三題噺「姉妹」「数学」「生活習慣病」

 私は春子。春に生まれたから春子。
 両親の年齢になった今だから言えるが、いくらなんでも安直ではないか。春夏秋冬揃えるつもりだったのだろうか。そんなに育てる余裕もないのに。
 だから私は両親が嫌いだ。そして、その両親に甘やかされて育った妹の秋子も。


 私は秋子。秋に生まれたから秋子。
 両親には小さい頃から監視され続けてきた。両親の眼には優秀な姉の姿しか映っていなかった。反抗期以来、両親を嫌っていた春姉のあくまで私は代りでしかなかった。
 だから私は両親が嫌いだ。そして、春姉も。


「お姉ちゃーん、数学教えてー!」
 チャイムが鳴ると同時に、私の担任しているクラスへ小柄でお下げの女子生徒が駆け込んできた。
「もう! 学校では教室に来ないでって言ったでしょ!」
 一番前に座っていた、ボーイッシュな髪型の女子生徒が呆れるように文句をつけた。
「だってー…」
「あぁ~もう、泣かないの」
 私の目の前で突如始まる姉妹のやり取り。他の生徒も二人をはやし立て、教室内が賑やかになる。しかし…、
「森山さん、その前に今はまだ授業中よ」
「あ…。ご、ごめんなさい!」
「良いのよ。それと森山さんの妹さん? もう少しで終わるから廊下で待ってなさい」
「は、はい! し、失礼しましたー!」
 まるで子ウサギが逃げるように小さな乱入者は去って行った。私はパンッと手を打ち鳴らす。
「さ、あの子が泣き出さないうちに授業を終わらせましょ」
 そっと見れば、顔を手で覆った森山さんの耳は真っ赤になっていた。

「山本先生!」
 森山姉妹を横目に廊下に出ると、大きな塊が大声を響かせながら迫ってきた。
「遠藤先生、廊下を走らないでください。生徒が真似しますし、また倒れますよ」
「あ、えっと…、いや…まあ……、あはははは!」
 廊下の半分をその巨体を占めている遠藤武は、肉でほとんど見えない目を泳がせた。まさに生活習慣病の権化と言ってもいいその巨体は見た目以上にボロボロらしく、何度も休職していた。
「あ、そうそう! 教頭がお呼びですよ。何でも急な用事とか」
 ようやく最初の要件を思い出したのか、額の汗を袖でこすりながら遠藤武は言った。
「それを先に言ってください!」
「あ、山本先生!」
 私は駆け出しかけた足を止め、遠藤武を睨みつける。
「廊下は走っちゃダメですよ」
 私は踵を返すと、遠藤武を置き去りにして駆け出した。

「あなた、両親と暮らしていたわね?」
 教師の中でプラダの悪魔ならぬ福山中の悪魔と呼ばれる教頭が、静かな声で問いかけてきた。
「は、はい! 両親と妹の4人暮らしです!」
 な、なぜ突然家族のことを話題にするのだろうか。まさか……。私が疑問に思ったその時、
「……殺されたそうよ」
「……本当ですか?」
「近所の通報で何でも強盗だそうよ。警察から連絡があったばかりだから、あなたは急いで向かいなさい」
 教頭に何と言ったのかはわからない。気付いた時には、私は警察署にいた。


 やった! やってやった! あの憎いあいつらを殺してやった!
 祝杯をあげなくちゃ! これでもう顔を合わせずに済む!
 ハハハハハ………ハ……? あれ、どうして視界が点滅しているんだろう。
 ああ、そうか。私……後ろから刺されたのか……。
 後ろを見ないでもわかっている。きっと――だろう。だって、私たち姉妹なのだから。
 そして私の視界は真っ暗になった。


「……私が殺しました」
 若い刑事がノートにペンを走らせる。
「……何も両親を殺されたからって、殺すことはなかったんじゃないのか」
 若い刑事の横で、年配の刑事が白髪交じりの髪をポリポリと掻いた。
「刑事さん。私ね、両親のことは嫌いでした」

 そう、私は家族が嫌いだった。彼らは家族ではなかった。いつか殺してやりたいほど憎いただの他人。
「両親はお金もないのに子どもを作って、妹の秋子はいつも両親と一緒。私の居場所はありませんでした」

 そう、私の居場所はどこにもなかった。かと言って家を出ることもできなかった。
「一人暮らしもできなかった。あんたもあの子みたいに私たちを捨てるのかって私を責めました」

 そう、彼女は自由に生きていた。だからこそ許せなかった。
「……だから、両親と秋子さんを殺して帰宅した春子さんを、君が殺したのか」


 そう、私より先に家族を殺すなんて絶対に許さない。


 私は夏子。夏に生まれたから夏子。

三題噺「姉妹」「数学」「生活習慣病」

三題噺「姉妹」「数学」「生活習慣病」

私は春子。春に生まれたから春子。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-04-13

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