一瞬の恋
夏の熱い夜。
眠れずにいると、最近ネットで仲良くなった拓也からメールが届いた。
『ひま』
彼のメールはいつも短い。
そして、自分の気が向いた時にだけ私にメールをよこすのだ。
『あたしも』
『よっしゃ。ドライブ行くか!迎えに行くから1時間後にな!』
『りょーかい!』
ケータイをベッドにほおると、起き上がって準備を始める。
いつもの流れだった。
拓也は28歳の大工さん。
サイトで、向こうから絡みがきて仲良くなった。
拓也が遊ぶと言ったら遊ぶ。
私から誘っても、拓也はあまり相手にはしてくれない。
だが、最近は私からメールをしても相手にしてくれるようになった。
電話をたくさんくれるようになった。
それでも、いつも拓也のペースで動いていた。
「よっ!」
「こんばんは」
「とりあえずカラオケ行く?」
「いいよ」
私たちが遊ぶと言ったら決まってカラオケ。
そうじゃなかったら、コンビニの駐車場に車を停めてひたすら話す。
なにをするでもなく。
ただ、お互いの最近の出来事や愚痴、今までの恋愛を話していた。
部屋へ入ると、拓也がすぐに一曲目をいれる。
でも、いつもふざけてちゃんと歌わない。
いつも変なことを言ったり変なことをして私を笑わせてくるのだ。
そして満足そうな顔をする。
真面目に歌うのはいつも私だけだ。
カラオケを出ると、時間はまだ深夜12時を過ぎたところだった。
車は当てもなく走る。
私が黙っていても、拓也は話し続けて私を退屈させない。
私が関西出身ではないからだからなのか、彼の関西弁は私には新鮮で、彼の話はいつもとても面白かった。
「女の子は笑顔が1番可愛い」
初めて遊んだ時にそう言われて、大笑いしたのを覚えている。
急にくさいことをさらっと言うから、こっちは面白くてしょうがない。
いつもふざけている拓也も、私が悩み事を打ち明ければ真剣に話を聞いてくれた。
そして、気持ちを楽にしてくれた。
私たちは、ほとんど毎日夜を一緒にいるようになっていった。
ある日。
いつものようにドライブをしていた時に、拓也が話の流れで言った。
「お前は俺の恋愛対象じゃないんよなあ。俺な、女の子とホテルに行った回数なんて数え切れない程あんねん。けどな、女の子には2種類いてな、わかるか?」
「拓也さいてー」
「そんなん知ってるわ。わかるか?って聞いてんねん」
「わかんない」
「あんな、すぐにやれる子とそうじゃない子や。お前はそうじゃない子なんや。あ、だからって彼女にはせえへんよ!俺女作らんって決めたからな」
拓也の彼女なんてやだよ!
なんてふざけてわらいあった。
拓也は、私に色んなことを教えてくれた。
私はおっとりしてるから、悪い男にひっかかるなよとか。
そのためには、自分を安売りしたらいけなくて相手がどんな男か見極められるように経験を積んでいけなんて言われたり。
拓也は悪いことをたくさんしてきて、世の中なんて糞だと言っていた。
でも、私にはこの糞な世界で幸せになって欲しいと言った。
拓也が出会った女の子の誰よりも純粋で、世の中の悪を知らないと。
だから、私に彼氏が出来るまでは拓也が相手をしてくれるのだそうだ。
でも、お互いに意識したりして、純粋に遊びを楽しめなくなるのが嫌だから、好きになるのは無しと決めていた。
私もこの居心地の良い空間を無くすのは嫌だったし、なにより彼を好きになることはないだろうと思っていたから拓也を男として見たことはなかった。
でも、知り合って1年が過ぎた頃に私は彼氏が出来た。
拓也と同じくらいの年の、彼氏。
地元が近くて、拓也のようには笑わせてくれなかったけど安心できた。
私をすごく可愛がってくれて、照れ屋な彼。
拓也に報告しようとは思っていたが、忙しくてすっかり忘れていた。
彼氏が出来て2ヶ月がたった頃、拓也から誘いが来て私たちは久しぶりに遊ぶことになった。
いつものようにカラオケへ行って、そのあとはドライブをする。
地元から離れたコンビニの駐車場で、私は彼氏が出来たことを話した。
「どんな男なん?俺が見極めてやるさかい、話してみいな」
にやつきながらそう言われて、正直に彼氏の事を話す。
すると、拓也はあまり嬉しそうにはしなかった。
「そいつほんまに大丈夫なん?年離れすぎやん」
「拓也と変わらないもん。好きになったら問題ないでしょ」
