ゴルコ

犬は前向きで純粋な生き物だと思います。
人間とは”種”が違うので価値観も違いますが、人間と感情をわかちあうことができます。
犬は、私たち人間がどうして?と思うくらい人間を信じてくれます。
この物語は、そんなやさしい犬の思い出をモチーフにした物語です。

タカシさん

(もう、がまんできません。はい、ここでしてはダメなことはわかっています。でも、我慢できないんです。だって他にトイレもないし。あー、でも怒られる。あー、でも
もう、無理です。すいません。)

「こら、ゴルコ、あれほど言ったのに、またか!このバカ犬」
すいません。もうしません。痛いです、ひー、ぶたないでください。
「お前ってやつは!」
「ちょ、ちょっと、もういいんじゃない、だって帰ってくるの遅くて散歩行ってないんだし」
「いや、体でおぼえさせなきゃダメだ。これで何回目だ?」
(ひー、痛いです。すいません。すいません。)

ボクはゴルコと呼ばれています。ボクは自分のことをボクといっていますが、女の子です。今日もまたそそうをして、タカシさんに叱られてしまいました。みなさん知ってますか?お部屋でお漏らししてはダメなんですよ。ボクはわかっているのですが、うまくガマンできないんです。朝、タカシさんにトイレに連れてってもらって、ずーっと、ずっとガマンしているんですが、タカシさんの帰りが遅いとどうしてもガマンできなくなっちゃうんです。タカシさんが怒るのも無理ないです。タカシさんが部屋でトイレのおもらししているところなんて見たことないし。タカシさんはちゃんとガマンできているのに申し訳ないです。

「決めたよ。もう、こいつと暮らすのは無理だ。来週保健所に行ってくる」
「タカシ、ダメだよ。そんなことをしたらゴルコ殺されちゃうんでしょ」
「だってしょうがないじゃないかぁ。オレ、夜遅いし。疲れて帰ってきたらコイツ、部屋をシッコまみれにしてるんだぜ。そうだ、だったらその時、お前呼んでやるから掃除しといてくれる?」
「そんな。だってコレってタカシが以前付き合ってた彼女からもらった犬でしょ、無理」
「そらみろ、結局、オレが全部しなきゃいけないんだから、オレが決めるさ」

ボクは犬なので人間のコトバはわかりません。でも怒ってるな、笑ってるな、泣いてるな、っていう感じはわかります。タカシさんは最近特に怒っていることが多いです。カルシウム足りないのかな。ボクのゴハンカルシウム強化しているから分けてあげるのに・・・新しく来たミカさんはボクにはあまり関心ないみたい。ボクはだいたい一日中窓際でボーとして過ごしています。

「ゴルコ、喰え!」
今日は、タカシさんが優しいです。いつもはカルシウム強化のアレ(ドライフード)を食べているのですが、今日は新しいカンヅメをあけてくれました。ゴージャス!
「これが、最後のメシになるかもしれんからな、しっかり喰っとけ」
もちろん、言われなくても食べますよ。あ、人間の言葉のうち、ごはん、めし、よし、サンポなどの言葉はちゃんとわかるんですよ。えらいでしょ。へへっ。タカシさんはごはんを食べているボクをじっと見つめていました。で、ごはんを食べているボクの頭をポンポンと軽く叩きました。今日はやさしいね。

「ゴルコ来い!」ごはんを食べ終わると
タカシさんはいつの間にか着替えていました。手にカギを持っています。そのカギは車ですね。ひょっとしてドライブですか?久しぶりですね。
「へへっ!」ぼくは笑ってタカシさんのあとを追いかけました。

(タカシさん。じゃあ、車に乗りますね。あっ、タカシさんの隣ではなくてこっちですか。後ろの方の席ですね。ちょっと暗くて息苦しいですが、大丈夫です。こう見えても忍耐には自信があるのです。今日はどこに行きましょうか?以前連れて行っていただいた海なんて所どうですか?あそこのお水はしょっぱくて飲めませんが、泳ぎたい放題でしたよ。私こう見えても犬かき得意ですから、今日も張り切って泳いじゃいますよ。さぁ、行きましょう。)

動物管理事務所

(あっ、あれ?もう着いたんですね。今日は海ではないんですね。いやいや、いいんですよ。またタカシさんといっしょに新しいところに行けるんだから。ここはなんですね。なんというか犬の鳴き声と強烈な犬の匂いがしますね。いや、私こうみえてもタカシさんよりもずっと鼻がききますから、においにはちょっとだけ敏感なんです。それにほら、生まれてから他の犬とあまり接したことがないでしょ。だから犬をみるとちょっとだけ緊張しちゃうんです。だってほら、ときどき噛むイヌっているじゃないですか。)

建物の入り口でタカシさんは作業着をきたおじさんと話しています。ぼくはタカシさんを見上げています。
「わかりました。ではそこにイヌをつないでください。あっ、ここにお名前をお願いします。」
「ゴルコですね。ゴールデンレトリーバーの雌、3歳ですね、いろいろお話しをお伺いするので中へお入りください。」

タカシさんは、作業着を着たおじさんと部屋の中へいっちゃいました。ぼくは廊下でひとりになっちゃった。つまんない。心細い。あっ、知らないおじさんが来た。こんにちは。えっ、リードをはずしてくれるんですね。いっしょにどこか行くんですか?いいですよ。ボク、愛想はいいんです。だれとでも仲よくなれますよ。でも、今あの部屋からタカシさんが出てくるのを待たなくちゃ。いや、そんなに離れるのはちょっと困ります。そっちに行くんですか。さっきもいいましたがボクはあの部屋の中の人を待っているところなので、勝手にどこかに行っちゃいけないんです。ちょ、ちょっと連れていかないでください。

「だして、だして、だして、タカシさん、ここだよ」
「こんなケージの中で騒いでも無駄だよ」雑種犬のお姉さんが話しかけてきたよ。回りにはちょっと濡れた感じのたくさんの犬がいます。
「ここのケージはめったなことでは開かないよ。一日に2回のごはんのときと、だれかが死んじゃった時だけ空くんだ。だから呼んでも無駄さ。うるさいからだまってておくれ」
「はい、すいません。」ぼくは静かにすることにしました。
まわりをみるとボクの他の犬たちは伏せをして遠いところを見ているか、目を閉じて眠っています。だれも騒いでません。なんかみんな寂しそう。つまんない。仕方ないのでぼくも少し伏せてねることにしたよ。時間をつぶすのは得意なんです。(早くこないかなぁ。タカシさん。)

