なくなかったから,初めてのような,またありがとうのような交換こ。ベランダ越しの光を浴びるのはいつも正面で,カーテンレースに揺れて隠れるのは私だったし,程なく見つけられ合う私達だったから,絨毯の上に開いて片付けていない絵本を下敷きにして,仰向けになった天井の高い室内灯のお休み時間からお話と小さい靴下は揃った。とんとんという,いまの私と同じくらいの大きかった手は何も言わずに数えていた。タオルケットと小さくなる,甘い興味と優しい息づかいはきっと深くてゆっくりとして取り皿に残した個数を見守る。正座をしていた背中は私とそんなに変わらないらしい父の言に,頷いて応じて,立ち上がりながら見送る。口癖のように言っていた。
「しゃんと伸びた言葉。」
モンブランは三個分を残して,温かい飲み物を注ぐ。
テーブルに運ぶ前に結ったことがあったのは意識をしないでのことであったけれど,懐かしい気持ちに安心する笑い声が含まれていたから,私は準備を引き継いで,立ち姿をキッチンの半分に並べた。交わされる会話,思い出の齟齬がちらほらあってもそこに在る姿に変わりなく,覚えていないことを教え合って,覚えていることを支え合って,鮮やかにする。モノトーンは珍しかった組み合わせで,縁が彩られた食器とともに欲しがったものだった。間延びして含まれる返事にはわざとらしい肯定の言葉が楽しげに待っていて,思い付いたように加えた条件は甘さ控えめでこっちを見ない。その癖に,柔らかくなるのは感触だった。
「だから習って,アップルパイも。」
持って帰ってもいいと言うから。
リビングで遊ぶ小さな背中。動かす手と一所懸命な意思は手もとを上手く隠している。聞かなくても分かることは多い。乗っている果物の種類も,残る個数も知っている。けれどそれは私ので,これからまた,付け加えられる私達のこと。出来るなら,歌だって歌ってみたい。
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