「まあな。華は騙しやすいタイプやから心配なんよ。ま、なんかあったら俺が話聞いたるわ」
「ありがと」
その日で、拓也と会うのは最後だった。
彼氏から他の男とは会わないで欲しいと言われ、その事で喧嘩になった。
拓也の連絡先も消されて、私は拓也と連絡を取ることができなくなったから。
そんなある日、拓也から珍しく電話がかかってきた。
しかも本当に珍しく真剣なようだった。
「今大丈夫か?」
「うん、どうしたの?」
「まあ、特に用はないんやけどな。声聞きたなってん」
「…どうしたの?初めてそんなこと言うね」
笑ながら言うと、どうやら向こうは真剣に言ったらしく笑いは帰ってこない。
「え…ほんとにどうしたの?」
「俺な、いつもやねん。俺によってくる女ってないつも男つきばっか。」
「うん、前に言ってたね」
「また男つきかあ。なんなんやろな」
切なげな声で話す拓也に、こっちまで切なくなりそうだ。
「俺な、お前のこといつの間にか好きになってたみたいや。あ、独り言だと思ってくれてかまへんよ。俺が勝手に話したいだけやし。お互い恋愛対象でみるの無しとか言っといてアホみたいやんな。でもな、お前に彼氏出来たって聞いてなんか嫌やってん。お前が他の奴に笑いかけんのがな、嫌やってん。」
「たくや…」
まさかの告白に、なんて返していいかわからない。
いや、私は彼氏いるし、ごめんなさいって答えるのが普通なのにそれが出てこなかった。
言おうとも思わない自分がいた。
「ほんまは今までの女みたいにホテル直行も出来たんやけど、お前には出来へんかった。そんな軽い気持ちやないって初めからわかってたんやろな。気付かないうちに…あとな。俺、明日地元に帰ることになった。」
「えっ⁉︎」
「仕事でな。しばらくはこっちに来る予定ないねん。せやから……」
しばらく沈黙が流れた。
なにも言えなくて、頭の中はパニックで…。
拓也は今どんな顔をしてるのだろう。
いつもふざけたテンションの高い拓也しか見たことなかったから、どうしたらいいのかわからない。
「お前の彼氏安心やな!どうせ束縛されてんやろ!こんな変なおっさんいなくなるし、今度からは彼氏に笑わせてもらえよ」
「拓也、ねぇ」
「じゃあな!元気でやれよ!」
「待って、切らないで!」
「華…今まで楽しかったわ。」
「拓也…!」
一方的に電話は切れてしまった。
私の頬にはいつの間にか涙が流れていて、止まることなど知らないというように溢れてくる。
すぐに掛け直したが、拓也が出てくれることはなかった。
ああ、私は拓也のことが好きだったんだ。
きっと、安心していたのだと思う。
拓也は、私に彼氏が出来てもいつでもそばに居て私を笑わせてくれると。
いつでもそばに居て、私を安心させてくれると。
もう拓也とは会えないとわかった瞬間に、とてつもない淋しさに襲われて、私はこの淋しさを埋めたくなった。
そこへちょうど良く彼氏から電話がかかってきて、私はすぐに彼に会った。
だが、彼のそばにいても淋しさはうまらない。
我慢できなくなって、涙が溢れてきた。
「どうした?なんかあったのか?ずっと変だぞ…」
彼が優しく私を抱きしめて、頭を撫でてくれる。
でも、涙はどんどん溢れ出した。
もうわかっていた。
彼では私の涙を止めることは出来ないと。
彼では拓也のそばにいる時ほどの安心がないことを。
「ごめんなさい…別れよう」
そっと彼から離れて、言った。
彼は何も言わなかった。
ただ黙って頷いてくれた。
こんな気持ちのまま、彼とは付き合えない。
すごく勝手だけど…
「俺は華が幸せになれるなら、それでいいよ。それが俺でなくても、華が笑えるなら。どうやら華を笑顔にできるのは俺じゃなかったみたいだし…ほんとはやだよ。華は俺のだ。でも、そんなに泣いてたらそんなこと言えないよ」
「…っごめん…」
「家までおくるよ」
家へ帰って拓也に電話をしても、メールをしても返事はなかった。
今頃気持ちに気付くなんて遅すぎる。
いなくなってからこんなに泣いても、意味がないことなんてわかってる。
でも、私は待つことにした。
いつか拓也がきてくれる日まで。
連絡をくれる日まで。
今では拓也と過ごした日々は、まるで一瞬の出来事だけど
いつかまた笑わせてくれると信じて。
一瞬の恋