みんなが騒ぐ声で眼をさましたよ。みんなドアの方へ向かって吠えている。あっ、部屋の外でだれかが作業をしてるんだ。ここだよ。ボクもいっしょに吠えようと思ったけど、やっぱりやめた。吠えるとタカシさんに怒られるからね。外から作業服のおじさんが入ってきたよ。おっ、ごはんの入った器を持ってる。みんなさらに大きな声で吠えている。
(まあ、落ち着きなさい。ごはんは逃げはしないよ。)
部屋の中に入ってきたおじさんがごはんを置くや否や、いやまだおじさんが器をもっているのに、みんなおじさんの足下にむらがって無言でしかも凄い勢いでごはんを食べ始めたや。早っ!そんなに急がなくてもいいのに。ボクはおじさんの足もとできちんとお座りして見上げてみたよ。ここはつまらないので別のところへ連れてってくれませんか?って。それにそろそろタカシさんが来ると思うんですよね。おじさんはにっこりと笑ってやさしくボクを撫でてくれたよ。(ヘヘっ)てボクは笑ってみせた。ボクはうれしいことがあると笑うんだ。おじさんが出て行こうとしたのでボクはおじさんについて出ていこうとする。おじさんは、ボクに気づいて、手袋でもう一度ボクをなでてくれたけど、出口のところでグッと中へ押し返されちゃった。
仕方がない、ごはんでも食べよ。ぼくはごはんのところへ行ったよ。あれっ、ごはんがもうない。ねえ、ごはんくれませんか。となりのおばちゃんに聞いてみたよ。おばさんは眉間にシワをつくって怒ってるよ。ヒー、そんなにおこんないでよ。すいません。こうしている間にもごはんがなくなっちゃったよ。あーあ、お腹減ったなぁ。ボクは部屋の隅の方でこまった顔をして眠ることにしたよ。ボクは困った顔もできるんだよ。ここのみんなは冷たいなぁ。つまんない。

何回か寝て何回か起きたよ。いくつか発見があったよ。ここでは、お部屋でトイレをしてもいいんだって。最初、がまんできなくてもらしちゃった時におじさんに怒られるかと思ってびくびくしたけどおじさんはぜんぜん気にしなかったよ。きっとおじさんもここでトイレしてるんだね。それからごはんはここでは早いモノ勝ちみたい。おじさんが入ってきたらさっさと食べなきゃ。ごはんなくなっちゃうんだ。
もうここに来て、何回も寝たけど、タカシさん、なかなかこないなぁ。

あれ、みんなが騒いでる。ん、いつものおじさんとは違う足音だな。ごはんの時間でもないし。ひょっとしてタカシさん?いや、タカシさんの足音とは違うな。
扉があいたよ。いつものおじさんと小さな女のおばさんが立ってる。ちいさいおばさん。おばあさんかな?ちょっとかわった匂いがするよ。きれいな格好してる。眼になんかつけてるな。メガネっていうんだっけ。知ってるよ。タカシさんの友達もつけていたもの。あっ、ひょっとして、タカシさんのお使いでボクを迎えに来てくれたのかな。おじさんと何か話してる。へへっ。ボクはちょっとうれしくなって尻尾を振っちゃった。

「ここには、捨てられたり拾われたりした犬や猫が集められているんです。しばらくここで預かって、里親になってくれる方を探します。」
「あの、あの、里親さんが見つからなかった子はどうなるんですか?」
「きびしい運命がまっています。私たちも人間の身勝手で犬が捨てられることがないように努力しているのですが、ずっとここで飼ってあげることもできないんです。」
「そうなんですか、かわいそう」
「すいませんが、どうして犬を飼いたいのか教えていただけますか?犬をもらいうけて虐待する人もいるのでその方に犬を預けていいか、決めなくてはならない規則なんです」
「そうなんですね。私はずっと犬をかっていたんです。5年くらい前にシェトランドを飼っていたんですが、病気で亡くしてしまって。もうすぐわたしも70でしたし、もう犬は飼わない、と決めていたんです。でも子ども達も、もう独立していますし、3年前主人も亡くなってしまって寂しくて。東京にいる子どもも、私にもし何かあっても、犬のことはなんとかするからって、いってくれたんです。」
「そうなんですね、ご事情はわかりました」
「あの、奥にいるゴールデンの子はどうしたんですか?」
「あの子ですか。2週間くらい前に飼い主さんが引っ越すというのでおいていっちゃたんです。引っ越しというのが本当かわかりませんが・・あまり犬に愛情がないみたいでした。人間の事情でかわいそうですよ。すごくおとなしい子なのですが、ちょっと恐がりです。少しいぢめられていたかもしれません。でもすごく聞き分けがいいんですよ」
「なんかずっと、こっちみてるわね。あーどうしよう。しっぽ振ってるし。でも大きい子だし。私もう、そんな力もないし、お世話できないわよねぇ。あー、でも、あーまだじっとみてる、あっ、どうしましょう!」
「あの子は、散歩に行っても引っ張ることもないですよ。だいじょうぶだと思います。」
「でも、やっぱり大きい子は無理かしらねぇ」

また、何回か寝ておきたよ。ごはんの時間でもないのにおじさんが入ってきて、ボクを撫でてくれた。ありがとう。ボクはヘヘって笑ってみた。おじさんはボクにリードをつけてどこかへ連れて行くみたい。きっとタカシさんが来たんだ!
「あんた、死ぬよ」
雑種のお姉さんがあきらめたような眼で小さな声で言ったよ。

シマさん

「あんた、死ぬよ」
雑種のお姉さんがあきらめたような眼で小さな声で言ったよ。

「そんなことないよ。話したことあるでしょ。タカシさんが迎えにきてくれたんだよ。」
「あんた、あまちゃんだねぇ」
「そうかもね。でも、僕らはいつも前向きに生きるのさ。それがボクらの取り柄だよ」
おじさんに連れていかれた先でボクはシャワーされた。久しぶり!まだ寒い季節だったけど、ボクはゴールデンなので水は平気さ。犬かきも上手いんだよ。
シャンプーがおわってプルプルして、ゴォーって乾かされて、そのまま、いつものケージにはもどらずおじさん達が働いてる事務所につれてこられたよ。ここはタカシさんが入っていった部屋だね。ということはタカシさんがいるのかな。
(くんくん)
ボクは、一生懸命、眼と鼻で探したけどタカシさんはいないみたいだった。ちぇ。ときどき通りすがりにおじさんたちが、頭を撫でてくれるけど、退屈だなぁ。

ウトウトしていると誰か入ってきたよ。あっ、この人知ってる。この間来た小さいおばさんだ。
「あっ、久しぶり。待っててくれたの。きれいにしてもらったのね。」
「ありがとうございます」小さいおばさんはおじさんにお礼を言っていたよ。
「ではここにご署名をお願いします。よろしいですか? はい、ここです。それとなにかご身分を証明するものお持ちですか? あっ、保険証ですね。大丈夫ですよ。ちょっとコピーさせていただきます。この子もあなたような、いい方にもらっていただけてラッキーですよ。犬の幸せは犬が決められないから、かわいそうですよね。まあ、人間だっていろんな制約ありますけどね。はい、保険証お返ししますね」
「この子の前の名前、わかります?」
「えっーと書類では、ゴルコというらしいです。手術済みの女の子、3歳です。あっ、でも名前はご自分で新しく決めてあげたらいいと思いますよ」
小さいおばさんはボクの前にしゃがんで首のところをぐちゃぐちゃってなでてくれました。
「ゴルコ。ゴルコ。かわった名前ねぇ。私はシマ。ゴルコ、これから私といっしょに暮らすのよ。わたしもう、おばあちゃんだから走ったりできないけど我慢してね。そうそうこれ、あたらしい首輪ね。ウチの電話番号書いてあるから、もうノラさんと間違われないからね。」
ボクは犬なので、シマさんが言っていることはよくわかりません。シマさんがボクに首輪をつけている間、シマさんの袖のあたりの匂いをクンクン嗅いでいました。シマさんの服はかわった匂いがするんだよ。シマさんに連れられてボクは久しぶりに建物の外に出たよ。気持ちいいね。外は。ボクは半乾きだったし、風はちょっと冷たかったけど、外にはピンクの花が咲いていました。サクラっていうヤツです。ボクはシマさんの横で、ピンクの花びらがひらひらと舞うのをながめていました。そとではシマさんの知り合いのおじさんが車をとめて待っていてくれました。あとで知りましたが、このおじさん、キムラさんっていうんだ。キムラさんはシマさんの向かいの家に住んでる雑種犬ゴローさんのご主人なのさ。シマさんは車の運転ができないからキムラさんが車を出してくれたんだ。おじさんが前の運転席に座り、シマさんは後ろの席でした。ボクもシマさんの隣に乗せてもらいました。車に乗っている間、シマさんはずっとボクの頭を撫でていてくれました。ぼくはうとうとしながら、なんとなくもうタカシさんとは会えない気がしました。でもボクは生まれたときから決めているんです。どんなことがあっても前向きに生きていくって。

ボクの新しい生活が始まりました。ボクの新しいご主人さまは、小さいシマさんです。シマさんの家は、シマさんと同じ匂いがしました。あとで気づいたのですが、これはお線香っていうらしいです。シマさんは毎朝、お仏壇のところでお線香に火をつけてお祈りをするんです。仏壇にはシマさんのだんなさんと、前いっしょに住んでいたシェルティーさんの写真がかざってあって、シマさんは毎朝一分くらい手を合わせています。はじめのうちはシマさん眠っちゃったのかなぁ、と思って、ねぇねぇってシマさんを前肢でつついてみたけど、どうやらちゃんと起きているみたい。今は、ボクも毎朝、シマさんのとなりに座って一分くらいお祈りします。もちろんお祈りするフリですよ。なぜそんなフリをするかというと、お祈りが終わるとご飯をくれるからです。シマさんは仏壇の写真の前にごはんを置くのですが、お祈りが終わるとそれをボクにくれます。へへっ、いただきます。その後はいつもお散歩です。シマさんは、しっかりと歩きますが、歩くのがタカシさんよりもずっと遅いのです。なのでいっしょにお散歩するといつもボクの方がシマさんの前にでてしまいます。シマさんを引っ張ると悪いので、ボクは振り返ってシマさんが追いつくのを待ちます。だってあなたがボスですよ、シマさん。2mくらいボクが前にでて、振り返ってシマさんをみます。シマさんは笑いながら追いついて、またボクが進む。そういう散歩です。ボクももう大人ですし、やんちゃな方ではないので、こんな感じで十分です。お散歩コースはいつも同じです。堤防のところにある大きな木の所に来ます。ここはいろんな犬の臭いがします。木のあたりでボクは用を足して、シマさんがそれを片付けてくれます。いつもスイマセン。それで天気がいいときは堤防にシートを広げて、ミニピクニックです。前のご主人のタカシさんは肉をたくさん食べてましたが、シマさんは基本的に草食系です。堤防にシートを広げひなたぼっこしながら水筒のお茶を飲んでいます。ボクにはいつもサツマイモをくれます。このサツマイモ、シマさんとくらして初めて食べましたが、おいしいですよね。時々肉も食べたくなりますが、サツマイモも好きですよ。基本的になんでも好きなんですがね。犬も大人になると嗜好が変わるのかもしれませんね。堤防にはサクラの木が植わっています。ボクがシマさんちに来た時には満開でしたが、もう散ってだいぶ葉っぱになってしまいました。あっ、ほら、毛虫もいますね。

ある朝、シマさんはボクにごはんをくれませんでした。ちぇ。ひょっとして忘れてるのかな、と台所に行って、シマさんを前肢でツンツンしてみました。だってほらシマさんて忘れっぽいでしょ。いつもなんか探してるし。
「ゴルコさん、すいませんが、今日は朝ご飯はなしです。かわいそうなので私も断食してみますね。あっ、きたきた、木村さんだ。」
ボクは玄関にキムラさんをお出迎えにいったよ。クンクン、今日もゴローの臭いがするね。キムラさん。)
キムラさんはいつもボクのあたまをパンパンと叩いてくれます。へへっ。
「おはようございます。北濱さん。おはよう、ゴルゴ・あいかわらず笑ってるねぇ」
「木村さん、いつもすいませんねぇ。帰りは散歩がてらゆっくり歩いて帰ってくるので、動物病院までお願いしますね」
「いいですよ。気にしないでください。それよりゴルコ。今日は注射だぞ。ははっ」
(ん?キムラさん、何かいった?)

そのたてものは変な薬品の臭いがしました。それに犬がたくさんいました。
みんなご主人さまといっしょにそのお部屋で待っています。変な服を着ているシーズーもいます。
私はほら、犬とくらしたことがないので、こういう社交的な場はどちらかというと苦手なんです。だからみんなからちょっと離れたところでお座りです。なんとなく不安なのでシマさんに体をぴったりつけて待っています。サッカーでいうマンマークってやつです。

「北濱さん、どうぞ」
呼ばれました。シマさんにつれられて私も小部屋に入ってみます。
小部屋の中でボクは、診察台と呼ばれる小さな机の上に持ち上げられました。
看護師のおねえさんが一人でボクを持ち上げてくれます。ボク案外スリムなんです。
「17.5kgですね、ちょっと痩せてますね」
それからシマさんは病院の先生たちとなにやら話していました。
ボクは犬なので人間の難しい話はわかりませんし、関心がありません。でも油断してはなりません。雰囲気を読むことはできるんです。話を聞いている間、不穏な空気を感じたので体重を少しだけシマさんに預けていました。

白衣をきた先生がニヤリと笑ったような気がします。嫌な予感。
「はい、ゴルコちゃん。1回だけちょっとチックンね」
お姉さんがボクの前肢を伸ばして、針をさしました。ちょっと痛いですが、痛くないです。そういうのには割と強いんです。泣きませんよ。へたれ犬ではないんです。へへっ。
がんばっていい子にしてたら病院のお姉さんがお菓子を持ってきてくれて顔をたくさんなでてくれました。

シマさんは白衣を着たおじさん先生と難しい話をしています。ボクは先生にみつからないようにこっそり、あくびをします。
「フィラリアという寄生虫がいます」
「フェラリアですか」
「おしい、フィラリアです。心臓の中に住んでいる寄生虫です。20cmくらいあるんですよ。蚊でうつるんです。前の飼い主の方が予防されてなかったんですね」
「先生、治ります?」
「治すよりも、予防だけで大丈夫だと思いますよ。今日はまずは予防接種しましょう。それから1ヶ月に1回、お薬を飲ませてくださいね」

さっき“1回だけ”って言ったのに、もう1回ちっくんされました。ボクは犬ですが関心のあることだけは言葉わかるんですよ。でも終わったあとにシマさんがもってきていたお芋をくれました。

シマさんはおうちでお華を教えています。お花をかざるアレです。ボクはお花の見た目には興味ないですが、臭いには興味があります。華とは見た目だけで楽しむものではないです。人間に教えてあげたいな。ボクは分別ある犬なのでお稽古のじゃまはしません。隣の部屋で待ってます。時間をつぶすのは得意なんです。お稽古の時間が終わると生徒のみんな、ボクがいる部屋にやってきてお茶をします。お茶をしながらボクに興味のない話をします。でもみんなボクに触りたがります。キクヨさんはシマさんと同じくらいの年で、いつも口を押さえて笑います。キクヨさんはシマさんと仲良しで、お稽古のない日もしょっちゅうウチに遊びにきます。ときどきボクのためにお芋も持ってきてくれます。へへっ、キクヨさんありがとう。キクヨさんはいつもネコの匂いがするので、クンクンしてしまいます。

ある日の午後、キクヨさんはケージをもって現れました。キクヨさんがいつ出現するかシマさんにもわからないようです。
「シマちゃん、旅行の間、トラキチをよろしくね」
「私、ネコ、初めてなのよね。ちゃんとできるかしら?」
「ネコなんて、ご飯あげて、トイレ掃除してあげれば大丈夫だから。ゴルコよりもぜんぜん手がかからないわよ」
いやいや、わたしも相当手がかからないタイプですよ。

トラキチとの同居がはじまりました。トラキチは机の上とか高いところに登ってこちらを見下ろしています。とりあえず挨拶からだよね。
「こんにちは」
机の上にいるトラキチに首を伸ばしてくんくん匂いを嗅いでみることにします。
「シャー、ウー」
おっ、びっくりした。おこられちゃった。トラキチ恐ぇー。触らないでおこう。

夜、ふと気がつくとお腹があったかいです。ちょっと重い。見て見るとそこにはなんとトラキチが寝ていました。すやすや。えっ、さっき怒ってたじゃない。ネコって自由だね。ボクは少しだけトラキチの臭いを嗅いでみました。ふーん、これがトラキチ臭か。キクヨさんの臭いもするね。まあ、ちょっと重いけどあったかいしこのまま寝ちゃおう。

それから3日間、トラキチといっしょに寝てだいぶ仲良しになりました。フッーて言われなくなったし。
4日目、キクヨさんがトラキチを迎えに来たよ。ボクにもお土産、と言って噛むとプウって鳴るおもちゃを持ってきてくれたよ。でもトラキチは尻尾もふらずにケージに入って何もいわずに帰っていっちゃった。ネコってクールだよねぇ。

そんなこんなで、シマさんとの暮らしは楽しく過ぎていったよ。友達もたくさん来るし、みんなでボクをかまってくれるし。へへっ。
でも最近、シマさんの歩くスピードが前よりずっとゆっくりになっちゃったよ。ときどき散歩に連れて行ってくれない日もあるし。
「ゴルコごめんぇ。今日はちょっと休むね」
そんな日はトイレだけ済ませて早く家に帰ってくるんだ。シマさん年だから無理しないでくださいね。
ある日、ボクがキムラさんに買ってもらった骨のおやつをかじりながら縁側でひなたぼっこをしていると、台所で大きな音がしたよ。見に行くとシマさんが倒れてたんだ。ぼくは一生懸命顔を舐めて、前肢でツンツンしてみたけど、シマさんは全然起きないんだ。
シマさん起きてよ。ボクは、どうすればいいかわからなかったけど、とりあえずキムラさんちにいって、力一杯吠えてみたよ。
(キムラさん出てきて!)
ゴローさんもいっしょに吠えてくれたよ。で木村をつれてシマさんのところへいったんだ。
そのうち、ピーポーっていう変な声でなく車が来て、小さいシマさんを運んで行ってくれたよ。キクヨさんもいっしょに行ってくれた。車がいっちゃった後、ボクは心細くなってキムラさんを見上げてみたよ。キムラさんはいつもみたいにボクの頭をポンポンと叩いてくれたよ。
「ゴルコ。いい子にしてような」
ボクはへへっと笑ってみせる。

3日くらいして、シマさんがもどってきたよ。ボクはうれしくて尻尾を立ててフリフリして小躍りしながらお出迎えさ。
シマさんもしゃがんでいつもみたいにボクの顔をくしゃくしゃってなでてくれた。

その夜シマさんのところでボクもいっしに寝たよ。シマさん、シマさんって小さいね。ボクはこっそりシマさんの顔を舐めてみたよ。シマさんのほっぺしょっぱいね。泣いてるの?シマさんはだまってボクの前足をぎゅっと握ってくれたよ。

その日から、シマさんはいろいろと片付けを始めたよ。いろんなものを箱にいれては何か書いてた。ねぇ。どこか行くんですか?ボクも一緒に行きますからね。だってシマさんあまり早く歩けないから、ボクが引っ張っていきますよ。

ある朝、シマさんとボクはいつもどおりお祈りしたよ。でも今日はなんだか長いなぁ。ぼくはこっそり、シマさんを横目でみながらちゃんとシマさんのお祈りが終わるのを隣で待ってたよ。あ、終わった。ごはんいただきます。お祈りが終わるとシマさんは、だんなさんと犬の写真をどこかにもっていって、仏壇のとびらを閉めちゃった。いままで閉めたことないのに。シマさんなんか変だよ。しばらくするとキムラさんがやってきたよ。シマさんはちょっと大きめの荷物を準備してた。キムラさんはシマさんの荷物を車に運んで、シマさんを外でまってるみたい。シマさんもお出かけする準備をしてるみたい。
「ゴルコ、しばらく留守にするからね。ごはんはキクヨさんと木村さんがくれるからね。あなたのことは大丈夫だから、心配しないでね」
そういうとシマさんはいつもより激しくボクの顔をくちゃくちゃに撫でてくれたよ。でも何か変だなぁ。シマさん泣いてるの?ボクはいつもみたいに尻尾を立ててフリフリしながらシマさんを車まで見送ったよ。

次の日から、キムラさんとキクヨさんが交代でごはんと散歩にきてくれた。でもシマさんがいないので退屈だなぁ。散歩の途中で木村さんがボクに話かけてくれたよ。
「シマさん、手術を受けたんだって。でも調子悪いみたいだよ。元気で帰ってきてくれるといいけどなぁ。」ぼくは犬なので言葉がわかりません。なのでへへって笑ってみたよ。でも本当は話の雰囲気はわかるんですよ。

それからしばらく、退屈な日がつづいたよ。お茶もお芋もなし。
ある日、久しぶりにたくさんの人がやってきた。みんな黒い服を着てる。ボクはちょっとうれしくなっていらっしゃいって出迎えたけど、みんな喜ばない。少しだけボクの頭をなでてくれるだけだ。そうこうしてるうちにシマさんは帰ってきた。キムラさんがボクをシマさんのところへ連れて行ってくれる。小さなシマさんなのに大きな木の箱に入って寝てる。シマさんそんなとこに入ってないでボクの顔をくちゃくちゃに撫でてください。ボクはなんだかよくわからないので、シマさんの入った箱の横に伏せて、シマさんが起きるのを待つことにしました。まわりのみんなはなぜだか泣いていました。やがて、男の人たちがみんなでシマさんの入った箱を持ち上げてどこかへ運んでいってしまいました。ボクも一応みんなのあとについて行きましたが、キムラさんが途中でボクを止めました。
「ゴルコ、ここまでにしよう」
シマさんは黒い車に乗ってどこかに行ってしまいました。キムラさん、シマさんはいつ帰ってくるのでしょうか?ボクはキムラさんを見上げました。

アヤさんとユイさん

次の日の朝、キクヨさんがやってきました。ボクを散歩に連れていこうとしてくれます。でもボクは、その日だけはダダをこねてみました。だって散歩している間にシマさんが帰ってくるかもしれないし。キクヨさんはしゃがんでボクを抱きしめてくれました。泣いているみたいです。なんで?
「ゴルコちゃん。シマちゃんは、星になっちゃったのよ?」
ボクは犬なので言っていることがよくわかりません。でもキクヨさんが泣いていてかわいそうだったので、いっしょに散歩に行ってあげることにしました。
キクヨさんは方向音痴です。ボクが自分の家に帰ろうとすると、違う方向にボクを引っ張っていきます。ボクはこっちだよ、って何度も教えてあげましたが、キクヨさんが泣いて引っ張るのでついて行ってあげることにしました。ある建物に入るとそこにはトラキチがいました。「シャー」トラキチは怒ってました。昔いっしょに眠ったことわすれちゃったんだね。キクヨさんはもう一度ボクを抱きしめてくれました。
「これからしばらくはここがお家よ」
ボクには意味がよくわかりません。キクヨさんはきっと自分ちとシマさんのウチを間違えたんだね。

キクヨさんは毎朝かかさず散歩してくれました。おいしいドッグフードもくれました。ぼくはなんだかお腹がすかなかったけど、キクヨさんが心配するので少しだけたべてみました。どうもありがとう。好きですよ。キクヨさんのこと。でもシマさんが戻って来ているかもしれなかったので、こっそり抜け出して、家にもどってみました。でもやっぱり家にはシマさんはいませんでした。庭に一本だけあるサクラの木が咲いていました。まだ少し冷たい風に吹かれてその木からピンクの花びらがヒラヒラと舞うのをじっとみてました。
そのうちキクヨさんが走ってやってきました。
「やっぱりここだったのね」
キクヨさんはそういうとぼくをぎゅーと抱きしめました。そしてキクヨさんはボクをキクヨさんの家まで連れていきました。
はい、トラキチとはうまくやっています。トラキチはいつも夜中こっそりとボクで暖をとっていきます。少し温かくなってきましたが、夜はまだ寒いですから。

ある日、キクヨさんの家に大人と小さなふたりのお客さんがきました。シマさんより小さいです。これは子どもです。子どもって怖いです。ボクはいきなり尻尾を摑まれます。つぎは別の子どもが耳をひっぱります。「ヒー、助けて」
「これ、アヤ。ユイ、ちゃんと優しくしなきゃだめでしょ」
大人はどうやらこの子どもたちのお母さんみたいです。ふう、助かりました。ありがとうございます。人の子どもはトラキチより凶暴です。あれ、トラキチは?さすがトラキチ、事態を察知してどこかに避難しているようです。
(あっー痛い!)
また耳を引っ張られた。

「ママー、この子うちの子?」
「うーん、どうしようかなぁ。アヤ、ユイちゃんとお世話できる?」
「できるー」
「するー」
「ホントに?」
「ホント、ホント、ホンマでんがなー」
「なにそれ?」

ボクは黄色い車に乗せられました。後ろの座席の真ん中です。顔側には妹のアヤちゃん、尻尾の方にはおねえちゃんのユイちゃんがいます。アヤちゃんには鼻の穴に指をつっこまれています。ユイちゃんには尻尾で三三七拍子をされています。あまりつよく引っ張らないでくださいね。
新しい家での生活は、それはもう筆舌に尽くしがたいものがあります。犬なので筆で書いたりしませんけどね。アヤちゃんはボクを見つけると空中を飛んで捕まえに来ます。ボクは基本的に逃げませんから普通に寄ってきていただければ大丈夫です。横になって休んでいるとスライディングしてきます。寝ていると突然耳を引っ張られます。とくに小さい方のアヤさんはやんちゃで無茶をします。こないだなんか、ボクの口をこじ開けてそこに自分の頭をつっこんできました。
「食べられる!ママ見て!アヤ、ゴルコにたべられちゃうよう。」
(ボク、人食べないし、そんなに口の中に頭をいれると吐くよ。)
でもアヤちゃんは一通り遊び終わるとすぐに寝てしまいます。まだアヤちゃんは小さくて弱いです。子どもなんですね。どうぞぼくの横で寝てください。こんな気弱なボクですが、できるだけ守ってあげますよ。
シマさんとのしずかな生活が懐かしいです。ここでの生活は大変で気がぬけませんが、一人でいるよりずっと楽しいです。シマさん。しばらくここでお世話になってもいいですか?

動物病院

人間の成長は早いものです。あんな凶暴だったアヤちゃんも私よりもすっかり大きくなっちゃいました。ゆいちゃんはもう家をでてどこかの学校に行っているみたいでときどき家に帰ってきます。やんちゃだったアヤちゃんはちゃんと毎日ボクを散歩に連れ出して、ご飯をくれます。で学校から帰ってくるといつもきまった儀式をしてくれます。
「ゴルコォー」
そういうとダッシュで近づいてきて顔のあたりをぐちゃぐちゃになで回します。ボクもついついテンションがあがってしまってアヤさんの顔をなめてみます。

散歩はいつも近くの広い公園です。他にも犬がいっぱいいますが、ボクはホラ、あまり社交的な方ではないので、できるだけ遠回りして眼をあわさないようにしています。ああ、またあのピンクの花が咲いています。最近気がついたのですが、これっていつも同じくらいの寒さの時に咲きますよね。アヤちゃんと会ってこの花を見るのは6回目だと思います。はい、これくらいの数だったらボクにもわかるんですよ。
今日は暖かい日です。アヤさんといっしょに公園のベンチにすわっています。ここはアヤさんのお気に入りの場所みたいです。アヤさんはベンチに座りながらボクの顔をジーとみています。えっ、なんですか?
「なに、ゴルコ!シラガ!犬も年とるとシラガになるんだね。へぇ」
犬なので言葉の意味はよくわかりません。聞こえないフリです。あっ、でも最近本当にものが聞こえにくい気がするんですけでね。まあ、それはそれで世の中静かになっていいんですけどね。
アヤさんは散歩の途中よく寄り道をします。お店に寄って甘いお菓子を買うんです。甘い物好きなんですね。私は欲しがりませんよ。ちゃんとした立派な犬ですから、ただじーっつ、アヤさんを見ているだけです。アヤさん、そのお菓子美味しそうですねって、ただ見ているだけです。
「ゴルコ、ないしょね。」
えっ、いただけるんですか?いただけるのでしたら断る理由はありません。ありがとうございます。うまい。へへっ。

ある日、アヤちゃんが帰ってきたので、へへっ、って笑ってみたけど、いつもやってくれる「ゴルコォー」がなかったよ。何も言わずに部屋の中へ入って行っていっちゃった。どうしたのかな。
こんなとき犬は便利だよ。字が読めないので部屋の扉にかけてあるDon’t Disturb の文字も無視できるからね。
アヤちゃんさびしそうだから、とりあえず近くによっていってあげよう。
「みんなひどい。あんなこと言わなくても。私なにもしてないのに」
ボクは犬なので意味はわからないけど、アヤちゃん泣いてるね。とりえず椅子に座って突っ伏しているアヤちゃんの膝のところに顔をつっこんでみたよ。ズボって。アヤちゃんは少し笑った。やったね。ヘヘっ。ボクはアヤちゃんのほっぺたを舐めてみる。なんかしょっぱいね。以前にもこんなことがあったなぁ。人間のほっぺはしょっぺいものなのかもね。アヤちゃんはボクの顔をみて笑ってくれたよ。で
「ゴルコォー」ってぼくの顔をくちゃくちゃにした。そうそう、それでこそいつものアヤちゃん。
「ゴルコ、あんがと。がんばるよ」
へへっ、ボク偉い。

アヤちゃんも元気になったよ。ボクはもう年とってきたし、特にやることもないので今日もアヤちゃんの足下で横になってゴロン。アヤちゃんは最近よく机に向かっている。勉強するようになったんだね。
(偉いぞ。アヤちゃん。)
ボクは退屈だけど分別ある犬だから勉強の邪魔はしないよ。ただ、退屈なので後ろ姿をじーと見てるだけ。じーと。
「よし、今日の勉強終わり!ゴルコォー」
なんだ、遊びたかったんだー。アヤちゃんは椅子にすわりながら、お腹をみせてくねくねしてるボクのお腹をなでまわす。
「あれ?こんなのあったっけ?」
アヤちゃんはボクを引きずってみんなのところへ連れて行く。
「ねぇ、おかあさん、ここ、しこりがあるよねぇ。こんなのあった?」
へへっ、みんなでボクのお腹をなで回してくすぐったいです。

その日から、アヤちゃんとおかあさんはボクにお腹をよく触るようになった。
「ヨシヨシ」とかいいながら、しこってるところを触るんだ。へへっ、全然いたくないよ。
ある日、ボクは以前来たことがある建物にいった。犬がたくさんいて、昔2回、ちっくんされたところ。動物病院っていうところだね。怖くなんかないです。そんなに。なんといっても忍耐強いイヌですから。
お部屋にはいると今度はおねえさんが二人がかりでボクを持ち上げた。ボクそんなに重くないです。
「22.4kgですね」
おじさん先生がボクのおっぱいのところをしきりにさわる。エッチ。
お母さんが先生に何か話してるよ。
「2ヶ月くらい前に気づいたんですが、だんだん大きくなってきたんです」
「手術した方がいいかもしれません。今日は血液検査とレントゲンをとりましょう。」

1週間後、ボクはアヤちゃんと公園に散歩にきていた。木の葉っぱが赤くなっている。季節は秋だ。アヤちゃんはピンクのマフラーをしている。背が高くなったなぁ。少し寒かったけどアヤちゃんと並んでいつものベンチで落ち葉をみていました。
「イーシヤキーイモー」
アヤちゃんはすばやく反応するとお芋やさんにダッシュしました。
「はい、これはおまけね。その子にやってね」
焼き芋おじさんはボクのためにおまけをつけてくれたみたいです。
「はい、ゴルコ、熱いから気をつけてね」
アヤちゃんは芋を半分くれました。どうしてぼくの好物を知ってるんだろう。シマさんから聴いたの?とりあえず遠慮なくいただきます。
「アツっ!熱いっす」
「ハハッ、だから言ったのに」
だって犬だから言葉わからないですよ。アヤちゃんはボクの頭に手を載せてじっとしています。
「ゴルコ、明日の手術がんばってね」

次の日、ボクはこないだの動物病院に置いていかれちゃいました。
しばらくするとちっくんされて、手に何か巻かれました。なんだこれ。舐めちゃえ。
「あっ、それはだめ」と病院のお姉さんはそういうとボクの首に変なカサみたいもの巻きました。
(お姉さん、せっかくのご好意ですが、ファッション的にこの格好はいただけないです)そのあと、ボクは薬品の匂いのする部屋に連れていかれて、大勢の人に囲まれました。その後のことはよく覚えていません。眼がさめると動物病院の中でした。立ち上がろうとすると、お腹に激痛が走ります。
(ヒィー痛いよ。)
しばらくすると病院の中にアヤちゃんとおねえちゃんとお母さんが入ってきました。ボクはお腹が痛くて立ち上がれないので尻尾だけ勢いよく振りました。尻尾がケージにあたってボンボン音がします。しかしそんなことは気にしません。みんな来てくれたんですね。いたかったですよ。また置いて行かれたかと思いましたよ。
「ゴルコォー」アヤちゃんがいつものようにボクの顔をくちゃくちゃにします。ボクもアヤちゃんの顔を舐めます。
「手術は無事終わりました。一応明日までお預かりしてご飯を食べるようになれば帰れると思いますよ」

翌日、ぼくは家に帰りました。病院で、奇妙は服を着せられたので、みんなボクをみて爆笑してました。そんでその服になんか字を書いてました。寄せ書きってやつですね。
「ゴルコ、ファイト!」「まけるなゴルコ」「ご飯大好き」とか。
なんか知らないけどその日のボクのごはんは豪勢でした。お肉がたくさん入っています。芋もいいけど肉もたまらんですな。遠慮なくいただきます。
またここに帰ってこられてよかったです。

知ってますか。ボクもアヤちゃんの家に来て気づいたんです。寒くなったら、あったかくなって、暑くなって、涼しくなって、そのうちまた寒くなる。そしたらまたあったかくなって、暑くなって、すずしくねってまた寒くなる。世の中繰り返しなんですよ。で寒くなって暖かくなってくると、あのピンクの花が咲くのです。
今はまだ寒いです。でもボクは寒さには強いんです。だってアヤちゃんたちとはちがってたくさん毛が生えてますから。服だっていらないんです。
あ、そうそう病院でもらったあの服はもう着ていません。もうお腹もいたくなくなりました。
でもボクも年でしょうか。最近、アヤちゃんの歩くスピードについていけず遅れがちになります。アヤちゃんはときどき振り返ってボクを振り返ってくれます。あれっ、こんな風景、前にもあったような気がするなぁ。あっ、シマさんだ。シマさん、歩くの遅かったもんなぁ。アヤちゃんは速いなぁ。公園まで行く途中、ちょっとした坂があるのですが、そこを登るのが辛くて途中で一度休憩しちゃいました。だって息がきれるんです。
「ゴルコ、どうしたの?」アヤちゃんが心配そうにしゃがんで顔をのぞき込んでくれます。(大丈夫です。さぁ、公園にいきましょう。)へへっと笑ってボクはまた歩き出します。
その後、散歩で公園まで行くことはなくなりました。たぶんボクのことを気遣ってくれているんだと思います。でもそうするとアヤちゃんがこっそり買うお菓子もわけてもらえません。チェッ。最近のお散歩はお家の回りをぐるっと回って帰ってくるだけ。それでもボクの息はあがっちゃいます。でも大丈夫、へっちゃらです。さぁごはんにしましょう。

しばらくして、ボクはまたあのイヌがたくさんいる動物病院に行きました。先生はボクの胸にへんな道具をあてて、音をきいて、そのあとボクを奥の暗い部屋へ連れて行きました。
「X線で調べたのですが、胸の中にシコリがたくさんあります。がんの肺転移だと思います」
先生がおかあさんに話してました。ボクはイヌなので言葉はよくわかりません。でもお母さんは泣いています。どうしたのお母さん。元気出してよ。へへっ。
その日、お家はみんな元気がありませんでした。でもボクのごはんは豪勢です。肉の量も2割増しな感じです。でもあまり気を遣わないでくださいね。最近、あまり食欲がないんです。
外はだいぶ暖かくなってきました。ぼくは寝ている時間が多くなりましたが、大丈夫です。ちゃんと尻尾も振れます。アヤちゃんは学校からもどってくるといつものように「ゴルコォー」ってしてくれます。
日曜日、寒かったけど久しぶりにアヤちゃんと散歩にいきました。ゆっくりゆっくり。アヤちゃんは途中のお店で蒸しパンをかいました。きっと後でくれるんだと思うよ。でゆっくりゆっくり休みながらいつもの公園にいきました。またあのピンクのきれいな花が咲いています。暖かくなってきたもんね。アヤちゃん、公園でこの花がみたかったんだね。アヤちゃんとボクはいつものベンチにすわりました。ボクはちょっと息が上がってしまったけど大丈夫です。
「ゴルコにサクラ見せたかったんだ」
へへっ。アヤちゃんとボクはピンクの花をバックに自分撮りのツーショットをとりました。きれいにとってくださいね。それで途中で買ってくれた蒸しパンをぼくにくれました。えっ、全部いいの。予想外。はい、いただきます。ボクが食べ終わるとアヤちゃんはぼくの顔をくちゃくちゃとしてくれました。

その日の夜、ボクはなんだか息苦しく眠れませんでした。横になると苦しいのでずっと起きてすわっています。だからとても眠いです。ボクが咳をするとお母さんかアヤちゃんがきてくれて、背中をさすってくれます。へへっ、大丈夫ですよ。ボクは辛抱強いイヌですから。ボクはトイレに行きたくてアヤちゃんを呼びました。
「ここにシートを敷いたからここでしていいよ」
ですって。ボクは言葉がわかりませんが、大丈夫です。外でできますよ。
ふと眼がさめると、私としたことがお漏らしをしてしまったようです。床が濡れています。ボクの毛も濡れちゃいました。怒られちゃうとおもって部屋の隅っこに行って小さくなってました。そのうちアヤちゃんがきました。
「ゴルコ、大丈夫よ。おしっこしちゃったのね。こっちにおいできれいにするから」
アヤちゃんはボクをやさしく拭いてくれました。

次の日ボクはまた、動物病院にいきました。お母さんとおねえちゃんとアヤちゃんもいっしょです。ボクは歩けないのでみんなで抱えて行ってくれました。
先生はまた暗い部屋でボクの写真をとりました。
先生はお母さんたちに向かって話していました。
「もう、そんなに長くは生きられないと思います。この子の最後について考えておいてください。病院で酸素を吸わせれば少しだけ長く生きられるかもしれません。でもそれが幸せなのか、わかりません。自然にお家で看取られる方もいらっしゃいます。もし苦しいならここでお薬をつかって楽にしてあげることもできます。この子にとってよい方法をみなさんで考えてあげてください。」
先生やみんなはボクを囲んで、みんなでいろいろと話してました。先生が胸に針を刺してくれてから息が少し楽になったので、ボクはその場で眠ってしまいました。どれくらい時間が経ったかわからないのですが、ボクはまたおウチにもどっていました。やっぱりここがいいね。みんないるし。

次の日、アヤちゃんはいつものように学校に行きました。行くときにいつものように「ゴルコォー」って顔をくちゃくちゃにしてくれました。ボクのことを気遣ってちょっと控えめに。ボクはもうごはんもあまり食べられません。ずーとボーとしながら過ごしていました。夕方、アヤちゃんが息を切らせて帰ってきました。ボクは最近あまり耳が聞こえないのですが、アヤちゃんの足音はちゃんとわかるんです。おかあさんよりもピッチが速いし、パタパタいう音がするから。だからボクは精一杯尻尾を振ってお出迎えしました。立てないので尻尾だけでごめんね。アヤちゃんはいつもより長く「ゴルコォー」ってしてくれました。へへっ、もう顔がくちゃくちゃですよ。夜、アヤちゃんはボクの隣で過ごしてくれました。本をよみながらボクに膝枕をしてくれました。こうした方が息が楽なんです。
いつの間にかアヤちゃんは眠ってしまったようです。ボクもなんだかまた眠くなってきました。息苦しいですが、苦しさが少しずつ和らいできます。不思議です。眼の前が少しずつ明るくなってきました。まだ夜なのに変ですね。
ふと気がつくと眼の前にシマさんが立っていました。シマさんが中腰になってボクを待ってくれています。ボクは尻尾を立ててフリフリしながら、シマサンのところに走っていきました。
(おっ、ちゃんと走れるぞ。)
シマさんは昔みたいにボクの顔をくしゃくしゃてします。アヤちゃんの「ゴルコー」よりもマイルドです。シマさんひさしぶりですね。だいぶ探したんですよ。ボクはシマさんに甘えて体をこすりつけてみました。シマさんもにっこり微笑んでくれます。ボクはシマさんに連れられてアヤちゃんのところから遠ざかります。シマさん昔よりも歩くの速くなりましたね。最近、ボクは遅くなったんですよ。
ボクは後ろを振り返りました。アヤちゃんは眠っています。
(アヤちゃん本当にありがとう。ボクはシマさんと行くことになりました。またいつかいっしょにあのピンクの花をみにいきましょうね。)

ゴルコ

ゴルコ

気のいいゴールデンレトリーバーの女の子、ゴルコは、タカシが元カノの気を引こうと飼い始めた犬でした。ゴルコはタカシを慕っていましたが、ある日、部屋でおしっこをしたことがきっかけで捨てられ動物管理事務所に預けられてしまいます。犬の収容施設で暮らしはたいくつでした。そんなある日、係に人がゴルコを外に連れだそうとします。「あなた、死ぬのよ」と収容施設の先輩に言われたゴルコ。しかし、そこには優しい新しい飼い主、”シマ”さんが待っていました。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-04-13

Copyrighted
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Copyrighted
  1. タカシさん
  2. 動物管理事務所
  3. シマさん
  4. アヤさんとユイさん
  5. 動物病院